444●戦争映画としての『風の谷のナウシカ』⑪雑感2:飛行ガメ少年の恋の悲喜劇 。ロマンスアニメとしてのナウシカ。
444●戦争映画としての『風の谷のナウシカ』⑪雑感2:飛行ガメ少年の恋の悲喜劇 。ロマンスアニメとしてのナウシカ。
諸々の雑感の続きです。
●ナウシカに撃墜されたアスベルの自業自得。
『風の谷のナウシカ』を観終わって、なーんとなく記憶に残って、あれからどうなったか気になるのは、王蟲の幼生を吊り下げて風の谷へ向かうペジテの飛行ガメで、機関銃の射手を担当していた少年です。
お名前をうかがっておりませんので、勝手に“ガメ君”と仮称させていただきます。
なぜ、気になるのか。
本編におけるナウシカ二回目の「ガール・ミーツ・ボーイ」だからですね。
食パンをくわえてダッシュの綾波が、ポケーッと走るシンジ君に激突する、あの瞬間に相当します。
一回目はバカガラスの背中に仁王立ちで両腕を広げ、「やめてーーっ!」。
ドキッ、としたアスベル、咄嗟に発砲停止して旋回へ!
このとき、アスベルは何を観たのか。
紅蓮の炎を背にして蒼いドレスを翻す、赤い髪の少女。
その髪の色は双子の妹ラステルと同じ。
ラステル!?
アスベルの心は凍り付きます。
ラステルは髪に合わせた赤いドレスでしたが、この時、現実のナウシカは青い飛行服。
しかしラステルのイメージと重なったアスベルの意識では、その刹那“青い服のラステル”に見えたのでしょう。
アスベルが見た青いドレスのデザインは、ラステルのそれとかなり似ていますから。
しかし通り過ぎた一瞬で、アスベルは彼女が、蒼い飛行服を着た、ラステルに似た別の少女、と気づいたはず。
動体視力、物凄く良さそうですし。
アスベル、胸ズキュン!
恋に刺さって落ちたのです。
彼の心はナウシカに撃墜されたのでした。
彼女に心奪われて、逃げるべきだけど戻りたくもあるアスベル。
心ここにあらず、上の空へと迷走します。
そりゃあ、コルベットに墜とされるわな……
まあ、それはそれでいいのです。
その後の展開からして、どう見ても本命同士の出逢いでしたから。
そりゃあ先々はシン・エヴァの結末みたいに意表を突く破局やヨロメキに至ったかもしれませんが……
ラストで腐海探検に赴くアスベルに手を振って見送るナウシカの表情は、意地悪な見方をすればちょっとビミョーで、ああ、めんどくさい男子を厄介払いできてサバサバしたわ……みたいな明るい清々しさがあるような無いような……なのですが、設定年齢が17歳前後なので、オトナの恋愛はもう少し先のこと。とりあえず恋愛よりも、二人の友情と心の絆が育ちつつあるようだと解釈してあげましょう。
●飛行ガメ少年の場合。こちらもナウシカにあえなく撃墜!
しかし問題は……
二回目の「ガール・ミーツ・ボーイ」です。
飛行ガメで機関銃を構える、仮称“ガメ君”。
彼の射撃が激しくて、ナウシカのメーヴェはなかなか接近できません。
しかしついに……
ナウシカはメーヴェの上に仁王立ちで両腕を広げ、敵意の無いことを全身で表現します。
彼女のセリフは、バカガラスの上でやらかした一回目では「やめてーーっ!」でしたが、二回目の今回では「撃たないで、話を聞いて!」でしたね。
彼女のポーズもセリフも、射撃されている状況も同じ、見事なリフレインです。
このリフレインはやはり、宮崎駿監督の意図的な演出でしょう。
ガメ君も、アスベル同様に凍り付き、射撃の手を止めたのですから。
赤い髪に、ペジテ貴族の赤いドレス、そこに彼は、普段から恋焦がれていた憧れの姫君の姿を重ねてしまいました。
「ラステルさん……」と。
これまた、アスベルと同じです。
このガメ君も、アスベルと同じように、ラステルがすでに落命したことを知らなかったと思われます。
ナウシカとアスベルが、炎上するペジテ市の近くでペジテのブリッグに邂逅したとき、アスベルの父であり王であるペジテ市長は、巨神兵の所在が「風の谷だ」と言い当てます。
ということは、ペジテ市長は“巨神兵を積んだトルメキア大型船が、風の谷に墜落した”ことを知っているのですね。
となると、娘であるラステル姫の生命が絶望的であることも察していたはず。
