442●戦争映画としての『風の谷のナウシカ』⑨密かなる軍備増強。戦闘パイロットの育成と国民皆兵、将軍ナウシカと巨神兵。
442●戦争映画としての『風の谷のナウシカ』⑨密かなる軍備増強。戦闘パイロットの育成と国民皆兵、将軍ナウシカと巨神兵。
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●新型戦闘メーヴェの開発と実戦配備。
エンドロールを飾る数カットの場面から、風の谷が“戦後の復興”を進めていく様子がうかがわれます。
風車井戸の掘削を進めて水源を増やすこと、森の焼け跡に植林する子供たち、腐海から回収される王蟲の抜け殻は工業加工品となりますね。
そして、メーヴェ式の凧に乗って谷の空を舞う子供たち。場面によっては、頭部の頭巾に太い鉢巻をしたデザインの、ペジテ出身の子供たちが交ざり、互いに協力して村の復興に貢献してゆく未来が暗示されます。
誠に目出度い光景なのですが、子供たちがメーヴェ式の凧の飛び方をナウシカから教わるという、楽しい場面が示しているのは……
戦闘機パイロットの養成ですね。
第一次世界大戦で敗北したドイツ帝国は、戦後のワイマール共和国体制において、航空戦力の再建を厳しく制限されました。その対応策として……
ウィキペディアの“軍用グライダー”の項では、「第一次世界大戦後、ドイツでは将来の軍備の基礎となる青少年に滑空機教育を盛んに行った。その結果、機体の設計技術、操縦術が発達し、(以下略)」と記されていますね。
ドイツの有名女流パイロット、ハンナ・ライチュはグライダークラブの出身です。
メーヴェ型グライダーを使った“凧遊び”は、子供の娯楽活動として行われていますが、成長したら終わるというものではなく、そのままナウシカと同じ大人用のメーヴェに乗り換えて、腐海の探索や偵察に従事するようになると思われます。
そして、一度トルメキア軍に侵略され、バカガラスの強行着陸による“空挺作戦”とコルベットが王を襲う“斬首作戦”の洗礼を受けた風の谷では、その教訓に適応した航空戦力の錬成が急務となったはずです。
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クシャナの侵略以来、風の谷の住民は、凄まじい不安感に囚われていました。
あのようなめに、二度と遭いたくない。
そのための施政方針を、王女ナウシカに懇願します。
ナウシカも対策を講じないわけにはいきません。
多くの人が家族友人を殺され、国の主権を奪われて一人残らず奴隷化された。
領主であり政治家、国家元首の責務を背負っていたナウシカにとって、死ぬほど悔やんでも悔やみ切れない自責の事件でした。
私が腐海遊びに呆けて、平和ボケしていなければ……
父は騎兵団などの戦力を保持していたのに、こんな辺境の小国など誰にも攻められないと油断して、私は備えをおろそかにしていた。
みんな私が悪いのだわ!
ナウシカは決意し、苦渋の選択を城オジたちに明かします。
全員が諸手を挙げて賛成しました。
「風の谷防衛ドクトリン」の成立です。
一刻も早く、侵略行為に対抗できる迎撃態勢を構築せねばなりません。
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必須なのは、軽快な超小型戦闘機隊。
それには、戦闘用の新型単座メーヴェを開発することです。
まずは短砲身の擲弾筒を開発製造します。口径が直径75ミリと40ミリの二種類であり、それぞれに合わせたロケット弾を量産します。
新型メーヴェは現用機種より一回り大きく、エンジンは現用メーヴェと同じ一基。
乗員は腹ばいで操縦、その頭部には王蟲の眼を使った透明風防を設置、この風防には十字線の照準環が付随します。
そして翼下パイロンに口径75ミリなら二本、40ミリなら四本の擲弾筒を装着、これを武装とするものです。
ヤクトメーヴェ、あるいはシュトルムメーヴェといった名称を与えられた新型戦闘メーヴェは、風の谷に吹き付けている西風に向かって、海の方へ発進します。
かなり重さのあるロケット弾を装填した擲弾筒を懸架しているため、機体を担いで人の足で走る発進方法は取れず、多くは谷の左右の斜面に特設した、木製のスキージャンプ滑走台を用います。
発進は車輪付きの架台を使用、スキージャンプ台の先端から機体だけが空中に飛び出し、架台は下のネットに落ちて再利用されます。
また発進架台を、二輪の自転車を左右につないだ形式として、人力で平坦な道路を使って初期加速を行い、空中に飛昇させる事も可能です。
着陸は胴体下の一本の橇を使います。
“Me163コメート”や“秋水”に似た運用ですね。
