第九十伝: 氷の暴力
<市内・北門前>
そうして迎えた翌日。
男性陣は寝ぼけ眼を擦りながらシノの提示した集合場所へと集まっており、互いに視線を交わすと不敵に口角を吊り上げた。
雷蔵の隣に立つヴィクトールは気の抜けた顔をを浮かべながら彼と目を合わせる。
「……なあ。お前昨日、何時間寝れた? 」
「お、おおよそ3時間ぐらいだろうか」
「へへ……俺もそんくらい」
どんよりとした空気を振り払おうと雷蔵は己の両頬を手で何度か叩き、目を覚まそうと首を何回か振った。
そこで彼がでもよ、と口を開く。
「ん? 」
「楽しかっただろ? 」
笑みを浮かべながら雷蔵は首肯し、ヴィクトールと拳を突き合わせる。
気味の悪い笑い声を上げながら彼と肩を組み、雷蔵達はシノの到着を待っていると同じような軍服を身に纏ったシノが姿を現した。
「早くからの集合、感謝する。今回は君たちを帝都に我々が送っていく訳だが」
「でもシノさん、この鉄の塊は……? 」
フィルがその言葉を口にした瞬間、シノは待っていたかのように笑みを浮かべる。
白銀と灰色の世界に唯一轟音と黒い煙を上げて彼らの姿を見据えるその鉄の塊は、馬のように嘶いて蒸気音を周囲に響かせた。
「これは蒸気列車と言う奴だ。蒸気機関、というものは知っているな」
「確か石炭で燃やした熱で水を沸騰させてその蒸気で物を動かしている仕組みですよね」
シルヴィの言葉にシノは頷く。
「流石、元皇女というだけあるな。よくご存じでいられる」
「私はもう皇女じゃないんですけどね、あはは。でもこうして乗るのは初めてですよ」
「なら光栄だ。俺も共に帝都まで護衛を務めたいが、何分上の人間が居なくなるにはいかないのでな」
そこで、とシノが言葉を続けた瞬間に彼の隣から同じような軍服を身に纏った女性の軍人が姿を現した。
背の高い彼女は軍帽からはみ出た水色の長髪を靡かせながら、彼らに敬礼をする。
「今回護衛と帝都の案内をさせて頂くヘルガ・サンドリアと申します」
「……と、いう訳だ。共に列車へ乗るのは彼女となる。以降、連絡や有事の際はヘルガを介して行って頂きたい」
「何から何まで、すいませんねぇ。今度イシュテンに来て下さいよ、飯でも奢ります」
「それは有難い、パリシオ隊長。イシュテンの食べ物は美味と聞いている」
列車が停まっている駅の乗り口からかなりの数の軍人たちが既に乗り込んでおり、雷蔵たちの搭乗を待つかのように列車の煙突から黒い煙が立ち上っていた。
隣のヴィクトールはシノと握手を交わし、先に列車の方へと進んでいく。
彼の後へ続くようにフィルたちは敬礼を見せた後、列車へと乗り込んでいった。
同じようにシルヴィたちも別れを告げ、その場に雷蔵たち3人だけが取り残される。
「色々お世話になり申した。あの時シノ殿の助太刀がなかったら拙者たちは死んでいた事だろう。改めて、礼を申させて頂く」
「何、俺は軍人として当然の事をしたまでだ。それと、昨日の騒ぎは聞かなかった事にしておくぞ」
「し、知っておられたのか? 」
「まあ、風の噂でな。あと……」
シノは雷蔵の耳に顔を近づけた。
「彼女を逃すなよ」
「し、シノ殿! お戯れをっ! 」
「はは、さあもう行った。列車の出発時間に遅れるぞ」
恥ずかしさに顔を赤らめながら雷蔵は逃げるように列車の奥へと消えていき、椛と平重郎もシノに別れを告げてから彼の後を追う。
彼に見守られながら列車はすさまじい轟音と汽笛の音を周囲に轟かせ、幾つもの重苦しい鉄の車輪をゆっくりと動かし始めた。
シルヴィやフィル、ヴィクトールたちと向かい合わせに座った雷蔵は窓の外に見えたシノへ手を振り、列車が駅から走り出すまで外を見据えている。
既に蒸気列車はアポ・クトリの駅を抜け、雪山の麓に掘られたトンネルの中を走っている最中だった。
三人掛けの椅子に窓から雷蔵、シルヴィ、椛の順で椅子に座り、その正面にはフィル、ヴィクトール、レーヴィンが向かい合う形で腰を落ち着けている。
「そういえば、この面子で集まるのも久々だな」
「確かに、言われてみればそうですね。イシュテンのエルフ至上主義の騒動から知ってますし」
「あれから一年以上も経つのか……。あの時私は敵としてお前たちの前に立ちはだかったが、こうして共に戦う羽目になるとは思ってもみなかった」
「今はロイという共通の敵がいるからな。しかしあの時、お主は何故奴らの方に加担していたのだ? 」
「私はあの時、国を抜けた忍として仕えた主を失っていたからな。所謂雇われた身、という奴だ。雷蔵を追うという目的を達する為に、国中を飛び回っていた頃に奴に声を掛けられた」
椛の返答に雷蔵は顎を撫でながら頷いた。
おそらく彼女の暗殺能力と隠密行動を行えるという利点にロイは注目していたのであろう。
事実椛の追跡があったからこそ、セベアハの村でのシルヴィ奪還を遂行出来たのもある。
「そしてリヒトクライス騎士団に潜入して私達と出会った、という訳ですね? 」
