第2話:魔法災害、魔神の目醒め。
第1話へのたくさんの応援、ありがとうございました!
ついに「魔神」の力を手に入れてしまったケンジ。
しかし、彼の本質はあくまで「泥臭い清掃員」のまま。このギャップが今後の戦闘でどう活きるのか、お楽しみください!
【日本:国立異世界資源研究所(NIIR)・地下第3格納庫】
――ドクン。
それは、コンクリートの床を伝って、脳髄を直接揺らすような不気味な拍動だった。
直後、白一色だった通路のLED照明が、一斉に禍々しい赤色へと切り替わる。
鼓膜を鳴らす大音量のサイレンが、静謐だった研究所の秩序を容赦なく叩き潰した。
『警告。地下第三格納庫にて魔力波形の異常暴走を感知。汚染レベル4。職員は直ちに防護装備を着用し、地上へ退避してください――』
「嘘……っ! 聖遺物『魔神の心臓』の術式がブレイクされた!?」
研究室のモニターに狂ったように表示されるエラーログを見つめ、凛が悲鳴のような声を上げる。
デスクに乱雑に積まれていた書類が、サイレンの振動でバサバサと床に落ちていく。
「おい、凛! 何が起きてる!? これ、清掃員じゃ手に負えねぇタイプのゴミか!?」
「手に負えるわけないでしょう! 異世界側から回収された特A級呪物よ! 現代科学の魔力遮断セーフティが、内側からの圧力で焼き切られていってる……!」
凛の指がキーボードの上を激しく駆けるが、モニターの青白い光は次々とブラックアウトしていく。
パシィィン! と激しい火花を散らして、壁の魔力カウンターが破裂した。
凄まじい地鳴り。
地下から、物理法則を無視した『漆黒の霧』が津波となって溢れ出してきた。
触れるものすべての生命力を腐らせ、精神を汚染する、異世界の最悪なる負の遺産――『呪い』の奔流だ。
「っ、データだけでもサーバーに……!」
「バカ野郎! 命の方が先だろ!!」
資料を掴もうとする凛の腕を、俺は力任せに引っ張った。
だが、遅い。
部屋の入り口は、すでにどす黒い霧によって完全に塞がれていた。逃げ場はない。
防護服の警告ブザーが「ピーーー」と限界を告げる高音を鳴らし続ける。隙間から入り込むわずかな呪気だけで、肌が焼け付くように熱い。
(クソ、ここで死ぬのか? 俺は……)
視界が黒く染まっていく。
脳裏をよぎるのは、瓦礫の中で俺を庇って死んだ、あの勇者の姿。
代わりにならなきゃいけないんだ。こんなところで、無様に、ゴミに塗れて死んでたまるか。
その時、部屋の扉を突き破って、暴走の核――赤黒く脈打つ肉塊のような呪物『魔神の心臓』が、俺たちの足元へと転がってきた。
周囲の霧が、その核に向かって爆発的に収縮していく。このままだと、ここで魔力爆発が起きる。研究所ごと、凛も、俺も消し飛ぶ。
「あー、もう、クソが……効率悪ぃんだよ、この心臓!!」
俺は半ばヤケクソで、清掃員として十年間染み付いた「動き」を取っていた。
対象の構造を見極め、中和のロジックを叩き込む。
俺は防護服のグローブを脱ぎ捨て、むき出しの右手を追加された、その禍々しい心臓へと叩きつけた。
「解体して、中和して……綺麗に消え失せやがれっ!!」
その瞬間、世界が反転した。
◆
激痛。体中の血管に沸騰した鉛を流し込まれたような感覚。
だが、その直後に訪れたのは、世界を丸ごと塗り替えられるような、圧倒的で暴力的なまでの『出力』だった。
人間の肉体という器には収まりきらない、神の領域のエネルギー。
普通なら、精神が崩壊して怪物の成り果てるところだろう。
だが、十年間、ドロドロの魔物の死骸と向き合い、他人が嫌がるゴミを淡々と処理し続けてきた俺の「掃除屋としての理性」は、その限界突破した力を冷ややかに認識していた。
(……なんだ、この力。要するに、めちゃくちゃに濃い『特大の汚れ』じゃねぇか)
なら、やることは一つ化。
散らばったゴミは、一箇所に集めて、吸い上げる。それがプロのやり方だ。
俺の瞳が、深く、禍々しい紫色へと染まる。
右手を軽く一振りした。
――ゴ、ゥ、ゥ、ゥ、ゥ。
研究所のフロアを埋め尽くし、建物を崩壊寸前まで腐食させていた黒い呪霧が、まるで巨大なバキュームに吸い込まれるように、俺の右手へと急速に集束していく。
暴走していた『魔神の心臓』は、俺の肉体の中へと完全に融解し、その圧倒的な力を俺の制御下に「中和」させていく。
ほんの数秒前までの地獄が、嘘のように消え去った。
静寂が戻った研究室。
「……はぁ、はぁ。……まったく、人騒がせなゴミだぜ」
俺は肩で息をしながら、床にへたり込んでいる凛を見下ろした。
まだ手のひらがジリジリと熱い。
「おい、凛。ケガはねぇか?」
俺の声に、凛がゆっくりと顔を上げた。
彼女の鋭い瞳が、俺の顔を真っ直ぐに射抜く。
その時、凛の視線の先にある俺の瞳は、まだ人間の色に戻りきっておらず、怪しく、深い紫色に発光していた。
世界を滅ぼす「魔神」そのものの、圧倒的な残滓を湛えて。
「…………」
凛は息を呑み、その瞳をじっと凝視した。
だが、俺が「……凛? どっか痛むか?」と首を傾げた瞬間には、俺の瞳はいつもの冴えない濁った茶色に戻っており、凛もまた、いつもの冷徹で不機嫌な天才科学者の顔に戻っていた。
「ええ、大丈夫よ。……バカね。防護服を脱ぎ捨てるなんて、自殺志願者か何か?」
「助けてやったのにそりゃねぇだろ。ま、無事ならいいけどよ」
俺は気づかなかった。
立ち上がった凛が、俺に見えないように背中で固く拳を握りしめていたことに。
そして、その頭脳がすでに、目の前の元カノに起きた「あり得ない異常」を理解し、それをこの現代社会、そして異世界の勇者ギルドからどうやって『隠蔽』するかの計算を瞬時に始めていたことに。
こうして、佐藤ケンジ、二十九歳。
ゴミ処理の技術で魔神の出力をねじ伏せる、前代未聞の「隠れステータス」持ちが誕生した。
第2話をお読みいただきありがとうございました。
圧倒的な力を手に入れたケンジですが、凛には一瞬で「気づかれて」しまいました。でも、彼女はそれを指摘せず、陰から支える大人の関係性……ここから二人の奇妙な共同戦線が始まります。
次回、第3話はついに相棒のマナトが登場! 29歳最後の「勇者試験」へ挑みます。
複数作品を書いてますのでもしよろしければ、評価やブクマで応援いただけると、こちらの作品を優先して進める目安になるので推してくだされば幸いです!




