超理系女ブルー、或いは弟。
音速を余裕で凌駕するウルトラマッハで放たれた俺の拳打の衝撃が、周囲の空間をブルブルッと震わせる。巨大な岩石が盛大に崩落していくノイズは、この何もない荒野に醸成され始めていた猫の額ほどの僅かな意味も物語性も全て洗い流した。何事も失われるのは一瞬だ。
瞳子もカイトもマリネ先生もノエシスも、皆仲良く思考機能が一時停止したような表情でその光景を静かに見守っている。
敵味方入り乱れるランダマイズな戦闘の途中で、なかば天災の如き唐突さで介入してきた俺たち第三勢力の発揮した不均衡すぎる力が、残り全プレイヤー各々が脳内に思い描いていた数多の戦況予測を片端から全て粉々に打ち砕いたのだ。
そこには何の戦略も心理的なかけひきも必要のない娯楽フィルム的な1シーンが上映されていただけ。
だから俺は彼らの思考能力が回復するまでの数秒間、先程放ったラ●ダーパンチのフォームをより視聴者受けの良い完璧なものに仕上げるため、過去数百シリーズにもわたる某特撮作品を解析しながら、脳内でPDCAサイクルを光速で回すことにした。
彼ら舞台装置達にも再計算の時間はいつだって与えられるべきだ。それがセカイという名の劇場の優しい法則の一つだ。
ノエマ(少し被造物めいた女)だけは表情の変化がいまいち読み取れないが、そのギョロリとした瞳があさっての方向を向いてピクピクと可愛らしい痙攣を起こしている。彼女は彼女なりにこの世界の避けようもない不条理性に対して健気で純粋な化学的反応を見せているんだろう。
そして、遙か彼方の瓦礫の山の上にふんわりと横たわる筋肉タオルと化した男からは、肯定的なものも否定的なものも意味も価値も動機も何もかも全てが洗濯されてしまったかのようだ。
ただ生命を成す、最後のギリギリの一線に存在する機構だけは、その駆動をなんとか維持し続けていた。
それは運が良かったからでも、彼の体が想像を超えた頑強さを備えていたからでもない。某正義のヒーローを気取るのなら、自分のスペックを熟知した上で最適な破壊力をお客様(破壊対象)に提供するのが最も優雅で美しいという自明な理屈を俺が弁えていただけだ。
刹那のカタルシスを得るために、俺の体に内在する超無限の論理をほんの少し多めに一撃に盛り込んでしまえば、美しくも穢らわしい花火が散ることになってしまうだろう。
だが、地球人が作成した傑作娯楽作品を数万点ほども観照した俺としては、そのようなカタルシス全快の血みどろ決着は必ずしも美学的ではないという結論に達している。
というわけで、アイヒマンとかいうキリングマシーンには気持ちよく舞台から降りてもらって、第二、第三の人生をスピンアウト的な感じで展開してもらうことを望んでみたわけだ。まぁ一度俺に目を付けられたからには、再び何かテロリスティックなことに手を染めた瞬間、自動的に俺の作成した殺戮用生体ドローンが発動し、地球上のどこにいようが数秒後には全ての状況を壊滅的なまでに壊滅させることになる。力量の次元が違いすぎると、いわゆる「憎しみの連鎖」なる陳腐な現代標語は意味を失うことになる。卑小なテロリストはすり潰され、歴史のページから跡形もなく消えうせるのみだ。
つまり、彼の極限まで練磨された肉体は、健康極まりないフィットネス的なものか、治安を維持する頼もしいポリスメンのようなものに有効的に活用される以外の道はほぼ残されていないということである。 最近この地球に跋扈してるらしい人道主義者共に強くオススメしたいのは、一昔前の狩猟民族どもの国家を見習って原住民或いはテロリスト達を数秒で無表情で皆殺しにせよ、「野蛮性を取り戻せ(humans be ambitious)」ということである。
