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無論、寝た順番を聞かれたわけなのだが、三人が三人とも、そんなこと憶えているわけもなかった――犯人は知っているはずだが、それを言ってしまえば、自白しているようなものなので、嘘をついたのだろう。
「でも、分からないんじゃ、どうしようもないですよね」
僕が記館さんに聞くと、彼女はそんなこと耳に入れるつもりもないのか、というか僕の方を向かずに話した。
「どうせこんなところでしょうね。では質問を変えましょう。最初にコーヒーを飲んだのは誰ですか?」
「あ、それは僕です。二人に配るときに、先に飲んだのはしっかりと憶えています」
福友井店長が言った。
「分かりました。だからと言って、最初に寝たという証拠にはなりませんが」
「……ていうか、犯人分かってるって言ってなかったっけ?」
ここで美笑ちゃんが横やりを入れた。
「どうでしょうね……ほぼ、確定と言ったところです。というよりも、今は犯人までを順序良く説明しているだけです。大事なことですけどね」
と言って、記館さんは続ける。
「ま、という風にですね、犯人の策略が皆さん、だんだん見えてきたのではないでしょうか?」
僕も含め、皆頭を悩ましている。
どの人が犯人でもおかしくないからこそ、どの人も疑いをかけづらい状態が続いているのだ。
「じゃあ、ヒントとして――というかもう一度可能性を潰していきましょう。私がもう一つ考えていた可能性として、犯人第三者説があります」
そう言えば、記館さんはそれも匂わせていた。
というよりも、普通、控室で全員が寝ている状況となれば、犯人は別にいるんじゃないかと思うはずだ。
「神梨さんと福友井さんには一度言いましたので、省かせてもらうと、第三者の犯行は可能でした――ただし」
「ただし?」
「探偵が私でなければ」
「ど、どういうことですか?」
僕には何となく、記館さんの能力が高いことを知っているので、あまり気にしなかったが、他の三人から見れば確かにそれは〈どういうこと〉だ。
「もし、犯人が第三者なのであれば、無論、ここに一度訪れているはずです。でなければ、チケットは散らばっていませんでしたから」
「そんなことがあったんですか?」
と、美笑ちゃんが聞いた。
二つ目の事件に関して言えば、僕と記館さんと、それと福友井店長以外は全く知らないのだ――一から説明するのは大変だなと思ったが、その辺は記館さんが手際よく、二人に教えた。
「ほえー……大変でしたね」
「ともかく、さっきの話に戻りますが、チケットが散らばっている以上、犯人はここのロッカーに潜伏していたはずなんです。そうしなければ、薬の効果があったか確認できませんからね。そして私たちが帰ってきていないのを確認してから、犯行に移った――その後は、裏口から逃げれば、大成功というわけです」
「それって結構な賭けですねー」
それも二度目の反応。
「ええ、ですが、不可能ではない限り、私はその可能性を潰さなければなりません。まあでも、これは簡単です。この控室と言えば、隠れるところはこの有り余ったロッカー程度なものです。だとすると、ロッカーから出るとき、一度扉を開けますよね。そして再び閉じる――でも、残念ながら、それって私に対して無力なんですよ」
「…………?」
美笑ちゃんの頭がパンクしそう。
「私でしたらば、ロッカーが動いていることなんてすぐに分かります。一度開いてしまった扉があるとすれば、それは私の記憶力からしてみると、その少しの変化に気付いてしまいます。そして私の見る限りでは、全く変化はありませんでした。強いて言うならば――それこそチケットが無造作に散らばっていたくらいです」
言いたいことは分かる。
が、美笑ちゃん含め、三人の頭は大パニックだ。
そんなことがあり得るのか? という話だが、記館さんにはそれほどの力があるとしか、言えないだろう。
無忘探偵。
〈絶対記憶〉。
「犯人も迂闊でしたね。私の記憶力を侮るならまだしも、せめてロッカーの一つでも動かしていれば、それは私にしてみれば素晴らしいくらいの物的証拠ですからね」
物的証拠は一つも残っていない。
物的証拠を一つも残そうとしなかった。
それが逆に、仇となった。
「ふう……ちょっと疲れたので、飲み物を皆さんで買いに行きましょう」
記館さんが突然提案した。
全員ちょっと困惑したが、まさか断るわけにもいかないので、控室を出て、臨時休業中の店内に向かう。
そして皆、記館さんの後を追ったが、彼女は突然そこで止まった。
そことは、
大人向け雑誌コーナー。
別名エロ本コーナー。
ちらっと美笑ちゃんの方を見ると、やはり顏を若干赤らめていた。
可愛いなあ。
「飲み物って、それっすかー?」
弩頭くんが明らかに煽った態度で言った。
セクハラだぞ、弩頭くん。
「違います」
おおう。真面目な対応。
「よし」
と、記館さんは、迷うことなく、中断にあるエロ本を一つ手に取って、
「やはり動いていますね」
と、言ったのだった。