440●戦争映画としての『風の谷のナウシカ』⑦ナウシカの“戦争との戦い”、その結果としての平和条約。そしてバカガラス五番艦の謎。
440●戦争映画としての『風の谷のナウシカ』⑦ナウシカの“戦争との戦い”、その結果としての平和条約。そしてバカガラス五番艦の謎。
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●エンドロールの数点のカットに隠された物語
風の谷へ殺到していた王蟲の暴走が止まり、夜明けの光が谷へ差し込んできます。
大挙して、太陽が昇る真東へと帰ってゆく王蟲たち。
そして、武器を失ったトルメキア兵のわずかな生き残りと、比較的少ない犠牲で凌ぎ切った、風の谷の群衆が対峙します。
二つの勢力の間に立ち尽くすクシャナ、歩み寄るナウシカ。
この時、“戦後の現実”が始まりました。
画面ではエンドロールが入ってフィナーレの曲が始まり、カーテンコールのモードに入っています。まさに大団円。
しかしここからの数カット、せいぜい数十秒の間に展開する場面は、風の谷の“その後”を、とても詳しく暗示しています。
戦いが終わり、平和が訪れた。
いえいえ、全然。
エンドロールのカット、その裏面には、意外と多くの物語が潜んでいます。
映画館で観たときは、「はいはい、目出度しめでたしでよかったね」で流してしまいますが、じつは、見落としてはならない事実があちこちに隠されていますね。
列記してみましょう。
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●“風の谷&トルメキア帝国、相互不可侵平和条約”
王蟲の群れが去り、わずかに生き残ったトルメキア兵の前に立つクシャナに、静かに歩み寄るナウシカ。
二人の間には、いくつかの重要な会話が交わされたはずです。
現在、生き残ったトルメキアの戦力は少人数で戦車などの武器は無く、風の谷の群衆が押し寄せれば、クシャナを含むトルメキア勢力は確実に全滅します。
王蟲の脅威は去ったものの、クシャナには、ナウシカたちによって虐殺されるかもしれないという恐怖がわだかまっていたはずです。
ナウシカはまずクシャナに「安心して、私たちは何もしない。ケガの手当て、水や食事、それらをすぐに用意しますから」と告げたことでしょう。
ナウシカは率先してそう宣言しなくてはなりません。さもないと本当に、群衆はクシャナたちを殺したかもしれませんから。
大問題なのは、ペジテのブリッグが着陸し、市長以下のペジテ貴族たちも近くにいたことです。
クシャナは、ペジテ市を滅亡させ、市民を虐殺した、憎むべき悪魔です。
ペジテの王女ラステルに陰惨な拷問をなし、死に至らせた事実だけをとっても、クシャナを殺す理由を、ペジテの人々は十分に持っています。
だから、ナウシカはいの一番にクシャナに平和を宣言して、ペジテ人たちの怒りを抑えなくてはならなかったはずです。
そこで、ユパが大きな役割を果たしたことでしょう。
ペジテ市長を鬼の形相で睨みつけていたはずです。
「今は殺し合いを忘れろ」と。
風の谷の住民だって、森の焼却を巡ってトルメキア兵と戦い、数十人規模で殺されているはずですし、何よりもナウシカの父王を殺害した責任をクシャナは取っていません。
しかし、とりあえずは双方が憎しみを棚上げして、安全な住居と食糧などを確保し、傷病と飢餓の拡大を招かぬようにすることが先決です。
ナウシカはそのように、風の谷の人々を指導したはずですね。
“風の谷”という、小さいながらも一国の元首として、ナウシカは個人的な悲しみと憎しみを必死で押さえつけて、理性的にふるまったことと察せられます。
クシャナたちに戦争責任を問うことは不可能。
非常に心苦しいけれど、軍事力の差は圧倒的です。
ここでクシャナを殺す、あるいは投獄して裁判にかけようものなら、おそらく風の谷とトルメキア帝国領土の間のどこかの地点を前進基地として集結している“トルメキア辺境派遣軍”が攻めてくるからですね。
さらなる戦争を呼び込まないように、ナウシカは自分の感情を喉の奥へ呑み込んで、クシャナに寛大な提案をしなくてはなりません。
これは口約束では済みません。
“風の谷&トルメキア帝国、相互不可侵平和条約”の起草と調印です。
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ナウシカはクシャナとその一団に危害を加えず、安全を保証する。