そんな下らないことを考えつつも、なぜか急激に気持ちが昂揚してきた俺は、軽い気持ちで眼前の岩壁に新たな必殺技を叩き込んだ。
『●イダーキィッックァ!?!』
神速にも届きかねない勢いで景気よく振りぬかれたスパイラル下半身によって、粉砕された岩が上空に向けて弾丸のように射出された。対物ライフルも真っ青な自然兵器の破壊対象はノエシスだ。摩擦熱でオレンジ色のレーザー光線と化した大小様々な岩石の礫が彼女を襲う。
「なっ・・・!」
脈絡のない躁鬱的な俺の攻撃に、ノエシスの反応が遅れる。
コンマ数㍉秒で回避行動に入るが、全弾幕の85%までが鮮やかにクリーンヒットする計算だ。
その若干引きつり焦燥に満ちた彼女の顔は、先ほどまでの予定調和めいた薄笑いを浮かべたものよりも、何倍も魅力的なものに見えた。
負の感情はいつだって人類をもっとも美しい姿へと導いてくれるのだ。
内包するエネルギーによりマグマ状になった弾岩が、ノエシスに向かって吸い寄せられるように奇跡を描く。
致死量ぎりぎりかな?とドキドキしながら観察していると、沈黙を守っていたノエマの口から大音量のノイズが発射された。
「グゴァァァアアアア"ア"ア"ア"ア"!!!」
とても妙齢のお嬢さんの口から発せられたとは思えない野趣溢れる咆哮とともに、肉眼でも観測できるほど巨大で重厚な音の波紋が全域に広がっていく。
飛翔する弾岩はその波動に接触すると、次の瞬間には粉々に分解された。
「あらら。。便利な技ですねっと……」
これでノエシスの命をかけたギリギリのロシアンルーレットは回避されたわけだ。
彼女の顔に先程までと同じ氷点下の薄笑いが戻ってくるが、その内側には微かな安堵の気配が漂っている。
揃って感情の無さそうな双子達だが、姉の危機に全く無関心でいられるほど不能ではないようだ。無際限に広がり続ける奇声の波紋は、空中の岩すべてを粉砕すると周囲の俺たちに向かってまさしく音速で迫ってくる。
「ちょっと!ちょっと!こっちにも被害が及ぶじゃないですかー!やだー」
マリネ先生が慌てふためきつつ、体のいたるところから色んな魔法陣を発現させたりしている。何やら楽しそうだ。あ、転んだ。
「もう滅茶苦茶だな。なんだよあの声は。詠唱も起動式も何もなしだが魔法なのか?もっと物理的で性質の悪い生体兵器か何かなのか」
足元の岩ころを上空のノエマに向けて連続で投擲するカイト。5発/秒くらいだが、波紋に触れて全て蒸発する。
しかしこの奇声、結構な殺戮兵器だ。岩でもこの通りなのだから、人間を構成するソフトな物質群など一瞬でプルプルと悲鳴をあげ消滅してしまうだろう。この物騒な音響兵器の前では、A5ランクの最高級和牛だろうが、150g-500円の牛肉風味の外国産ゴムだろうが、等しく鉄板の上のバターのようにとろけてしまうに違いない。美食目当ての観光客達なら大喜びだ。
ここが市街地だったら、かの大量破壊兵器の悪夢が再現され、かろうじて生き残った市民は武器を手に反撃の狼煙を上げ、平和を声高に叫ぶ熟練のプロ市民達は一目散に逃げ出すことになるだろう。
どちらにせよあの白髪の無表情クールドールは、自らの辞書の<倫理>に関する記載まで真っ白に違いない。
瞳子はすかさず魔法力のバリア的なものを発生させ迫りくる波紋から身を守っている。抑えきれない色んな種類の破壊衝動やら鬱憤やらをその豊かな肉体から発散させつつ、ギリギリと眉間に皺を寄せて今にも爆発しそうな表情だ。
カイトの奴は相変わらず着色し忘れたフィギュアのようなボヤけた雰囲気で佇みながら、手元の端末を面倒くさそうに超高速でいじくり倒している。
