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ハイゼン王国記 ~禁書を携える者たち~  作者: 烏丸 九郎
第五章 知の宝庫・ベゼルフォード
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第五章 知の宝庫・ベゼルフォード ㈤

 窓から見える景色は変わらず、うっそうと茂った木々の生える森だけだ。人影もなく、生き物の声すら聞こえない。


 締め切られた窓は、開けようと手をかけても細工がしてあり開けることが出来ない。捕らえることを目的として造られた部屋だということが、嫌でもわかる。


「シスター。もうそろそろ、我々も打ち解けてきたと思うのだが、いかがなかな?」


 変わり映えのしない窓の外を見ていたリリアに、背後から声がかかる。重圧感のある低い声。それが、捕らえられ、この部屋に閉じ込められてきてから、毎日のように訪れる男の声だった。


「何度、来ていただいても私の返事は変わりません」


 リリアはドアを背にして、足を組んで座る男の対面の椅子に座る。男の後ろには、リリアの世話をする子供と、黒革のコートを着て、波打つ灰色の髪を肩まで伸ばした男の姿がある。


 灰色の髪の男は、時折リリアを見ると、にやりとまとわりつくような笑みを浮かべて、舌で唇をなめる。その動きは、獲物を狙う爬虫類を想わせる動きに似ていて気味が悪い。


「あなたが知りたいことを、私が知っているという根拠はあるのですか?」


毅然とした態度で男と対峙した。この姿勢を崩せば、自分の中の弱い部分が露呈して、一気に男の望む流れに話が進みそうで怖かった。


「隠し立てをしても、無駄だ!」


 灰色の髪の男が叫ぶ。隣の子供は、びくりと怯えを隠さずに体を揺らした。


「まぁ、落ち着け。デル。私は、シスターとは建設的な意見の交換をしたいと考えている。平和的な解決というのが、私の希望だ」


 手を上げて、デルと呼んだ男の行動を制する。


「シスター。あなたが、禁書管理官なのは周知の事実だ。チェッカーボーンの修道院に教皇庁から派遣されてきた禁書管理官が二名、滞在しているという話は聞いていた。だが、そのうちの一人は残念な結果になったがね」


 男は顎に手を添える。


 整えられた白髪交じりの頭髪は、程よく金髪をアクセントにしてうまくまとめている。右手の指にはめた金の指輪は、おそらく家の紋章が彫られた指輪なのだろう。男の着ているダークグレーのラウンジスーツは、世情に疎いリリアが見ても上等な質のものだとわかるほど、光沢がある。


「司祭様は殺害されました。犯人はわかりませんが」


「確かに、犯人はわからない。だが、シスター。なぜ彼は殺害されたと思うかね?」


 男は白い口髭に隠れた口元をゆがめて問う。その問いは、男が司祭の死に関与していると暗に示している。


「司祭様は、情報の開示を拒んだのでしょう」


 背筋を伸ばして言い切る。だが、リリアの本心ではカナレン司祭は禁書の情報を売っていたと確信していた。知っている情報は少ないだろうが、教皇庁の禁書管理官でしか得ることのできない情報もある。


 リリアの言葉に、男は突然笑い声を上げ、手を打つ。


「見事な考えだが、違うな。あいつは、金を払えば何でもしゃべるような奴だった。酒に溺れ、博打を楽しむような奴だ。高尚な聖職者の皮をかぶった堕落者だよ」


「では、司祭様は何を話されたのですか?」


 カナレン司祭の行動は大方予想できたものだった。各地へ派遣された管理官の中でも、司祭は教皇への反発心が強い人物だった。


 リリアと組まされたことも不満を隠さず、禁書の存在ですら一番懐疑的に思っていた人物だった。彼が、この捜索の件で、教皇の体面を悪くさせるようなことが出来ればいいとさえ思っていたことも知っている。


「この世に散らばる禁書の数と、おおよそのありかだな。ハイゼン、ルーフェニア、ヴィジュマール。この三か国に散らばっていると言っていた。それぞれの国に管理官を送り捜索を開始したとも話していたさ」


 それが、司祭が知る現在の教皇庁の動きのすべてなのだろう。大筋では正しいが、リリアが捜索する場所を、教皇と共にペンダントを用いて決めたということまでは知らないようだ。


「禁書という存在を信じておられるのですか?」


 揺さぶりの言葉だ。ここで、男が半信半疑の返事をすれば、リリアは禁書の存在を幻のものであり、教皇の妄言だと切り捨てようと心に決めた。


「信じておるとも。空想の話ではなく、実在したという確信もある」


 目の前の男は、黒い瞳を鋭く輝かせてリリアを見つめた。


「シスター。あなたが何を言おうとも、私には禁書の存在を確信する理由がある。そして、禁書を手に入れるための力もある。ただ、私にないのは禁書の詳細な在処だけなのだよ」


