(17)
そんなじゃれあいを続けながら、釣り人はひたすら竿をおろしている。
キギフィはそれを見ながら酒をかっくらっている。呑んだくれ!
ところで、先の釣果以降、竿に引っかかるものがない。
まあ彼女にとっては、釣果が問題なのではなく、こうして無心に竿を下ろし続けることが、この趣味にして生業の第一であるからして。
そう、こうして釣った様々なものを、市場や古物商に持ち込んで、彼女は生活の糧にしている。
スパイで培った美貌を飯の種にすることなく。
だから彼女はこの町においては、「釣り人」である。
みんな、それ以上の認識は持っていない。彼女は、その位置づけに満足していた。
――これまで数多くの男女をカモにしてきた。彼ら彼女らを偽り、鼻の下伸ばした相手からいろいろなものを掠め取ってきた。
それがどうだ、この町では、ただひたすらに無心でいることで、こうして日々の糧が得られる。何の打算もなく。
そのことが、彼女には嬉しかった。その上、こうして、率直に身の上話を語りあえる友がいるのだ。これ以上、何を望めばいいのだろう?
人を釣ることなく、ただ無心に、不思議なものを釣る。
普通の生活においては、そのほうが余計変な生活に見えるだろうが、彼女にとっては、これ以上ない自然な行為であったのだ。
……と。
ここにおいて、何か急激に「迫ってくる」感覚を、彼女の竿の先の浮きと、彼女自身の「浮き」――スパイとしての本能的危機察知能力――によって、感じた。
「何か来るわ」
水面がぶくぶくとあわ立つ。
「お、大物!?」
期待するキギフィ。
「いえ、これは……」
一瞬、水面が凪ぐ。
次の瞬間、そこから空に向かって、ミサイルが竿を下ろした先から突き出てきた。
「うわ! 何てもの釣ってるの!」
「私に言われたって困るわ」
「いや、困るわ、は確かにそうなんだけど……」
それは小型ミサイルであった。
元特殊部隊のキギフィにとってみたら、見慣れた指向性ミサイル。弾頭にはセンサーが点滅していて、あたりのサーチを行っているようだ。
そして。
「わ! 来た!」
そのミサイルは上空へ飛び上がった後、直下して二人の方へとやってくる。
「私のせいじゃないわよ」
いたってのんきな女性である。それが何の問題でもないかのような。
「まあ……静かな夜を期待していた貴女には、悪く思わないでもないけど」
「余裕っすな……さて、なんとします、この状況」
「おまかせするわ」
「あ、投げっぱなしジャーマンじゃまいか」
これに至るまで、キン、と音をたてながら、ミサイルは二人を目がけて飛来してきている。その轟音、渦巻いて、波動を伝え、恐ろしく。そんな中早口で語り合い、状況確認、並びに対処方法の丸投げ、と、呑気ながらも一瞬で要件を伝える。手慣れたものである。それが闇の住人という、鉄火場に慣れ親しんだものなのか。
「やれやれ」
刹那、キギフィは動く。
どこからともなく取り出した銃を、マシンガンのように高速連射、五発。
ホントにどこから取り出したのか検討もつかんが、お腹のあたりがめくれていることから、服の中に隠していたことが知れる。パンクルックの上着のだぼっとした感じを活かした隠し方である。検討ついてんじゃねえか。
ちなみに、そこから愛らしいおへそと、見事に絞られた腰のくびれが見えてドキドキである。
ともかく。
ハンドガンといっても、しかし大口径のもので、鳴り響くは轟音。重低音。ズ・ズ・ズ・ド・ドン、と、五発の重い音が響き、キギフィの手に重い反動を浴びせるものの、それをキギフィは一向に気にした様子がない。絹の織物を扱っているようだ。
あまりに自然な一撃であった。ミサイルの猛威を、ぺいっ、と跳ねのけるような。