マリネ先生はといえば、キャー♪とガラにもない声色で叫びながら、フリフリの可愛らしい傘を開いてその陰に隠れている。何ドル出せばあんな頑丈な傘が買えるのか甚だ謎だ。というか傘なんかでは土砂降りの雨でさえ足元はビショ濡れのはずなんだが、何故大丈夫なんだろうか。敢えて解析はしないが、彼女の体のサイズが控えめなのも功を奏しているのかもしれない。羨ましすぎる。それにしてもさっきの魔法陣は何か意味あったのだろうか。
そして俺は降り注ぐ波紋を一身に受けてしまい、盛大に体が振動していた。気持ちいい。このままいくと、全身の筋肉があらゆる方向から隈なくマッサージされてしまい、ひどく健康的で充実した週末を迎えることになってしまう。なんて非文学的で恐ろしひ事態だらう。食事の際には肉を食べる前にまず野菜を摂取するような繊細な男になってしまふかもしれなひ。或いはパスタを茹でてみたり。考えたくない。考えただけで全身の細胞が活き活きとしてくるやうだ。
ちなみに俺の服はもう全て分解してしまっている。その上をただノエマの爆音の叫び声が優しく撫でるように通り過ぎていくだけだ。声にも肌触りというものがあるんですね?
「なんなんデスか!あの圧倒的な変態感(漢)は!」
困惑と嫌悪の中でのたうつように瞳子が叫ぶ。その声に負けるものかと、大量殺戮専用レンジ内の如き空間で、二昔前のビジュアル系のようなポーズを取ってみる俺。もはや肌の古い角質すら分解され、全ては究極の形へと近づきつつあった……。
「燃やしたい……。あいつ備長炭にしていいデスか?自信満々な表情がむかつく……というか無駄に肌白いなくそっ……焦がしたい」
「肌質はどうでもいいが……この凶悪な音響兵器の中で裸体をさらけ出して何してんだ。いよいよ生物なのかわかんねぇなこれ」
深い溜息を付きつつ、ピコピコと端末の入力を完遂させるカイト。鈍い光の筋が手元から全身に向けて広がっていく。彼を襲っていたネガティブな感情の波はだいぶ鎮まってきたようだ。
「まぁアイツはどうでもいいから、とにかく処理しなきゃならん事案はあそこに浮かんでる騒音発生装置だな。このまま稼働させ続けたらご近所さんからクレームが入る。鳥さんとかトカゲさんとか」
「そんな可愛いクレーマー耐えられませんね。人間だったら円満な解決策として指で両鼓膜を潰して差し上げるだけデスが」
「どちらかというと傷害事件と呼ぶかな、それは」
瞳子のもとに素早く駆け寄るカイト。
「じゃぁ早速アレをお願いしマスよ」
その言葉に合わせるように、瞳子の両肩に手を置くカイト。随分慣れた手つきだが、明滅する光の筋がカイトから瞳子の体に伝わっていく。今彼が発動させている魔法は複数人で使用するもの、或いは何か支援魔法のようなものなのか。バシバシと電気の迸るような音ともにカイトを包んでいた光が徐々に消失し、代わりに瞳子の全身が眩く輝き始める。これは劇場版スーパーサ●ヤ●的なものか?強キャラ感がものすごい勢いで上昇していく……。彼女の全身の筋肉があくまでその美的なフォルムの範囲内でその強靭さを急速に増大させていく。
この二人は結構な数の修羅場をともにくぐり抜けてきたのだろうか。それはまたOVAとかEpisode0とかそういう時空で明らかになるのかもしれない。
「また何か面倒なことをする気ですね……」
全方位破壊活動に勤しんでいるノエマの後方で、ノエシスが苦渋の表情で呟いた。
そして遠く瓦礫の上で横たわるアイヒマンの方をじっと凝視している。
「あの役立たずめ…頑丈さだけが取り柄なのでしょうが……」
意を決したように懐からおもむろに何かを取り出すノエシス。
