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437●戦争映画としての『風の谷のナウシカ』④クシャナの助命は正しかったか? ペジテブリッグで白兵したモブ兵の末路。

437●戦争映画としての『風の谷のナウシカ』④クシャナの助命は正しかったか? ペジテブリッグで白兵したモブ兵の末路。



 『風の谷のナウシカ』(1984)は戦争映画です。

 もっとも一般には、環境保護エコロジーの視点をテーマにした作品とみられていることは、作品の最初の最初に映るパンダマークの推薦表示でわかりますね。

 広い意味で“野生生物保護”の姿勢が含まれた作品です。


 しかし一方で妥協なき凄惨な殺し合いを描いた、戦争映画でもあります。


 その迫力、『ペリリュー 楽園のゲルニカ』(2025)に劣らないでしょう。


 人類を取り巻く危険な自然、“腐海”。

 人々は着々と拡大してくる腐海になすすべもなく、悪性の胞子に侵されて病に倒れ、それらの村は自滅してゆきます。

 しかし、古くからの工業都市国家ペジテの地中より、はいに収容されたまま休眠している巨神兵が発掘されたことで、歴史が動きます。

 ペジテの貴族たちは、大量破壊兵器・巨神兵を甦らせて、人類の敵である腐海をことごとく焼き払うことで「メイク・人類・グレート・アゲイン」を実現しようと考えたのですね。

 しかしそこに、クシャナが指揮するトルメキア帝国辺境派遣軍が侵攻します。

 電光石火の奇襲作戦だったと想像されます。

 目的は「巨神兵を横取りし、クシャナの隷下で復活させ、それをトルメキア帝国の世界支配に利用する」ということでした。


 クシャナ自身も表向きは巨神兵のプロトンビームで腐海を焼いて、人類の版図を回復させる平和目的であるという公約を掲げますが……

 もちろん本音は、巨神兵の破壊力を残り少ない人類に向けて脅迫し、トルメキア帝国をして人類社会の覇者と為し、その支配層のてっぺんにクシャナ自身が君臨することにあったはずです。

 つまり、戦争目的の兵器として。


 この点、巨神兵は現代の原子力と核軍事力に例えられます。

 原子力発電という平和目的の利用を標榜する一方で、原理的に同じものが戦争目的の核兵器に変貌するのですから。


 アニメ版のクシャナは、極悪非道で冷酷無比な独裁者としてキャラ設定がなされています。

 墜落するバカガラスから救われ、王蟲の群れの暴走から救われることで、二度にわたって“命の恩人”となったナウシカには、さすがに一目置いて、自分と同等の人格を認めようとしますので、観客は「本心はいい奴かも」と思ってしまいがちです。

 しかし実際に彼女がやったことを見落とさないでください。

 ペジテへの奇襲侵攻と市民の大虐殺、ペジテが発掘した巨神兵の強奪、ラステルへの非道な拷問、風の谷への奇襲侵攻とナウシカの父王を殺害、住民を酷使して奴隷化、ナウシカを人質としてガンシップと食糧を接収……と、ドロボーと強盗殺人に明け暮れているのです。

 言っていることは美辞麗句でも、やっていることは、ただのならず者。

 アニメ版クシャナの本質は、凶悪犯罪者なのです。

 若いころに蟲によって左手を失い、傷だらけの身体となったことで、憎しみのかたまりになったから……といった同情的要素はありますし、それをクシャナ自身がユパやミト達に見せつけますが、だからといって無辜の市民を虐殺してよいはずがありません。

 フツーに、一市民ならとっくの昔に極刑に処せられるはずの大罪人なのですね。


 その彼女が、巨神兵という最終兵器を手にしようとしている。

 クシャナは世界を支配する大魔王となるべく、自分の野望を実現するという身勝手な理由のみで、ペジテ市を襲ったわけです。虐殺のオマケ付きで。

 巨神兵をしてクシャナの命令に従わせるには、たぶん、巨神兵がはいから生れ出た時に、クシャナ自身が最初の命令コマンドを音声入力して、巨神兵の基本ソフトに書き加える必要があったのでしょう。(コミック版では、制御装置としての秘石が別に存在します)