ナウシカはクシャナに対して、一切の戦争責任を問わない。
クシャナは、風の谷から全てのトルメキア軍を撤収する。
クシャナは、風の谷に対する戦争行為を、将来にわたって無期限で停止する。
以上四点を基本として、相互に平和的な外交関係を構築する。
平和条約は、そういった内容でしょう。
クシャナの侵略が招いた損害に対して、風の谷の側は完全に泣き寝入りするという、明らかな不平等条約ですね。
しかも、条約と言っても、ただの紙切れ。
圧倒的な強者であるクシャナは、いつでもこの紙切れを踏み破れます。
風の谷にとって“不平等だけど無いよりマシ”程度のこの条約ですが……
一体どうやって、ナウシカはこの紙切れに実効性を担保させることができるのでしょうか。
カギは、クシャナ一人にあります。
クシャナはトルメキア帝国の姫君であり絶対権力の独裁者。
クシャナ自身が「この条約を守ってやろうではないか」と思い続けてくれるかどうか、条約の生命はそれにかかっています。
つまり、クシャナの“気分”に左右されるのですね。
だからナウシカは、穏やかに柔和な姿勢を保ちながら、辛抱強くクシャナに語り掛け、王蟲の殻のように固い信念をもって、クシャナに対して神経戦を挑んだものと思われます。
クシャナは独裁者。
ゆえに、彼女の価値判断はただ一つ。
「自分にとって利用価値があるか否か」
それだけなのです。
ある意味、単純と言ってもよいでしょう。
クシャナはナウシカの態度をどのように受け止めたのか。
クシャナの心のうちに分け入ってみましょう。
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ナウシカの説明を聞くまでも無く、風の谷に利用価値のある資源は皆無と言ってよい。金銀財宝も、これと言って蓄積されていない。
海から吹く風のおかげで空気は良い、しかし土地そのものが猫の額で、現在の住民を養っていくのがやっとだ。
農産品は穀物とブドウ。それも、胞子に侵された森を焼いてしまったので多くの水源が枯れてしまい、水不足と不作に直面、当面は飢餓の一歩手前だろう。
耕作地はバカガラスの着陸とその後の戦闘でかなりの面積が荒れてしまい、増産のめどは立たない。農産物を年貢に取り立ててれば、農業労働者を餓死に追い込むだけで、風の谷そのものが滅亡してしまうだろう。
連中が貢ぎ物に差し出せるのは、さほど美味くもない葡萄酒と芋焼酎を少しばかり、それが限度であり、軍事力を行使してまで欲しいとは思わない。
しかもここは辺境。トルメキアの都市部からは離れすぎていて、リゾート地や貴族の別荘地にするにしても不便すぎる。ゴルフ場も賭場も娼館もない本物のド田舎でバカンスを過ごしたがる貴族も皆無だろう。
つまり風の谷は、我々トルメキアが占領を続けたとしても、得るものは無いのだ。
ナウシカは心から平和を望んでいる。
ならば、それと引き換えに、私クシャナに差し出せる貢ぎ物は何があるのかと訊ねてみた。
ナウシカは答えた。
「平和な暮らしです。ここ、風の谷を平和なまま置いてくださったら、いつ来ていただいても歓迎します。貧しいけれど、穏やかに日々を過ごすことができますよ」
なんという甘ちゃんでお花畑な回答なのか。
平和とは、退屈と同義語だ。進歩に対する停滞だ。
辺境の広大な荒れ地の片隅の、ポツンと一軒家に等しいこの寂しい谷の貧乏で原始的な暮らし。人生の価値など、どこにあるというのか。
ナウシカは、都会に出たことが一度もないド田舎のイモ娘だ。
他の土地を知りもしないのに、スラムのようにみすぼらしい自分の村を「住めば都」と誇っているのか。
こんな、ポツンと一軒家でしかない貧しい過疎の国なんか、どこが良いのか。
フンと鼻で笑い、そんなナウシカの無知蒙昧を蔑んでやろうと思ったが……
ふと、ある重大なことに思い至って、私クシャナはナウシカに確認した。
「ナウシカ、そなたは私の命を、二度にわたって助けた。ひとつは撃墜されたバカガラスの炎の中から、私をガンシップに乗せた。もうひとつは、王蟲の群れに轢き潰されそうになったとき、奴等の暴走を止めて、我々の安全を図ってくれた」
ナウシカは曖昧に微笑んで言った。「そんなことも、ありましたね」
私クシャナは意味ありげに、ゆっくりと問い詰めた。
「二度あることは三度あるかもしれぬ。では……三度目は、どうする?」
答えの代わりに、ナウシカは澄んだ瞳で、私を見つめ返した。