漆黒の十字架がその手に握られていた。十字架の四方の先端が各々奇妙な方向に捻じ曲がり、禍々しい雰囲気を放っている。その表面に小さい宝玉的なものが複数散りばめられている。これも魔装具とやらの一種だろうか。
また何か面倒なことをする気ですねと思わずにはいられない。
「教祖様から頂いた極北大陸の魔導遺産……。危険極まりないので使いたくはありませんが最早致し方ないでしょう。我々に仇なす可能性のある危険分子は残らず駆逐する。例えこの星全土に虐殺の嵐が吹き荒れることになるとしても……」
なにか結構ヤバ気なことを沈鬱な声で語っているが、利害計算がだいぶ破綻している気がする。
この女に渡しちゃ駄目なアイテムだコレ。教祖様とやら人を見る目ゼロかな。というかそいつも同類なのか。そしてノエシスが細めた目でめっちゃこっちを見ている。メチャクチャ凝視されている。視線がピリピリ痛い。明らかに男を勘違いさせる類の視線ではない。瞳のハイライトは完全に死んでいる。
え、俺??あっちのスーパーサイ●●を見てくださいよ!頼むから!凄く強キャラそうでしょ!?
いずれにせよ俺は言わなくてはならない台詞を半ば自動的に口にした。
「何のアイテムだか知らないけど、使わない方がいいよ!?次の機会まで取っておいたほうが絶対いいよ」
アイヒマンの倒れている方角に向けてスッと十字架を翳すノエシス。
あれ、俺の声聴こえなかったのかな……?
「使ってもデメリットしかないって!そんなの絶対おかしいよ!」
音量マシマシ声色アニメでわざとらしく必死に叫ぶ俺。
『狂渦再誕』
ノエシスの詠唱と同時に、黒い雷が十字架を直撃し轟音が響き渡った。何だなんだ。
「まぁ待て、話せば解る。考え直す時間はいつだって、いくらでもあるんだ!」
両手を天に掲げ、瞳を閉じて静止するノエシス。
『深遠なる狂気をその身に宿し、再誕せよアイヒマン!』
十字架が漆黒の光で眩く煌き、血走った瞳のノエシスは破滅願望に満ちた素敵な笑みを浮かべている。
って聞けよ、話を。物事が圧倒的にスムーズに進みすぎだろ。会話のボールをまとめて川に投げ込まないで。後で色々と後悔しますよ?いや本当に。
話を聞かない現代っ子に腹を立てる俺をよそに、瀕死であるはずのアイヒマンのほうから、突如ドス黒い殺意を纏った巨大なエネルギーが放出された。人類史的というより宇宙的な規模の質量を持ったナニカがそこに産まれていた。今この惑星上にいる生物にとって災厄以外の何者でもない負のベクトルが濃密に渦巻いている。
周辺一帯に存在する全ての生物の注意がその一点に向いたかのような気配の中、核爆発のような雄叫びを上げながら人型の災害がその身を起こした。アイヒマンと呼ばれていたソレは、グツグツと沸騰する金属の太い血管のようなもので全身を埋め尽くし、時折ボゴンボゴンとその一部が不規則に形状を変えながら蠢いている。瞳や口があった部分にはポッカリと白い虚無の空間が開き、そこから黒い霧が立ち昇っている。ソレを取り巻く周囲の"空間"がジュウジュウと音を立てて腐食(侵食)していっているようだ。なにやら異臭も酷い。地球上には本来存在していない筈の臭気だ。ノエマの音響殺戮兵器に全身を晒しているが、俺と同じく微塵の損傷も受けていない。
俺の中に集積されたビッグデータを基にした直感によれば、この『生物』は原理教なんて組織の手に負えるような事象じゃない。
「さぁ、これでアナタも生意気な学生どもも須らくザ・エンドですね」
クックックと愉快そうに笑いながら蔑むような目で見下ろしてくるノエシス。
