重さは力だ
今ここで進行している状況はとてもシンプルだ。広大深遠な宇宙空間に張り巡らされたアーキテクチャ構成系の一部である自律思念つまり俺サマ、唯色オルタが、保護観察対象であるところの小さな青い星、地球上の諸都市で活動する宗教団体の幹部、赤髪法衣を気軽にひねり殺してしまったせいで、その教団仲間であるところの道化達が俺の大事な御学友の方々に向けて暴力的措置をお取り遊ばしなさっているといったところである。
勿論そのような結果が導出されることは容易に計算できたわけだが、実際にリアルとして事態が生起するのを見れば、俺としても迅速に駈け付けないわけにはいかないだろう?
俺と彼らの間にはまだ親密なナニカといったものが存在するわけではないが、この現実空間で軽快愉快な物語を紡ごうと目論んでいる俺としては、同じ学園のクラス仲間がどこぞのテロリストに危害を加えられるのを見過ごす理由はないわけだ。
一見するところ、我が誇らしき御学友、ならびに教師サマの実力はテロリストどもに勝るとも劣らない立派なものであるようだが、カイトくんの心に宿る深い闇の部分がネックとなって、少なからず憂鬱で看過できない悲劇的な事態が引き起こされつつあった。そのような事態の推移を一部始終見守ることは、この星の一部で人気の鬱ゲーというジャンルでは大いに奨励、歓迎されることだろうが、今のところまだ、そういった仄かな狂喜の調べの如きはこの物語に必要とされていないのである。
そのような訳で、心優しい俺としては、手始めにアイヒマンとかいう筋肉ダルマの敵対的攻撃行動の無力化を図ったのだ。例の極北大陸とかいう無法地帯、政治的空白地域で生産されているチートな魔法グッズで全身を武装しているようだが、そもそもこの星で魔法、魔術等と呼ばれ科学的に研究されている事象など、全て我々上位ネットワークの操作範疇である以上、地上人の武力装置などアクセサリー程度の意味しか持たない。そこで取りあえず非戦闘地域では無い場所に発生しているあらゆる魔法事象の全てを一時的に零に帰した。そして先制的自衛権の行使を全面的に肯定している俺としては、敵の両腕を軽く沸騰させる程度のことはご愛嬌といったところだ。
「グゥゥァアアアア!!!」
耐え難いであろう激痛に絶叫するアイヒマン。だが次の瞬間その魔力が急激に高まり、沸騰し焼け爛れる腕を、その破壊を上回る治癒力が覆っていく。破壊された細胞は、ほんの数秒前の瑞々しさ、生気を取り戻し、アイヒマンの濃密で禍々しい両腕を再構成していく。
「アァァァア……!!」
苦しげに息を絞り出しながら、自らの腕を見やるアイヒマン。急速に蘇生(組成)していく筋肉に力を込めミシミシと鳴らしながら、回復の度合いを測っているようだ。
「シット(糞)・・・。殺す(Kill YO!)・・・」
確認するまでもなく、その太く暴力的な腕はその本来の形を完全に取り戻していた。
「すっかり元通りってわけだね」
全地球圏から収集した情報を脳内で有機的に統合、解析した結果、メタ心理学的に全ての人種、民族に関係なく最高の印象を与えるであろうと思われる悪魔的笑顔を浮かべながら敵に語りかける。
俺の認識としては、この惑星の生物なら今与えた破壊量だけで十分に戦闘不能に追い込めると思ったのだが、少々低く見積もりすぎたようだ。
この星に降り立ったその日から、ゲーム、漫画、インスタント食品などなど物珍しい骨董品に目を奪われ、現実人間に対する調査を完膚なきまでに怠っていたが。つまり、この地に降り立った瞬間目にした人類(戦闘力5)の基準を、疑いも無く全ての個体に適用してしまったわけだ。勿論、あらゆる例外など我々にとっては誤差と呼ぶのも滑稽なほどの微細な違いなのだが、現実空間で遊ぶには少しばかり繊細さに欠ける態度だったと認めざるを得ない。