 だから、奪った巨神兵をはいごとトルメキア大型船に積み込み、辺境派遣軍の根拠地へと出発させたのでしょう。ペジテの残党の追撃を防ぐために人質として王女ラステルを監禁同行させたものと思われます。

 しかしそれは、偶然か、意図された妨害工作なのかわかりませんが、多数の蟲によって空中で襲われ、操縦不能となり、迷走して、ついに風の谷に墜落します。


 こうして風の谷は、戦争に巻き込まれました。

 ペジテとトルメキアの戦争、本稿では“ペ・ト戦争”と表記しますが、この戦争が少女ナウシカを悲壮な戦いと死に追いやっていくのです。


       *


 ですから作品に描かれているのは、紛れも無く戦争。


 それも、21世紀の今になっても世界で多発している、「強国による弱小国に対する、力による現状変更」とお上品に表現されている「弱い者いじめと虐殺と奴隷化」を、じつはかなり正確かつリアルに物語っていることに驚かされます。


 「巨神兵=最強の多用途核兵器」と置き換えれば、“ペ・ト戦争”と“風の谷侵攻事件”は2026年の今、私たちの目の前で起こっている戦争や紛争と何ら変わることがありません。

 「何の罪もない弱い人々が、強者の勝手な思惑で正当な理由なく殺され、拷問され、虐待され、奴隷同様に人権を奪われて、一方的に酷使される」ことが堂々とまかり通る国際社会です。


 『風の谷のナウシカ』の中に描かれた戦争と、ナウシカの孤独で悲劇的な戦い、そしてあまりにも皮肉な結末から、2026年の私たちが学べることは多いでしょう。


 幾つかのポイントを分析してみます。


       *



●ナウシカがクシャナの命を救ったのは正しかったか?


 ペジテのガンシップを駆る少年アスベル。

 その必殺射撃によって炎上するバカガラス一番艦。

 墜落してゆく艦から、風の谷のガンシップで脱出を図るナウシカと従者ミト。

 そこへ現れたクシャナ。鋭い視線で見つめる。

 「来い!」と腰をずらし、クシャナが潜り込む座席を空けてやるナウシカ。


 この時ナウシカが助けてやらなければ、クシャナは確実に死亡していたはず。

 そののち、腐海の湖に着水したところで、バージの面々は驚きます。

 「姫様、なぜこんな奴を……」


 クシャナは風の谷を侵略して、ナウシカの父王を殺害した張本人です。

 実行犯でなくとも、殺害を命じた責任者であることは明らか。

 そんな人物を助ける必要など、無かったのではないか?


 でも、ナウシカは優しい少女だから、人道的にも助けてあげずにはおれなかったのでしょう……と、観客の皆様は自分で勝手に納得しておられませんか? 


 いや、咄嗟のこととはいえ、ナウシカが迅速かつ沈着に事態を判断した可能性が、十分にあります。

 父王ジルが殺され、怒りで我を忘れてその場のトルメキア兵数名を瞬殺したナウシカですが、その場でユパに仲裁されて、自分を取り戻すと同時に、深く反省したはずです。


 冷静に物事に対処しなくては、私の行動ミス一つでこの国が滅ぼされ、多くの住民が殺されてしまうのだと。

 一国を率いる政治家として、ナウシカは態度を改めました。

 例えば破壊され尽くしたペジテ市の近傍でブリッグに遭遇し、そこで王蟲暴走作戦のことを知ったときがそうです。感情的にブチ切れ寸前になっても、冷静さを取り戻してペジテの王族に説得を試みるのです。