「ジ・エンドではなく??っていうかあれはもう人間には戻れません的なやつかな?」
「そんなこと誰が気にするんです」
「どっちの話?ザ・のほう?戻れないほう?」
それが最も重要なことであるかのように真剣な表情で訊き返してみる。
「知りませんよ。黙りなさい下衆が!」
ピシャリと言い放つと、直近の記憶を全て消去したかのような表情になり遥か彼方に視線を固定した。
そして異形の生物による破壊活動はすぐに開始される。
ソレの蠢き続ける表皮の一部がパァンと破裂するとともに、凶悪な甲殻類じみた弾丸が、種子のように発射された。肉眼では追いきれないそれが地平線の彼方に消えると、次の瞬間大地が振動し、地平線の形状が大幅に変わっている。すくなくとも(F-)クラスの破壊力だ。
厄介な召喚主であるノエシスの口元にはまだシールのように笑みが貼りついているが、顔から血の気が引きすぎて白を通り越して少し透明になっていた。
「ふふふ……想像よりも大分ヤバい代物が出てきましたね……」
微かに震える指でぎこちなく髪をかきあげる。
……だからそう言ったじゃねぇかだろ!てゆうか惑星規模の虐殺がどうとか自分で言ってただろ。
想像よりも、の基準が不明すぎる。想像力が貧困すぎたか或いは豊かすぎたかのどちらかだ。
「ははは……想像よりもずっと天然なサイコパスさんでしたね……。星を滅ぼしかねないギャップ萌えとか需要無いんじゃないかな」
思わず本音が出てしまったが、何か凄い睨まれたのでそっと口を噤んでおく。
「チッ……。まぁいいでしょう。さぁアイヒマンよ。あの生意気なガキどもを殺してしまいなさい!」
ピッと指を突き出し、ハリのある声で命令を下すノエシス。ぇぇぇえ、いや明らかにそんな段階じゃないと思うのだが。例の生物は手当たり次第に破壊のバーゲンセールを開始している。直ちにこの地球上で使用できる最上級の暴力装置を総動員して鎮圧にかからねばならぬ事態のはずだ。
一体この娘の脳内にはどれだけ確固とした自分だけの妄想世界が広がっているというのだ。もしこの物語にノエシスルートなどというものが存在するとすれば、普通のプレイヤーでは精神即病み確定の、甘美なドグラマグラ的コミュニケーションを耳元で執拗に囁かれ続けるだろう。極々ひと握りの人種にとってのご褒美でしかない。
いずれにせよあの不快な穢れた生物?をサッサと処理しないことには俺の貴重な学園生活が台無しになってしまう。先ほどから大規模災害レベルの破壊を広範囲に連続で撒き散らしてくれているから、各国の政府やら民間軍事会社やらが事態に対応して続々と動き出しかねない。
一部始終を見守っていた瞳子とカイトの表情も少なくはない戦慄の色に染まっている。瞳子の髪はいつの間にやら元の漆黒からターコイズブルーに変化し、揺らめきながら発光していた。体のラインも若干バーサク的な感じにシャープでソリッドでかつ豊饒なものになり、プラスとマイナスの差はより強調され、記号的とも生物学的ともいえる確固とした美が形成されていた。マニアには垂涎ものだろうか。超理系女ブルーとでも名付けよう。強くて速そう。だが今、事態は更に危機的な様相だった。
「いや……無理でしょマジで。。アレ何かの本で視た事ありマスけど。。出現しちゃ駄目なやつデしょ……地球の表面が削られていってる……」
「何かの本というか初等部の教科書にも載ってます。"言獣"とか"構造災害"とか大変物騒な表現で、先史文明を2日で滅ぼしただの、星が召喚する最悪の災厄だのと」
抑揚の少ない深刻そうな口調でマリネ先生が応答する。
「ようやく世界が終わるのか」
感情の停止したような眼で、感慨深げに言葉を紡ぐカイト。
そうなの……?
