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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第六章
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 途中、景色の良いところでバスから降りたり休憩しながら軽井沢に入り、目的の民宿に着いたのは四時過ぎだった。

「意外と小ぢんまりした宿っスね」

 小笠原の気の抜けた言い回しに、どんな宿を期待していたのかと苦笑を滲ませながら中へ入った。

 森林に囲まれた静かな場所だ。

 空気も美味しいし、別荘にしたくなるくらい感じの良い宿だと思う。

 造りは古いが中は綺麗に清掃されている。

 靴からスリッパに履き替え、俺と榊さんで受け付けに足を運んだ。

「あっ、いらっしゃいませぇ。お待ちしておりました。アヴェク-トワ様ですね。雪乃さんから伺っております」

 出て来たのは優しそうな女将さんだった。

「私は二号店で店長をしております、榊といいます。こっちは一号店の英です。三日間宜しくお願いします」

 榊さんの挨拶の後に女将の視線が俺に向けられた。

「あら。そちらも店長さんしてらっしゃるの? お若いのに偉いわねぇ。雪乃さんから伺ってはいたけれど、こんなにお若い方だったなんて」

 ニコニコと絶えず続く笑顔に加え、少しばかり声が弾んでいるように聞こえるのは気のせいか……。

 俺は努めて仕事用の微笑みを彼女に向けた。

「英です。他六名、お世話になります」

「ゆっくりしていって下さいね。今、お部屋へご案内しますので」

 そして、告げられた部屋割は……――

 

【梅の間①】

「俺は日野ちゃんと一緒なんだねー。宜しくお願いします」

 爽やかな笑顔と柔らかい声音で津田が日野に挨拶を交わした。

「こちらこそ、短い間ですが宜しくお願いします」

 負けじと日野も明るい笑顔で対応する。

 この二人、案外似た者同士なのだろうか。


【梅の間②】

「片山だ。宜しく頼む」

 さすが片山さんだ。

 一度会っているにも拘らず、几帳面に名乗っている。

「ど、どうも……高屋です」

 何故か怯える高屋は放っておこう。

 雪乃の悪意を感じる組み合わせなのは気のせいか……。

 

【菊の間①】

「オレ等だけ一号店同士っスね! 木村さん!」

「そうみたいだねぇ。宜しく」

 小笠原と木村さんペア。

 相手が木村さんなら、小笠原もバカ騒ぎはしないだろう。

 なかなか上手い部屋割りだと思う。――俺以外は……。


 【松の間①】

「何となく予想はしてましたけど、やっぱりですね」

「いいんじゃないか? 店長同士、いろいろと親睦を深めるのも」

「そう思えるのはあんただけじゃないんですかっ。いろいろって何だ!」

 不敵な笑みを滲ませる榊さんに腹が立つ。

 宿でさえ、俺には休息を与えてはもらえないらしい。

「お前は変に意識しすぎだと思うが」

 誰のせいだ!と言いたいところだが、言い返されるのが落ちな気がして心の中だけに留めた。

 俺は気を取り直して大きく開けている窓に近付いた。

「わっ、見事な森林。近くにテニスコートもあるのか」

 都心じゃなかなか見られない景色に少しばかりテンションが上がった。

「こっちは随分涼しいな」

 自然な動作で隣に立った榊さんに小さく頷く。

「この深緑のお蔭ですかね。空気も美味しい」

 肺いっぱいに空気を取り込み、ゆっくりと吐き出す。

 ふいに肩を抱かれて、反応する間も無く俺の体は榊さんの腕の中に納まった。

(えー……っとお??)

 驚きに数回目を瞬いて、深呼吸とは違う溜息を吐き出した。

「榊さん……何してるんですかッ」

「それわざわざ聞きたいのか?」

「そういう意味じゃないですよ! 楽しいですか? 俺をからかって……」

「そんなこと――」

 呟いた言葉に真剣な声音で返って来て固唾を呑む。

「……」

「楽しいに決まってるだろ」

「あんたって人は……!」

(真剣に答えたかと思えばそんな答えかよ! 分かってたけどな!!)

 強く押し返したが、それを上回る腕力にまた体は逆戻りだ。

「誰かに見られたらどうするんですかっ」

「部屋にいるのは俺達だけだ。見られるわけがないだろ」

「外、見て下さいよ。すぐ下に道とかあるじゃないですか。誰も見てないなんて言い切れないですよ」

「なら……」

 榊さんの掌が俺の後頭部に添えられ、そのまま抱き寄せて俺の顔は厚い胸板に埋まった。

「ちょ!? 何してんですか!」

「顔さえ見られなければ平気だろ」

「だ、だから……そういう問題じゃないって……っ」

(何度言えば分かるんだこの人は!!)

 きっと今、耳まで赤くなっているに違いない。

 そんな自分が嫌で、顔を上げたくても上げられない。

 そう思っていたところに、頭を両手で掴まれクイッと俺の意思なく上へ向かされた。

「ハッ……。真っ赤」

「~~~っ!!?」

(こんな時に限ってそれは卑怯だ……!!)

 俺は赤面を見られたとこよりも、屈託なく笑う榊さんの顔に、不覚にもドキリとさせられてしまった。

 このことを本人に言う気はまったく無いが。

「あんた、分かっててやってんだろ!」

「素直にならないお前が悪い」

「人のせい!? 全部あんたが悪いんだろうが!」

「そう喚くなよ。それに、素直になった方が楽だと思うが」

「まだ言うか!!」

 ドンと胸を押し返すと、今度はすんなり解放された。

 どうしてこの人相手だと、余裕がなくなるのか……。

 その事実がもの凄く悔しい。


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