第九十一伝: 九刃閃舞
<工業都市ラ・ヴェルエント・城門駅周辺>
あまりの光景に、一同は身体を微動だにせず頭上に映る光景を目にその場から動けない。
大型人工魔獣ヨトゥンのその巨躯に圧倒されていたのか、それとも本能的に危険を感じているのか。
その中で唯一声を上げ、一番先に動いたのは隣に立つフィルだった。
「皆さん、落ち着いて! あれは人工魔獣です! ヘルガさん、貴方は生き残ってる兵士を集めさせてあの都市に救援を要請して下さい! 」
「で、でも貴方達は……!? 」
「僕たちが時間を稼ぎます! 皆さんがダメなら、僕だけでも……! 」
フィルの言葉に突き動かされたのか、雷蔵やヴィクトールも自身に発破を掛けてヨトゥンを睨む。
魔獣の気を惹き付けるかのように雷蔵は一目散に列車の外へと飛び出し、一面の銀世界に再び足を踏み入れた。
「雷蔵さん!? 」
「戦える者は拙者と共に来い! 魔法を使える者は特にな! 」
「だとさ。ゲイルとルシアはヘルガさんを援護しろ。彼女を無事に行かせる事が俺たちの勝利に繋がる。いいな! 」
「はいっ! 皆さん、どうか無事で! 直ぐに合流します! 」
「俺たちが戻るまでやられるんじゃねえぞっ! 」
そう9人に告げるとルシアとゲイルはヘルガの後を追うように町へと続く道を走っていく。
雷蔵は二人を一瞥しながら目の前の氷の巨人と睨み合い、愛刀を構えた。
ヨトゥンのような大型魔獣と戦うのは雷蔵自身初めての事だが、この際四の五のは言ってられない。
5メートル以上あるその巨躯の周りには、霧のような白い靄が常に息巻いている。
「エル殿、あの靄は? 」
「おそらくあの魔獣の特性によるもの。探知してみるから時間を稼いで」
「相分かった」
そう言いながら雷蔵は真っ先にヨトゥンの足元へと入り込み、横一文字に刀を振るう。
肉を斬った感触は無く、逆に鋼を斬り付けたような固い金属音と感触が雷蔵の両手に伝わった。
「ぬうっ!? 」
「雷蔵! 危ねぇっ! 」
咄嗟に現れたヴィクトールの幻影魔法によってヨトゥンの横殴りの一撃を肉薄すると、二人は雪原に顔から倒れる。
急いで立ち上がり、殺気を感じた方向へ視線を向けると巨人が手にした氷の大剣を振り上げていた。
「させっかよォッ!! 」
大喝と共に緑色の肌を携えた巨漢が現れ、赤く染まった両腕の籠手を駆使し氷の大剣を白刃取りの要領で掴む。
渾身の攻撃を受け止められた事に驚きを現したようにヨトゥンの一つ目が見開かれ、更に力を入れた。
「ぐっ……ッ!! 早く、其処から……! 」
「建てよ! 炎の円柱ッ! 」
雷蔵達が逃げ出した直後にシルヴィが赤い魔法陣をヨトゥンの足元に仕掛け、ラーズから無理やり引き剥がす。
対するラーズは一旦シルヴィ達の下へ飛び退き、炎の魔法付与を得た両手を握り直した。
彼らの戦う場所から少し離れた列車の残骸に身を隠していたエルたちはその様子を一瞥する。
「エル、探知は出来たか? 」
「もう出来てる。あの靄が厄介。氷の魔法効果を伴ってるみたいで、近づくと定期的にダメージを与えられる」
「想像以上に厄介だねェ。対策は何かあるかい? 」
平重郎の問いにエルは神妙な表情を浮かべながらヨトゥンの額を指さす。
真っ白な肌から一本の黒い角が天高く生えており、若干ではあるものの白い膜を纏っている。
「あの角から魔法の反応が見られる。どうにかして折る事が出来ればなんとかなるかもしれない……でも」
「接近は難しい上にあれに登るのは至難の業、という事ですね。罠か何かあればいいんですが……」
フィルの言葉に隣の椛が名乗りを上げた。
