438●戦争映画としての『風の谷のナウシカ』⑤ペジテ市長の自滅。“蟲作戦”の戦略的完敗、言い訳のギャンブラー人生。
438●戦争映画としての『風の谷のナウシカ』⑤ペジテ市長の自滅。“蟲作戦”の戦略的完敗、言い訳のギャンブラー人生。
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●天下の愚策、ペジテ市と国民を壊滅させた“蟲作戦”。
早朝からメーヴェで飛び、ペジテ市に辿り着いたナウシカとアスベル。
しかし二人が見たのは、ウシアブなど無数の羽蟲と数匹の王蟲に襲われて壊滅し、いまだ炎上が続く廃墟でした。
城壁のすぐ外には、ペジテ市を攻略したトルメキア軍のバカガラスや戦車などの残骸が、兵士の死体とともに横たわっています。
そこへ降下してきたペジテ市のブリッグ。
ナウシカにまみえた顎髭の男、ペジテの王でもある市長は、アスベルとラステルの父親でした。
このペジテ市長の口から語られたのは……
「トルメキア軍に、我々はほとんど殺されてしまった」
ペジテ市はクシャナが率いるトルメキア辺境派遣軍によって侵略、占領され、大半の市民は虐殺されたのだと。
そこでペジテ市長は反撃した。蟲たちを大量におびき出してトルメキア軍を襲わせたのだ。
しかし、胚に入った状態の巨神兵はトルメキア軍に奪われ、最大級の大型船に載せて飛び立っていった。
その船は風の谷に墜落し、巨神兵は風の谷にあって、クシャナとクロトワによって復活させる作業が続けられている……
ここからは想像ですが、このように事態が運んだのでしょう。
電撃的に侵攻したトルメキア軍は市民の多くを殺し、生き残った市民は市の中心にある頑丈な建物、センタードームに立てこもっていた。
そこで、ペジテ市長は“蟲作戦”(筆者による仮称です)を発動した。
あらかじめ捕えておいたウシアブなどの蟲の幼生を傷つけ、瀕死の状態で悲鳴を上げさせながら、飛行ガメに吊るして腐海の森近くを一周し、怒り狂った蟲たちが大挙して追跡してきたところで、ペジテ市を占領していたトルメキア軍のキャンプ地に幼生の屍体を放り込んだのだ。
この作戦は、日が暮れてから、トルメキア軍の兵士たちが夕食にありつく時間を選んで実施されたと思われる。
ペジテ市内では、孤立したセンタードームの包囲戦が残っているだけだ。兵士の多くが油断して休憩し、食事をとっている最中に、飛行する蟲たちが襲い掛かった。
作戦を夜間に実施したのは、蟲の幼生を吊るして飛ぶ飛行ガメが闇に紛れて、トルメキア軍の対空射撃を避けることができ、襲撃してくる蟲たちの姿を直前まで隠す効果が期待できたからです。
ペジテ市長はじめ貴族たちは、混乱に乗じて秘密の地下道を抜けて市外に脱出、数機のブリッグで空中へ退避したのでしょう。
ただし、王女ラステルはトルメキア軍に捕らえられており、その救出を試みたものの失敗に終わります。
胚に入った巨神兵は、夜が明けたらトルメキア辺境派遣軍の、西方に設営している前進基地へ空輸するために、大型船のカーゴベイに載せてありました。
蟲の襲撃に驚いた大型船は大急ぎで離陸。
しかし通常、夜間飛行は原則的に行いません。
作品世界では、なぜか“無線電信”が使われていないのですね。
大気に電磁波を錯乱させる異常があるのか、それとも、電子技術が失われているのか、どちらかでしょう。
となると航空機搭載レーダーはなく、基地に方位ビーコンも備えていません。
つまり航空機は、地上に電灯の明かりすらない辺境では、もっぱら昼間に、地図を頼りに有視界で飛ぶものなのです。
夜間飛行は、星座を見分け、速度計と高度計と首っ引きで、真っ暗な地上との激突を用心しながら、一定の方角へ慣性航法で飛ぶしかかありません。
夜明けまで着陸せずに飛行することは可能ですが、漆黒の闇に包まれた地上に着陸することは、墜落と同義語になります。
だから夜間に飛ぶことは避けられていたのですが、緊急事態でやむを得ません。
大型船はよっこらしょと離陸したものの、機内に侵入した蟲を殺したため、飛行する蟲の大軍をひきずったまま上昇を余儀なくされます。
しかし機内で蟲に食われて死傷者が続出、大型船は操舵機能を失って夜空を迷走したあげく、風の谷へ不時着を試み、墜落したものと考えられます。
鎖に繋がれたラステルを、人質として乗せたまま……
なお、この大型船を追う形で、クシャナとクロトワが率いるコルベットとバカガラス編隊が夜空へ舞い上がっていました。
