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415●『果てしなきスカーレット』(2025)⑦結末は「敵を赦し、己を赦し、復讐は神に委ねる」。だけどこれ、バルスな滅亡呪文では!?

415●『果てしなきスカーレット』(2025)⑦結末は「敵を赦し、己を赦し、復讐は神に委ねる」。だけどこれ、バルスな滅亡呪文では!?




◆「敵を赦し、己を赦し、復讐は神に委ねる」、しかし……?


 聖青年の箴言しんげんがいちいち心に響いたおかげで、全編を通じて悩み苦しむことになるスカーレット。

 では、彼女の最終的な結論は、何だったのでしょうか。


ネットの記事

●「果てしなきスカーレット」細田守監督インタビュー

2025.11.23 KADOKAWA文芸WEBマガジン カドブン

細田:原典の「ハムレット」では、亡霊になった父親が息子のハムレットに「許すな」と伝えることで、復讐劇が始まります。でも、もしもそのとき父親に「許せ」と言われたら、すごく思い悩むだろうなと思ったんです。自分の親を殺した相手を、どうしたら許せるのか、と。このままずっと相手を許さないで報復のために人生を費やしていくのか、それとも、報復とは違う新しい生き方を発見できるのか。考え方によって、まったく異なる人生になるわけです。(以下略)


       *


 『果てしなきスカーレット』のストーリーは、シェイクスピアの『ハムレット』を原典に仰いでいます。

 細田監督がそのことを明言されている以上、作中のスカーレットの心情と行動の変化は、必然的にハムレットの心情と行動に比較されることになります。


 どのように異なるのか。


 前掲の記事から、監督はハムレットに対して、次の命題を与えたと考えられます。


 “そのとき父親に「許せ」と言われたら?”

 “このままずっと相手を許さないで報復のために人生を費やしていくのか?”


 そりゃあハムレットだったら、悩みまくるでしょう。

 ただでさえ「生きるべきか死ぬべきか」と悩みまくる神経質な性格ですから。


 そして監督様が造形されたスカーレットというヒロインは、文庫小説版P233の

 「しかしその時、

  『許せ』

  父アムレットの声が、彼女の胸に響いた」

 からP245までの12ページにわたって、彼女は「ああああ(中略)ああああ」と二回、さらに「ううう(中略)……」を四回繰り返すほど、悶絶寸前の呻吟ぶりを見せます。

 それほど深い悩みなのです。

 ついでにクローディアスもその間、「ああああ(中略)ああああ」を三回繰り返しますので、“見果てぬ場所の門”を前にしたこのクライマックスシーンは、まさに敵味方二人の壮絶な苦悩の阿鼻叫喚タイムと申し上げるしかないでしょう。


 そしてスカーレットは、ついに結論を得ます。

 そのプロセスは、文庫小説版をお読み下さい、長いですから。


       *


 彼女の結論は一言では述べられていませんが、要約すると、こうだと思います。

 

 「敵をゆるし、己を赦し、復讐は神に委ねる」


 極めて明快です。

 これが、シェイクスピアの『ハムレット』に対する、細田監督様の結論ではないかと思いますし、私はそう確信いたします。


 これはおそらく、聖書に述べられた概念をアレンジしたものです。


 そのひとつは、「汝の隣人を愛せよ」ですね。

 自分を愛するのと同じように、隣人も愛すべきだ、という教えです。

 『新約聖書』の“マタイ伝・二二”に見えるイエスのことばで、口語訳では「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」とされています。


 また、マタイによる福音書の43節と44節には、「あなたたちは、汝の隣人を愛せよ、汝の敵を憎めよ、と教えられてきたが、私はあなたたちに命じる。あなたたちは敵を愛しなさい。あなたたちを迫害する者たちのために祈りなさい。」とあります。

 「敵を愛しなさい」とも聖書は告げているのですね。


 スカーレットの結論の「敵をゆるし、己を赦し」は、この「汝の隣人を愛せよ」と「敵を愛しなさい」を典拠としているのではないでしょうか。


       *


 そして彼女の結論の後半、「復讐は神に委ねる」は……


 新約聖書の『ローマの信徒への手紙・第12章第19節』に見られる「愛する者よ、自ら復讐すな、ただ神の怒に任せまつれ。録して『主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これに報いん』とあり」ということばに典拠します。

 「悪人に報復を与えるのは人ではない、神である」ということですね。


 ちなみに『復讐するは我にあり』は佐木隆三先生が小説のタイトル(のちに映画化)にされたことで、国内でよく知られるようになりました。


 『果てしなきスカーレット』の作中では、“サンダードラゴンが落とす、神のいかづち”が“復讐するは神にあり”に該当します。

 作中でなぜか悪者にだけバッチリタイミングでドカンと落とされますので、ネットではもっぱら、ご都合主義の権化として批判されていますが……

 アニメ作品の先例として、ヤッターマンに負けたドロンジョ様にドクロベエが「おしおきだべ~!」と成敗するあのビリビリ電撃がありますね。必然的に悪者にだけ落とされますので、あれも自業自得的な天罰の“神のいかづち”でありましょう。


