episode11 対立
少し肌寒さを感じ目を覚ますと、薄いカーテンの奥から眩しい陽射しが入り込んでいた。朝だ。隣を見ると可愛い顔をして眠っている怜さん。いつも通りの朝だけど、いつもとは違うところがある。それは私がではなく、怜さんが私を抱きしめていること。そしてその抱きしめている腕には布一つ纏っていない。つまり、私たちの昨晩の出来事を匂わせていること。私のどこを触れても優しくて、身体中にキスを落として、切ない表情で何度も呼んでくれた私の名前。そして沢山の”好き”という言葉をくれた。あんなに沢山愛を伝えられるのは初めてで、嬉しかったけど恥ずかしかった。怜さんでもあんな風に余裕を無くすことあるんだな、なんて起きたばかりの頭で思う。小さな寝息をたてている怜さんの頬に触れて1度だけキスをする。ベッドから静かに降りると、落ちてしまっていた私たちの服の中から私のだけを拾い、服を着る。髪を軽く整えてバッグを持つと私は家を出た。今日は晴天のようで、綺麗な青空に所々雲が広がる。朝だから通行量も多いので車に注意しながら歩く。コーヒーが飲みたいし、お腹も空いたからこの辺にあるサンドウィッチ屋さんにでも足を運ぼう。たまには1人でまったりするのもいいだろう。お店の前に着いたとき、どこかで見たことある女性。艶々でサラサラな黒髪に姿勢のいいその立ち姿は…
つい溢れてしまったその言葉に反応して真希さんが振り向く。数秒私を見つめると、「ああ!」と大きく目を見開いた。
「瀬戸川君の!」
「どうも」
「こんなところで会うなんて。もしかしてここに来たの?」
「はい」
「私も今日は休日だからゆっくりしようと思って。よかったら一緒にどう?」
少し迷うけど、行く場所が同じならどうせ空間は一緒なのだ。それに聞きたいこともある。
「私でいいなら」
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「名前なんて言うの?」
「茜です。杉崎茜」
「茜ちゃん!可愛い名前」
「ありがとうございます」
「茜ちゃんは何歳なの?」
「17です」
「17歳!?」
真希さんが大きい声で驚き、すぐに周りのお客さんに頭を下げる。
「思ってたよりずっと若い…驚いちゃった…」
「そうですよね」
「瀬戸川君とはどうやって知り合ったの?」
「私が補導されたことがあって。それで」
「茜ちゃんもやんちゃする子なのね?」
「も?真希さんもそうだったんですか?」
「まさか!瀬戸川君も高校生のとき悪さばっかりして大変だったよ」
真希さんが懐かしいと言いながら笑う。
「高校生のときの怜さんってどんな感じだったんですか?」
「とにかく凄くやんちゃだったなー。毎日のように生徒指導食らってたし、勝手に早退するし、喧嘩は多いし、煙草やお酒、深夜徘徊で警察から学校に連絡がくるなんてしょっちゅうで…」
初めて聞くのに驚くことがないのは私のイメージ通りの高校生活を送っていたからだろう。
「私はやんちゃしてるとかじゃないですよ。ただ好きなことをしてるだけで」
「それ瀬戸川君も言ってた」
そう言って笑う真希さんは本当に見惚れてしまうほど綺麗で上品だった。正に女性という言葉が似合う、そんな人。
「でも、まさか瀬戸川君が年下の…それもうんと下の子と付き合うなんて考えてもみなかったなー。こんな若い子捕まえるなんて瀬戸川君やるわね」
「…真希さんのときも怜さんからだったんですか?」
「え?」
「怜さんからお付き合いしてたってことだけは聞いたんです」
「…ごめんね、嫌な気になった?」
「いえ、そんな…」
なってないと言えば嘘になるけど、元カノがいないわけがないのだから仕方がない。
「…私のときも瀬戸川君からだったよ」
そのときのことを思い出すように儚い表情でそう言う真希さん。そうだよね。
「…生徒と教師だったんですよね?」
「あ、ううん。付き合ったのは瀬戸川君が卒業してからなの」
少し無言になってお互い1口コーヒーを飲む。
「あの…聞きたいことお聞きしてもいいですか?」
「うん。全然いいよ」
「…今も怜さんのこと好きですか?」
私が今1番知りたいこと。敢えて1番最初に聞いた。
「そんなこと…。ごめんなさい、正直に言うとよく分からないの。こんなこと彼女である茜ちゃんに言うことじゃないと思うけど…」
「いえ、正直な気持ちが聞きたいんです」
「…別れてから今まで全く思い出さないことなんてなかった。だけど、それは思い出で終わってるってそう思ってたの。でも、瀬戸川君に会ったあの日…声をかけずにはいられなくて、それで茜ちゃんを見て…なんだか胸が傷んだ。付き合って4ヶ月だって聞いたときも…正直少しホッとしちゃった」