「一応対人用のものはある。しかし果たして奴に通用するかどうか、だがな」
「……それ、貸してほしい」
円形の柄頭にワイヤーの巻かれた苦無を二本椛から渡されると、エルは魔法の詠唱を始める。
「祖は鉄。個は鋼。彼の力は我が呼び声に応えん」
「な、何を……? 」
「鋳造せよ、工の魂」
白い小さな魔法陣が苦無に向かって行き、やがて白い膜に包まれた。
硬質化の魔法付与効果を施された道具を返され、椛は困惑した表情を浮かべる。
「これを奴の足元に仕掛けて誘導して。フィル、平重郎は椛の援護。レーヴィンは急いで雷蔵達の援護。このままじゃ他の皆が持たない」
「エルさんは!? 」
「私は椛のタイミングに合わせて魔法を設置する。……後は任せて」
力強いエルの言葉に隠れていた4人は一斉に残骸の外へと飛び出し、ヨトゥンの注意を惹くように雷蔵達とは反対側の場所に駆けた。
彼らの姿に僅かばかりの安堵感を覚えた雷蔵は隣のシルヴィを連れ、フィルたちの下へと急ぐ。
「雷蔵さん! ラーズさん! しばらく奴の注意を引き付けて下さい! 」
「どういう事だ? 」
「エルに何か策があるようでな……。フィル君と平重郎殿が椛を特定の位置に連れて行くまで援護する」
「その間を俺たちで埋めろって訳ね」
ヴィクトールの言葉にレーヴィンは頷いた。
瞬間巨人の大剣が両者を割るように振り下ろされ、各々はその一撃を回避する。
「シルヴィ! 魔法はあとどのくらい撃てそうだ!? 」
「あと5発が限界です! 」
「上出来! 無理はすんなよ、シルヴィっ! 」
彼女の返事が聞こえたと同時にレーヴィン、ラーズ、雷蔵は真っ直ぐにヨトゥンへと向かって行った。
対するヴィクトールとシルヴィは後方へ駆けていく椛たちの姿を一瞥しながら魔法の詠唱を開始する。
「ヴィクター! 私の武器に強化魔法を! 」
「はいはい」
即座に彼女の剣と盾が巨大化し、迫っていた氷の大剣と鎬を削った。
想像を絶する重圧がレーヴィンの左腕に圧し掛かり、思わず彼女は奥歯を嚙み締めた。
「レーヴ殿!! 」
「わ、私の事は……良いっ! 早く……! 」
苦悶の混じった声音を聞き取り、雷蔵は一目散にヨトゥンの股下を潜る。
彼の隣をラーズが駆けている光景を一瞥すると、手にした愛刀を横殴りに振るった。
だがその分厚い皮膚と靄によりかすり傷程度のダメージしか与えられず、思わず舌打ちをした。
「でぇぇぇぇぇぃッ!!! 」
背後から聞こえるレーヴィンの咆哮と共に巨人の得物は弾き上げられ、がら空きになった胸部目掛けて彼女は盾を横殴りに振るう。
しかし直前に迫った光の盾は突如として出現した靄によって凍り付き、一瞬で瓦解した。
「なッ――――」
卑しい笑みを浮かべるヨトゥンはそのまま足を振り上げ、レーヴィンを潰そうと力任せに地面に叩き付けようとする。
「レーヴっ!! 」
「くそっ、間に合わねぇッ……! 」
得意の幻影魔法も、詠唱には時間が掛かる。
シルヴィの悲鳴を一瞥し、その考えに至ったヴィクトールが一目散に彼女の下へ向かって行きレーヴィンを胸の中へ抱き寄せた、その時だった。
「――――馬鹿が。所詮は魔物程度の知能しかないらしい」
どことなく響く、女の声。
ヨトゥンの足は二人の眼前で動きを止め、ヴィクトールは呆気に取られた隙に彼女を安全な場所に連れ出す。
次の瞬間、巨人はもう片方の足に引っ掛かったワイヤーによって身体を揺れ動かし、やがて地面に倒れた。
雪を伴った突風が彼らを包み、雷蔵はラーズの大きな背中でその吹雪を凌ぐ。
「ガラドミア! 叩きこめっ!! 」
