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引き続きサフィニア視点
サフィニアにはそのひと言で、多くのことが察せられた。
姉は彼を信用して、ふたごの妹がいることを話したに違いない。そうでなければ、“きみの姉”とは言わなかったはずだ。
思った通り、彼は生前の姉をよく知る人物なのだろう。だからこうして入れ替わりにも簡単に気づくし、本物はどこに行ったのかと疑問に思う。
そしてなにより、
(姉が亡くなっていることを、知らない……)
彼が姉を殺した犯人ならば、こんな質問は絶対に出て来ないはずだ。
「教会に預けられたふたごの妹がいることは聞いていたから、きみはきっとその妹だろうとは思っている。ひとまずきみのことは、不本意ながらタピオカと呼ぼうとは思うけれど……」
タピオカに納得していない空気を出されたが、サフィニアの名前はサフィニアなので、本名を告げたらまたややこしいことになりかねない。
それにサフィニアはタピオカを気に入っている。それこそ、改名したいくらいに。
「彼女は言っていた。自分たちは似ているから、入れ替わってもきっと誰も気づかない。もし自分になにかあっても、両親は妹を呼び寄せるだけだろうとも」
(……実際その通りだった)
自分たちの娘が死んでも、涙ひとつ見せない薄情な親だった。
「彼女に、なにがあった?」
どこからどう説明すべきなのか、なにを伏せるべきなのか、うまく考えがまとまらないが、アナに聞かせるべきでないことだけは確かだった。
「お話の前に、この子を遊ばせておけるような場所はありませんでしょうか?」
いちごみるくがもらえずちょっと不満げなアナをちらりと一瞥した彼は、暖炉の前の絨毯を示した。
「あそこなら転んでも平気だとは思う」
サフィニアは断りを入れてから、アナを抱き上げ、暖炉の前に敷かれた毛感触のいい絨毯の真ん中へとそっと下ろした。
「わたしがお話している間、ここでジェノベーゼと遊んでいられる?」
絨毯にぺたんと足を伸ばして座ったアナは、うんー、とうなずいてから、ジェノベーゼを空中で走らせた。どういう仕組みなのかわからないが、空中を走らせるときだけジェノベーゼの翼がふぁさりと広がる。おそらく執事長の匠の技だろう。
「いい子に待っていてね?」
「うんー。まってるー」
すでにサフィニアの方すら見ていないアナを不安に思いながらも席へと戻る。
「もう大丈夫?」
「はい。お気遣い感謝します」
サフィニアはひと呼吸置いてから、言葉を待つイザークへ告げた。
「姉は、亡くなりました」
ある程度の予想はしていたのか、彼は軽く目を見開きはしたが、すぐにその目は姉の死を悼むように伏せられた。
「……そう」
「対外的には、わたしが死んだことになっていますが」
彼はこちらへと視線を上げて、皮肉げに口元を歪ませた。
「狂ってるね」
サフィニアは他人事のように苦笑した。
「わたしもそう思います」
サフィニアは捨てられて、その存在さえ殺されて消されたのだ。
それでも、サフィニアはまだいい。
神父様と教会で一生を過ごしていてもきっとそれなりに幸せだったはずだが、今は比べものにならないくらい幸せに暮らしているのだから。
優しい夫がいて、かわいい娘がいて、周囲にも恵まれて。
この幸せが、姉の死の上に成り立っていることだけが、心苦しい。
「ひとつだけ確認しても構わない?」
「わたしに答えられることでしたら」
「きみが殺したのでは、ないよね?」
サフィニアは理解できないことを言われたときのアナのように目を瞬き、それから、そういう考え方もあるのかと他人事のように感心してしまった。
「あの子……二歳ならば、結婚前に子供をもうけた計算になるはず。シリウス・バロウの子供を孕んでしまったゆえに、身分を入れ替えバロウ家に嫁いだという可能性も考えられなくはないけれど……彼女が亡くなっているのなら、話は変わってこない?」
「わたしが妊娠してしまったので姉を……殺して、その立場になり変わった、ということでしょうか?」
「有り体に言えば」
「もしかして、シリウス様のこともお疑いに? わたしと結託して姉を害したのだと……?」
「冷酷非道な男と聞くから、それを踏まえればおかしな話ではないよね?」
どうやら彼もシリウスの噂を信じているひとりらしい。
否定したいが、それによってシリウスの仕事がまた増えることになったらと思うと、口を閉じざるを得なかった。妻として、夫の優しさを安売りするわけにはいかない。
代わりに、サフィニアの視点からでは思いつかない新しい発想をもたらしてくれた彼を素直に称賛した。
「その仮説は、わたしではちょっと思い浮かばないことだったので、ご慧眼に驚きました」
彼は胡散臭げにサフィニアを凝視して、解せないというように眉根を寄せながらわずかに小首を傾げた。
「疑われているのにそんな反応をするとか……頭、大丈夫?」
今のところ頭の方に異常はないので、お気遣い感謝しますと微笑むと、彼は苦いものでも噛んだような顔になった。
「人を信じることは確かに尊いことですが、人を疑うことは悪なのだと、はじめてから断じてしまうことの方がよほど恐ろしいことなのではないでしょうか? なにを考えてどう思うかは、人に平等に与えられた権利です。ナスラ様も聖典の中で、スモモの実を勝手にもいで食べた星の子は誰かと順番に問いただしていく逸話もありますし、神ですら疑心を持つのです。不完全で未熟なわたしたちが疑心を抱くことは、なんらおかしなことではありません」
