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無忘探偵の偽物暴ーニセモノアバキー  作者: 厳原玄彦
2話 いれかわりチケット
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 推理小説ではよく、犯人の自白が始まったりするが、そんなもの現実ではありえないと思っていた。〈私が犯人だと言う証拠は?〉と言うのもお決まりの台詞だが、こんなもの現実で言えば、私が犯人ですと言っているようなものである。

 まさかその台詞を、美笑ちゃんの口から聞くとは思いもしなかったが。

 彼女の場合は、「うちが犯人って証拠は?」だったが。


「証拠ですか。証拠と言うならば、先程も言った通り、このエロ本にチケットを隠せるのはあなただけでした」

「その、その前。だってそれって、うちが犯人って前提じゃないと、成り立たない作戦だと思うんだけど」

「そうですね。なんせ、女性がエロ本に隠すなんて、普通ならば誰も思いませんからね」

「だったら、どうして?」

「初めからですよ。この事件の依頼を受けたときから、もうすでに分かっていました。だっておかしくありませんか? チケットが出てきただけで泣く人なんて聞いたことありません」

「ありえない話じゃないよ。もしうちが、仮に犯人じゃないなくても、泣く自信あるもん」


 もう美笑ちゃんは隠すつもりはなかった。

 何となくだが、美笑ちゃんはどうも、記館さんの推理の手助けをしているようだった。まるで僕らに、説明するかのように。


「まあ、そうですね。そこではまだ仮説でした。確信を得たのは、弩頭さんのロッカーに千円札が入っていたときです。明らかに罪の擦り付けを狙っていましたから」

「そんなの誰だってするよ」

「そうでしょうか? 罪の擦り付けをするなら、普通第三者にしますけどね」

「…………」


 そしてそれは、記館さんによって潰された。


「色恋沙汰――でしょうかね。まあ、色々あるのでしょう」

「それじゃあ、次。だったらコーヒー事件は? あれもうちが犯人だとするなら、それの証拠がほしいな」

「残念ながらありません」


 記館さんは言い切った。

 が、言い切った後に、続ける。


「私が依頼されたのは、チケットと千円札を入れ替えたのは誰か? という事件だけです。はなからその〈コーヒー事件〉なるものの犯人は、この際どうでもいいんです」

「でもさっき、めちゃくちゃ推理してたし……なら、あれはどうしてしたの?」

「目の前に事件があったら、思わず推理したくなる――探偵の性みたいなものですね」

「そう……」

「残念ながら、あっちは解けなかったんですが」


 記館さんは肩を竦めて言った。

 しかしそれは、本当に残念そうにも見えた。

 じゃああの推理は、ほんの思いつきであそこまでやったのだろうか。だとすれば、本当に感心するばかりだ。犯人は分からなかったとはいえ、追い詰める直前までは解けたのだから。


「一応、私なりの想像ですが、この一連の事件を説明しておくと」


 と、記館さんはレジの方へと歩いていく。つられて、僕らもついていく。


「初めに、五十嵐さんはレジのお金をわざと足りない状態にして――ここはやり方次第でどうとでもなるでしょう――ごく自然にお金の補充に向かいます。そして、次に自らが事前に仕込んでおいたチケットを発見し、大声で泣きます」


 泣くことすらも演技だったと考えると、弩頭くんや福友井店長の慌てっぷりが無駄なものとすら感じられる。


「実際には、弩頭さんが入店してくる――つまりバイトの時間になるまで待っていたのでしょう。そして、弩頭さんが着替えるためにロッカーを開けた瞬間に、千円札がばら撒かれる。後は福友井店長がそれを見るだけ。そしたら、一目見た瞬間の犯人は、どう考えたって弩頭さんです」


 けれど、そこが違いました――と、記館さんは言った。


「弩頭さんは、自ら福友井店長のところへ向かい、説明しに行ったんです。犯人は――五十嵐さんは、弩頭さんすらも侮っていたと言うべきでしょう。これは本当に、甘く見ていたと言わざるを得ません」


 回避できたミス。

 記館さんの記憶力は、回避不可能だった。


「だから次の作戦に移ります。ここは上手く対応したと言わざるを得ませんね――私の突然の来訪にすら物怖じせず、全員を眠らせたのですから」

「どうやって薬を仕込んだの? コーヒーを入れたのは福友井店長なんだよ?」


 と、美笑ちゃんが対抗する。

 対抗ではない――これも推理の手伝いをしているだけだろう。


「そうですね。それも、当たり前の考えに戻ればいいんですが――コーヒーを入れる、コップの方に睡眠薬を仕込めばいいんです」


 記館さんはまるで分かり切っているかのように、そう言ったが、実際彼女はコーヒー事件については推理できていないと言った――これもあくまで予測にすぎないということだろう。ついさっきまで、その事件について色々な方法を考えていた探偵だったわけだし。