「どこから沸いて出たんデスか君は」
新種の昆虫でも発見したかのような表情で俺を見ながら、遠くから酷いめな言葉を吐く瞳子。
「地面でも空気中でも何でもお好きなほうで」
適当極まりない返事をしつつも、実際我々(オートノミー)のシステム上どこからだって沸くことはできる。次元が違うのだよ。次元が。物理概念など飾りなのです。
「あ、レインくん、こんにちっす~♪」
遠くに浮遊する俺の弟に向けてブンブンと手を振る瞳子。それに応えるようにレインも無表情のまま手をヘロヘロと振り返す。
「ギャーー♪(吐血)」
うるせぇ……。
「しかし驚いたよ。それほどまでに強靭な肉体を持っているとはね」
面倒くさい●女子は無視しつつ、武闘派のゴリラに賞賛の言葉を送る。
「この星では古き良き時代には何もかもが素晴らしき頑丈さを誇っていた。記録媒体にせよ電化製品にせよ、ね。ディスクに保存された情報は意外な程あっけなく失われるし、複雑精緻な技術を凝らした最新家電は何やら不可思議な早さで故障する。それに比して、石版に刻まれた文字は半永久的な速度で次代へと情報を伝達するし、単純明快な機構で作られた生活用具は愛おしいまでの耐久性を発揮し続ける。君のその古典的なテクノロジーによって磨き上げられた頑強な肉体も、この星の表面で行われている様々な活動の中で、得がたい希少的価値を発揮するんだろうね」
人類が辿ってきた遠い道のりを、テラだかペタだかの情報量に集約し、走馬灯ぶりながら遠い目つきでそう呟く。
「兄様、そういった感傷的な話には僕が今宵にでも付き合いますから。どうぞ目の前の事態を迅速に処理して下さいますよう。あまりに長引くようであれば、僕がその古典的な方法で今すぐ皆殺しを実行致しますよ。敵性対象には永劫に続く極限の苦痛と後悔の念を刻み付ける……」
いい加減疲れたような瞳でこちらを睨む弟。
「まぁそう急がなくてもいいじゃないか。敵は逃げるもんじゃなし、俺達に時間は永久にある。血と血の合間に、文学的な思索や、幼児染みた滑稽な狂気が顔を覗かせるような闘争を繰り広げていきたい。俺は」
「それが“中弐秒”というやつですか?」
「そう。まぁそこまで刹那的じゃない、“厨二病”というやつだよ。この星を文化的、技術的革新に駆り立ててきたものの中核を為すものさ。ロマンティックで骨董品めいた人類には、いつだって自分がビビッドな短編小説の主人公なんだと錯覚する素敵に精神的な権利が必要なんだ」
「長編ではなく短編小説だというところが素敵に哀れですね。いずれにせよ、早晩デッドエンドに突き当たって退化を余儀なくされる過渡的な機能に過ぎないと思えますが……」
「文明度のタイプ、レベルに関わらず知的生命の織り成す世界には共通の美学かもしれない。俺というオートノミーがその証拠……」
「兄様はシステム内でも少々異端すぎるので判断を保留せざるを得ません」
腰に手を当て、微妙なS字カーブを描くような姿勢で、ジィッとした視線を送ってくる。
我が弟を構成する素粒子の一群が、完全無比な確率に導かれながら、その愛おしい存在を実体化させていた。
「そう。いつだって特殊でいたい。現前している希少な美を、吸い寄せる特異点であり続けるために」
安っぽい台詞がレインの鼓膜に到達すると、素敵に冷たい視線がこちらに向けられた。その心地良く氷点下な瞳に宿る複雑な感情にあてられ身悶えする暇もなく、アイヒマンが構わず俺をひねり潰そうと襲いかかってくる。
「得体の知れぬ愚民どもがぁぁあ!!」
Oの字に開かれた口から咆哮を放ち、一段と膨張した筋肉を震わせながら、電磁射出されたF1の如き高速で俺の間合いに入り込む。そこから繰り出される鋭い打撃は人体の急所へと適切に打ち込まれた。
