第1話:29歳、勇者落第。
目に留めていただき、ありがとうございます。
夢を諦めきれない全ての「おじさん」と、現場で戦うプロフェッショナルな方々に贈る物語です。
29歳の清掃員が、最強の力を得てどう足掻くのか。ぜひ最後までお付き合いください。
【異世界:聖教国 大聖堂】
高い天窓から差し込む陽光が、歴史ある聖堂の石床に鮮やかなステンドグラスの模様を映し出していた。舞い上がる埃さえも、まるで祝福の光の粒のようにキラキラと輝いている。
「――以上、三名! 前に出よ!」
試験官の朗々とした声が、聖堂の静謐を破る。
直後、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「やったぜ!」
「信じられない、俺たちが……俺たちが勇者だ!」
壇上に駆け上がる十代の若者たち。その背中は希望に満ち溢れ、腰に下げた真新しい剣が誇らしげに光を反射している。
その中心に、俺の名前が呼ばれることは――今年もなかった。
(……ああ、やっぱりか)
期待していなかったと言えば嘘になる。
だが、絶望するには、俺はもうこの光景を見過ぎていた。
「……勇者落第だ」
独り言が、喧騒にかき消される。
今年で十一回目。
佐藤ケンジ、二十九歳。
夢を追うにはあまりに遅く、諦めるにはあまりに――『呪い』が深い。
俺は、熱狂に包まれる聖堂に背を向けた。
◆
【異世界:市街地演習場・跡地】
聖堂の重い扉を開けると、そこには「現実」が広がっていた。
数時間前まで勇者予備軍たちが演習で暴れ回ったそこは、魔物の返り血と、引き千切られた肉片、そして破壊された遮蔽物の残骸で埋め尽くされている。
「……さて、仕事するか」
俺は、先ほどまでの「勇者志望・佐藤ケンジ」を脱ぎ捨て、汚れの目立つ作業用の防護服を身に纏う。
シュゥゥ、と電動ノコギリの起動音が響く。
俺の仕事は、勇者が散らかした『ゴミ』を片付けること。
異世界資源回収業者――通称、魔物清掃員。それが俺の本職だ。
「おい、そこの清掃員! これ、早く片付けとけよ。汚くてかなわん」
通りすがりの新人勇者が、鼻をつまみながら俺の足元に討伐した魔物の角を放り捨てた。
その瞳には、裏方で働く俺への、隠そうともしない蔑みが宿っている。
「……あー、はいはい。すぐやりやすよ。おめでとうございやす、勇者様」
俺は「変な敬語」を絞り出し、無言でノコギリを構えた。
ターゲットは、地面に転がる巨大な『剛毛猪』の死骸。
清掃員としての十年間で培ったのは、華やかな剣技ではない。
魔物の構造を理解し、どこをどう切れば一番「効率的に」処理できるかという解体技術だ。
(……いつまでやるんだ、俺は)
ふと、幼い頃の記憶が蘇る。
瓦礫の中で、自分を庇って息絶えたあの勇者の、血に濡れた微笑み。
『君は……生きてくれ……』
その言葉が、二十九歳になっても俺の背中を押し、同時に呪いのように縛り付けている。
◆
【日本:国立異世界資源研究所(NIIR)】
異世界を抜けて戻ってきた、日本。
白一色の壁に囲まれた無機質な廊下に、最新の魔力測定器が刻む電子音が響く。
その一角にある研究室は、乱雑に積み上げられた資料の山で埋め尽くされていた。
青白いモニターの光に照らされながら、狂ったようにキーボードを叩く女性が一人。
「おい、凛。届けに来たぞ。……少しは掃除しろって、何度言えばわかるんだ」
俺が声をかけると、タイピングの音がピタリと止まった。
ボサボサの髪の隙間から、鋭く、それでいて酷く疲れた瞳がこちらを射抜く。
「……ケンジ。遅いわよ。それに、勝手に私のテリトリーに秩序を持ち込まないで」
氷室凛。
この研究所の若きチーフであり、そして……俺の元カノだ。
「……また落ちたんでしょう? 勇者試験」
キーボードに指を戻しながら、凛が淡々と言い放つ。
「……うるせぇ。来年がある」
「来年は三十路よ。……いい加減に現実を見なさい。あなたは清掃員としては超一流なんだから、私の下で正規職員として働けば――」
「断る。俺は、あの人の代わりにならなきゃいけねぇんだ」
一瞬、室内の空気が凍りついた。
凛はそれ以上何も言わず、ただモニターの青白い光を見つめている。
だが、この時。
この平穏で、それでいて惨めな日常が、音を立てて崩れ去るまで――あと数分も残されていなかった。
研究所の地下深く。
厳重に封印されていた「ある呪物」が、静かにその拍動を速めていた。
第1話をお読みいただきありがとうございます。
本作は異世界と日本を行き来する設定ですので、シーンの頭に【場所タグ】を入れさせていただきました。
次回、研究所を襲う魔法災害。そこでケンジの運命が大きく動き出します。
複数作品を書いてますのでもしよろしければ、評価やブクマで応援いただけると、こちらの作品を優先して進める目安になるので推してくだされば幸いです!




