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102●その他:セレブリティ讃歌④  スティールオーケストラの幻想。

102●その他:セレブリティ讃歌④  スティールオーケストラの幻想。




        *


 人類にとって音楽は、ただ生きていくだけなら、無くてもなんとかなる存在です。

 ヒトでなくサルだったときって、たぶん音楽なしでやっていたはずですから。

 しかし現代人に音楽は不可欠。

 これ、間違いなく不可欠です。

 聴覚に障害のある方でも、おそらく何らかの形で、脳に感知されているでしょう。

 というのは、今、私たちの周りの無数の音楽、それは何もかも私たちがこれまでの歴史の中で産み出してきた文化的産物。

 生きるために必要不可欠だから、創り出してきたのですね。

 不必要なら、こんなに世の中に氾濫していません。

 不必要なら、音楽でなく、何かを知らせるための鐘や拍子木、サイレンあたりにとどまっているでしょうし。

 なぜだろう?

 根本的な疑問です。

 人類、音楽無しでは物凄く困るのです。


 たとえば、代表例として、スティールパン。

 ドラム缶を加工した中華鍋タイプの金属ドラムですね。

 19世紀半ばのトリニダード・トバゴで、支配者であったイギリス政府が黒人労働者たちにドラムの使用を禁止したことで、発祥しました。

 彼らは仕方なく竹を叩いてリズムを得ていました。しかしそれすら禁止された結果、とうとう、ドラム缶を叩き始めたのです。その偉大な発明は、1939年のこと。そんなに昔ではありません。


 “奪われたことで生まれた楽器”。

 彼らにとって、スティールパンは、人間性の象徴ともいえるでしょう。

 人間としてどうしようもない猛烈な必要性が、ユニークで素晴らしい楽器をこの世に産み落としたわけです。そしてエネルギッシュな演奏者たちも。

 1992年にトリニダード・トバゴ政府が、正式に「国民楽器」に認定したとか。


 で、このスティールパン。

 CDは希少です。

 国内演奏の多くは、数人以内のグループによる小規模演奏。

 あるいは、オーケストラの一部に使われる程度。

 だいたい、ポピュラー音楽が演奏されます。

 曲想も響きも魅力的、ファンタスティックですが……

 いかんせん、現地演奏とは別物です。

 現地では数十から百人規模のチームで演奏コンテストが開かれているのですから。

 オール・スティールパンで百人近くの演奏。そのパワー、想像を絶します。

 オーケストラの一部じゃない、これぞスティールオーケストラ!


 ということは、クラシックを演奏できるということです。

 CD『PANTASTIC WORLD OF STEEL MUSIC Vol.1』(1996発売)は、その貴重な一枚。


 演目は、チャイコフスキーの『スラヴ行進曲』、

 リムスキー・コルサコフの『シェヘラザード 第1曲』、

 カール・フリードマンの『スラヴ狂詩曲 第2番』そして……

 なんと、ワーグナーの『リエンツィ序曲』。

 ただでさえ大編成のオケを要する壮大にして大変なワーグナーを、スティールパンでやってのけている!


 スティールパンの『リエンツィ序曲』を、“背面聴き”してみる。

 脳髄に沁み入る、まろやかな金属の調べ。

 キンキンする先入観とは真逆の、玉を転がすような、滑らかな音調。

 真夏の海岸の陽光に溶け始めたソフトクリームみたいな、味わい。

 フルメタルの幻想。

 通常編成のオーケストラとは異次元の、天上の輝きが、脊髄をてっぺんから流れ落ちていく……。

 いやなんとも、形容しがたい、ソウルフルな響きを感じます。

 まさにSF、スティールファンタジー。

 洒落抜きで、背筋鳥肌ものです。


 えもいわれぬ迫力は、やはり、“奪われたことで生まれた楽器”だからでしょう。

 トリニダード・トバゴは1962年に独立したので、おそらくそれまでに、“ドラム禁止令”なる暴虐は消滅していたと思いますが、それでも演奏者たちはスティールパンを捨てることなく、国民楽器として育てていったことに注目したいものです。


 それだけ、素晴らしい音がこの楽器から奏でられるということですね。

 つまらない音だったら、すたれているはずですから。


 こうした、“奪われたことで生まれた楽器”というもの、あるいは、“奪われたことで生まれた歌曲”といったものは、人類史を探せば他にもあるでしょう。


 “奪われたことで噴き出した、魂の叫び”が、そこに込められているのでは、と思うのです。

 それは人類にとって、どんな意味のある音楽になるのだろう?



       *


 セレブリティD-3000の美音を愉しみながら、ふと、そんなことも思うわけです。



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