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その漆黒の男には、聞き覚えがあった。
〈金積弁護士〉万丈目得々(えとく)。
異名の通り、〈金さえ積めば〉何でもする。その手段というのも、実に恐ろしいらしく(実際に見たわけじゃないから、単なる噂なのだが)、まさに金のためなら手段を択ばないという具合だ。
そもそも僕が、この盗作問題について弁護士を雇わなかったのは、勿論それだけの金を持ち合わせていないというのもあれば、事を大きくして世間を騒がせたくない、あるいは僕に対する注目が集まるのが嫌だったのもある――が、やはり、僕が最も気にかけた理由はこの人にあった。
天心先生はこの弁護士をよく利用していたのは有名だったからだ。
天心先生も、詳しくは知らないが問題が多かったらしく(それこそまさに今回のような問題だろう)、しかしそれは世間には広まらず、すぐに事なきを得ていたのだ。
全て、万丈目得々という弁護士の手によって、である。
だからこそ、僕は彼を呼ばれないように(今思えば、安直な考えだったが)、一人で来た――はずなのに。
「やあやあ、君が今回の相手か――おっとっと、俺様はこういうものだ」
言って、彼は僕に名刺を渡してきた。拒絶する理由があるわけではなかったので、素直に受け取ると、その名刺には驚くべきことが書かれていた。
『〈金積万屋〉万丈目得々。金さえ積めば何でもやります!』
万屋というのは、何でも屋ということなのだが……。そういうことか。
万屋――万事あらゆることをやり遂げる何でも屋。それには弁護士活動も、勿論含まれるだろう。そして天心先生が呼ぶ場合に限り、弁護士の依頼が多かったというわけだ。確かに、彼の噂というのは、意外にも他で聞くことはほとんどなかったが、大富豪などは彼を隠蔽工作などに利用しているということか?
だとすれば、合点もいく。
「まあまあ、まずはその、サイトの件から入っていこうか」
そして今回も――隠蔽? いや、隠蔽というのは、何かが起こったのを、まるで無かったかのようにするということだ。けれど今回、彼らがしようとしているのは、何かが起こるのを事前に防ごうとしている。いや、これもある種の隠蔽なのかもしれない。
「まず、君のそのサイト――というか絵か? ともかくそれだけど、俺様の見たところ、あまりに閲覧数が少なすぎるな。その絵だけで見ると、合計閲覧数は三十数人。実際に評価してくれているのは三人と……これでは、天心さんがこの絵を見る確率というのは限りなく零だと思わないか? それも、天心さんがこのサイトを見ていたとしても、だ。天心さん、このサイト、見たことはありますか?」
「いいや、有名なサイトらしいから、聞いたことはあるが、このサイト自体見たことはないな」
「そういうことですよ。確かに絵は似ていますが、ふむ、この時代、漫画でも小説でも映画でもドラマでも、あるいは絵でも、似ている作品というのはどうしても生まれてきます。いや、似ている作品しか世の中にはないのかもしれません。もしかしたら、君のその作品も、どこぞの誰かの作品と同じなのかもしれませんよ? 君がその作品を知らないだけで、実は似ている作品がある――という可能性をあなたは考慮したことがありますか?」
「それは……そうかもしれませんが、ですが、僕は天心先生の作品を見てしまいました。たとえば僕だって、僕よりも前に公開しているだろう似ている作品を描いた作者から、盗作だと言われたらすぐにでも削除します。そして謝罪も加えたり……とにかく、何らかの形で行動しますよ。それを天心先生に求めているだけです」
「いえいえ、おやおや、どうどう、落ち着きなさいよ。いいでしょう、いいでしょう。君はそうしたらいい。でも天心さんは違う。君は気付いたけれど、天心さんは気付いていない。それが大事なんですよ。天心さんは君の作品に気付いていないということそのものが、そもそも盗作ではないという証拠なんですよ。それくらいは分かりますよね? 法的に見ることはできますけど、別にそこまでする必要はないでしょう。それに今回は、弁護士やそういった仕事ではありませんしね」
と、付け加えるように、法的な手段を取らずに叩きのめすと言わんばかりだった。
「いや――」
言葉が続かなかった。反論しようとすれば、できた人間もいるだろう。けれど僕はこの時、何の反論も思いつかなかった。僕が俯くと、気のせいかもしれないけれど、天心先生が鼻で笑ってるような気がした。
「さて、今回はこれでお開きですかね」と、まるでパーティか何かのように万丈目さんは言った。「天心さんだって暇ではないんですから、というか俺様も暇ではないので、用事がないのなら帰ってくださいね」
この人が出てきただけで萎縮したのもあると思う。この空間がとても気持ち悪く感じたのもあると思う。僕は何も反論することなく、その部屋をごくあっさりと出てしまった。
思えば――天心先生が僕をこうも簡単に入れてしまったのも、彼がいたからなのだ。よく考えれば分かることだったが、かといってよく考える余地なんて、どこにもなかったようにも思う。
今となってはどうでもいいことかもしれない……。最後に、そんなくだらないことを考えて出ていったところで、扉から声が聞こえてきた。
「――――か……」
「……――」
「 」
なんて言っているかはさっぱり分からなかったけれど、思わず聞き耳を立てたときに、ある言葉だけは確かに聞こえたのだった。
「……あの程度では相手にならない――」
僕の中の何かに火が付いたのかもしれない。
あるいは、相手にならないという言葉をひっくり返してやろうと思ったのかもしれない。
ともかく僕は、その場で携帯を手に取り、迷わず電話をかけた。
そして予想通り、ワンコールで向こうから声が聞こえてきた。
「もしもし――こちら無忘探偵事務所の記館創子です」




