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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第五章
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 しばしの沈黙の後、隣で身動きする気配に少しだけ顔を上げた。

「フェアはどうだったんだ?」

「え……?」

 銜えた煙草に火をつけ、紫煙を吐き出しながら尋ねて来た榊さんに視線を戻す。

「仕事の延長じゃないが、一応店の様子を聞いておこうと思ってな」

「そうですか……。えーっと、まあ特に報告するほどの問題は起きませんでした、けど……」

「けど?」

「誰かさんのお蔭で一時騒ぎになりましたね」

「どんな?」

 榊さんの聞き返しにくすりと笑う。

「去年と同じですよ。榊さんなら、分かりますよね?」

 女性客に群がられた経験のある者同士、全てを語らずとも想像はできるだろう。

 案の定、榊さんは静かに頷くだけだった。

 暗くてその表情はハッキリとは見えないが、きっと渋い顔をしていることだろう。

「――……その誰かさんは、小笠原だな」

「あはは。御名答です。キツク言っておいたんで、大丈夫だと思いますけど」

 榊さんの煙草のニオイが、風に乗って俺の鼻腔を掠めて行く。

(このニオイ、どこかで……)

 思い出せそうで思い出せないもどかしさに首を捻った。

(……ってか、前こっちに居た時は煙草なんて吸ってなかったよなぁ?)

 何となく気になって尋ねてみることにした。

「あの、榊さん」

「……ん?」

「煙草、吸ってましたっけ?」

 赤く燃える煙草の先端を見つめていると、少しの間の後返事が来た。

「……煙草自体は前からだが、ここ数ヶ月のうちに量は増えたな」

「そうだったんですね。初めて見ましたよ、吸ってるとこ」

「だろうな」

「え……?」

「お前と居た時は、吸いたいとは思わなかったからな」

「どうしてですか?」

「……」

 少しの沈黙のあと、何かを言おうと榊さんが口から煙草を離したとき、店の扉が開いた。

「あっれー? こんなとこにいた! もー、二人で何してンすかぁ?」

 文句を言いながらこっちに駆け寄ってくる小笠原を二人同時に振り返った。

「酔い醒ましだ、酔い醒まし! お前こそ、何で出て来たんだよ」

「優ちゃんがちっとも戻って来ないから~。榊店長も消えちゃうし……。何かあったのかなーって気になったんスよぉ」

「何もねーよ」

「ほんとかなぁ?」

 俺の首に腕を絡めて寄り掛かってくる小笠原に、俺はギュッと眉を寄せた。

「お前、酒臭い。あれからどんだけ飲んだんだ」

「えー? ちょびっとだけっスよぉ。そんなことより、二次会行かないっスかー?」

 間延びした口調にやたらベタベタ触ってくる奴が、ちょびっとな訳がない。

 しかも、榊さんがいる前でだ。

「二次会は明日シフト入ってねえ奴だけで行け。もちろん俺は入ってる」

「え~~~っ。優ちゃんいないと盛り上がらんじゃ~ん。……あ! さては、榊店長と行く気っスね!?」

「え……」

 何故そうなる。

 名前を出された榊さんはというと……。

(我関せず!? こういう時こそあんたの出番だろうが!!)

 視線を余所へ向けて煙草を吹かしている無関心眼鏡をギロリと目で訴えた。

「ん~~~。じゃあ、二次会は諦めるから、飲み直そー? 優ちゃ~ん」

 俺の肩にグリグリと額を押しつけて来る小笠原に視線を戻す。

「お前、それ可笑しいから。結局飲むなら変わらねぇだろ」

 はあぁ、と盛大に溜息を零しても、今の小笠原にはあまり届かない。

 俺より少しだけ大きい背中に手を回して支えてやりながら、店の方へ歩く。

(榊さんとの話が途中だったけど、まあ仕方ねぇか)

 一旦立ち止まって後方に目を向ける。

「榊さん? 戻りますよ?」

 この問いかけに、背後で煙草を消す気配がして、俺はそのまま店内へ戻った。

 そして二十分ほどして解散となった。

 酔い潰れた小笠原は、もちろん日野に押し付けた。

 それを自分の役割のように思っているのか、日野は嫌な顔一つせず引き受けてくれていた。

(――で、どうして俺はこの人と一緒なのかな……?)

 途中までは他のメンバーも一緒だったのだが、何故か今は榊さんと二人きりで歩いている。

「あの……どうしたんですか? ここからだと、遠回りになりますよね?」

「そうだな」

「そうだな、って……」

 このまま駅まで送るつもりでいるのか、それとも他に何かあるのだろうか。

 訝しむ視線を向けていると、ゆっくりと榊さんの口が動いた。

「さっき、話が途中だったからな」

「あっ、あぁ…、そうでしたね」

 なんとなく忘れていた。

 ついでに気になっていたことも思い出した。

「そういえば、どうして俺と居た時は煙草吸う気にならなかったんですか?」

「分からないか?」

「分からないから訊いてるんですけど……」

 ちょっと悔しい。

 そう思っていると、榊さんの頬が緩んだ気がした。

「良く言えば息抜き、悪く言えば余裕がなかったからだ」

「……全然意味が分かりません」

「つまり、優一と居る時はストレスを感じないってことだ。半面、気になり過ぎて他の事に気を回す余裕がなかったってことだな」

(!? そ、そういう理由かよ……)

 じわりと顔が熱くなるのを感じる。

「だから、煙草の存在を忘れられた」

「俺は禁煙アイテムですか」

「そうだ。俺限定のな」

(この人はっ、またサラッとそういうことを……!)

「でも、今はもうダメだな。さっきも吸っちまったし」

「……ああ。癖、ついちゃいましたか」

「だな」

 駅まで暗い道が続く。

 沈黙が流れると、何か話を切り出した方がいいのかとちょっと迷う。

 俺は徐に空を見上げた。

「わっ。やっぱり、星良く見えますね」

 星の名前とかなんてさっぱり分からないから、在り来たりなコメントしか浮かばなかった。

「……本当だな」

 俺につられて榊さんも見上げてくれたから、とりあえず良しとしよう。

 ふと気付くと、前方に駅の明かりが見えて来た。

「榊さん、もう駅近いので、この辺で大丈夫ですよ」

「……」

「明日も仕事ですよね?」

「………」

(あれ? なんで喋らないの? この人)

 チラリと榊さんに視線を向けると、小さな溜息が聞こえて来た。

「――分かった。気を付けて帰るんだぞ」

「あ、はい」

 どこか諦めを含んだような声音。

 表情は、暗くて良く分からなかった。

 榊さんと別れて、駅までの残りの道を一人で歩く。

「ふぅ……。結構飲んだと思ったけど、思ったほど酔わなかったなー。っつか酔うの? 俺」

 呟く声は暗い夜空へ消えて行く。


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