おそらくラステルを奪還するチャンスを探るために、飛行ガメなどを使って大型船を追尾させていて、大型船の墜落炎上を確認した飛行ガメが戻ってきて、その知らせを受けたのでしょうね。
そこで直ちに「作戦の第二弾」を発動して、傷つけた王蟲の幼生を捕獲して吊り下げた飛行ガメを、風の谷へ差し向けた……のではないかと思われます。
それにしても、ペジテ市長にとってラステルの安否はまだ不明であり、ラステルの死を看取ったナウシカからアスベルが聞き、ナウシカをブリッグの内部に監禁してから、アスベルによってようやくラステルの死の事実を知らされたはず。
ならばペジテ市長は、“王蟲暴走作戦”を始動する前に、娘のラステルの生死が心配で心配でたまらない心理状態のはずなのです、我が子を愛するまともな普通の親だったならば。
なのに、「アスベル、この人は?」「風の谷のナウシカ」とやり取りした時にすぐさま、「ラステルという娘を見ませんでしたか!」とナウシカに訊ねもせず、“王蟲暴走作戦”のことを隠そうとしましたね。
そのあたり、仕事優先といえば聞こえはいいですが、まずは、娘ラステルの安否を確かめようとするのが親心じゃないですか。
どうもこのペジテ市長、人の親として冷たすぎるのですよ。
ラステルとアスベルの親のはずなのに、まるで他人行儀。
もしかするとラステルとアスベルは、ペジテ市長の“愛の薄い再婚相手”さんの連れ子さんだったのかもしれません。
と言いますのは、ペジテのブリッグに監禁されているナウシカに「ここから出してあげます」と、身代わり美少女の“仮称ルイーゼロッテ嬢”を連れてきたのは、ラステルの母、すなわちペジテ市長(王)の奥さんでしたから。
巨神兵復活の野望に憑りつかれて、国民や家族への愛を捨ててしまった夫ペジテ市長に、決定的な失望と悲しみを感じていたのでしょうね。
だから「本当にごめんなさい、私たちのしたことはみんな間違いです」と、ナウシカに詫びたのでしょう。
もしもペジテ市長が国民や家族のための平和の大切さを得心していたら、発掘した巨神兵は胚の段階で破壊し廃棄したはず。
そうしなかった事で、この物語の悲劇の全てが発生しました。
夫、ペジテ市長こそ、実は悪事の張本人。
娘ラステルの死を知らされた母は、“ラステルは父親に殺されてしまった”……と慙愧の苦渋を噛み締めていたことと思われます。
ちょっと脇道にそれますが、ペジテ市長、その奥様、その子供のラステルとアスベル、この四人の家族ドラマがストーリーラインの中に巧みに組み込まれていることに、改めて驚かされます。父親の欲望によって引き裂かれた家族、という見方もできますが、父親の立場を鑑みると、単なる個人的欲望ではなく、社会的な使命感から来ているのかもしれません。
それにしても、戦争に翻弄された悲劇の家族。
これ、見落としたくありませんね。
という次第で、すでにこのとき、王蟲の幼生を吊り下げて風の谷へ向かって飛んでいる飛行ガメのデッキで機関銃手を務める少年“ガメ君”は、ラステルの死を知らないのですね。
だから赤い髪の美少女ナウシカが刹那、ラステルに見えてしまった。
とはいえラステルと懇意だったわけではなく、遠くから眺めて勝手に思慕の念を募らせた“片思い”のレベルだったのでしょう。
下っ端兵士のガメ君と、ペジテの王であり市長の娘であるラステル姫とでは、身分が違いすぎますからね。
●たぶん、画面には聞こえてこないこんな会話が……
そして飛行ガメに向かって飛び降りる、両腕を広げた決死のまなざしのナウシカに、ガメ君は思い人ラステルの幻影を重ねてしまいました。
しかしこんな場所にラステル姫がいるはずがないのです。
でも、ラステル姫と見まごうほどの気高い美少女!。
二人の視線はもうバッチリビビッと交差したはず。
アスベルの時と同じ、初対面の胸ズキュン! です。
ガメ君、一世一代の恋に落ちてしまいました。
彼の心もナウシカに撃墜されてしまったのです。
だからナウシカが「私たちを(中略)運びなさい!」と迫ったとき、ガメ君は「しかし、君も死ぬぞ!」とナウシカの身を案じます。
