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第21話  ヴァラシルヴィド 2

 黒い森の前にフライヤ達は立っていた。


 何度見ても、その森の存在は不思議だった。


 どの木々も鉄で出来ていて、その鉄の葉が鋭く尖っているのだった。


 その中を歩いて居た。


 街道から入る所に、一羽のハゲワシが止まっていた。

 これからこの森を通る者の運命を暗示しているようで、それを見ているのが辛くて目をそらした。

 フレイヤ達が通り過ぎると、ハゲワシが飛び立った。

 まるで旅人の運命が尽きるのを知らせに死神を迎えに行くように。



 黒い鉄の森では、葉にさえも触れることは危険である。

 鋭いナイフのように尖った葉が至る所に有る為である。

 しかし、それにしても異様な景色であった。自然に生えている樹木も、木々も全て鉄なのである。

 そのためか、生き物の姿をまだ一度も見ていなかった。

 恐らく、この場所で、普通の生き物が生息出来るとは思えなかったのだ。

 フェイルーンの住民である、フレイヤやゼロス達でさえ、この場所は国からかなり離れてる為、未踏破の土地であったのだ。

 唯一、知ってるかも知れないと思えるフィーネでさえ、今のあたりを見ている様子では、初めての様子であった。


「ここは凄い所ですが、フィーネ様はご存知では無いでしょうか、この土地を?」


 ゆっくりと慎重に歩を進めながらフレイヤが後ろを歩くフィーネに尋ねていた。


「いいえ、期待に添えなくて申し訳ないですが、私は初めてです。フレイヤ様もですか?」


「いかにも。私達、王国騎士団もここは他国の領地の為、未開であります。その為、慎重に進む他はないと思います」


 やはり、フィーネも未開の地であった。


「ここは、何処の領地に成りますか?。ヴァロミク?」


 フィーネの言葉にゼロスは即座に答えていた。


「そうです。天の守護国ヴァロミクに成ります。守天王ゼイデル王が統治するこの一帯は、私達、騎士団では謁見の時依頼会っていませんしね」


 ゼロスは、何かを思い出すように答えていた。


「あ、そうそう、あの道を進めば、確か、ヴァロミクを通って王家の墓へ向かえる筈です」


 ゼロスの指差す方に、2手に分かれる道が見えていた。

 フレイヤは、従軍した年以前の謁見の為、ゼロス以外はその事実を知らなかったのである。


「そうなのか……」


 フレイヤはホッとため息をついた。

 ゼロスも自分と同じ騎士団の為、このヴァラシルヴィドでの道を初見と思っていた。

 しかし、知っていてくれていれば、心強い物。


「そうか……、どうもこの森は異様過ぎて、どうにも悪い予感がしてならなかったのだ。知っていたのなら、さっさとそちらへ進むとしようか?……」


 フレイヤは思わず本音を言ってしまった。

 本当に、この黒い森に入った時から悪い予感が付きまとって仕方なかったのである。

 どこか、何かに監視されているような感じ ――――

 まるで、どこかの獣に獲物として狙われているような感覚が付きまとい、森の中に入る前からその緊張から抜けられないで居たのであった。

 その為、フレイヤはこの森の中をこれ以上進むのを躊躇って居たのが、本当の所だったのである。