 男はジャケットの懐から、折りたたまれた紙を取り出す。子供が壁際の小さな机を運んできて、男の目の前に置いた。男は、机の上に紙を広げる。机の上で広げられたのは、地図だった。それも詳細に書かれた王都近郊の地図だ。


「私たちはここまでの詳細はつかんだ。だが、ここからが雲をつかむような話だ。あなたの力でどこに禁書があるかを指示してほしい」


 リリアは地図を思わず見入った。地図の場所は、修道院を発つ前にレイヴンと共に見た場所だった。ペンダントが指示した場所だ。


「どうやら、我々の予想は正解のようですな。シスター」


 地図から視線を上げると、男は威圧するように背筋を伸ばしてリリアを見つめた。もともと、上背のある男の姿が、さらに大きくリリアを上から見下しているようだ。


「かつて、アルスター国王は、この国の体制を立て直そうとした。貴族院にはびこる国教会の力を排除するために、王家を聖教会へ改宗しようとした。ハイゼンの暗い歴史の一つだよ。それとともに、国王は大きな力で議会に抑えられた王権を回復しようとした」


 彼の語るハイゼン王国の歴史の一コマは、リリアも禁書管理官として入局した際に聞いたことがある話だった。ハイゼンの歴史で狂王と言われる国王は、かつての権力者たちがそうしたように禁書の力で歴史を変えようとしたのだ。


「ですが、禁書は存在しなかった。なぜなら、アルスター国王は親政を開始することなく、亡くなったのですから」


「いや。違うのだよ。シスター。禁書は実在し、アルスター国王は禁書を手に入れた。だが、国王の手に収まるまでに無くなったのだよ」


「無くなった?」


 初めて聞く話だ。それは、野史を編纂する管理局の書庫ですら入手できていない情報源があるのかもしれない。


「信じる気になったのかね」


 思わず男の話に食い入ったのが失敗だった。自らの、禁書への興味の方が勝り、男を憚ることを失念していた。


「シスター。自分を責めることはない。今生きる誰しもが見たことのないものを目にしようというとき、好奇心は捨てられぬものだ」


 男の言葉に、リリアは思わず唇をかみしめた。


「話を戻そう。国王の手元へは、当時のルーフェニアから流れ着いた。あの革命の後の混乱期に国外へ禁書が出た。詳細は知らないが、禁書を探していたアルスター国王は臣下に命じて、その禁書を自分の下へ運ばせた。王族の馬車を使ってな。だが、その馬車は事故に合い、禁書もろとも臣下は姿を消したのだよ。そこが、ここ、ラカンチェスターという場所だ」


 男の人差し指が、地図の一部で円を描く。


「我々はここを虱潰しに探したが、いまだ見つからない。当時の情勢を考えると、王宮内では少なからず反国王の勢力もいたという。もしくは、病床に就いた国王を見限り、臣下は裏切って禁書を持ち出したのかだな。そこまでは、憶測でしかないがね」


 狂王としての圧政は、神聖帝国でも聞いたことがある。すでに、国内に敵が多い国王だったのかもしれない。


「そこでだ。シスター。あなたの助けを借りたい。司祭によれば、教皇と二人で捜索する場所を選んだと言うではないか。それはどのように行ったのだ? 何か方法があるはずだ。そうでなければ、三か国に的を絞って管理官は派遣すまい」


 机に両手をつき、リリアに覆いかぶさるように立ち上がる。


「存じ上げません」


 男の威圧する黒い眼を見つめ返す。


「ここまで言っても、しらを切りとおすかね」

「何と思われても、知らないことはお答えできません」


 わずかな沈黙が流れる。風が吹き、木々の枝がこすれる音が聞こえた。


「まぁ、いいでしょう。時間はまだある。だが、シスター。覚えておいてほしいことがあるのだがね」

「何でしょうか?」

「私は、あなたが思っているよりも出来損ないの人間なのだよ。気が短いというのが欠点でね」


 吐き捨てるように言うと、男は灰色の髪の男と共に部屋を出て行った。

 ドアを閉じた部屋の中に残された子供が、机の上の地図を折りたたみ、机を元の壁際に戻す。


「いつも、ありがとう」


 リリアは子供に感謝の言葉を述べるが、子供は言葉が聞こえないのか、無表情に仕事を終えると部屋を出て行った。


 再び静かな室内で、リリアは窓の外を見つめた。かすかな日差ししか差し込まないこの部屋では、ガス灯の明りが頼りだ。その日差しですらも、今日で何回目になっただろうか。


 リリアの頭の中には、自分を修道院から連れ出したレイヴンと、禁書の主となった学者の顔がおぼろげに浮かんだ。


 彼らは無事なのだろうか。


 そんな思いがよぎった時、リリアは床に膝を突き神への祈りの言葉を唱えた。


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