隣に上官のオッサンが立っていますので、抑制した言い方になっていますが、本心はもう「ダメだよ絶対にそんなことしちゃ! 死ぬに決まってる。どうしても行きたいのなら、僕も一緒に降りるからさ、いや、僕が代わりに降りたって構わない! 君のためなら死ねるよ!」と、愛にすべてを捧げたメロメロな心境でしょう。
なので……
飛行ガメが、吊り下げた王蟲の幼生と、幼生に付き添うナウシカを、暴走する王蟲の大群の前にするりと降ろすシーン。
あの場面に至る直前の一、二分間には、画面に映らないあれやこれやのやり取りが、ガメ君とナウシカの間で交わされていたことと想像されます。
以下、私の創作的妄想です。こんな展開になっていたかもしれませんね。
ガ「ラステルさん!」
ナ「(つんとして)ナウシカです」
ガ「し、失礼しました。な、な、なーしかさん、このまま王蟲の群れの前にあなたを降ろすなんて、僕にはできない!」
ナ「やってください、お願いですから!」
ガ「そ、そーUことなら、僕も降ります! 機関銃を撃てますから、あなたを守ります!」
ナ「いりません、そんなもの持って来ないでください。私一人で十分です」
ガ「そんなこと言わないで! 降りたら死ぬじゃないですか、僕は……僕はあなたを守りたいんです、どうか、守らせてください!」
ナ「間に合ってます、護衛なんかいりません。私のことは放って置いて!」
ガ「それならぼく、あなたと代わります。やるべきことを教えてください、僕が降りて、あなたは飛行ガメに残るんです。僕はそれでいいんだから!」
ナ「……お願いですから、私一人にして! もう、忙しいんだから!!」
ガ「(半泣き顔で)そ、そんな……」
ナ「(しまった、私としたことが、言いすぎてしまったと反省して)あ、いいのよ、私は大丈夫、全然気にしないでネ。ご厚意は感謝しますから(笑顔でサムアップサイン)」
ガ「そ、そうは言っても……」
ナ「(着地点が迫る。内心は、ダマレコノヤロー、アタシハシニニユクノダ、ゴチャゴチャナキゴトイワズニ、サッサトオロセーッ! なのだが、作り笑いの笑顔を返して)あたしは絶対に大丈夫です、あとは明日ね、続きは明日お話ししましょ。だから安心して、王蟲の子と私を地面に降ろしてちょうだいね」
ガ「はい……わかりました、なーしかさん、明日、あなたに会いに行きます!」
ナ「うん、明日、明日ね……今よ、そこに降ろして!」
ガ「約束ですよ、なーしかさん!」
ナ「またあした!」
地上に降ろされた瞬間、ナウシカは気が付いた。
このドサクサでバタバタと慌てて喋ってしまったけど、あたしって……
そう、デートの約束をしてしまったのだ!
そしてナウシカは顔を上げる。
突進してくる王蟲の群れ、怒りに燃えた攻撃色の真っ赤な眼、眼、眼……。
巨大な赤い死が押し寄せて来る。
「ま、いいか、明日は無いのだもの」
覚悟を秘めた、そのつぶやきが、ナウシカの最期の言葉となったはずだった。
誰の耳にも聞こえる状況ではなかったが……
●遥かなるロマンスの腐海の果てに。
数日後……
ナウシカの王城に、裏口からこっそりと、ペジテのブリッグで身代わりになってくれたあの美少女、仮称“ルイーゼロッテ嬢”が訪れた。
ル「ナウシカ姫様、折り入ってご相談があるとか」
ナ「そうなの。ほら、窓の隙間からそっと見て。城の正門の橋に、一人、正装した男の子が立っているでしょ?」
ル「そうですね。ペジテの兵士の格好をした若い子。じっとこっちを見てますね。(意味ありげに微笑んで)……彼氏ちゃんですか?」
ナ「違う違う! 違うんです……」
ル「違うなら気にせずに、しっしと追い払ったらよろしいのでは?」
ナ「それが、こんな事情で、こーなってしまったんです」
かくかくしかじか、かくかくなうしか。
ル「(顔色を変えて)……デートの約束をなさったのですか!」
ナ「だって、自分が生き返るなんて全然思ってなかったから!(ふええんと泣く)」
ル「それはそうですね。私がブリッグで空から見ていても、間違いなく生還率ゼロ%でしたから」
ナ「生き返って翌日、あの少年がお城を訪ねて来て……」
ル「そりゃ、デートのお約束ですから。でも、お会いになれませんよね」
ナ「お腹が痛いとか手首が痛いとか、リウマチとか頭痛で今は無理よと断り続け……」
ル「仮病、ミエミエです。でも頭痛だけは本当ですね」