やっぱり。あのときのあの表情。そうだろうと思っていた。
「茜ちゃんたちに別れてほしいなんてことは全く思ってないし、仲良くやってほしいってそう思うけど…でも、胸が締め付けられる感覚はあって…それが元彼だからなのか、今もまだ好きだからなのかは私にもよく分からないの」
「…どうして怜さんと別れちゃったんですか?」
「…私、瀬戸川君と付き合う前に4年付き合ってた彼がいたの。彼のことは凄く好きで、私も20代前半だったしいつかは結婚できたらいいな、なんて思ってて。だけど、お互い仕事が忙しくてすれ違うことが多くなってきたときに2人で話し合ったの。そしたら彼、私との結婚は考えられないって、そう言ったの。私てっきりその人と結婚するんだとばかり思っていたから悲しくて…願ってたのは私だけなんだって。それで何度か話し合いをした後別れることになって…。それから瀬戸川君と付き合ったの。最初は元々生徒だったわけだし、男性として好きだとは思えてなかったんだけど…付き合ってからいろんな瀬戸川君を見て知っていく度に段々好きになって…気付いたら私の方が重くなってた。最初は瀬戸川君が好きでいてくれていると思ってたのに、気付いたときには私が好きで好きで仕方なくて、瀬戸川君がどう思っているのか分からなくなった。彼、愛情表現なんて全くしてくれなかったから」
真希さんにも同じだったんだ。
「瀬戸川君と付き合ってるときには私ももう20代後半だったし、そろそろ結婚したいなって考えてて。瀬戸川君となら…ってそう思ったけど、瀬戸川君がどうかは分からなかった。聞く勇気もなかったの。また前の彼と同じようになるのが怖くて。でも、結局不安は募っていくばかりだった。なんで好きって言ってくれないんだろうって。もう私のこと好きじゃなくなったのかなって。1度そう思ったらもうそうとしか思えなくなって…。それで決めたの。3年経っても何も言われなかったら別れるって。記念日は一緒に過ごしたのに瀬戸川君からは何も言われなかった。だから最後のチャンスだと思って聞いたの。私のこと好き?って。そしたら…瀬戸川君は何、急にって答えてくれなかった。あぁ、もう私のことなんか好きじゃなくなったんだって思った。だから、私から別れようって言ったの。期待してた。もしかしたら止めてくれるかもって。でも、瀬戸川君は引き止めてくれなかった。やっぱり私だけだったの」
涙ぐみながらそう言う真希さんを見て、今も怜さんに対する気持ちが何も変わっていないことを確信する。きっと本当は本人も分かっているはず。
「…真希さんが3年間見た怜さんはそんなに器用な人だったんですか?」
「え?」
「…3年間ずっと見てきた怜さんは、真希さんのことを引き止められるほど器用で、自分の気持ちで動ける人だったんですか?好きじゃなくなったから何も言ってくれなかったんじゃない。好きだから何も言えなかった。好きじゃなくなったから引き止めなかったんじゃない。本当に好きだったから…だから引き止めなかった。怜さんはそういう人じゃないですか。いつだって相手の気持ちを優先して自分の気持ちを抑え込む人。真希さんが別れる選択を選んだから怜さんは愛してる真希さんを手放す選択をしたんです。本当に好きだから。ちゃんと愛してるから」
真希さんの目から1粒の涙が溢れる。
「怜さんはちゃんと真希さんのこと愛してましたよ。大好きだった。大切だった…。好きで好きで仕方なかったはずです」
「…茜ちゃん」
真希さんが下を向いて顔を手で覆う。
「ごめんなさい。茜ちゃんにこんな話、やっぱり違う」
「私が聞きたいから聞いたんです。話してくれてありがとうございます」
「…どうしてそんな風にできるの?」
真希さんが涙で濡れてしまった顔を上げる。
「どうして元カノの私なんかにそんなこと言ってくれるの?普通なら…憎くて仕方ないはずじゃない…」
「…怜さんが愛してた人だから。怜さんのことが好きだから、怜さんが好きで大切にしてる人は私も大切にしたいです。それに真希さんは凄く素敵な方だから憎むようなことありません」
「…凄いね。まだ17歳なのに」
「まだ17歳だから、なのかもしれません」
「…瀬戸川君が茜ちゃんのことを好きになった理由が何となく分かった気がする」
そう言って微笑む真希さんは涙でメイクが落ちてしまっていても綺麗だった。
「…駄目ですよ、後悔しちゃ。ちゃんと自分の気持ちには素直に動かないと」
「え?」
「すみません。そろそろ行きます。お話聞かせてくれてありがとうございました。それじゃあ」
席を立って真希さんにお辞儀すると、私はお店を後にした。
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