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敵将・足利直冬に女だと暴かれた楠木の姫将軍 〜「俺一人の秘事として飼われていろ」と言われて始まる地獄の褥〜  作者: 細川 雅堂


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第十四話 泥に塗れた御教書

本陣に届けられた一通の御教書(ごきょうしょ)を、直冬(ただふゆ)は無言で凝視していた。

 それは、時の権力者・足利尊氏の直筆でありながら、子を想う慈しみなど微塵も感じさせぬ、冷酷な「不浄の者」への宣告であった。


石堂頼房が京へ送った密告状の内容は、あまりに卑劣で、それゆえに尊氏の逆鱗を激しく撫でたのだ。

『直冬は楠木の残党を愛玩し、日夜男色に溺れて軍紀を乱している。諫言する者を逆上して打ち据え、もはや武将としての体を成しておらず、腑抜け同然である』と。


「……はは、石堂の奴め。俺が貴様を囲って、骨抜きにされていると書いたか。父上にしてみれば、出来損ないの息子が敵の小倅と戯れ、足利の名を汚しているのが、何より耐え難かったようだな」


直冬は乾いた笑い声を漏らした。

 書状には、『直冬は足利の血を汚し、軍を私物化する不心得者なり。生かしておけば源氏の末代までの恥、速やかに成敗せよ』という、血の繋がった親子とは思えぬ峻烈な言葉が並んでいた。


「実の父が、俺という存在そのものを『足利の恥部』として、自らの手で切り捨てに来るのだな」


多門(結)は、その光景を目の当たりにして激しく動転した。

 足利を内側から崩す好機。尊氏と直冬が殺し合えば、楠木にとってはこれ以上の利はない。

 だが、握りつぶされた書状を見つめる直冬の、あまりに孤独な横顔に、胸の奥で予期せぬ疼きが走った。


(……このお方は、一度として、父に信じられたことがないのか)


一族を滅ぼされた自分も孤独だが、目の前の男は、血を分けた親から「不浄」と断じられ、存在そのものを否定されている。

 結は、自分を独占しようとした、あの直冬の狂気のような熱の正体を悟った。


彼は、誰かに「自分だけのもの」だと認めて欲しかっただけではないのか。


「……貴殿(きでん)。これ以上戦えば、正真正銘の逆賊となる。父君に、そこまで疎まれてもまだ……」


結が不器用な労わりの色を滲ませて問いかけると、直冬は獲物を見るような目で彼女を射抜いた。


「同情か、多門。……惚れるな。俺は、俺を否定し続けるあの男の顔を、一度でいいから絶望に歪ませてやりたいだけだ」


直冬は結の細い首筋に手をかけ、強引に引き寄せた。

 衆人環視の中、小姓の首を掴むその手は、震えているようにも、縋っているようにも感じられた。


「父上が俺を認めぬというのなら、俺は足利を食い破る鬼になってやる。……多門。貴様は永遠に、俺という鬼を腑抜けにした『秘事』であれ。貴様の父を討った男を、俺が殺してやる」


結は、直冬の瞳の奥に宿る絶望の深さを真っ向から受け止めた。

 石堂の卑劣な密告によって、二人の関係は「公的な恥」として天下に晒された。もはや、この修羅と共に地獄まで駆け抜ける以外、道は残されていない。


「……足利の若君。私は、貴殿が父を討つ瞬間を、この眼で見届ける。……それが、唯一のことゆえ」


結は静かに答えた。

 それは仇敵への情ではなく、同じ深い孤独の底に落ちた者への、血塗られた共感であった。


「……よかろう。全軍に伝えろ! これより我らは京へ向かう。父上への、最期のご挨拶だ!」


直冬の咆哮が響き渡る中、二人の修羅は、破滅へと続く進軍を開始した。

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