 「あなた達だって、井戸の水を飲むでしょう?」と。


 なので、クシャナの命を救った判断も、ナウシカの冷静沈着な現状分析の結果なのです。


 第一に、クシャナは拳銃を所持していました。


 拳銃を構えて撃つかどうか、瞬間的にクシャナは間合いを計ったはずです。

 どうするつもりだったのか。

 銃口はナウシカには向けられません。ガンシップのパイロットだからです。

 その代わりクシャナはジャンプ、ガンシップの背にステップして、ミトに襲い掛かります。

 ミトの額に銃口を突きつけて脅迫したでしょう。

 「この爺いを殺されたくなかったら、私を乗せて脱出しろ!」


 この展開を避けるために、ナウシカはあえて自分の座席にクシャナを乗せたものと思われます。

 ミトの命を守るために。

 自分の座席にクシャナを確保すれば、クシャナは操縦している自分に危害を加えることができず、同時にミトを人質に取られずに済みますからね。


 こうしてナウシカは、クシャナを救う決断をしたわけです。


 第二の理由として、ナウシカはクシャナを救うことにより、クシャナをトルメキア帝国に対するVIPな人質として活用することが期待できます。


 もしもここでクシャナをガンシップに乗せてやらず、クシャナが死亡したとすれば……

 バージを救助したガンシップに乗って風の谷へ戻ったら、風の谷を占領しているトルメキア軍のボスは、参謀クロトワになります。

 クロトワと平和交渉ができるのか?

 彼は一介の軍人、国に忠誠を捧げて敵を殺すことが仕事、彼は敵将のナウシカに妥協してくれるのか?

 どうせクロトワと対峙するならば、こちらにクシャナという人質がいれば、交渉が極めて有利に運ぶかもしれません。

 「クシャナを解放する代わりに、目覚める前の巨神兵を殺せ」と。

 クロトワは内心では、クシャナが死んでくれればいいと思ってはいますが、公然と取引を持ち掛けられて、クシャナを見捨てるような事をすれば、反逆罪で処刑されてしまいますね。部下たちは見ており、クロトワの敵に回ります。逃げおおせてもトルメキア帝国に戻ることはできず、一生、辺境をさまようしかなくなります。

 クロトワの立場としては、「巨神兵と引き換えにしたとはいえ、クシャナ殿下を敵の手から取り戻して生還させた」としなくてはなりません。

 そのような取引に使える材料として、クシャナの身柄は無事なまま確保し、風の谷を救うための人質になってもらいたい。


 ナウシカはそうも考えたでしょう。


 ナウシカは性格上も、クシャナに対して穏やかに丁寧に接しますが、それだけではなくて、クロトワとの取引の最大の強みとして、クシャナの身柄を確保する必要もあったのです。


 事実、クシャナはその後、酸の湖のほとりで遺跡化している千年前の星船に監禁されましたが、そこでユパたちが交渉を持ち掛けました。

 「貴女を解放するから、巨神兵を酸の湖に沈めてくれないか」と。

 クシャナ自身は交渉を拒否、隙を見て脱走し、風の谷の城に立てこもっているクロトワに合流してしまいましたので、結局、風の谷を救う人質としての役割を果たさなかったのですが……


 とはいえ、クシャナの命を救ったナウシカの判断は、極めて正しかったことになりますね。


 そして第三の理由として、クシャナが自分の命の恩人としてナウシカに感謝してくれたなら、クシャナ自身がナウシカの取引相手として、平和交渉に応じるかもしれない……という、淡い期待もあったことでしょう。


 クシャナが、ナウシカに恩義を感じ、借りを返そうとする義理堅い人物かどうか、確信は持てないまでも、ナウシカはそれに賭けたのかもしれません。


 クシャナがナウシカを対等な人格としてリスペクトしてくれれば、谷の住民に危害を加えずに、帰国してくれるかもしれない、という期待ですね。

 腐海の底の湖で、拳銃を構えるクシャナに対して、「恐がらないで……わたしは、ただ、あなたに自分の国へ帰ってもらいたいだけ」と諭すナウシカ。

 これは、穏やかな平和交渉です。

 言葉の表現は優しさと思いやりに満ちていますが、ナウシカはこの瞬間も、武器を持たない弱者に強いられる、ギリギリの厳しい交渉、というタイトロープを渡っているわけですね。