ゴガァ、という重く鈍い音とともに俺の体が20メータほど後方に弾き飛ばされグロテスクな炎流に包まれる。反撃の隙は与えぬとばかりに高速追尾してくるアイヒマンが続けて二撃目を繊細な俺の顎に叩き込み、盛大に宙を舞う体躯。
打ち込まれた運動量は俺の体をさらに遠くへ運ぼうとするが、手近な岩盤に右足を打ち込み強制的に我が座標を固定した。言うまでもなく肉体には微細な欠損すら存在しない。
「軽い・・・。体が軽すぎるのが問題だな・・・」
そう、体はいつだって不滅。だが戦闘においては重量が圧倒的に重要なファクターとなる。ならば。
「損傷も、苦痛さえ全く負っていない・・・なんだあれは・・・」
上空、安全地帯から状況の一切を眺めるノエシスが困惑の表情で呟く。
彼女の知る、決して少なくはない、いな充分過ぎる程の世界への知識によれば、アイヒマン程の使い手が上級魔装具を使用して繰り出す一撃を生身に受けて、正真正銘ノーダメージ等という人間が存在するはずがない。ましてやノエマの『心象封形』の有効エリア内でだ。奇怪な事象に対する解を求めるように、視線をノエマに向けるが、電源の停止したようなノエマの表情にも微かな困惑の色が滲んでいた。彼女からもその周囲からも、一切の魔法反応が消失している。
「……どういうこと……」
これ以上ない程に景気良く吹き飛んだ俺の体にいかなる傷も見受けられないのを確認すると、破壊の永久機関となるのも辞さないという覚悟の表情でアイヒマンが再び飛びかかってくる。先ほど遠くから観察させて頂いていた学友達とこの男の戦いから判断するに、今のこの猛攻は地球の戦闘シーンにおいてはかなり熾烈なものであるに違いなかった。そうであるならば俺としても相手のレベルまで次元を落とすことで敬意を表すことに躊躇いはない。
「その意味でも軽すぎるのは問題だ。重さは力」
物理現象ごと座標に固定してしまえばよいところを敢えて重量の増加という遠回りな手段で実現する。こちらの方法のほうが、相手もその事象の意味するところをすんなりと理解できるだろう。それに加え、俺の中に芽生えつつある幾分の懐古趣味を満足させることもできる。
『重質記述:50000t』
コマンドの入力とともに、赤や緑に発光する光の筋が体表を巡る。
二日前に鑑賞した怪獣映画を参考に自らの重量を設定した。ざっと新幹線1000両分程度だ。これで足りないようであれば秒刻みで随時適切に増量していけばいい。ズゴン!と不吉な破砕音が足元で発生し、重なりあった二つの小規模のクレーターが作成される。これはいかにも期待できそうなビジュアルだ。
さらにこの重量に見合った適切な出力をこの体に付与する。同じく二日前に鑑賞した某正義ヒーローを参考に1000万馬力だ。
あとは近接戦闘術の参考として、この星の原始人、古代の英雄、中世の伝説の剣士、現代格闘術の達人、其の他諸々の至高のスキルを自らにインストールする。これでほぼ現地球上における最強の肉体になったことは間違いない。さぁどこからでもかかっておいで、と心の中で上目遣いにポーズを決める。
そんなコンマ数秒間の俺の一連の準備動作にお構いなく、アイヒマンは何のひねりもない何度目かの全力打撃をこの哀れな高校生の柔肌に向けて放った。だが、あらゆる戦闘技術・経験がインストールされた俺はその全てを総動員し、そして仁王立ちのまま、その一撃を鳩尾に受けた。避けたら重量設定のテストができないもんね。
ゴォンという鈍い金属音とともにその場に釘付けになる二人。今度は俺の体は宙に浮くこともなく、ただ同じ場所で静かにその存在感を放っている。今の設定レベルだと、幾つかのアニメ漫画に出てきたキャラ相手だと通じないかとも思ったが、どうやらこの星では特に問題ないようだ。どうにも現実空間における現実感が俺にはうまく把握できないので、適切な按配とやらが解らない。