「ああ……ナスラン聖教の」
なぜ呆れ顔なのかわからないが、そもそも、本気でサフィニアのことを疑っているのなら、彼は最初から人払いなどしていなかっただろう。
「おわかりかと存じますが、わたしはナスラン聖教の信徒です。人を殺めることは、死してなお許されざる大罪のひとつなのです。ナスラ様はどのような状況であっても、人の命を奪うことをお許しになりません。ですがもし、わたしが人を殺すことのできる無慈悲な人間だと仮定するのなら、真っ先に殺されていたのは両親だったのではないかと思うのです」
「納得できる説明をありがとう」
「いえ……ですが、もちろんわたしは両親に失望することはあっても、殺したいと思ったことは一度もありませんし、姉のことは愛しておりました。わたしと姉は、ふたりでひとつ、だったので……」
きっとエスターとの方が普通の兄妹らしい関係だったが、姉とはふたごだったせいか、姉妹というより、自分の半分や、自分の半身といった感覚が強かった。だからサフィニアの心はあれからずっと、半分欠けたままでいる。きっとそこはほかの誰にも埋められないし、埋めようとも思わない。この先も半分のまま生きていく。もう一度姉と会えるその日まで。
「それなら彼女は、なぜ亡くなった? 事故や病気で?」
不思議なもので、自分を疑った相手だからこそ、信用できる人物であるとの判断ができた。だからこそサフィニアは包み隠さず話そうと決めた。
「病死ということになっています」
「含みのある言い方だね。こう訊けばいいのかな? きみはどう思っているの?」
サフィニアは一度アナの方へと目を向けた。絨毯に腹ばいで寝そべって足をばたつかせながら、ジェノベーゼと向き合ってなにか話し合っている。こちらの声が聞こえていないか気にしながら、潜めた声で口にした。
「殺されたと思っています」
「……そう。きみがそう思うのなら、きっとそうなのだろうね」
サフィニアのことなどよく知りもしないのに、すぐに受け入れられたことに驚いた。
「……不躾な質問ですが、なぜそう思われるのでしょうか?」
「いや……今のは、僕自身がそう思いたいだけのひとり言みたいなものだから、改まって訊かれると困るのだけれど……」
「それはどういう……」
「病気で死んだと言われるよりも、恨む相手がいてくれた方が気持ちの整理をつけやすいこともある。その恨みが、復讐心が、生きる希望になることも」
「ですが、復讐は、よくないかと存じます」
「なぜ?」
「人に罰をお与えになるのは、人ではなく、神でなくてはいけないからです」
「いかにも信者らしい綺麗事だ」
綺麗事なのだろうか。
サフィニアは姉を殺した相手に対して持っている感情のほとんどが、恐怖心だ。恨みがないとは言わないが、そこに復讐心はない。いずれ神が裁きを下してくれると信じている。
「ところで、彼女はいつ亡くなったの?」
そういえばまだそれを伝えていなかった。サフィニアは姉の命日を告げると、それまで淡々としていた彼の顔色が急に変わった。
言葉を失ったまま固まるその様子に戸惑っていると、アナがひとり遊びに飽きたのか、ジェノベーゼを持ってとことこ駆けてきたので、そちらへと意識が逸れた。
「ママー」
「ごめんね、アナ。もう少し待っていて?」
「やー!」
アナはサフィニアの膝に抱きついて、イヤイヤする。ごねはじめると宥めるのに骨が折れるので大変だ。今は好物の苺でつって気を逸らすこともできない。
「ごめんね。今、大事なお話中なの」
「あなもー。あなも、だいじなのー」
どういう意味なのかとサフィニアが考えている間に、アナはバスケットの底をがさごそと漁り、カードの束を取り出すと、そこから一枚抜き取ろうとして失敗して三枚くらい重なったものを携えてイザークの前に立った。娘がなにをしようとしているのか気づいたサフィニアは止めに入ろうとしたが、一歩遅く、アナはそのカードを彼へと両手で突き出してしまった。
「あげるのー」
「ア、アナ……!」
「これは……?」
戸惑いながらも彼が受け取ったそれは、アナのために執事長が作成してくれた誕生日パーティーの招待状だった。ねだられるままに十枚ほど追加されたカードだったが、王族は呼べないのよとあれほど言い聞かせていたのに、言いつけを破ってバスケットの底に隠し持って来ていたらしい。
「あなねー、おたんじょーびなのー」
「……」
「あな、みっつ! みっつなのー」
指を三本立てて低く跳ねる娘はかわいらしいが、今は和んでいる場合ではない。招待状を受け取ってしまった彼はひどく困惑している。
「だめよ、アナ。それは持って来たらだめって言ったでしょう?」
「やー! まぶ、よぶのー! あなの、だいじー!」
招待状を手渡すことがアナにとっては大事な用件だったらしい。
この頑固なところは一体誰に似たのだろうか。少なくとも、サフィニアや姉ではない。シリウスもすぐにアナに屈服するのできっと違う。
イザークは目の前で足をじだじだと踏み鳴らす娘と招待状を交互に眺めて、それから、ふっとなにかに気づいたように眉を顰めると、ゆっくりと大きく目を見開いた。
その驚愕に満ちた瞳に、はっとして息を呑む。
「ま、まさか……」
そのとき、外から硬質なノックの音が響き、サフィニアは咄嗟に言いかけたことを喉の奥へと押し込んで、取り繕いながら振り返った。
入室の許可はなかったはずだ。それなのに、なぜかドアはさも当然という顔して、外側から大きく開け放たれていた。
第二王子イザーク(20) 趣味は乗馬と油絵とバイオリン 兄弟仲は悪くない