ナ「うん(うなずいて)、それからずーっと、あの男の子、門の前で私を待っているんです。……私、彼にすごく悪いことしちゃった、だけど直接会って断ったら、あの子、思いつめた様子だから、どうなっちゃうかわからなくて」
ル「あのまま城壁のお堀に身を投げるかもしれませんね。あそこ、石橋のたもとは絶好のダイビングスポットですよ、一方通行デスジャンプの」
ナ「やだやだ、そんなのいや! (頭を抱える)私、このままだと気が狂ってしまいそう!」
ル「(嘆息)ホントに頭の痛いお話ですよね、まさにロマンスの腐海ですわ。(寄りかかってきたナウシカの髪をいたわり優しくなでながら)それなら、こうするのはいかがでしょう。わたくし、男の子の“告り”のリアクション対応には経験値が高く、いささか自信が御座います。ご返事がウェルカムでもノーサンキューでも、その中間でも、彼をま~るく言いくるめて差し上げます。(ウインクして)ナウシカ姫様の忠実な身代わりとして!」
ナ「ああっ、ありがとう!(抱きしめる)その言葉、待ってたのよ!」
ル「姫様そっくりの赤い髪の王女様に、見事に化けて差し上げます!」
二人は固く抱きしめ合う。囁き合う。
ナ「つまらないことを頼って、ごめんなさいね。あたしって田舎娘で、男女交際の経験値、恥ずかしながらゼロなのよ。これから最初の手ほどき、教えてくださる?」
ル「もったいないお言葉、恐悦至極に御座います……と、この忠実な家臣めは申しますわ」
ナ「(ふふふ、と、さやかな笑みで)御礼のキスくらい、いいでしょ?」
ル「そんなにも喜ばしい奇蹟を頂戴したら、倍返ししちゃうんですから」
おおっ半沢! 大歓迎! とばかりに二人の秘めやかな愛の交歓。
しばらくして……
ル「ナウシカ様、ひとつ気になる噂が」
ナ「なんでも申してみよ、我が心の友よ。二人の間に隠し事などありませんわ」
ル「アスベル様が突然、ユパ様と一緒に腐海探検に旅立たれるとか」
ナ「うん、そうだけと、どうかして?」
ル「アスベル様、ナウシカ様に愛を告白しようと夜這いなさったらしく、その時、ご返事を聞く前に衣服は切り裂かれ、胸も背中も腕も、お顔の周りも、それに(顔を赤らめて)お尻から股間まで噛み傷と引っ掻き傷で血だらけとなって仕舞われたとか。ナウシカ姫様、そんなに激しく抵抗なさったのですね。なので腐海探検は表向きの口実、じつはヒリヒリと痛むお身体で哀しい傷心を抱えて失恋旅行に出てゆかれるという流言飛語が、城下に蔓延しておりますの」
ナ「あ……」
ル「お心当たりが?」
ナ「あの夜、私の寝室に窓から忍び込んできたアスベルに、問答無用で暴行傷害を加えたものがいて……」
ル「まあ! 一夜にして寝取り寝取られ……」
ナ「ち、違いますっ。実はいつもここに隠している、これ……」
ル「わっ!! (恐怖の形相で五メルトは飛び退いて)……ナ、ナウシカ様! お胸のお谷間のそいつは危険です! チビでも狂暴な猛獣です! 言い寄る男はみんなズタズタに引き裂いてしまいますよ!」
*
ロマンスアニメとしてもいろいろと深堀りできそうな、『風の谷のナウシカ』。
ナウシカの恋路もまた、男と女の間には深くて暗い河があることを知り、果てしなく長い苦難の旅路となることでありましょう。
だってあんな、異種生物のボディガードを飼ってしまったんですから。
ナウシカの悩みは深い。
けれど生きよう!
「生きてるだけで丸儲け」という名言もあるじゃないですか。
人類みんな一度は平等に死にます。
その瞬間までを、のらりくらりと生きおおせる事も、人生の一選択。
偉大な人生って、99.999……%、望んでも無理ですしね。
しかし偉大な人生と最高の幸福が、イコールとも限らないわけで。
日々、自分にできることをやりながら……
目指しましょう、「終わりホドホドでだいたいよし」。
にしても、ロマンスに翻弄されるナウシカも魅力的ですね。
それも、平和の証拠なんですから。
何度観ても、観るごとに新しい風景が心の中に開けてくる、稀代の傑作。
これほどマルチな視点を持つ作品は、類を見ません。
それが『風の谷のナウシカ』なのでしょう。
永遠なれナウシカ!!!
【次章へ続きます】




