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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第二章
12/13


「――やば。なんか色々思い出し過ぎた」

 眩暈を覚えそうで額を押さえる。

(榊店長か……。この前会ったのいつだったっけ……、半年前?)

 もんもんとする頭のまま、俺は力無く椅子から立ち上がった。

 あと三十分もすればみんな出勤してくるだろう。

 今日は八時から棚卸を開始して、早めに終わらせる予定だ。

「とにかく今は仕事だ仕事!」

 自分自身に活を入れつつ、棚卸前にやり残したことがないか店内を見て回った。

 今日はカフェの方も休業で、いつも下ごしらえに勤しむ木村さんの姿が見えなくて少しばかり寂しい。

(まあ、木村さんにはたまにはしっかり休んでもらわないとな)

 いつも助けてもらっている彼にこそ、しっかり体を休めて欲しいと願う。

 それが少しでも叶うなら、今日くらいは我慢しないと罰が当たるというものだ。

 そんな寂しさに浸っていたら、入口の方から無駄に明るい話声が聞こえてきて苦笑が零れた。

「アイツは朝っぱらから元気良過ぎるだろ」

 途中で日野と会ったのか、小笠原と二人、話をしながら入って来た。

 もちろん、元気良過ぎるのは小笠原の方だ。

「お! 優ちゃんおはよーっス♪ 一番乗りじゃないっスか!」

「おはようございます。今日はまた早いですねー」

「おー。おはよう。――お前らより遅かったら問題だろうが」

 他愛のない挨拶を交わして店内に笑いが響く。

 そのまま階段を上がって行く二人を見ながら、俺は片方を呼び止めた。 

「小笠原ー」

「なんスか?」

「タイムカード切ったら店長と呼ぶように」

「えーっ!」

「一度でも呼んだら残業させるからな」

「ンげっ」

 仕事中くらいは役職で呼べと今まで何度も言ってきた。

 しかし、たまにうっかりするようでなかなか直ってはくれない。

 俺が溜息をついた時、また入口の扉が開いた。

「あ、片山さん。おはようございます」

「お早う御座います。――朝からお疲れですか?」

「え? あ、違います違いますっ」

 僅かに引き攣った笑顔の前で両手をひらひらと振る。

(溜息聞かれたか……!)

「大丈夫ですか?」

「ええっ。全然大丈夫ですよ」

「そうですか」

 ホッと笑む片山さんを久し振りに見た気がした。

 これ以上彼と気まずくなるのは避けたい。――一方的にだが、懸念しているといろんなことがきっかけになりそうで怖い。

 二階へ上がる片山さんの背中に安堵の息を吐くと、またまた扉が開いた。

 うちのメンバーは全員揃った。

(ってことは……)

 俺は恐る恐る振り返る。

「おはようございます。英店長」

 入って来た人物を目にして、俺は心中で悲鳴を上げた。

(やっぱり!!)

「お……おはよう、ございます。今日は宜しくお願いします……」

 スリムな眼鏡の奥で、キラリと鋭い目が光る。

 俺はこの目が嫌いだ。

「歯切れが悪いようですが、どうしてですか?」

 口は弧を描いているのに目がそれとは逆の感情を訴えている。

(相変わらず意地悪だなこの人!)

 俺は引き攣りそうになる口元にグッと力を入れた。

「気のせいですよ。それよりココでは何なんで、どうぞ中に入って下さい」

(我慢だ、我慢!)

 笑顔を絶やさないままレジカウンターの方へ促す。

「なかなか、作り笑いが上手くなったじゃないか」

 ――ピキッ。

 俺の中で何か亀裂のような物が走った。

(や、まだ耐えられる……)

「そんなわけないでしょう。心の底から笑ってるつもりですよ? 俺は」

 やばい。

 顔全体が引き攣りそうだ。

「ま、そういうことにしておいてやってもいいが。――随分と店の雰囲気が変わったな。お前が配置を決めたのか?」

 店内を見回す榊さんに、俺は心中で複雑な吐息を零す。

「最終的にはそうですよ。基本みんなの意見を取り入れて、お客さんが何度来ても飽きないように定期的に各部門内で配置換えしてます」

「なるほどな。センスはいい」

「……え」

(今、褒めた? この人が⁉)

 いや早まるな。

 もしかしたら聞き間違いかもしれないじゃないか。

「だが、サンプルの出し方が適当過ぎる。もう少し工夫した方がいい。もっと人の目を引くような……」

(ほらな。やっぱり聞き間違い)

(いやいや上げて落とすの早過ぎだろ! 久し振りに来ていきなり駄目だしか!)