「あたしもだよフレイヤ。私も、この森を進むのは危険だと思う。何か……、何か、理由は判らないが、そんな気がする」


 アグニも珍しく、緊張したような声で辺りを見回しながら呟いた。

 それを聞くと、フィーネも緊張の色が一層濃くなって、フライヤの傍に急いで近づいて、張り付くのであった。

 辺りを見渡せば、昼日中だというのに、その背の高い黒い森の木々のせいで薄暗い森である。

 このまま、何も襲って来ないとも判らないのだ、ヴァロミクの城を経由して王家の墓に進めるのであれば、なんと安全な事であろうか?。


 やがて、ゼロスの言っていた道の分かれ道に到達した。


 確かに、左の森の中に進む道より、ヴァロミクの街に向かえる道の方が遥かに明るく、かつ開けて見えた。


「こっちですね」


 立て札の文字を確かめて、ゼロスの言う右の小道に4人は進むことにした。


 その先も開けていて、フレイヤは少し安心した。

 ゼロスの言った通りヴァロミクの街に向かうその方向がベストだと思えた。

 鉄の森の木々でさえも、少なからず背を低くし始めて、視界も開けているのであった。

 確かに、これこそがオーラが『ロウランの回廊を』を避けて、進みたいと言った理由だったのだとフレイヤは確信した。


「オーラのおっさんが、こっちに来たいって言ってた理由が、今判ったよ……」


 アグニが皆を振り返りながら言った。

 しかし、その後少し思い出すような仕草をしてそう続けるのであった。


「あ、でもそれはあの回廊の上からの景色が怖かっただけだっけかな?」


 そう言うと、皆で大笑いをするのであった。



 しかし、その大笑いが一斉に止んでしまうのであった。

 見ると、大きく開け始めたヴァロミクへ続く道の方向に、一つの影が見えたのである。


 道が開け始め、道幅も丁度大きく成りかけるあたりであった。

 背の低くなりかけている鉄の森の道の中に、遠く、道から少し離れた場所に、何かがうずくまってる様な影が見えているのであった。

 決して動かないが、こちらの方を見ているのは間違いない。

 全く動こうとしないで、こちらの様子を見ているのであった。

 そして、近づいて来て、接触できる距離になるのを待ってるとしか思えない様子で、そこに留まっているのであった。


「あいつら、間違いないな……」


 黒い影を見て、アグニがフレイヤを見た。

 まだ、一瞬で詰められる距離ではない為、その場所で話すしかなかった。


「そうだな、アグニならあのトカゲで一気に抜けられるかも知れないが……」


 フレイヤはアグニの召喚できるサラマンドラでフィーネと供に進めるのかと考えていた。

 恐らく身体の大きな影は、ゼロスと自分とで相手が出来る為、危険の少ない場所に先ずフィーネとアグニが抜けられるのが条件と考えていたのだ。


「そうだな、あいつを丸焼きにしてから、ゆっくりヴァロミクで休むってのもあたし的にはOKなんだがね」


 アグニは少しもおかしそうでないが、そんなのん気な冗談を言っていた。

 しかし、その距離をどう詰めるかが問題であった。

 まだ、走り出すには、相手との接近戦になる距離が遠すぎていた。


「こちらから、仕掛けるしか無いのか、な?」


 フレイヤはゼロスの方を見ながら、最後の言葉はゼロスの腰に下げたハンマーへ送らせて貰った。

 うん?

