●「力」――はじめに
「ほうき星町英雄譚」というお話の、テーマといいますか。
あまり長くないですし、物語ですらありませんがこの章。
しかも暗いですし理屈っぽい。
けれど……これを書かないことには、作品じたいが成り立たないというか。
莫大な熱源が近くにあったら――例えば太陽、例えば発電所。そしてそれが指向性を持った「力」として、辺りに撒き散らされるとなったら――?
力の善悪は問わない。否、力に善悪などあるのだろうか? そこにあるのは、ただひとつのベクトルとしての「力」であって、問題となるのは、行為者の意識・思考・思想……そう考えるのが、まあまっとうな考え方である。
が、まあ、凡夫の意見を代表して言えば、隣にそんな力を持った奴がいたらたまったものではない。だから、往々にして、莫大な力を持つ者は、静かに、日常生活、市民生活から、放擲される。
彼らはある面においては王であった。が、ある面においては、うだつのあがらないサラリーマンよりも奴隷的であった。彼らはそのようにして奉られ、かつ、貶められた。詳しくはジョルジュ・バタイユの宗教起源論がこの辺りの心理構造には詳しいので(とくに『宗教の理論』)、お暇な方は一読願いたい。いや、マジで「トップ=カリスマ=王」に対する見方変わるから。
ともかくも、彼らは――ある種の天才たち、あるいは化物たち――彼らは、ああ、確かにその才をもって、人生を送っていた。
傍から見れば、それなりに輝かしい人生であったかもしれない。が、当事者にとってみれば、それはそれは地獄の日々だったのである。