「なるほど、よかろう」と私はナウシカの意図を理解し、全てを納得した。
風の谷の、最大かつ貴重な利用価値を。
そして今後の態度を決めた。
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●風の谷の、真の利用価値。
数日を経ずして、トルメキア辺境派遣軍の大軍が、大型船で次々と酸の湖のほとりに着陸しました。クシャナを迎えに来たのです。
大型船は、画面で九機まで数えられます。西方の前進基地に留守番で残している部隊を除く、クシャナのほぼ全兵力でしょう。
単なる“お迎え”ならば予備機と合わせて二機で十分なのですが、クシャナはここでトルメキアの圧倒的な大戦力を気前よく誇示します。
理由は二つ。
ひとつはもちろん、風の谷の住民と、生き残ったペジテ市の貴族たちに帝国の戦力を見せつけることです。
これでは逆らっても勝てないとばかりに、反逆心を予防するためです。
じつは、そうしてくれとナウシカが望んだのでした。
というのは、酸の湖の湖畔付近に難民キャンプを設営しているペジテ市長を中心に、いずれトルメキアへの反抗勢力を育てようという気運が感じられたからです。
クシャナが風の谷を離れる前に、たとえ小規模なテロにしても、トルメキア軍に武器を向けられたりしたら、何もかも台無しになります。
「もう殺さないで!」がナウシカの強い願い。
だから強大な軍勢を見せびらかして、紛争の勃発を抑止したのです。
もう一つの理由は、「トルメキア帝国がナウシカを国家元首として認めたかのように、風の谷の人々に知悉せしめる」ことにありました。
居並ぶ大型船の前にずらりと装甲兵を整列させ、刀剣を顔の正面に立てて、一斉に抜刀敬礼!
赤じゅうたんを敷いた上をクシャナとナウシカが並んで歩き、最前列の銃士儀仗隊は一斉に「捧げ銃!」で、クシャナだけでなくナウシカに対しても正式な栄誉礼を挙行したものと思われます。
軍楽隊もスタンバイして、通例なら風の谷の国家を奏上するべきところが、それが無いので“風の谷のナウシカ・イメージソング:ヤスダナルミ版吹奏楽バージョン”を演奏したのではないでしょうか(だったらいいな!)。
どういうことかと言いますと、つまり、「トルメキアの正式な外交の対象としてナウシカが認められた」と、風の谷の雑駁な田舎者たちに、見てわかるように喧伝したということですね。
実際はトルメキア帝国の外務大臣が風の谷と正式な国交を結ぶはずがないので、法的には、風の谷は「国家未承認の地域」に過ぎませんし、そもそも“風の谷”なんていう自治国の存在すら帝国内では知られていませんね。
ただし、大編隊を並べて、儀仗隊の栄誉礼をカッコよく挙行して、風の谷の田舎者たちに見せつけることで、「いろいろとイザコザはあったが、今後は何もしないから、そっちも事を荒立てるなよ」と態度で示し、「トルメキアに対して言いたいことがあったら、ナウシカが取り持つからね」と納得させるのが目的だったと思われます。
このあと「世話になった、土産物を置いていけ」とクシャナはクロトワに命じたはずで、トルメキア産、というより真実はトルメキアの奴隷となった国から年貢として奪い取った珍味や酒や食糧品をドサッと残して、大型船の大編隊はクシャナやクロトワたちとともに飛び去って行ったのではないでしょうか。
酒や食糧は“土産物”の名目でしたが、まあ実際は、“ペ・ト戦争”のとばっちりで大損害を被った風の谷への“見舞金代わり”でしょう。
しかしそれは実際は風の谷にとって“人道援助物資”そのものとなりました。穀物もブドウも今シーズンは大幅に減産です。食糧は各戸の窮状に応じて放出され、酒は城オジたちを元気づける宴会にふるまわれたであろうと、画面から推察します。
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クシャナはそのまま帰国したのではなく、こののち土鬼など南方の国々へ転進し、さらなる侵略戦争を続けることになったと思われます。
その渦中でクシャナは、風の谷に関しては「遠からず腐海に呑まれる、滅びの近い村落であり、占領の価値無し」と本国へ報告したことでしょう。
そしてひそかに、風の谷の所在を示す地図や書類等を処分してゆき、風の谷そのものの存在を次第にあやふやにして、本国が注目することの無いように手を打っていったものと考えられます。
なぜか。
平和な地だからですね。
