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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第七章
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 * * *


「はぁ……。とりあえず、一人でゆっくり入れて良かった」

 大浴場から部屋へ戻る途中、首に掛けたタオルで髪から落ちる水滴を拭う。

(……榊さんが部屋に居なかったのが幸いだな)

 心の準備をする時間が得られたのは大きい。

(でも一体どこに行ったんだ? もう部屋に戻ってきてるよな)

 前方に松の間が見えて来た。

(う……。緊張すんなぁ。ここまできて往生際の悪い。しっかりしろ! 俺!!)

 グッとタオルを握り締める。

 と、松の間の更に向こうから、知った顔が近付いてくるのが見えた。

「……神条さん?」

「あれ~、優一じゃない! 一人でお風呂―?」

 テンション高らかに俺を呼ぶ神条さんの手には、タオルに着替えが入ってると思われる袋を抱えていた。

「神条さんはこれからですか?」

「そうなんだよ~。さっきまで槙人と一緒だったから、つい遅くなっちゃって」

(だからあの人部屋に居なかったのか。それより、この人なんか様子変だな……)

 真相が分かって少しスッキリはしたが、今度はこっちが気になった。

「打ち合わせか何かだったんですか? あ、俺いなくて大丈夫でした……?」

「ああ大丈夫大丈夫~。久し振りの再会だから、ちょっと二人で飲んでただけだし。今度は優一も一緒に飲もうね~♪」

(酒か! 通りでいつも以上に緩くなってるわけだ……)

「そんなに飲んで大丈夫なんですか? 神条さん、酒あんまり強くないでしょうに……」

「だいじょぶだってえ! これからお風呂で酒抜くから~」

「お風呂では抜けませんよ!逆に危険ですからっ!ちゃんと外で酔い覚ましてから入って下さいよ」

「え~~……優一ってば真面目過ぎ~~」

 口を尖らせながら、神条さんはふざけて俺に擦り寄って来た。

「そんなんじゃあ、恋人できないぞ~?」

「……はいはい、余計なお世話ですから。とっとと覚まして来て下さい」

 前までの俺なら、心臓の一つや二つ爆発していたことだろう。

 それがどうだ。

 今じゃ驚きはしてもあのドキドキ感はほとんどないのだ。

(本当、不思議だよな……)

 余裕で彼の背中を擦って宥めたりもできる。

「ほら、なんなら俺も付き合いますから、とりあえず部屋に戻りましょうか?」

「ん~~……」

 このまま寝落ちするんじゃないかと心配になり顔を覗き込む。

「神条さ――………」

 不意に強い力に引き寄せられたかと思えば、俺の唇に神条さんのそれが触れていた。

(今どうなってんだこれ!? 何で俺と神条さんが――!!??)

 思いの外しっとりとした感触に、動揺を隠せない。

そこへ、更に追い打ちという偶然が重なった。

「優一か? 何をさっきから騒いでるんだ……」

 戸の開く音が直ぐ傍から聞こえ、呼び掛けられて咄嗟に絡みつく腕を解く。

「さっ……」

(榊さん!!? 今見られたか? 見られたよな絶対っ)

 眼鏡の奥で僅かに揺れる瞳は、数秒前の出来事を映していたかは定かじゃない。

 が、タイミング的に悪い結果な気がする。

「雪乃は風呂に行こうとしてるのか?」

(あ、れ? ……もしかして見られてない?)

 自然な足取りで神条さんに近付き、手を貸す榊さんに少しばかり拍子抜けしてしまう。

 それならそれで好都合だが、まだ見られていないと決まったわけじゃない。

「あれ、槙人……? どうしたの?」

「それはこっちのセリフだ。まだ少し風呂に行くのは我慢しろと言っただろう」

「えー……優一といい槙人といい、ホントに過保護なんだから…。もう大丈夫だよ」

「雪乃」

「分かってる。ちゃんと部屋で休むよ。あと、部屋のお風呂を使うことにするから、もう心配無用だよ」

 さっきまでとは打って変わってしっかりした口調。

 そして、意味深に口端を軽く持ち上げた。

「優一、ごめんね」

「はい……?」

「それじゃあお二人さん、おやすみ」

 神条さんは笑顔で手を振り、俺達に背を向けて、軽い足取りで部屋へ戻って行った。

(酔っ払ってキスしたことへの謝罪か?それにしちゃあ軽い気が……)

 納得いかずに眉を寄せ、小さくなる背中を見送っていると、脇から腕を引っ張られた。

「お前は風呂上がりだろ。湯冷めするから早く部屋入れ」

「ちょ、そんな引っ張らなくても入りますからっ」

 榊さんに急かされながら、松の間の入口を潜った。


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