ならば一刻も早く素粒子レベルまで分解しないと。
とりあえず遠距離から何か試してみようか。コマンド入力⇒↑○('-^)ソイヤー。
『光学冥嵐』
次の瞬間、破壊生物の周りに大量の魔方陣が出現し、発射された無数の光線が殲滅対象に降り注ぐ。
対象を微塵切りにするかのような超高速の光の走査。
攻撃が命中すると同時に凄まじい轟音と閃光がその一帯を支配した。
「あれはテロリストの使っていた光学シリーズ!」
三者三様、おのおの驚愕?の表情でドヨめいている。
折角だしこの星の魔法で様子を伺ってみただけだ。
「内在魔力も無し、手ぶらで端末も無しでどうやってんだ……」
もう諦めたような呆れ顔でカイトが遠く呟く。ごめんなさい、宇宙システムを使っております。そして思った通り、炸裂する光線と音の嵐の中で、破壊生物は完全なる無傷で活動を続けていた。
連続で照射される光線は全て攻撃対象の表面で消失しており、本体に全く到達していない。
「LV8の魔法で全くの無傷デスか……。馬鹿らしい。もうさっさと法皇でも大陸軍でも何でもおでましになってくれませんかね……!黙示録クラスの課外授業とかトラウマ訴訟ですよ」
「気持ちは分るけど、一気に色々おでましになられると興ざめなんだな。特記戦力は各個プチプチと時間差で撃破していきたい。長く楽しむために」
瞳子に対してというより自分に向けてそう呟いてみる。
まぁ仕方がない。この星の技術を使っても大した効果がなさそうなので、普通な攻撃に切り替えることにしましょうか。そう、残念ながら時間切れだ。俺は諦め、俺は信号を送った。この時点で全ての物語は観測され、収束する。
「それじゃあ、せめて瞳子サンはさっさとノエマのほうを黙らせてくれ。折角そんな強そうなフォームになったんだから。あの壊れた自律型スピーカー女子はうるさくてたまらない」
俺はそう提案する。そう、この期に及んでも尚あの双子の片割れはガガッピガーとばくおん!を叫び続けているのだ。なかなか愛おしいほどのキ●ガイぶりっこである。面倒見のいい妹でもいれば少しは状況も改善するのかもしれないが、現実といえば頭のネジが違う方向にはじけ飛んだ姉のせいで混迷の度合いがますます深まっていくだけ。自閉症スペクトラムという文字列がネオンサインとなって、悲鳴を上げながら頭の中を横切っていった。
そして急に話を振られた瞳子といえば、少しだけ困惑した表情を浮かべつつも、全身から淡く煌びやかな青色光を放ち続けている。世界に屹立するその確固とした戦士風の佇まい!
「実際けっこうな強さでしょその身体。ほら!」
瞳子に向けておもむろに片手をかざす俺。
『電力狂級』
その詠唱と同時に、ハッとしたノエシスが嫌悪の形相で俺を睨む。
ビシャァァアン!! という耳をつんざく音とともに雷が瞳子の肌に直撃した。
「う"ぉぇアぁっ!!?熱ッァ!?ぁァあにしテだ殺すぞゴるぁッッ!!?」
何故かすごくプンプン怒ってるようだが、彼女の肌細胞は完全に無傷だ。何が問題なのだろう?