新型戦闘メーヴェは、向かい風となる西風を使って上昇しつつ、海上でターンして酸の湖のある陸側に進みます。そこで、熱せられた砂漠の上昇気流を助けとして高度を取り、敵機の上空に攻撃位置を確保するのです。
その高度は低くとも五千メルトほど必要になるため、腹ばい状態のパイロットは王蟲の殻で造られた、酸素マスクつきの保温コクピットに収容され、防寒服を着用しなくてはなりません。
不慮の墜落や撃墜された場合のパラシュートも必須でしょう。
敵機、例えばバカガラス級の戦列艦が侵攻してきたら、上空から一気に逆落としで二千メルトほどを急降下、擲弾筒のロケット弾を見舞い、敵機後方へエンジン全開で避退します。
ロケット弾を発射すればその重量分、機体が軽くなって機動性が回復し、戦場離脱に利することになります。
攻撃はこの一回のみで、直ちに基地へ帰投して兵装補給、状況に応じて再出撃するというものです。
ロケット弾が一発でも、バカガラスの操縦室か弾薬庫に命中したら、たちどころに撃沈か轟沈を期待できますね。
つまり、ロケット弾を用いた急降下爆撃機として、メーヴェを活用するわけです。
残念ながら機関砲の搭載は断念しています。
砲身や機関部のメカが重すぎますし、機構が複雑すぎて、風の谷で自力生産できるレベルを超えているからです。
ペジテのアスベルが単座ガンシップでバカガラスに襲い掛かったとき、あっという間に四機も撃墜しましたが、高空からの急降下で見舞った射撃の正確さとその威力を、ナウシカは目の当たりにしました。
彼女はその光景を、しっかりと記憶にとどめたことでしょう。
一気に急降下襲撃、一撃離脱のヒット・エンド・ランならば、極めて小さな単座の機体であればこそ敵の対空砲火も命中しにくい事を、ナウシカは学んだはずです。
その戦訓を生かして、大型の敵機に対する防空部隊として、新型戦闘メーヴェを、おそらく百機近く揃えようと計画したのではないかと思います。
敵の大型機は風の谷へ侵入させず、酸の湖の上空で屠ってしまうのだと。
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●ガンシップ再建と、その主砲の多用途化。
また、コルベットのように機動性が高く装甲を施した敵機には、やはりガンシップで相手をしなくては勝負になりません。
王蟲に踏まれて大破した風の谷のガンシップの再建を急ぐとともに、予備にもう一機建造する必要があります。
二機同時に出撃すれば、相互に援護する双子戦法がとれ、ドッグファイトに巻き込まれた場合の対応策が飛躍的に向上します。
ガンシップの追加建造には、ペジテ市の廃墟にエンジンと機体材料の調達に遠征しなくてはなりません。ペジテのブリッグを、飛行ガメの護衛付きで何度か飛ばしたことでしょう。
風の谷のガンシップの機首に備えられた二門の主砲は、明らかにバズーカ砲に類する“無反動ロケット弾”を発射します。
炸薬で弾体を発射する“砲弾”だと、砲身と機体が一体化して駐退装置を欠いた構造なので、発射の反動を機体が直接に受けて失速墜落する恐れがあります。
逆噴射ロケットに点火するのと同じようなものですから。
気になるのはその口径。
見た目はシュトルムティーガー似の38センチ・ロケット臼砲と行きたいですが、そのロケット弾は重量が一発350㎏もあるシロモノで搭載不能、人力装填も絶対ムリムリで、いちいち専用クレーンが必要となります。
となると、ブルムベアの15センチ突撃榴弾砲あたりのイメージでしょう。ロケット弾ではありませんが、砲弾重量は一発40㎏。たぶんこの重さが、砲口からの人力装填が可能な最大限ではないでしょうか。二発で80㎏ならオトナの男性一名分ですし、機首に砲弾を搭載しても前後の重量バランスを保って飛行できるでしょう。
なお、炎上したバカガラスからクシャナを乗せて脱出した時には、主砲を二発とも同時発射してから飛び出していますね。二発の砲弾重量が減りましたので、鎧を着たクシャナを乗せた定員一名オーバー状態でもガンシップの機動性は落ちなかったのです。いやホント、よく考えられていますね。
このときもしも鎧つきクシャナを後席に詰め込んでしまったら、機尾が重くなって機首が常に上向き加減となり、機体バランスがやや面倒になったと思われます。
新型戦闘メーヴェの大量生産、そしてガンシップの増強。
こうして風の谷は、小規模ながら高い練度の空軍を整備してゆくのです。
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風の谷のガンシップの主砲とそのロケット砲弾は、同じものを単装化し、車輪付きの運搬台に装架して、人力移動ができる陸砲に改造したものが量産化されます。