大型船を護衛し、前進基地へと誘導するためでしたが、雲の影響などで、途中で大型船を見失ってしまいます。
翌朝早く、空が白み始めたころ、クシャナの編隊はコルベットを単独で偵察飛行に出しました。
コルベットはその速力を武器に、海岸伝いに迅速に捜索し、風の谷に墜落して煙を上げている大型船の残骸を発見します。
コルベットは直ちに引き返し、バカガラス一番艦に並ぶと、発光信号で一番艦のブリッジに大型船の発見を報告。
コルベットの誘導で、クシャナを乗せたバカガラス編隊は風の谷を目指して降下してゆきます。
こうして“風の谷侵攻作戦”が始まりました。
この場面は作品の中にありましたね。
そこで、再びペジテ市の近傍、ペジテのブリッグが着陸した場面です。
「なんてことをしたんです、あれじゃ再建もできない!」と父親のペジテ市長に抗議するアスベル。
しかし市長は落ち着き払って、「大丈夫、腐海に呑まれても、すぐ焼き払える」
「でも巨神兵はここにはいないんだ」とアスベル。
「わかっている、風の谷だ」と会話が続きます。
アスベルの父であるペジテ市長、なんとまあ、えげつないゲス親父なんですね。
“蟲作戦”の実施によって、トルメキアの侵攻軍を殲滅することはできました。
しかしその引き換えに、蟲たちに加勢した数匹の王蟲がセンタードームを食い破ったことで、ドーム内に立てこもっていた、最後のペジテ市民集団も全員殺されてしまいました。
つまり……
“蟲作戦”は、トルメキア侵攻軍を破り、戦術的な目的は達成しましたが、そのトルメキア侵攻軍から守るはずの、大切な市民集団も全滅させてしまったのです。
しかも肝心な巨神兵は、クシャナに奪われたままです。
これは、戦略的な目的が達成されなかったことを物語ります。
“蟲作戦”は、戦術的には成功でしたが、戦略的には完全に失敗だったのです。
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●まるでギャンブル依存症なペジテ市長、国を自滅させるカモ親父。
目の前のトルメキア兵は全滅しました。
しかし、生き残った市民はおらず、かろうじて数機のブリッグで空中退避していた貴族たち、たぶんせいぜい千人ほどが、ペジテ市の最後の生き残りとなったのです。
しかも、巨神兵は取り戻せなかった。
何のための“蟲作戦”だったのでしょう?
そしてペジテ市長の不気味な異常さは……
作戦の失敗を一切認めていないことです。
「ハハハハハ、我々も遊んでいたわけじゃない、今夜にも風の谷のトルメキア軍は全滅だ!」
いや、笑いごとじゃないんだって!
あんたの“蟲作戦”、完全に失敗じゃないか!
ペジテのトルメキア兵を全滅させたって、市民がほぼ全滅で、ペジテ市の再建は不可能。しかも巨神兵は敵の手中に取られたまま。
それを失敗と言わず、適当に誤魔化して、いかにも善戦したかのように語る。
いくら負けが込んでも足を洗えない、狂気じみたギャンブル依存症の顔つきです。
こういう人が王であり市長であり政治家なんだから、ペジテの命運が尽きたのですね。
庶民がみんな死んで、空中退避で高みの見物と洒落込んでいた、たぶん千人ばかりの貴族だけが生き残って、どうするのだろう。
都市国家ペジテは、再建不可能。
この瞬間、国家の滅亡が確定したというのに!
平気な顔で笑っている為政者の恐ろしさ。
やはり、異常ですよ。
基本にあるのは「自分さえ生き残れば、それは勝利であって敗北ではない」という思い込みに似た屁理屈ですね。
このような為政者を戴いたペジテ市民の不幸と悲嘆と慙愧の念、あの世へ行っても忘れられないでしょう。
ペジテ市長、さらに自信満々で、「作戦の第二弾」に着手したと宣言します。
その作戦で救うべき国民は、既にみんなあの世に送られてしまったというのに。
作戦の失敗、政治家としての政策の失敗、そして人生に失敗した自分をまだ堂々と正当化できる神経の恐ろしさ。
ラステルの母、すなわちこの市長の妻は、ナウシカを脱出させながら、夫の作戦の真実をこう述懐します。
「私たちのしたことはみんな間違いです」と。
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第二次大戦の太平洋戦争では、日本人の死者数およそ三百万人。
その戦争を「敗けたけど、やった意義があった、よく戦った」と、生きている人間が涼しい顔で言い訳するようなものではありませんか?
