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「はぁ……。とりあえず、一人でゆっくり入れて良かった」
大浴場から部屋へ戻る途中、首に掛けたタオルで髪から落ちる水滴を拭う。
(……榊さんが部屋に居なかったのが幸いだな)
心の準備をする時間が得られたのは大きい。
(でも一体どこに行ったんだ? もう部屋に戻ってきてるよな)
前方に松の間が見えて来た。
(う……。緊張すんなぁ。ここまできて往生際の悪い。しっかりしろ! 俺!!)
グッとタオルを握り締める。
と、松の間の更に向こうから、知った顔が近付いてくるのが見えた。
「……神条さん?」
「あれ~、優一じゃない! 一人でお風呂―?」
テンション高らかに俺を呼ぶ神条さんの手には、タオルに着替えが入ってると思われる袋を抱えていた。
「神条さんはこれからですか?」
「そうなんだよ~。さっきまで槙人と一緒だったから、つい遅くなっちゃって」
(だからあの人部屋に居なかったのか。それより、この人なんか様子変だな……)
真相が分かって少しスッキリはしたが、今度はこっちが気になった。
「打ち合わせか何かだったんですか? あ、俺いなくて大丈夫でした……?」
「ああ大丈夫大丈夫~。久し振りの再会だから、ちょっと二人で飲んでただけだし。今度は優一も一緒に飲もうね~♪」
(酒か! 通りでいつも以上に緩くなってるわけだ……)
「そんなに飲んで大丈夫なんですか? 神条さん、酒あんまり強くないでしょうに……」
「だいじょぶだってえ! これからお風呂で酒抜くから~」
「お風呂では抜けませんよ!逆に危険ですからっ!ちゃんと外で酔い覚ましてから入って下さいよ」
「え~~……優一ってば真面目過ぎ~~」
口を尖らせながら、神条さんはふざけて俺に擦り寄って来た。
「そんなんじゃあ、恋人できないぞ~?」
「……はいはい、余計なお世話ですから。とっとと覚まして来て下さい」
前までの俺なら、心臓の一つや二つ爆発していたことだろう。
それがどうだ。
今じゃ驚きはしてもあのドキドキ感はほとんどないのだ。
(本当、不思議だよな……)
余裕で彼の背中を擦って宥めたりもできる。
「ほら、なんなら俺も付き合いますから、とりあえず部屋に戻りましょうか?」
「ん~~……」
このまま寝落ちするんじゃないかと心配になり顔を覗き込む。
「神条さ――………」
不意に強い力に引き寄せられたかと思えば、俺の唇に神条さんのそれが触れていた。
(今どうなってんだこれ!? 何で俺と神条さんが――!!??)
思いの外しっとりとした感触に、動揺を隠せない。
そこへ、更に追い打ちという偶然が重なった。
「優一か? 何をさっきから騒いでるんだ……」
戸の開く音が直ぐ傍から聞こえ、呼び掛けられて咄嗟に絡みつく腕を解く。
「さっ……」
(榊さん!!? 今見られたか? 見られたよな絶対っ)
眼鏡の奥で僅かに揺れる瞳は、数秒前の出来事を映していたかは定かじゃない。
が、タイミング的に悪い結果な気がする。
「雪乃は風呂に行こうとしてるのか?」
(あ、れ? ……もしかして見られてない?)
自然な足取りで神条さんに近付き、手を貸す榊さんに少しばかり拍子抜けしてしまう。
それならそれで好都合だが、まだ見られていないと決まったわけじゃない。
「あれ、槙人……? どうしたの?」
「それはこっちのセリフだ。まだ少し風呂に行くのは我慢しろと言っただろう」
「えー……優一といい槙人といい、ホントに過保護なんだから…。もう大丈夫だよ」
「雪乃」
「分かってる。ちゃんと部屋で休むよ。あと、部屋のお風呂を使うことにするから、もう心配無用だよ」
さっきまでとは打って変わってしっかりした口調。
そして、意味深に口端を軽く持ち上げた。
「優一、ごめんね」
「はい……?」
「それじゃあお二人さん、おやすみ」
神条さんは笑顔で手を振り、俺達に背を向けて、軽い足取りで部屋へ戻って行った。
(酔っ払ってキスしたことへの謝罪か?それにしちゃあ軽い気が……)
納得いかずに眉を寄せ、小さくなる背中を見送っていると、脇から腕を引っ張られた。
「お前は風呂上がりだろ。湯冷めするから早く部屋入れ」
「ちょ、そんな引っ張らなくても入りますからっ」
榊さんに急かされながら、松の間の入口を潜った。




