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俺は、ふぅ……と、小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
(けど、さっきの機嫌の悪さと関係ないだろ…)
肩にあった手は、今は引っ込められている。
俺は袖で顔を隠したまま、もそもそと彼に背を向けた。
この人がこうして声をかけてくれたことは、素直に嬉しいと思う。
凄く安心したのも確かだ。
でも、今更顔を向けるのは……非常に照れ臭くて無理だ。
そのことを知ってか知らずか、榊さんは話を続けた。
「夕飯食べた後に、お前が外に出て行くのを見て後を追おうと思ったんだが、雪乃に捉まってな。少ししてお前が帰って来るのが見えたんだ、部屋から。津田に笑いかけるお前を見て、嫉妬した」
(……そんなことで?)
「お前はそんなことでって思うかもしれないが、」
(っ……)
「前にも言ったが、俺には簡単に向けては貰えないモノだからな、物凄く悔しく思えたよ。滅多に会わない津田にまでそんな顔を向けるのか、と。……すげぇガキだってお前なら言うんだろうな」
うん、今思いかけた。
(でも、俺も抱かなかったことがないわけじゃない。神条さんのことが好きだった時は、すげぇ嫉妬してたし……。それに……――)
「それに加え、」
(――?)
少し楽しげに切り出す榊さんの声に、耳を傾ける。
「雪乃とキスしているところを見たらブチ切れそうになったな。あれは堪えた」
(ブチ切れって……そんな風に見えなかったぞ……)
「それでも冷静になれたのは、雪乃のお蔭だ」
(なんだそりゃ)
全く意味が分からない。
「雪乃の部屋にいるときに言われたんだ。自分の好きという気持ちを押しつけるのは優しさじゃないよ、とな。さっきのキスだって、雪乃が俺に見せる為だったようだし」
(――――は?)
思わずパチリと目を開く。
涙はいつの間にか止まっていた。
「正確には、俺に見られた時に優一がどう反応するか、見たかったんだろうな」
(なんだ、って……?)
ムクリ、と上体を起こす。
(要するに、結果的に二人に俺は嵌められたわけか。へえ……)
黙ったままの俺に不安を覚えたのか、彼らしからぬ戸惑いの声で俺を呼んだ。
「……優一?」
「……なんで、さっき機嫌悪かったんですか。神条さんの考えを読んでいたんなら、そうならないはずでしょう?」
「ならないわけないだろう。考えに気付いたのはアイツの笑った顔を見た時だし、気付いたとしてもお前に触れたことに変わりはないんだからな」
(っ……あの人は、俺が苦しむのを分かっていてあんなことをしたのか? いや、違う……苦しみを与えたのは、俺自身だ。榊さんに見られて焦ったのも確かだし、誤解、解かなきゃって……そんな必要ないはずなのに、そうじゃなかった……)
俯いたまま眉間に深く皺を刻んでいると、大きな溜息が背後から聞こえて来た。
「雪乃に言われて感情を押し付けないようにと思っていたが――もう限界だ」
「え……ちょ……――!?」
呟きと共に後ろから目の前に手が伸びて来て、俺の頬に触れた。
そのままぐるんと後ろを向かされてしまい、突然変わった景色に目を丸くする。
「……優一、泣いてたのか……」
「っ!? あ、あんたには関係ない!」
赤くなっている目元に触れようとする指を咄嗟に払い除ける。
が、
「関係ないなら見せられるだろ」
と更に強い力で顔を掴まれて上を向かされた。
こんな顔を間近で見られちまうとか、冗談じゃない。
そう思うのに、この人の強い力と視線に身体が動かない。
「お前は、雪乃とのことを俺に見られてどう思ったんだ?」
「っ……」
「ああ、勘違いするなよ? 尋問したいわけじゃない。ただ、お前の気持ちが知りたいだけだ」
「……、……」
「俺の態度のせいで、泣いてくれた。俺はそう思いたいんだが……ダメか?」
困ったような笑みを浮かべながら、俺を見つめる瞳。
そんな訊き方は、卑怯だ。
もう今までのように、この手を払い除けることなんてできないのに……。
向き合おうって決めたのは俺だ。
「……うっ……」
また涙が滲む。
苦手が、いつの間にか好きに変わった事に、はっきりと気付いてしまった。
苦しくて、認めてしまいたいと……、心から思ってしまった――。
零れそうになる涙を、榊さんの舌が優しく掬う。
「お前の気持ちは分かった。これからゆっくり、言葉にしてもらうからな。覚悟しとけ」
俺に軽く口付けて、眼鏡を外した榊さんは次に激しいキスをした。
「……んっ……ちょ、待て……」
「今まで随分待ったのに、まだダメだと言うのかお前は」
(この人、なんか色々根に持ってる?)