クシャナはナウシカと、無言の契約を交わしたのです。
「将来、万が一にでも、帝国が戦争に敗れ、あるいは余が失脚したならば、亡命を受け入れてくれるかな。その時は助けてくれたまえ、二度あることは三度ある、その三度目としてな」
資源も資金も持ち合わせの無い、風の谷の唯一の取り柄は……
「平和に暮らせること」。
それが、クシャナにとって、かけがえのない貴重な“利用価値”になることは間違いありません。
人生の戦いに失敗して全てを失ったとき、再起を期す前に、身をやつして逃亡し、密かに亡命する安全な隠れ家として、ナウシカの風の谷は、クシャナにとって、「人生の最後の拠り所」となることでしょう。
独裁者にとって、“攻め滅ぼさずに取って置く大切な他国”は「安心できる平和な亡命先」なのです。
ナウシカはそのことを黙ってアピールすることで、クシャナとの間に平和条約を成立させたのではないかと考えます。
作品の物語を通じて、常に「戦争と戦い続けた」ナウシカ。
その結果は、クシャナに「安心できる平和な亡命先」として、「風の谷を大事に守ってやろう」と決意させることだったのではないでしょうか。
これがすなわち、ナウシカが実現した、“風の谷の安全保障政策”なのです。
「平和を武器として、戦争と戦い続ける」戦略の、おそらく唯一の形として……
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ナウシカは決してお花畑の夢に浮かれる少女ではなく、極めて現実的な“政治家”の側面も持ち合わせていると思います。
一国の指導者として、21世紀でも通用する度量と実行力ではありませんか?
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●YAT納得! バカガラス五番艦の謎。そして谷を守る西風。
巨神兵が斃れ、王蟲に踏みしだかれて戦車などの武器を失い、風の谷に孤立したクシャナ部隊。
しかしそのあとすぐに、トルメキア大型船が続々と、クシャナを迎えるためにやってきます。
クシャナはどのような方法で大型船の大編隊を呼んだのか?
これは一つの謎でした。
無線電信が使われていない環境ですので、一体どうやって、辺境派遣軍の前進基地に連絡を取れたのか。まさかノロシを上げた訳でもあるまいに。
アスベルのガンシップがバカガラス編隊を次々と沈めたとき、「三番艦より信号! ワレ操舵不能、ワレ操舵不能」の声が聞こえて来ますが、それぞれの機は接近して発光信号でやり取りしていますので、このセリフは無線電信ではなく、誰かが発光信号を読み取って、伝声管で報告したものだと思われます。
ですから、遠方との連絡は、伝令を乗せた連絡機を飛ばすしかありません。
連絡機としてペジテのブリッグか飛行ガメを飛ばすことはできますが、そんなものがトルメキア軍の基地に近づいたら「爆撃に来たぞ」と、バムケッチなんかが迎撃に飛び立ち、速攻で撃墜されるでしょう。
ということは、王蟲の暴走にさらされようとしていた風の谷に、じつはトルメキアの航空機がひっそりと存在していた……という仮説が浮かび上がるのです。
そう! あったんですね。
バカガラス五番艦が。
物語の前半、コルベットを先頭に、風の谷へ侵攻してきたクシャナ部隊は、画面で見る限り、四機のバカガラスを伴っています。
しかしそのあと、風の谷の耕作地で巨神兵の胚を牽引する戦車は、五輌。
砲塔をオープンにして回転台を省いた自走砲形式で軽量化を図った空挺戦車とはいえ、バカガラス一機で運べるのは、やはり戦車一輌だと思うのです。
変だなあ……と思っていると、次の夜明けにナウシカやガンシップを乗せて、バージを牽いてペジテ市目指して飛び立ったのは……
ユパとババ様が見上げる空に、バカガラスが五機。
どう数えても、間違いなく、五機います。
しかしそのあと、上空からペジテのガンシップを駆るアスベルが見下ろしたクシャナ編隊は、どう見てもバカガラスが四機。
実際、「しんがりを巻き込んだ!」と全滅していった機数は確かに四機ですね。
としますと……
最初、風の谷に攻め込んできたバカガラスに、一機だけしばらく遅れてやってきた“五番艦”がいたのです。
なので、最終的に風の谷に降りたバカガラスは五機。
なので、戦車も五輌で、数が合います。
そして翌朝、風の谷を飛び立ったバカガラスも五機。数は合います。
しかし、アスベルに撃墜されて全滅したバカガラスは、四機。
数が合わない!