 2026年の現実で言えば、強国ロシアに平和交渉を持ち掛ける、弱きウクライナ国の立場なのですね。

 ここで、ちょっとしたことでクシャナがキレて銃を撃ちまくったら、全て一巻の終わりです、足もとの水中には、王蟲の群れが迫っていたのですから。


       *


 このように、ナウシカは決して行き当たりばったりの出たとこ勝負ではなく、それぞれの場面で最善を尽くしてクシャナとの平和外交を模索し、自分が引き受ける生死の危険と、その代わりに実現できるかもしれない平和の価値を、運命の天秤にかけていたことが察せられます。


 ナウシカはそのようにして、戦争と戦っていたのですね。


 最終的にトルメキア軍が風の谷から引き揚げていったことからも、クシャナはナウシカを、ほぼ対等イーブンな交渉相手として認めたようです。

 敵の親玉クシャナと対等な人間関係を築くことに、たぶんナウシカは成功したのです。

 そうなることで、風の谷は平和を取り戻せたのではないかと思われます。


 ただ、エンドロールが重なる、物語の最終場面の一連のカットからは、政治家ナウシカのしたたかな一面も垣間見えます。彼女は決して安心してはおらず、油断もしていないのです。


 ナウシカ、意外と策士。

 詳細は、次章以降に記述します。



●哀れなり、ペジテのブリッグに白兵戦を仕掛けたコルベット斬込隊の末路。


 壊滅したペジテ市から避難する王族たちのブリッグに襲いかかった、トルメキアのコルベット艦。

 ブリッグを雲に押し付けると、天井甲板に接舷して、白兵戦の斬込隊きりこみたいを移乗させます。

 その数、数えたところ、15~20名といったところでしょう。

 コルベットで運べる余剰定員もそれくらいが限度では。

 部隊長の指揮官は白ヘルメットの男。

 彼は「船はもらう、捕虜をつくるな、根切りにしろ」と冷酷に命じ、殺戮の限りを尽くします。

 とうとうペジテ人は一室に追いやられ、あわや自爆の決心をしたところで、風の谷のガンシップからユパが飛び乗り、形勢逆転。

 「 降伏しろ、コルベットはもはや戻らん」の名セリフで、ユパは戦いを終わらせます。

 そこで、気になるのですが……

 白ヘルの部隊長以下、降伏したトルメキアの名もなき兵士は十数名。

 武装を解除されて船内に監禁されたと思われますが、その後どうなったのか?

 気になりますね。

 たぶんユパは、助命を約束したのでしょう。

 捕虜をつくれば、トルメキアに捕らえられているペジテ人と交換できるはずだ……と。

 しかし問題は、「捕虜をつくるな、根切りにしろ」とばかりに、トルメキア側は一切の慈悲なくペジテ人を殺してしまったことにあります。

 敵は降伏しても皆殺しにせよ、遺恨を残すな……というのが、クシャナが命じた基本方針だったのですね。

 ということは、交換に値する捕虜なんて、トルメキア軍は一人も生かしていないのです。生かしているとすれば、ペジテからトルメキアに寝返った裏切り者のスパイか娼婦さんくらいですね。

 したがって、白ヘルの部隊長以下のトルメキア兵、全員に交換価値無し。

 これが少なくともクロトワ以上の参謀級の人物ならばともかく、現場の雑兵、アニメ的に“モブ兵”たちは、タダの余剰積載物すなわちゴミと化してしまったのです。

 それに、タダのモブ兵とはいえ、たった今、そいつらに家族友人を殺されたペジテの人々が、その制裁をためらう理由はありません。


 哀れ、その他大勢のモブ兵たち。


 全員がマスクを取られ、上空から眼下の腐海に投棄されたことと思われます。

 一応、足を滑らせたとか、事故を装って。

 あとで知らされたユパも、黙って表情を変えず、忘れるしかなかったでしょう。

 無抵抗の民間人を殺しまくった人間を生かしてやるほど慈悲深く善良なお花畑精神の市民は、ペジテには残されていなかったのです。


 画面に映されてはいませんが、無名の雑兵たちの愚かで哀れな運命は、“ペ・ト戦争”の厳しい現実として、ペジテ市民とユパの記憶から、そっと抹消されていったのでした。

 たぶん、そんなことだったろうと思います。



    【次章へ続きます】


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