何事もなかったかのように思案する俺を見て、アイヒマンは言葉を失い一瞬攻撃の手を止めた。だが俺が何気なく視線を送ると、脊髄反射的に再び狂ったように猛攻を再開した。まるでリスに体当たりされたかのような衝撃を感じる。そして時折魔装具から放たれる黒炎によって特注の服が部分的に燃え落ちた。このままでは裸身になってしまうかもしれないという仄かな恐怖がじわじわと俺を侵食していく。
凄まじい風切音とマシンガンの如き打撃音が空間に反響し続ける。その光景を上空のノエシスや、瞳子、カイト、先生サマも呆然とした表情で眺めていた。
「これが……これが"戦闘"……」
アニメ第一話におけるウブな主人公のように、戦慄の表情を浮かべながら俺は呟いた。
そう、まさに俺は戦慄していたのだ。初めて本物の戦闘を目の当たりにしたウブな主人公としてではなく、何千、何万もの死闘の記録を脳に転写したものとして、全く逆の意味で。
もう十分だ。これ以上この男の攻撃を受け続ける必要性は全くない。
数多の至高の戦士達の記憶を吸収した俺から見て、今この場で繰り出されている暴力全てがあまりに児戯だった。
効率の悪い体捌き、タイミングを逸した攻撃動作、技の選定にも必然性が感じられない。付け入る隙がありすぎて、逆に反撃を躊躇してしまうほどだ。
この星の哲学者が言う「自由の刑に処せられる」とはこういうことだろうか。
目の前に出現した膨大な選択肢の眩しさに、思わず失明してしまいそうだ。
そして今また、練成された岩石のような拳が俺の体に打ち込まれ、服の一部が焼け落ちた。
「貴様……いったい何なんだ……何だその体は……」
驚愕と、乾ききった恐怖の表情を浮かべるアイヒマン。
「高校生の命は地球よりも重い、んですよ。おじさん?」
一般論ではなく、あくまで俺という特殊論を前提として無邪気にそう答えてみる。
無意味な静寂が辺りを支配し、先ほどからこの状況を見守っている数人のプレーヤー達は、各々残念そうに当惑した表情で、俺の言葉の意味するところを解読しようとしているようにみえる。みえない。
アイヒマンが両腕を振り上げ、全ての力を振り絞るように体を硬直させると、極大の黒炎がその両腕を包み込む。
「潰れロォぉおっっッ!!!」
奴の組まれた両拳が、本日最高であろう破壊力を誇示しながら俺のコンパクトな頭蓋を襲う。
技名はダブルスレッジハンマーだか、ジャックハンマだか何だか。
その速度はまるで全ての音を吸収するかの如き、凄まじいものだった。
カッと見開かれた瞳はギラギラと光を放ち、もしかすると奴の背中の筋肉も鬼のような形相になっているかもしれない。
だが、それも結局は全て無意味だ。
攻撃の開始から終了、その極限まで圧縮された一瞬。
この場に居合わす観察者たちの知覚さえ追いつかないその一瞬において。
中世の伝説の剣豪と化した俺は、ナノ秒間に発生した敵の意識の隙に合わせて完璧なる一撃を繰り出す。
「ラ●ダーパンチ!」
某有名な必殺技がアイヒマンの分厚い胸板に直撃すると、盛大な粉砕音とともにその体は音速以上光速未満で吹き飛び、数百メートル先の岩壁に完璧なまでにめり込んだ。そして次の瞬間、巨大な岩壁は粉々に崩落していく。
魔力やらチャクラやらを全く使わず、純粋に物理的な暴力のみでこの威力なら全く悪くない。
だが、無意味で空虚な静寂がふたたび辺りを支配すると、俺は思わず呟かずにはいられなくなった。
「……また一撃で終わっちまったでござる……」
もはや何が何の台詞だか解らなくなっていた。