 この人らしいといえばらしいが……。

 決して適当に出しているつもりはないし、もう少し言葉を選んで物を言ってほしい。

 俺の米神に青筋が浮かび上がりそうになる。

 もう我慢の限界だ。

 そう思った時、着替えを済ませた他のスタッフが二階から下りてきた。

「てんちょーお待たせしましたー……って、あれ? 榊店長?」

「あ、本当だ。応援に来て下さったんですか?」

「お早う御座います」

 小笠原、日野、片山が言葉を交わし、なんとか気持ちが落ち着いた俺は、彼がココに来た経緯を説明した。

「じゃあ、オーナーは今日来られないんスね」

「そういうこと。多分今頃はヨーロッパだろうな」

「海外っスか⁉」

「取引先は八割がヨーロッパだからな。かなり忙しいんじゃねーかな……殆ど日本にいないし」

「なるほど~。大変なんスね」

 納得した様子の小笠原がうんうんと頷いている。

 その姿にニヤリと笑みを浮かべた。

「だから、お前もしっかり頑張らねーとな」

 バーコードをスキャンして個数をカウントしていく機械を、小笠原の手にトンと置く。

「まあ手始めにアクセコーナーからやってみようか」

「ンげッ。一番細かくて面倒なとこじゃないっスか! 手始めとか優ちゃんひっでえ!」

「はい。残業けってーい」

 しまった! と言わんばかりに小笠原の顔が蒼く引き攣っていった。

 それが可笑しくて笑いが零れる。

 その時一瞬、榊さんが視界に入って俺はハッとした。

 ああ、

 もしかしたら、彼が俺に意地悪をするのは、これと同じ感覚だからかもしれない。

(だからって、からかいたくなるような性格はしてねーつもりなんだけどな。俺は)

 今までの事が愛情表現だったとしたら……。

(仲間としてでも、なんか複雑だな……)

 フゥ、と小さく溜息一つ。

「それじゃあ、始めようか」

 気持ちを切りかえて、俺は一人一人に指示を出し、棚卸を開始した。

 棚卸の最中は、ピッ、ピッ、とカウントする機械音しか聞こえてこない。

 ミスを防ぐために必要以上の会話はしない。

 そうみんな心に留めてくれている。

(小笠原もなんだかんだしっかりやってくれてるし、後で残業のことは冗談だって言ってやらないとな)

 そんなことを思いながら、昨日棚に貼り付けてもらった紙に、棚卸済みを告げるサインを書き込んだ。

「店長」

 終わるのを待っていたのか、後ろから日野が声をかけてきた。

「オーナーからお電話入ってますよ」

「神条さんから?」

「はい。電話に出られそうなら代わって欲しいそうです」

「分かった。サンキュ」

 俺は店の真ん中にあるレジカウンターへ向かい、奥に設置してある店用の電話の受話器を取った。

「お電話代わりました。英です」

『神条です。忙しい所ごめんね』

「いえ、大丈夫ですが……どうしたんですか?」

 少しだけ電波が悪いのか、ザーザーと機械音が耳に付く。

『今フランスにいるんだけどね。イイ感じの食器が手に入りそうなんだ。ちょっとそっちのリストをメールでいいから送ってもらえないかなと思って』

「いつも通り在庫でいいですか?」

『うんうん。今棚卸中だろうけど、英店長のことだから、そう誤差は出さないでしょう? 前のリストでいいから宜しくね』

 これは俺を信頼してくれているということだろうか。

 そう思うだけでテンションが上がる。

「分かりました」

『確認が取れたらこっちから新作リスト郵送するから、いつも通り入荷チェックして転送頼むよ』

「了解です。――あ、お土産、期待してますんで」

『あはは。分かった分かった。優一の好きそうなお菓子があるから、買って帰るよ』

「ハハ。すげー楽しみにしてます」

 名前で呼ばれるだけで、胸がキュッとなる。

 もう終わってしまった恋なのに、やっぱり神条さんのことは特別なんだって改めて思う。

 受話器を置いても、口元に浮かんだ笑みは直ぐには消えなかった。


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