第十三話 檻の中の目覚め
天幕の隙間から差し込む薄明が、結の瞼を刺した。
意識が戻ると同時に、全身を重い気だるさと、昨夜刻まれた熱い痛みが襲う。
横を見れば、そこにはまだ眠りに落ちている直冬の横顔があった。
戦場での修羅の面影はなく、ただ、欲しいものを力ずくで手に入れた男の、傲慢で静かな寝顔。
結は、床に散らばった晒を、震える手で引き寄せた。
肌に残る赤い痕。首筋から胸元、そして腰へと続くそれは、石堂の卑劣な指跡を塗り潰した、直冬の独占の証だった。
(……私は、何をされているのだ)
直垂を羽織ろうとした時、背後から伸びてきた腕に、再び寝所へと引き戻された。
「……まだ、夜は明けたばかりだ。どこへ行く」
眠気を孕んだ低い声。直冬の鼻先が、結のうなじに触れる。
結は反射的に身体を硬くしたが、逃げ出すことはしなかった。いや、できなかった。
「……放せ、貴殿。朝の軍議が始まれば、私は多門に戻らねばならぬ」
「多門、か。……昨夜、俺の腕の中で声を漏らしていたのは、どこの誰だったか」
直冬の指先が、結のくびれた腰の線をなぞり、そのまま尻の膨らみを愛でるように掴んだ。
昨夜の情事が、熱を帯びて脳裏に蘇る。
「っ……それは、貴殿が無理やり……」
「無理やりか。……貴様の身体は、俺の熱を求めて震えていたぞ。楠木の誇りとやらも、その晒の下に隠した柔らかな肉体には、勝てなかったようだな」
直冬は結の肩に顔を埋め、深く、その香りを吸い込んだ。
自分の刻んだ烙印が消えていないかを確認するかのように。
その時、天幕の外から慌ただしい足音が近づいた。
「若君! 急報にございます!」
直冬の瞳から一瞬で甘い熱が消え、鋭い戦士の光が戻った。
彼は結を放すと、無造作に身を起こした。
「……何事だ」
「北朝の軍勢に動きあり! 足利尊氏公の御教書を奉じた一隊が、こちらへ向かっております!」
「尊氏」の名が出た瞬間、天幕の中の空気が凍り付いた。
結は、直冬の背中が微かに震えるのを見た。それは恐怖ではなく、抑えきれない怒りと、拭い去れぬ執着の震えだった。
「……父上が、俺を殺しに来るか」
直冬は自嘲気味に笑うと、床に落ちていた結の刀を拾い上げ、彼女の前に放り出した。
「立て、多門。……これ以上、汚されては適わん。戦支度だ」
結は、差し出された刀を握りしめた。
仇敵・尊氏の軍。それは楠木にとっても、直冬にとっても、断ち切るべき因縁。
二人の歪な絆は、戦場という血塗られた舞台で、さらなる試練へと突き落とされようとしていた。