涙はすっかり引っ込み、呆れた顔を向ける。
「そうじゃなくて。ちょっと、気になってることがあるんですけど……」
「……何だ?」
全く見当がつかないといった顔で俺を見つめて来る。
その瞳をジッと見つめ返す。
「なんで、神条さんが俺と榊さんのこと知ってるんですか?」
「…………あー……」
「あー、じゃない!! あんた何喋ってくれたんだ!」
俺から視線を逸らした榊さんの胸倉をガッチリ掴んで揺さぶる。
「あの人にはずっと黙っておきたかったのに秘密を漏らした上に協力させるとかもうあの人に合わせる顔ねーんだけど!!?」
「ゆ、優一落ち着け……」
「落ち着いてられるか! ――あっ、まさか俺があの人のこと好きだった事まで話してないだろうなあ?」
「それは……」
(ここで言い淀むのかよ……!)
どういう神経してんだこの人は! と更にガクガクと揺さぶる。
「何してくれちゃってんだよオイ。もう店にも居られねーんだけどぉ?」
「だから、落ち着けッ」
揺する俺の手を榊さんが強く掴む。
「そのことは話していない」
「本当かよ……」
「ああ。俺が話さなくても、アイツは気付いていたからな」
(……え……?)
言っている事が良く分からない。
(気付かれていた? 俺の気持ちが、神条さんに……?)
放心する俺に、榊さんが肩を竦ませた。
「雪乃はああ見えて、鋭いからな。お前と同じで同性にも好かれる奴だろ。そういうニオイに敏感なんだろうな」
「……」
「アイツが気付いていたから、俺は優一に対する自分の気持ちを打ち明けたんだ。優一と雪乃のことは俺が口出しすることじゃあないだろ」
ポンと頭に手を置かれる。
「ま、すっきりしないことがあるなら、雪乃に伝えればいい」
そう言いながら俺の髪を掻き回した。
「……別に、今更あの人に伝えることなんか、ありませんよ……」
「そうか?」
「そうですよ……」
(俺が今好きなのは……あんたなんだからな……)
口に出して言うには、それこそ今更感があって躊躇われる。
乱された髪を手櫛で整え、手持無沙汰に俯く。
(なんか色々ありすぎて、疲れたな……)
泣き過ぎたせいもあって、頭がボーっとする。
「榊さん、すみません。俺……もう眠くて……」
上体をまた布団へ横たえ、瞼をゆっくり動かす。
榊さんは一度俺から離れると、電気を消して戻って来た。
そして俺の布団に入ってきて、後ろから抱き締めた。
「あ、の……榊さん……?」
「もういいだろ。俺にはこうする権利があるんだから」
「それは……――」
(そうだけど……、いろいろ分かった後だし、すっげえ恥ずかしいっつの……)
最初はドキドキして眠れるか不安もあったが、榊さんは思いの外ジッと俺を抱きしめているだけで、いつの間にか安心し切って徐々に瞼が落ちて行った。
意識を手放す瞬間、優しく頬に何かが触れたが、それを認識する前に完全に眠りに落ちた。