「ふうん。で、じゃあ、どうしてうちが睡眠薬なんて準備しているの? そんなもの準備しているなんて、明らかにはじめから眠らせるつもりだったとしか考えられないんだけど」

「ですから、そうなんでしょうね。最終手段――とでも言いますか」

「だったら、だったらポットの方に仕込めるじゃん。皆が来る前にでも、薬を入れることはできたよ」


 美笑ちゃんがやたらと突っかかる。ここは本気で対抗しているのだろうか? それとも、彼女が泣いていたように、これもまた演技なのだろうか。

 あの笑顔も、全て演技だったのだろうか。


「いいえ、違います。ポットに薬を仕込めば――自分も寝てしまうじゃないですか」

「ああ……」


 と、僕は納得してしまった。

 美笑ちゃんだけが、あの場でタヌキ寝入りをしていたのだ。全員ではなく――美笑ちゃんだけが。それが可能なのは、コップに薬を仕込んだ場合のみだ。自分の使うコップだけ、薬を仕込まなければいい。


「本来ならば、もしかしたらここでチケットを一枚盗んで終わりだったのかもしれません。ですが、無謀探偵こと、私が来たのを上手く対応し、事件難化のためにわざわざ、チケットをばら撒いた――そこらじゅうに」

「その、意味は?」

「意味なんてありませんよ。むしろ、意味なんてないからこそ、そうしたのです。探偵は――いえ、人間は不可解な出来事に理由をつけたがりますからね。チケットを散らかした理由を、意味を考えさせることが、あなたの狙いだったんです。ですから、私としては、〈上手く対応した〉と思ったわけです。ちなみにチケットを一枚紛失させたのも、同じ理由でしょう。大した意味はなかった」


 意味なんてない。

 意味なんてない。

 動機は――あるだろう。


「けれど、そのせいで、物的証拠が出たことに気付く。そう――私がボディチェックをしようとしたときのことです。福友井さんと、神梨さんと話しているとき。五十嵐さんは起きていたんですから、訊いてしまったのですよ」


 しかし、寝ている人を、無断で調べるのは少々気が引けますので、それは後回しですね――

 確かに記館さんは言っていた。


「それじゃあ、あれは美笑ちゃんが起きているのを知ってて言ったんですか?」


 僕が聞くと、


「そんなわけありません。あれは本当にそう思っただけです。セクハラですか?」


 と、言った。

 セクハラじゃないだろ!


「五十嵐さんが起きたのも、言ったすぐ後ですからね。弩頭くんが先に起きたら、たまったものじゃないと思ったのでしょう。なんせ自分の体にチケットを隠しているのですから――ここも、最高の隠し場所ですね。そして、さりげなく控室を出た。それもわざわざ、神梨さんに聞いてから、私にも許可を求めました。あの時点でかなり怪しかったので、私としてはむしろ都合が良かったですね。あなたに一人で行動させるチャンスを与えられたのは、大きかったです」


 さっきも言ったが、美笑ちゃんが記館さんの罠に気付くこと自体、不可能だったのだから、これは不運だったとしか言えない。


「じゃあ、最後に一つだけ」美笑ちゃんは人差し指をぴんと出して言った。「もしうちがエロ本にチケット隠さず、別のところに隠していたら、どうしてたの?」


 その質問に、記館さんは少し笑ってから、答えた。


「ですから、私の記憶力を侮らない方がいいですよ」


 恐ろしい探偵だ。


「…………ぷはー! 完敗! 負けですっ! 降参っ!」

「……おいおい、まじかよ」


 弩頭くんはすっかり呆れていた。

 福友井店長は、ただ無言で聞いている――それは僕もだが。

 けれど、僕は口を開いた。


「動機は……? どうしてこんなことしたの? 美笑ちゃん」

「……教えてほしい? ねーくん。ねーくんは知りたい?」

「ああ、めちゃくちゃ知りたいよ」


 意味なんてなくとも――

 僕は聞きたい。


「いいよ、だったら教えてあげる――簡単だよ」

 美笑ちゃんは笑いながら――無邪気に笑いながら、言った。

「ねーくんの気を引くためだよ」

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