これならば敵戦車に対して、比較的薄い上面装甲に命中させる曲射臼砲として使えますね。
それらは地上戦兵器として、風の谷の東側の崖道の上方に仮設した小型トーチカ群に配備されるはず。
酸の湖方面から徒歩や戦車で攻め降りてくる敵を撃退するためです。
ただし敵に圧倒されたら、その場にとどまると孤立しますので、迅速に村の方へ撤退します。
また新型戦闘メーヴェ用に開発した口径75ミリと40ミリのロケット擲弾筒も、点火装置と照準装置と銃床を追加して、個人が肩に担いで発射する携帯地上兵器に用途を拡大したことでしょう。
この場合、王蟲の殻から削りだした“王蟲殻弾頭”を先端に装着した“攻殻ロケット弾体”を、風の谷の王立軍需部が密かに実用化すると思われます。
普通の小銃弾なら跳ね返すトルメキアの装甲歩兵ですが、“王蟲殻弾頭”なら、かれらが誇るセラミック装甲も一発で貫通できます。
「王蟲の皮より削り出したこの剣が、セラミック装甲をも貫くぞ」とは、ユパ師の名セリフです。“王蟲殻弾頭”を装着した小型ロケット弾は、有効な歩兵兵器として、風の谷陸軍の切り札となるでしょう。
また、味方歩兵を防御するための鎧も、王蟲の殻を使って多数生産したはずです。
それを着装したうえ、各種の擲弾筒と、携帯用胞子焼却器を強力化した対人火炎放射器を装備する火炎竜部隊が編成され、女王に即位すると同時に将軍となったナウシカの近衛騎士団を構成します。
騎士、というのは、同じく鎧を着せたトリウマで機動するからですね。
そして村人たちも、一定年齢の若者は徴募されて、消防団を兼ねる“風の谷自衛団”に組み込まれるようになります。
そこて武器の使用法を学び、戦闘訓練に駆り出されるのです。
非戦闘員の村人にも、全員に有事の役割があてがわれ、いざとなれば、風の谷そのものが一個師団となって統率される体制が整えられます。
人口が少なく国土が小さいため、事あらば全国全員が最前線に直面するからです。
まさに国民皆兵です。
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●軍事要塞・風の谷。将軍ナウシカと巨神兵は誰がために。
平和な生活が売りであったはずの、風の谷。
それがたちまち、秘密の軍事国家に変貌してしまいました。
全て、“クシャナ侵攻事件”が国民全員のトラウマとなったことが原因です。
ナウシカの父王ジルが病床にありながら王城を守って名誉の戦死を遂げた、あの瞬間から、風の谷の“平和ボケ”は吹き飛んでしまったのです。
少なくとも、あのときのクシャナ部隊と同規模の敵勢力侵攻に対しては、完全に打ち破れるだけの戦力を準備しておかなくてはなりません。
一度、風の谷はクシャナの奇襲であっけなく敗北し、無条件降伏を余儀なくされました。
しかも問答無用で王まで殺されてしまった。
二度と、あの惨劇を繰り返してはならない。
風の谷の誰もが一人残らず、そう決意したはずです。
風の谷を挟む南北両側の急斜面には、巧みにカモフラージュされた洞窟陣地がいくつも築かれ、そこにはガンシップの主砲と同じ曲射臼砲が数十門、ひっそりと、谷の中央部を睨んでいます。
酸の湖の上空で新型戦闘メーヴェやガンシップの迎撃を打ち破って侵攻した敵の空挺部隊は、崖を伝う細い坂道で隊列の前後を爆破され、立往生したところに曲射臼砲が撃ち込まれ、それでも突破した敵の装甲兵は、風の谷のとっておきの火炎竜部隊が放つ粘着質のナパーム火炎で焼かれ、“王蟲殻弾頭”の徹甲ロケット弾で粉砕されるでしょう。
それでも谷の村へなだれ込むことができた敵陸上部隊は、南北の絶壁に隠された洞窟陣地から曲射砲撃による弾雨の挟撃で狙い撃ちにされます。
風の谷の全域が要塞化され、村人は全員が村民兵となって、防衛線を後退するたびに家々に火を放って焦土戦術を展開し、追い詰められれば地下トンネルを通って崖の洞窟陣地へ避難します。
最悪の場合は南北の洞窟陣地から谷の内側に向けて毒ガス弾を撃ち込むことになるでしょう。
毒ガスの原料は、酸の湖の酸性水です。ペジテ出身の化学者が開発し、毒性物質を合成、濃縮してガス弾に生成したものが、極秘裏に配備されました。
毒ガス弾は海岸付近に集中して炸裂し、噴出する毒ガスは海からの西風に押されて谷全体の地表を舐めるように広がることで、敵兵を害虫のように駆除するに違いありません。
谷の平和な暮らしを守るために、一見のどかな里山風景の村々は、大量の兵器に囲まれた、必死必殺の砦となりました。
軍備は常に更新し、その威力を維持し続けなくてはなりません。
風の谷の貧しい村とナウシカの王室にとって、それは恐るべき経済的負担であり、しかも国民の人生のかなりの時間と労力が、生産性皆無の兵役と軍事訓練に取られてしまいます。