ルーレットでチョイと掛け金をスッたかのように。
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戦争の狂気って、ペジテ市長のような、直接戦闘を回避できる特権階級の貴族が作戦の失敗や敗北を認めない時に、私たちの心の中にジンワリと浸み込んで行くものなのかもしれません。
「敗けたけど、やったことは間違いではない」と思うことで、「やってはならない過ちだった」という真実を覆い隠し、目をそらせてはいないか、似たようなことが現実に、いろいろとありそうな気がします。
戦争を、「やめるにやめられないギャンブル」にしてしまった指導者と将軍たち。
21世紀の今でも、世界のそこかしこに見られるのでは?
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ブリッグはおそらく巨神兵奪還のために、風の谷に向かっていたのでしょう。
しばらくして、ペジテのブリッグはトルメキアのコルベットに襲われ、乗り込んできた20名ばかりの斬込隊に敗北します。
このブリッグには避難家族も含めてペジテ人が数百人乗っていたはずなのですが、20名ほどの敵兵に簡単に圧倒されてしまう、この弱さは何なんだろう。
やはり、ペジテ市長の“いざというときの判断違い”が災いしているのではないでしょうか。なにかと指示命令が頓珍漢になって、部下たちが混乱し、短気と弱気が蔓延したのでは?
トルメキアの斬込隊の侵入を許したならば、直ちに失速キリモミを覚悟で雲の中に急降下すべきでした。機内は瞬発的にゼロGとなり、侵入者をキャビンの天井にぶち当てることができたでしょう。
「ペジテの誇りを思い知らせてやる!」と、威勢よく爆弾に点火する体勢のペジテ市長ですが、気持ちはわかるものの、ただの集団自殺です。
残った国民全部を道連れにする、あの戦争の“本土決戦”と同じ発想ですね。
しかも、自爆でやっつけられる敵は、十数名ばかりのトルメキア斬込隊、わずかな雑兵に過ぎません。
先ほどはアスベルとナウシカに対して「作戦の第二弾を発動したよ」と、“王蟲暴走作戦”で、風の谷の住民もろともクシャナ勢力を殲滅すると豪語したのですが……
巨神兵の奪還どころか、いまや国民との巻き添え心中に熱心なペジテ市長。
巨神兵を奪還してナンボの作戦です。
それができなかったら、何もかもパー!
まさにギャンブル。
愚かな自滅の典型です。
なにかこう、選挙で惨敗した政党の党首が「私はそれでも正しかった」とクドクド言い訳するような見苦しさですね。どうして無能を認めて潔く議員辞職しないのか、不思議でなりません。それに選挙で落ちた仲間を横からふざけて笑うような、仲良しを装った失礼議員も、どうにかならないものか。
負けを認めたくない指導者、その心理はわかります。
ギャンブルで負けが込んだとき、その損失をギャンブルで取り戻そうとしか考えない、カモ親父のパターンなのですね。
しかも負けを認めず、家族にすら負けを隠すという、カモの優等生。
同じことを続けても、より深みにはまってカモにされるだけです。
戦争で負けが込んでいるのに、戦争で勝ちを取り戻そうとするリスクの危うさ。
ほんの数日で、平和だったペジテ市は強国に蹂躙され、大半の市民が虐殺され、その反撃の妙案として実施した“蟲作戦”で敵兵どころか残った市民まで全滅させ、今やブリッグの自爆で一国を滅亡させようとしている。
爆弾を目の前にしたペジテ市長は、それでも思い至らなかったのでしょうか。
全ての惨劇の責任は、ギャンブラー気取りの自分一人にあることを。
ペジテ市長こそ、ナウシカとユパ、クシャナとクロトワの足下にも及ばない、無能政治家の代表なのですね。
巨神兵を発掘したその時に、秘密裏に巨神兵を殺して地下深くへ処分しておけば、何事も起こらなかったはずなのです。
ペジテ市長は巨神兵の妖しい魅力に憑りつかれ、復活させて世界の王に君臨しようと、自らの欲望に全ての賭け金を注ぎ込んでしまいました。
最初の最初の判断を頓珍漢に誤って、国と国民を破滅のギャンブルへ誘い込んだのです。
かつて緒戦の勝利に酔って“大東亜共栄圏”に浮かれてしまい、国力に見合わない戦争を推し進めてしまった大日本帝国の指導者たちのように。
今、一国を担う指導者はどうあるべきなのか。
『風の谷のナウシカ』は21世紀の私たちにこそ、鋭い視点を突きつけています。
【次章へ続きます】