 ゼロスがその視線の先にあるハンマーに気付き、『イラ』の方を指差して、目線で尋ねた。

 フレイヤが黙って頷く。


「私等が戦闘になってから、十分な距離で走り出してくれ、アグニ。いいか?」


 フレイヤは、ゆっくりと剣の柄を探しながら、顔も見ずにアグニに呟く。


「あたし抜きで本当に大丈夫なのか、お二人さんで……?」


 その言葉に全てを理解して、アグニの方もからかうように言って、指でOKサインを出す。

 そのやり取りは、長年供に戦って来た人間でしか成立し得ないのだと、フィーネも傍で見ていて思っていた。

 全てが、呼吸。

 全てが、供に時間を過ごして来なければ生まれない物が、この三人には有るのだ。

 だからこそ、信頼できるのだと思っていた。

 だからこその、この三人なのだと、フィーネは改めて思えるのであった。


「一撃でしとめてくれれば、私の出番が無いが……」


 その瞬間、フレイヤはレーヴァテインの柄に手を添えた。


「そうなるように、願いたくなるような、今の心境だっ……」


 フレイヤは音も無く走り出した。


「頼むぞっ!、ゼロスっ!!」


「承知っ!」


 一気にその黒い影に向けて、フレイヤが走り出した。

 それに続いて、ゼロスもフレイヤの影に入りながら走り出す。


 全速力であった。


 森の木々の間を縫って走っている筈であるのに、そのフレイヤの速度は一切落ちる事が無かった。


 まさに、『神速』


 後ろから追うように走り出した筈のゼロスの身体がすぐ遅れて見えていた。それほどまでに、フレイヤの速度は尋常では無かったのである。

 かなりの距離を一気に詰めて、フレイヤがその敵の影を捉える距離に近づいていく。

 近い距離では抜けなくなるレーヴァテインを一気に抜いて、フレイヤが敵の影の姿を捉えようとした瞬間であった。


「ワシの『イラ』をこの距離で……」そこまで走ったゼロスが腰のハンマーの短い柄を掴んで、立ち止まって叫んだ ――――「交わせるかなーっ?!」


 ゼロスの手から、物凄い勢いで森の中を貫いていく物があった。

 ゼロスのハンマー『イラ』である。

 

 その言葉が合図であったように、アグニもサラマンドラを召喚して、フィーネの手を掴んで乗せた。

 フレイヤのレーヴァテインを構えた突進も、速度を上げて影へ向かう。

 そして、ゼロスのハンマーもそれに負けず物凄い勢いで、光の尾を引きながらフレイヤの背中に向けて飛んでいく。


「あ……!」


 だが、フィーネがぶつかると思って声を上げた時、ゼロスのソウルのハンマーは綺麗な弧を描いてフレイヤを避けて飛んで行くのであった。


「フゥ……」フィーネがスッと息を吐き出した。


 目指すは、道の奥に居る今だ動かない黒い影。

 もう殆ど避けようが無い距離にゼロスのハンマーが届くのをアグニも見るのであった。


「どうか……、ゼロスの一発で決めてくれると有り難い!」


 本当に、本日はアグニも皆も供に戦いどうしなのであった。

 流石のアグニでさえ、冗談抜きでその願いを言ったその時であった。





 ザッ!……。



 聞こえる筈の無い、地を蹴る音だけがアグニの耳にも聞こえ、アグニは思わずその声を発してしまっていた。



「な……、なんだっ?!」



 それは、皆の目の前で全員が目撃していた。

 ゼロスのハンマーが、フライヤの身体を交わして勢い良く敵の影を捉えるのが見えた。

 全く動く気配のない影がそこでうずくまっていた。

 そこへ、ゼロスのハンマーは光の尾を引いて、外しようの無い速度で貫いたと思った時であった――――。

 有ろう事か、その影がゼロスのハンマーの直撃を受けたと思った瞬間、蜘蛛の子を散らすように、一瞬にして散霧散するのであった。



「!」



 フレイヤがその光景を見て、急いでその場に留まった。


 影が一つの敵では無かったのだ。


 影がそこに身じろぎもしないで居れば、一つの敵と思う。

 そう思わせて、敵の接近を誘う、それは罠であった。

 一人の敵を相手にするのは、自ずと油断してしまう。そうさせて、複数の敵で戦う敵の戦法なのであったのだ。


 そうとは知らず、フレイヤは敵の只中に入ってしまっていた。

 ゼロスはおろか、アグニも完全に虚を付かれた、見事な心理戦であったのだ。


「アグニッ、そっちにも行くぞ。気を抜くなっ!」


 フレイヤはありったけの声を上げて、アグニの方に叫んでいた。

 アグニも、その影が飛び散った先を目で追っていた。

 四足の、動きの早い影が、地面に音も無く降り立ち、すっと広範囲に広がるのを見た。

 かなり足の速い、動きの俊敏な生き物の影だとアグニは思った。

 今は、フレイヤやゼロスよりは近くないが、その距離も今は意味が無いと思えるような敵の動きだった。


「誰に物を言ってやがる……。一発で終わる筈が、楽しみが増えちまったじゃないかぁ……」


 唇の端を吊り上げて、苦し紛れにアグニが笑った。

 フレイヤの救援を待てる余裕は無いとアグニも自覚していた。


 そのままでも、戦えるが、敵になぶり殺しになるのは性に合わないと心の中で呟いていた。

 アグニは、そこで戦うのを少し考えて真正面を見ていた。


 そこで、勝利の兆しが見えていた。


 そこで、戦えと炎の神がアグニに呟くのが、聞こえたような気がした……。

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