「ぅぅん?全く信じがたい強靭さだ。これなら何の心配もなく賊の排除を任せられる」
「いっぺん殺ス。まっさきに排除されるべきなのは誰なのか、解りマスよね?おう?」
切り裂かれた深遠の淵のような瞳をギラつかせながら、強力な感情をこちらに照射してくる。
「解ってる。速やかにノエマの無力化をお願いします。さすが姉サン。話が早い」
「……」
瞳子の表情が何とも形容しがたい絶妙なものになったので、即座に過去数百年にわたる全ての映像データ、静止画像等と照合してみた、が一致するものはひとつもなかった。何だこの表情。
ゆっくりと、深海に打ち捨てられたかのような重い溜息をつく瞳子。
「で……騒音女はいいとして。あの化け物は?アンタがどうにかするとでも?」
「俺は何もしない」
「は?」
しばらく沈黙していた銀色の超生物がモゴモゴと蠕動を開始する。頭部なのか何なのか判明しない器官をキョロキョロ動かしながら、程なくして急速に全身を膨張させると、さっきと同じく超重量級の弾丸を全方位に向けて連続で発射した。その速度、その一方向。一人の講師は顔を引きつらせ、声にならない声をあげた。
「ッマリネ先--!!」
青の女戦士は超速で迎撃に身を投ずるが、それでも2フレーム程その動作は遅すぎた。哀れな生徒達の顔は年相応に純粋な絶望と激情に引き歪む。全てが悲劇の色に染まる寸前の刹那。
「正確には俺はもう何もできない」
音がした。法則の切り替わる音が。全宇宙に小さく響きわたる。
勿論それは具体的な音ではなく、全てがただ、容赦なく変更されただけだ。
広大な天空には、細く長いなめらかな十本の白い指が、山脈のような巨大さでもって写し出されている。
『限定的最終戦争』
完全に機械的で抑揚を欠いた声が星系に響き渡る。
大気圏から地表にわたる全ての空間に、全宇宙の星が集結したが如き無数の光弾が次々と炸裂した。
銀色超生物の射出した弾丸は、着弾を待たず、ほぼ同時に一つ残らず消し炭と帰する。
次に天蓋に映写される白い指がゆっくりと円を描くと、破壊生物の蠕動する体躯の右半分が一瞬で吹き飛んだ。バランスを崩してジタバタと地面に転がるその生物のサマは、少年の足元のダンゴムシを思わせる。
「弟が全てするさ。俺に何ができる?こんな穏やかじゃない顔をした弟の前にして」
小柄でしなやかな肢体に尋常じゃない怒気を含ませながら、黒髪の少年が地上に降臨する。
「えぇ、兄様。僕はほんの少しばかり怒っているんです。こんな滑稽な下等生物どもとのやり取りに、僕と兄様の間の貴重で希少なコミュニケーションの時間が侵食されているという事実に」
弟がそのような台詞を紡いだその僅かの間にも、極大な光の柱が何度も何度も地球を貫く。
恐らくいくつもの島国が今この時その歴史を終えていっているといった所だろう。
間一髪のところで命を取り留めつつも、カールした金髪から焦げ臭い匂いを発しているマリネ先生と、珍しく神妙な面持ちをした瞳子達が、事態の推移を見守っている。
そして体の一部を消し飛ばされた元アイヒマン、もとい超生物はその全身を再び膨張させ始めた。
またぞろ破壊衝動が高まってきたというところだろうか。だが哀れなことだ。
「なんだこの滑稽な生物は?」
弟がそう呟くその瞬間、弟のシルエットはその生物の真横に移動し、光速で振り下ろされた右手のインパクトによって、哀れな異生物は押し潰れ、液状化し、たちまち素粒子レベルに分解して、空間に霧消した。
「クズ蟲ども、が」
地球全域を眺めやるような目付きで、弟は自分の体をさすりながら不快そうな表情を浮かべた。そして顔をヒョイとこちらに向けると、怒ったような潤んだような瞳で凝視してくる。
そんな弟の姿を眺めながら、ゾクゾクと歓喜の表情で打ち震えている瞳子。
なんか専門的な猥語をブツブツ呟きながら時々意識を喪っている。強靭的精神力哉。
そして、いまだ周辺全域にはノエマの爆音のがなり声だか嬌声だかが相も変わらず大音量で鳴り響いている。
弟の意見に全面的には賛同しかねるが、
駄目だコイツら。早く何とかしないと。