       *


「敵をゆるし、己を赦し、復讐は神に委ねる」


 スカーレットのセリフにそのまま反映された言葉ではありませんが、最終的に彼女が至った心境は、間違いなく、これでしょう。


 なんといっても、出典は『聖書』ですし。

 その権威は最強。


 作品の原典である『ハムレット』では、ハムレットに差し違えたレアティーズが「気高いハムレットよ、赦し合おう」と発言し、互いの“赦し”が成立します。

 しかしこれは、二人とも数分後の死を自覚した場面。

 “人は死ぬまでゆるさないものだ。しかし死に直面した時、初めて人は心から赦せるようになる”というのが、『ハムレット』の作品的結論だったと思います。


 この“ハムレットの結論”に対して……

 “そのとき父親に「許せ」と言われたら?”

 “このままずっと相手を許さないで報復のために人生を費やしていくのか?”

 ……と、クエスチョンを投げかけた細田監督様。


 そして監督のクエスチョンに答えてスカーレットが出した結論は「敵をゆるし、己を赦し、復讐は神に委ねる」でした。

 歴史的に権威あるシェイクスピア作品を論破できる対立命題アンチテーゼは、『聖書』という、シェイクスピアの権威を超える最強チート文献から出典されたのです。


 以上は私の個人的な感想にすぎませんが、たぶん間違ってはいないと思います。


       *


 すごいぞ細田監督!

 何しろ相手は世界の文学史に不滅の名を遺す天下のシェイクスピア。

 シェイクスピアの偉業に優越する秘密兵器は、やはり、聖書でしょう!


 ですから「敵をゆるし、己を赦し、復讐は神に委ねる」というスカーレットの決意は絶対的に正しく、それこそ、シェイクスピアの手になるハムレットの結論を打破する正論であるのです!


 こうして作品は成功裏に大団円を迎え、スカーレットは念願のハッピーエンドを手にします。


 しかし……




◆日本人はそれを“カモ”と呼ぶ。


 何かこう、釈然としませんね。


 スカーレットが最終的に到達した心境は、正しい。

 「敵をゆるし、己を赦し、復讐は神に委ねる」というのは、正論中の正論です。

 人の生き方として、最もまっとうな王道でしょう。


 しかし、ここで目出度しめでたしで、お話が終わっていいのでしょうか。

 いわく言い難いモヤモヤ感覚が残りませんか?


 聖書が現在の形にまとめられたのは、紀元一世紀ごろとされます。

 以来、概ね二千年。

 ミレニアムを二回も繰り返す今になっても……

 人類はなにひとつ、神のみ前で改心していないのではありませんか?


 ウクライナ、ミャンマー、ガザの悲劇を引き合いに出すまでも無く、私たちの社会には暴力と復讐と理不尽があふれ、幸福よりも不幸の種の方が多いのではありませんか?


 いまだに人類は動物以下の弱肉強食、強者はやりたい放題で、弱者を虐げ、根こそぎ奪い続けているのではありませんか?


 作品中の16世紀デンマークにて、最後にスカーレットは宣言します。

 「隣国とは友好と信頼を。子供は絶対死なせない」(文庫P266)

 しかし20世紀の現実世界はどうなったのか、ということですね。


 なるほど、スカーレットが唱える理想は絶対的に正しい。

 世界の人々の全てが「敵をゆるし、己を赦し、復讐は神に委ねる」ことにすれば、間違いなく世界は平和になり、誰もが幸福になれます。


 では、どうやって?


 それができれば、私たちの現実社会は、とっくの昔に“神の国”となっていることでしょう。

 そうではないことが明らかすぎるので、観客の私たちの胸に、変なモヤモヤが残るのです。


 つまりスカーレットの理想は、「目的はあるけれど、それを実現する手段が全く示されていない」のです。

 この理想と現実のギャップの大きさが、『果てしなきスカーレット』の結末に果てしない迷走感を残していると考えられます。

 ハッピーエンドはOKだ、しかし、その“行く末”は全く想像できず五里霧中ではないか。


 それは、なぜでしょうか。


 「隣国とは友好と信頼を。子供は絶対死なせない」と謳いあげるスカーレット。

 その心は、「敵をゆるし、己を赦し、復讐は神に委ねる」精神です。


 これ、誰かさんとクリソツではありませんか?