「♪バカガラス、どこ行った~」
「♪カラスの勝手でしょ~」
そんな疑問がずーッと、頭のどこかに引っかかっておりました。
ようやく、疑問解決。
バカガラス五番艦は、機体の調子が宜しくない、ちょっとお間抜けな一機だったのですね。
最初、遅れてきたのも、たぶんエンジン出力なんかが不足していたのでしょう。
そこで翌朝、他の四機と一緒に飛び立ったものの、エンジン等のトラブルで、風の谷に引き返したのです。
そしてそのまま、海岸近くでトンテンカンと修理しながら、日が過ぎてしまい……
王蟲の大群が攻めてきても、五番艦は立往生したまま、飛び立てなかったのでしょう。
飛び立てる状態だったら、巨神兵を失ったクシャナが「海岸へ後退! 五番艦で空中避難する!」と命令していたはずですから。
ということで、全てが終わってから、たぶんペジテの技術者あたりに修理してもらって、ようやく飛行力を回復した五番艦は、余分な荷物を降ろして速力を上げた状態で飛昇、連絡機としてトルメキア辺境派遣軍の前進基地に向かい、伝令したのでしょうね。
「クシャナ殿下は風の谷で迎えをお待ちである。留守番以外の稼働全機をもって、風の谷へ向かうべし!」
それで、大型船が合わせて九機、続々と風の谷へやってきたのですね。
つまり、ストーリーの必要上、バカガラスの五番艦が、「一機だけ風の谷へ残して、最後にクシャナの伝令を運ぶ連絡機として使用する」ために、ひっそりと物語の中に配置されていたと考えられます。
これで、謎が解けました。
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なお、風の谷は、ほぼ一年中、たまに例外の時もありますが、やや強めの風が概ね海の方から、谷間を昇って酸の湖の湖畔あたりまで吹き上げています。
その風によって、腐海の胞子と瘴気を防いでいるのですね。
そのため航空機で風の谷に降りる場合、向かい風を利用して翼の揚力を増すため、酸の湖の側から海へ向かって進入降下するのが、理にかなっています。
実際、蟲に襲われた大型船が降りてきた時、また朝になってコルベットに導かれたバカガラス四機が強行着陸してきたときも、酸の湖から海岸へ向かっていましたね。
また冒頭近く、ナウシカがユパと別れてメーヴェで風の谷へ降下するときもそうですし、ユパが「それにしても、よく風を読む」と褒めています。
そしてラストのエンドロールで、子供たちがメーヴェ風の凧に乗って降下する場合も、夕焼けの海に向かって飛んでいます。
海が夕焼けなので、方角は西ですね。
風の谷は、もっぱら西風に守られているわけです。
不幸にして、水源地を守ってきた森を焼かねばならなくなったとき、その煙は海側から酸の湖の方向へとたなびいていました。
このように風向きひとつとっても、説明が無いにも関わらず、細かなところまで論理的にきちっと組み立てられています。
精密時計みたいな、精巧な物語であることに驚かされますね。
【次章へ続きます】