「そうだ。正直、あの時演じていたイングリットという人格は忘れて欲しいがな」
「どうしてだ? 私から見ればかなり可愛げのある副官だったが……」
「だからだよ、ハートラント。今の私とはかなり違うだろう? 思い出すだけでも恥ずかしい」
「……もしかして、あの後輩口調も自分で考えたとか? 」
ヴィクトールの指摘に椛は顔を真っ赤に染め、彼を睨み付ける。
「わ、忘れろと言っているだろう! ああくそ、だから嫌なんだ」
「そう言うな。昔の椛を見ているようで懐かしかったぞ」
「貴様、余程死にたいと見た」
「昔は可愛かったのう。ああいや、今も十分可愛いがな。いつも長政と拙者の後を付いて来て"雷蔵お兄ちゃん"と呼んで――――」
瞬間、雷蔵の眼前に殺気の籠った視線を向ける椛の姿が現れた。
彼女の手には愛用している短刀が握られており、その刃は彼の喉元に突き付けられている。
突然の出来事に雷蔵は顔を引き攣らせた。
「それ以上言ってみろ。喉笛かっ斬るぞ」
「す、済まぬ! 落ち着け椛! 」
「えー、もっと私椛さんの話聞きたいです! だって私が捕まった時も話し相手になってくれたし」
「あはは、優しいんですね椛さん。そういう人、僕は好きです」
フィルが天然とも言える言葉を口にした瞬間、その場にいた全員から訝し気な視線を向けられる。
「ルシアちゃんの言った事、どうやら本当みたいですね……」
「そうみたいだな。やれやれ、これでは苦労するのが目に見える」
「えぇっ!? 今度は僕に矛先ですか!? 」
「フィル君、そういう言葉はルシア殿に言ってやれ。わ、私もヴィクターに言われたら嬉しいしな! 」
「隊長の場合、そういう事言うときってなんか隠してそうですけど」
「……言われて見ればそうかもな」
「てめっ坊主!? というかレーヴも納得しないでもらえる!? あとみんなの前じゃその呼び方ダメって言ってるでしょ! 」
二転三転するレーヴィンの表情と慌てるヴィクトールの姿に、雷蔵は思わず笑みを浮かべた。
ヴィクトールから助けを求める視線が向けられるが、彼が悪戯な笑みを崩す事はない。
「良いではないか、呼び方ぐらい。それとも何か駄目な理由があるのか? 」
「ヴィクトールさん、何か隠してそうですね」
「嬢ちゃんまで!? だぁっ、分かったよ! 一番好きな相手にそう呼ばれるの恥ずかしいんだって! 」
「乙女かお主は! 」
隣で顔を真っ赤にしながら俯いているレーヴィンを横目に、ヴィクトールは照れ臭そうに頭を掻いている。
列車はいよいよトンネルを抜け、その先に広がる広大な雪原に差し掛かった。
雷蔵の隣に座っていたシルヴィが目を輝かせながら感嘆の声を上げ、雷蔵の膝の上にまで身体を乗り出す。
その時彼女の柔らかい実りが雷蔵の膝先に当たり、満更でもない表情を浮かべた。
「なんて顔をしてるんだ雷蔵。この助平め」
「ばっ、余計なことを言うな! こ、これは決してそういう事ではなくだな! 」
「……雷蔵さんのえっち」
「済まぬシルヴィ、もう一度頼む」
「俺からもお願いするぜ」
「僕からもお願いします」
「確信犯じゃないか! 」
頬を紅潮させながら胸を覆うシルヴィの姿に感化されたのか、表情を作りながら彼女の肩を叩く。
シルヴィの平手打ちが彼の頬を綺麗に捉え、赤い手形を創り上げた。
あまりにも綺麗に入ったのか、周囲からは拍手が聞こえる。
「な、何で拙者だけ……」
「ふんっ! 少しは反省してくださいっ! 昨日だって黙ってどっか行っちゃうし! 」
「まあまあ、そのくらいにしておいた方が良いですよ姫様。もうすぐ次の駅に着くみたいですからね」
レーヴィンの言葉によってその場にいた全員が窓の外の光景を見つめた。
既に次の町とは目と鼻の先のようで、蒸気を天高く立ち昇らせる幾つものレンガの建物が映し出される。
その時だった。
轟音と揺れと共に蒸気列車は急停車し、思わず雷蔵たちは椅子から転げ落ちてしまう。
隣のシルヴィと椛を守るかのように彼は二人を胸の中に抱きしめ、雷蔵の身体は木製の床に叩き付けられた。
「皆さん、無事ですか!? 」
「な、なんとか……! ヘルガ殿は! 」
「問題ありません! ですが……! 」
身体を起こすと慌てた表情を浮かべるヘルガが彼らの乗る車両にやって来る。
彼女の言葉を遮るように地割れのような咆哮が聞こえ、全員の緊張を張り巡らせた。
「人工魔獣……!? なんでこんなところに!? 」
「しかもかなりデカいぞ! あんなタイプの魔獣、見た事がねえ! 」
窓の外に視線を離さないで各々の得物を構えるラーズとゲイルの隣まで雷蔵は向かい、そして彼らの視線の先にあるものへ目を向ける。
銀の雪原の上に巨大な二本足で立ち、全身には白い冷気を漂わせている。
おそらく目の前の"氷の巨人"が全身で列車の進行を止めたのであろう、雷蔵達の乗っていた車両よりも後ろの部分が拉げており、事態の大きさを理解させた。
大型人工魔獣、"ヨトゥン"。
不気味で大きな一つ目が、雷蔵たちを睨み付けた。