炸裂。
ミサイルはキギフィの頭上遠くで、花火のように、パン! とはじけ飛んだ。
破片・弾頭の方向計算も一瞬で済ませていて、ふたりのいるところに降りかかってくることもなく。
あまりにあっけなく、「処理」してしまったのだ。
「こうも一瞬で処理されてしまうと、さすがGMP3、と称賛するべきなのだろうけど、しかし、こう、何かしらね。貴女同ジニンゲンナノ? とか言いたくなるもので」
「何故に片言」
憮然とした表情のキギフィ。そのぷんすかした様子も愛らしいのだからまいってしまう。
が、
またもやぶくぶくと水面に泡が立つ。奇妙な振動がする。
「また来るわね……今度は、今のと同じのが二発、それから……爪?」
「爪?」
果たして浮かんできたものは、やはりミサイルであった。
至極冷静にキギフィはそれを「処理」する。一瞬だけ確認したあと、冷徹に「銃弾を当てる」。ビリヤードでも突くが如く。
普通常識的に考えて、そのようにミサイルに弾丸が当たるわけもないし、ましてや一発でミサイルを撃沈出来るわけもない。
が、キギフィは出来るのだ。ミサイルのコア部分を一瞬にして判別し、そこを狙い撃ちすることによって、ミサイルを無力化出来る。
人類最強とは、端的に言ってこのようなことからでも推し量れる。このようなことが当たり前なのだ。
そして。
次に水面から浮上してきたものは、巨大な機械仕掛けのクロー……ロボットの作業デバイス部分、動物で言うところの「前足」にあたるような機械であった。
巨大な鍵爪。太い手首のような漆黒のジャンクめいた機械に、だらん、とワイヤーが繋がっている。血管のように。
鍵爪は鎌のように鋭く、ねじ曲がっていて、殺意以外の感情を見せない。
殺戮機械のアタッチメント。そのようなモノが、勢いよく飛来する。水面から弧を描くようにして、来襲!
銃弾でもって対応するキギフィだが、相手は爪の先から発動させた重力波動で、その攻撃を無効化させる。
「ちょっとチートすぎない?」
普通に考えれば、どう考えても絶望的な状況である。
銃が効かないのだから。
そんな相手には、普通は敗北宣言である。
が。
GMP3の人間には、そんな状況は慣れっこなのだった。
銃弾が通らないモノはいくらでもあることを知っている。戦車、竜の鱗、霊体の核、再生する吸血鬼の身体……それでも、相手を打ち倒さなければならない。
だとするならば。
キギフィは一瞬にして判断を変え、一瞬にして跳躍する。
するといつの間にか、その手には槍が備わっていた。
これがキギフィの持つ最強の武器である。もっとも慣れ親しんだ、三本分割型の携帯槍。細身の平べったい鉄棒を三本組み合わせ、身の丈ほどの槍を形成する。
ダマスカス鋼製のその槍は、ダークグレーの鈍色で、先端が鋭くなっていることを除けば、槍というよりは鉄棒である。愛想も何もない。
が、それだけに、機能性は充分で。
一瞬にしてクローよりも跳躍したキギフィ、その襲いかかる鍵爪に
対し、上空で唐突に位置ベクトルを変え、ありえない角度・速度で急降下!
クローよりも勢いの良すぎるその槍の一撃でもって、ズドン! と、まるでこちらがミサイルであるかの如く、その鍵爪を仕留めた……「沈めた」。
獲物を突き刺し、もう危害がないと知れた状態になって、キギフィは槍をくるくると回し、肩にひょいと立て掛け、釣り人に言う。
「こんな感じ?」
息ひとつ切らしていない。ごく当たり前のことをやった、みたいな。
それを見て女性、
「はぁ……まったく、やれやれだわ」
かぶりを振った。
「こんなモノが釣れることについて?」
「貴女によ」
ガール・ザ・人類最強さん、と、いろいろな感じで呆れはて。