 そう、「敵対より信頼を積み上げる、それが我らの生き延びる道だ」(文庫P18)と説き、スカーレットも「敵対より友好と信頼を」(P20)と信奉した人物、悲劇の父王アムレットですね。


 ラストシーンでハッピーエンドに包まれるスカーレットは、その内面が父王アムレットに生き写しなのです。まるでクローンコピーみたいに。


 これ、ある意味、恐ろしい事態です。


 「敵をゆるし、己を赦し、復讐は神に委ねる」と公言し、純心にその通りに行動する人物は、現実の弱肉強食社会においては、最も危険な自滅型人格かもしれないのですから。


 「敵をゆるし、己を赦し、復讐は神に委ねる」人物は、ありていに言って、“善い人”です、典型的テンプレなまでの善人です。臣民たちから「よき君主」と慕われるアムレット王(P19)そのままに。


 そのような人物を、私たち日本人は、たぶん、こう呼んでいます。

 とても残念で残酷な事ですが、「カモ」と……


 この物語のプロローグにおけるアムレットと、エピローグにおけるスカーレットは、本当に申し訳ありませんが、私たちの殺伐とした現実社会では「ネギしょったカモ」でしかないのです。


 本心から「敵をゆるし、己を赦し、復讐は神に委ねる」人物は、私たち21世紀の現実社会では、実際にどうなっているのか。

 善人です、善い人です、隣人や知人に何か頼まれたら断る事のできないお人よし。騙されても恨まずに信じ続けることのできる、心の広い聖人君子です。ただし……

 当然のように、最優良のカモにされます。

 おカネを貸したら返してもらえない寸借詐欺、電話の振込め詐欺やネットのロマンス詐欺、あるいはネットカジノに手を出して大損して借金をこしらえる。ネットカジノ自体が違法なので、損害の回復は不可能です。

 それとも、定年退職で得た退職金を増やして家計に貢献しようと、公営ギャンブルや先物取引やFXに大金を投じる。大損しても「善意でやったこと」と本人は信じているので、自分で自分を赦しまくって反省せず、損失を家族に隠すようになる。

 妖しい宗教にはまって、「敵をゆるし、己を赦し、復讐は神に委ねる」精神で、全財産を寄付したうえに多額の借金を……


 こういった“善人”は、赤の他人なら傍観できますが、身内や親族にいたらとんでもない破滅をまき散らす悪魔と化してしまいます。

 本人は善の意識しかありませんので、ストレスフリーで長生きされると思われますが、財産を失い借金を付け回しされる一族はそれこそ、死滅の危機に直面します。

 掛け値なしに、自殺に追い込まれる可能性があるのです。


 アムレットと同じ心になったスカーレットは、こうした、“カモ善人”と、まさに紙一重の人格に仕上がってしまったのかと危惧されるのです。


       *


 物語のおしまい、ハッピーエンドのスカーレットは、まるでアムレット王。

 ならば、アムレット王と同じてつを踏むかもしれません。

 未来の夫か近親者か側近によって、“敵国と仲良くして国家を裏切った”とばかりにクーデターを仕掛けられ、冤罪処刑される危険性をはらんでいるのです。

 これがロボットアニメなら、アムレットの死は、こう描写されたでしょう。


議連座火「よき君主アムレットは濡れ衣を被って殺された、なぜか!」

謝亜阿砂古「腰抜けだからさ」


 良き君主スカーレットは、数年後に父王と同じ運命をたどり、亡国の王妃となっているかもしれません。


 そうならないためには、どうすればいいのか……

 「隣国とは友好と信頼を。子供は絶対死なせない」が、彼女の公約です。

 これを実践するために、軍備を急速に拡大して、「友好と信頼に反する」隣国はこちらから侵略し撃滅する。

 子供を死なせた親は片っ端から公開処刑する。(だって新生児遺棄、育児放棄に虐待《DV》死とか無理心中まで、まずは親が危険因子となるのですから)

 そういった強硬手段を執行して、“悪役女王”として君臨するのか……ですね。


 聖青年という“教祖様”に感化されてしまった善人のスカーレットは、敵に囲まれた祖国を黙って滅ぼされてしまうのか、それとも冷血な悪役女王として厳しく国家を統制するのか、この先、恐るべき選択をせまられることと思われます。


       *


 『果てしなきスカーレット』は極端に賛否が分かれる作品と考えられます。

 語られる理想は完全無欠に素晴らしい!

 しかしその理想をそのまま現実に当てはめようとすると、「敵をゆるし、己を赦し、復讐は神に委ねる」は、国家を自滅させる、バルス並みに恐ろしい滅亡呪文となるかもしれません。

 あるいは、その理想を貫き通して現実化するためには、もしかするとクローディアスも顔負けの、冷酷無残な独裁政治を徹底するしかないのかもしれません。


 ええそうです、スカーレット本人は「生きるべきか死ぬべきか」という悩みに幸せなピリオドを打つ事ができましたが……


 観客や読者にとっては、これほど大きな悩みを残してくれる劇場アニメ作品は、もう前代未聞なのですよ。



   【次章へ続きます】

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