プロローグ:わたしたちの悪い癖(その1)
先輩が、まじでヤバい。
悪癖って、誰にでもあるよね?
無意識に爪を噛むとか、貧乏ゆすりをしちゃうとか。
もっと悪い癖もある。
酒、タバコ、ギャンブル、色好み……。
節度を守れないとマズいやつ。
それに比べれば、私の悪癖なんて、かわいいものだ。
それよりも、本当に問題なのは――。
〜★〜★〜★〜
「むぅ先輩、絶対に飛び出さないでくださいよ。危ないっすから」
「むぅー。言われなくても、あんな大群の軍隊アリのなかに突っ込んだりしないわ」
「ほんとっすかねぇ……」
私と先輩は、ダンジョンの地下深くにいる。
岩陰に隠れて、魔物の群れが通り過ぎるのを待っているところだ。
「ねえアオィちゃん」
「なんすか先輩」
「軍隊アリって、強いんだっけ?」
岩陰からチラリと顔を出し、魔物の数を確かめる。
人間と同じくらいの背丈があるアリ。
2、4、6……。8匹か。
「2、3匹ならいいっすけど、この数だとちょっと大変すね」
「捕まったら食べられちゃう?」
「それで済めばいいほうっす。軍隊アリは人間を苗床にするらしいっすから」
「うげ」
「身体に卵を産み付けられて、孵化した幼虫に食い破られるっすよ」
「ぐえ」
食い破られたような顔をしている先輩を横目で見ながら、先輩が苗床にされている姿を想像してみる。
白くて細い手足がアリたちに拘束され、いつもきれいにしている桃色のロングヘアが粘液で汚されていく。
運命を悟った金色の潤んだ瞳が、しだいにその光を失って――。
「うん。結構、そそるっすね」
「ソソル? なにそれ?」
「いや、なんでもないっす」
私は先輩の肩を押さえていた手を離して、腰のホルダーから杖を取り出す。
みじかい杖を両手に1本ずつ。
「奴らに気づかれた時のために『2号』の準備をしておくっす」
先輩からの返事はなかった。
あとから思えば、ここで気づくべきだったのだ。
2本の杖を専用のジョイントでつないで、1本の長い杖にする。
「この距離なら……問題ないっすね」
杖を岩陰からすこしだけ出して、軍隊アリに照準を向けた。
あとは杖に魔力を流し込めば、次の瞬間には魔物の身体に穴があくだろう。
願わくば、このまま気づかれずにやりすごして、撃たずに済むほうがいい。
私は照準を完璧に固定したまま、息を殺した。
静かな時間。
少し遠くで、軍隊アリが足の関節をきしませる、ギシギシという音だけが響く。
……いや?
ほかにも何か聴こえるな。
ふんふん……ふんふん……。
なんの音だ?
ふんふん?
その時に気づけば、まだギリ間に合った。
つまり、あとの祭りというやつだ。
ふんふん!
もう一度おなじ音がして、私はついに気づく。
それが、悪癖をがまんしている先輩の、
鼻息だということに。
「むぅぅぅぅーーーーーーーーっ!!!」
唐突な叫び声とともに、先輩が岩陰から飛び出した!
<その2へつづく>




