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無忘探偵の偽物暴ーニセモノアバキー  作者: 厳原玄彦
1話 てんさいスティール
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 まさか、これは――いや、まさかなんてものじゃない。

 そのものじゃないか。細部の違いはあれど、この作品は、僕が描いた絵とそっくりじゃないか……。



 僕……神梨かみなしねんとは、ネット絵師をやっている。ネット絵師とは、つまりインターネット上で絵を描いている人間のことなのだが、僕は無名で、見てくれる人は限られているのだが、僕の作品には意外にも高評価をくれている。

 今回、問題になったその作品についても、三人が高評価をくれているのだ。


 だがその作品は、ある人物に盗まれていることが分かってしまった。

 天才画家、天心あまごころ絵真えま。彼の名を、美術業界において知らない者はいないというほどの有名人。〈全創全作〉――全てが斬新、全てが傑作、全てがオリジナル――という異名を持つほどに、彼は最高ランクの天才画家……だった。


 しかし、無名の絵師の作品を、天心先生が盗作したなどということは、多くは知らないだろうし、これから知ることもないだろう。多くて数十人というところだろう。しかしそれは世間的には零のようなものである。零という数字に近いどころか、そのものかもしれない。けれど、その作品を創り上げた僕としては百でもなければ、千でもないが、零でもない。


 それだけで、僕は充分だった。たった一でもあるだけで、そう、ただ僕が知っているだけでも、それは充分すぎるほどに、天心先生を問い詰める理由になった。

 けれど、先ほども言ったが、僕は所詮、過疎のネット絵師。今でも絵を描く作業に入っているであろう天心先生の邪魔をすることは、恐らく厳しいものがある。たとえ絵を描いていなくても、それは同じだろう。ただの一般人が、あろうことか全知全能の神ならぬ、〈全創全作〉の天才と話そうとしているのだ。烏滸がましいにもほどがある。

 だからといって、引き下がるわけにはいかなかった。


 負け戦同然で、天心邸――かなり調べて見つけた――にアポなしで、突撃した。当たって砕けろとは、まさにこのことであるように思った。常套句同様、砕けてしまってはいけないのだけれど……。

 けれども、結果はありえない方向に傾いた。

 つまり予想と違って、潜り込めてしまったのだ。

 いや、潜り込めたと言う表現ではまるで、僕が文字通り潜入しているかのようだが、そうではなく、正々堂々正面から、むしろ歓迎されるくらいに招待されたのである。


「やあ、我が館へようこそ」


 応接室――というよりは、仕事机に、加えてソファと高級そうなテーブルを移動させたような空間で、天心先生は待っていた。

 周囲には絵しかない、それも全て天心先生が描いただろう作品で埋め尽くされていた。

 四方八方、壁にも天井にも、絵と絵と絵で作られた部屋――まさしくそんな空間である。机には本が数冊積まれているが、遠目からでも絵の資料だと分かった。

 そして偶然、まるで狙ったように、僕の目の前には例の作品がある。

 ネットで見ただけではなく、現実で見ても、やはりそれはそっくりだった。


「要件は、聞いたよ。何でも俺の作品が、君のと酷似しているとか、なんとか」

「ええ、まあ、そんなところです」


 若干の緊張はしていたものの、喋る点においては何ら問題はなかった。そもそも、何もこの人の作品を褒めに来たのではなく、むしろ反対に批判しにきたようなものなので、天心先生に対する緊張というのはあまりない。どちらかといえば、この絵に囲まれた異常な空間に妙な緊張感を覚えた。

 あるいは、違和感。


「で――証拠は勿論あるんだろうな?」

「証拠……?」


 僕がここに来たことだろうが――と思ったが、これは彼の求めている証拠なるものではない。つまり盗作と証明できるだけのもの。物的証拠か何かを寄こせと言っているのだろう。


「俺としても、君のような輩と、本来ならば話そうとも思わないのだが、しかし君の作品を俺が盗んだというものだから、一体どういうつもりだと思ってね」

「だから、それは……」

「考えても見てくれ。俺の異名は何だ? 〈全創全作〉だ。俺は今でも、その名に恥じぬよう絵を描いているつもりだ。勿論、この世に盗作をしていない画家がいない――だなんてことは思ってない。世界は広いからな。あらゆる画家がいるのは、そこは認めよう」


 ただし俺は違う――というのが、天心先生の結論だった。

 だとするならば。

 お前もその一人だ――というのこそが、僕の結論だ。物的証拠なら、言われなくともちゃんと準備している。


「これを見てください」


 僕は持ってきた鞄の中から、愛用のノートPCを取り出して、起動させた。そして僕が投稿している絵のサイトを立ち上げる。

 当然だが、僕の絵を見せるのが物的証拠だなんて、まさかそういうことではない。

 ただの三人の評価――されど三人。

 その中に一人――


『天心先生の作品とそっくりですね』


 それを見たとき、天心先生の顏が若干歪んだ。僕は勝利に微笑む。


「どうですか? これは確かに物的証拠であると、僕はそう思います。たったの一人ですが、それでもこれは〈そっくり〉と言っているんです。これは立派な証拠の一つでしょう。さらに、あなたが例の絵を公開したのは、僕がこの絵を公開してから三ヶ月後――言い逃れはできない時間差です」


 勝った。

 そう、確信した。

 ここで、僕の後ろにある、僕も一度使ったドアがゆっくりと開いた。

 そしてそこには、漆黒のスーツと、黒いサングラス、黒いハットに、黒い靴を履いた、まるで殺し屋のような男がいた(これは完全に偏見だが)。


「俺様が呼ばれたのは、ここで合っているかな?」

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