椛の声がその場にいた全員の耳に響いた。
彼女に応えるようにエルは隠れていた残骸の陰から飛び出し、既に詠唱を終えていた魔法を展開する。
「爆ぜよ、炎帝の鎌ッ!! 」
氷の巨人さえも包み込む赤い魔法陣から深紅で染まった鎌が姿を現し、周囲の気温を一気に上げていく。
エルは笑みを浮かべながら向けた指先を振り下ろし、地面に倒れたヨトゥンに鎌を振り降ろした。
その超高温の鎌は周囲に浮遊していた靄も一瞬で蒸発させ、巨人の背中に大きな傷跡を残す。
「もう、反撃の機会は与えない……ッ! 」
「皆さん! 巨人の頭から離れて下さいっ!! 」
突如として響くフィルの声に、雷蔵たちは空を見上げた。
魔法具の効果によって炎属性の魔法付与を得たフィルが、愛剣を天高く掲げながら上空を飛んでいる。
「フィルッ!! ぶちかませェッ!! 」
「おォォォォォォォッ!!! 」
咆哮と共に振り下ろされるフィルの両刃剣。
勢い付いたその斬撃は額から伸びた巨人の角を両断し、彼は地面に着地した。
痛みに悶えるヨトゥンの咆哮を耳にしながら、フィルは額を抑える魔獣を見据える。
既に周囲を舞う靄は消えていた。
しかし彼の攻撃はその魔法効果を消したに過ぎず、不気味に血走る一つ目と彼の視線が交差する。
怒りに我を忘れ、地面に落ちた大剣を拾い上げてもう一度フィル目掛けて振り下ろすヨトゥン。
思わずフィルは目を瞑り、迫り来る死の恐怖に耐えようとした。
その時。
「おいデカブツ。俺の事、忘れてないかィ? 」
彼の耳に掠れた老人の声が響く。
その声はフィルを一気に安心させ、そして彼の光景には一筋の閃光が走った。
何処からともなく現れた平重郎は一瞬で大剣を握ったヨトゥンの手元を通り過ぎると、抜き払っていた仕込み刀を鞘に納める。
瞬間、巨人の右手首は持ち主の言う事を聞かずに地面に落ち、再びヨトゥンは想像を絶する痛みを味わうことになった。
「平重郎さん! 」
「無理はするもんじゃねェぞ坊主。でもお前さんの一撃、見てて気持ちが良かったぜェ」
「あ、あはは……すいません……」
叫び声を上げる怒り狂った様子のヨトゥンを見据えていると、彼らの下に雷蔵たちが集まってくる。
「おう坊主、ここから先は俺たちに任せな」
「いつまでも君たちに頼りっぱなしでは銀騎士の名が泣いてしまう」
「シルヴィ! 特大の魔法を頼むぞ! 」
「任せて下さいっ! 私だって、魔術師の端くれですからね! 」
「一発、キツイのぶちかましてやるかァッ! 」
そう言うとまずラーズとレーヴィンが巨人の下へ向かって行き、渾身の殴撃が巨人の足首を砕く。
体勢を崩したヨトゥンの頭部にレーヴィンが空中で勢い付いた縦一文字の斬撃を叩き込み、額へ更にダメージを与えていった。
「ヴィクターッ! 」
彼女の呼び声と共に十字槍を構えたヴィクトールが空間魔法を駆使してヨトゥンの眼前へ姿を現し、右腕を突き出す。
巨人の視界を奪った彼は宙に舞うレーヴィンを抱きかかえながら地面に着陸し、再び地面と面した氷の巨人を見て笑みを浮かべた。
「雷蔵! あとは頼んだ! 」
「委細承知仕ったァッ! 」
ヨトゥンの首元目掛けて一目散に走る雷蔵は、左方を走るシルヴィに視線を傾ける。
彼女は頷くと走っていた足を止め、彼に向けて魔法陣を展開した。
「穿つ、風王の槍ッ! 」
彼女の詠唱と共に雷蔵の愛刀は風を纏い、その場で突風を巻き起こす。
掌に増えた重圧に笑みを浮かべながら彼は愛刀の柄を握り締め、そして振り下ろした。
「一刀――――両断ッ!!! 」
雷蔵の刀は、確かに氷の巨人の首を捉えた――――!