そのため、村は貧しさを脱却することができません。
しかし、「風の谷防衛ドクトリン」を放棄することもできません。
殺人兵器に囲まれた人生の苦しみに耐えながら、人々は平和とその代償のジレンマの渦中を生きてゆきます。出口の無いトンネルのような……
それが、ラストシーンからエンドロールにつながる数カットの画面から透かし見える、風の谷の軍事的未来像なのです。
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事実上の軍事要塞国家となった、風の谷。
あの夜。
捕虜にしたクシャナを酸の湖の星船の残骸までガンシップで連行したとき、ユパの前でクシャナが何を言い放ったのか、いまや年老いたミト爺は、幾度も思い返した事でしょう。
クシャナはこう言ったのです。
「お前たちに残された道は、ひとつしかない。
巨神兵を復活させ、列強の干渉を排して、奴とともに生きることだ。
わが軍がペジテから奪ったように、奴を奪うがよい!」
あの後、クシャナの喉首に剣先を突き付けて、王城で巨神兵の孵化を進めるクロトワたちを脅迫したならば……
クシャナの命と巨神兵の交換に、クロトワは応じたかもしれない。
そうだ、本気でクシャナを殺す覚悟を見せれば、クロトワはやむなく応じたであろう。兵たちの前で平然とクシャナを見捨てたら、クロトワは間違いなく極刑に処せられるからだ。
もしかして、巨神兵は風の谷のものになっていたかもしれない……
風の谷の、守り神に。
恐怖に背筋を震わせるミトの心の闇に、白昼夢の幻影が浮かび出る。
うららかな春の日、風の谷の王城の西の広場に巨神兵がうずくまり、将軍ナウシカを肩に乗せて、その指先で如雨露を傾け、花壇に水をやっている……という、あまりにも平和でのどかな悪魔の夢を。
禁断の悪夢と知りながら、それでも思いを振り払えない自分にゾッと戦慄する、百戦錬磨の老兵ミト。
事実上の永久機関を内蔵した巨神兵一体を維持するコストは、知れている。
そうなれば、他の軍備の全てと、そして村人たちの長く苦しい兵役奉仕も一切いらなくなる。
人々は、ナウシカ一人が操る巨神兵の庇護の元で、世界最高の平和を、ゆったりと心ゆくまで味わえるのだ。
何一つ心配することなく。
泡沫の夢。
それでも、ミト爺はその夢を脳裏から消し去ることができないのです。
クシャナは、正しかったのではないか……?
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戦争映画としての『風の谷のナウシカ』。
その結末が残す余韻の、不気味さと皮肉さ。
公開から42年になる作品と言っても、どこに古さがあるというのでしょうか。
風の谷が直面した戦争は、今まさに、西暦2026年の私たちの、紛れも無い、目の前の現実ではありませんか?
核兵器という名の“巨神兵”を、平和の守り神として受け入れられるか。
それが正しいか否か。
かりに「持ち込まれる」事を認めたとしたら、それは私たちの平和を本当に守ってくれるのでしょうか。
それは私たちの平和を守るためではなく、実は他国の利益と欲望のために要領よく使われてしまうのではないか?
そうだとしたら、核兵器の持ち込みは、悪魔の契約となりはしないか。
置いてある核兵器を守るために、他国の駐留軍が増やされ、それゆえ余計な軍備増強と重税に苦しむ羽目になったら、元も子も無いのでは。
置いておくために必要とされるコストに見合うメリットはあるのか。
あるとすれば、それは政府が具体的に説明できるのか。
一歩間違えば、ポンコツ化した核兵器のスクラップ置き場になってしまわないか?
そのまま、体のいい核のゴミの処分場になってしまったら?
あらゆる可能性を疑心暗鬼なまでに疑って、慎重に考えるべき課題ではないかと思います。
美辞麗句で飾られた軍事ほど、後で後悔させられる悲劇の欺瞞と化す恐れがあるでしょう。
クシャナが約束した“王道楽土”のように。
満州帝国が約束した“王道楽土”のように。
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没落するこの国は本当に「強く豊かに」なれるのか?
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戦争映画として解釈した『風の谷のナウシカ』が、あまりにも今の現実そのものであること。
ただもう、驚愕するしかありません。
いつまでも、さまざまな視点から、解釈の幅が広がってゆく、稀有の名作……
そうあってほしいと願っています。
【次章へ続きます】




