海に行く前
お久しぶりです。
夏休みが始まりました。
夏休みが始まり、鳥塚肇と今岡育は、鳥塚の部屋で課題を進めていた。
「はぁ〜……休憩――」
ベッドの前に置かれた簡易テーブルに広げたノートの上にシャーペンを置いて、鳥塚は後ろに大きく伸びてからベッドに寄りかかる。
「は〜……もう結構やったよな、今日はもう終わりでよくね?」
天井を仰いだまま、鳥塚は今岡に問いかける。
前に座る今岡は黙々とシャーペンを走らせたまま、視線を上げずに答えた。
「――この現代文のやつは絶対終わらせる」
「え〜、あとどんくらい? もう三時だし、おやつ休憩しようぜ」
と鳥塚は壁の時計に目をやって、それから今岡に視線を戻す。
今日は昼の一時から集合して、二時間ぶっ続けで課題をやっていた。
鳥塚の集中力はそろそろ切れかけてきている。
「今岡、一旦休憩。飲み物とか持ってくるから、テーブルの上片しといて」
自分のノートやシャーペンを片しながら今岡に伝えて、鳥塚は飲み物とお菓子を持ってくるために立ち上がる。
「……あぁ、わかった――」
手を動かしたまま少し遅れて返事をした今岡に、鳥塚は「真面目だなぁ」と呟いて、部屋を後にするのだった。
「……よし、これでいいか。はぁ〜疲れた……」
キリのいい所までやって、今岡は一回大きく伸びてから、テーブルの上を軽く片す。シャーペンは筆箱に、ノートと課題の教材は重ねて端に寄せた。
「結構進んだな――」
我ながらいいペースだと思いながら、鳥塚が戻ってくるのを待つ。
鳥塚は準備に時間がかかっているのか、戻ってくる気配はなかった。
「ちょっとだけ休憩するか……」
四角い黒のメタルフレーム眼鏡を外して、さっきテーブルの端に寄せたノートと教材の上に置き、目頭を指で軽く揉む。
結構集中していたらしく、若干目が痛かった。
「ん〜……使いすぎたか? そんなに使ってないはずなんだが……」
軽く両目を瞬いてから、静かに目を閉じる。
部屋の中は静かで、エアコンの音とたまに外から車の走る音が聞こえてくるくらいだ。
「…………」
「少しくらいならいいか」と、今岡は両腕をテーブルに置いて、その上に額を乗せる。
目を閉じると疲れがじわじわとやってきて、今岡の意識を飛ばそうとしてくるようだ。
鳥塚が戻ってきたら起きようと、そうぼんやり思いながら、今岡は夢に沈んでいった。
「待たせたー……って、寝てる?!」
飲み物とお菓子が乗ったお盆を持って鳥塚が戻ってくると、今岡はテーブルに伏せて寝ていた。
「ええ? おやつって言ったのに……、律儀に眼鏡まで外してんじゃん――」
静かにテーブルにお盆を置いて、鳥塚は今岡の隣に腰を下ろす。
無防備に眠る今岡を見ながら、鳥塚は小さく溜め息を吐いた。
「……これで何かされても、文句言えないぞ?」
そっと頭に手を伸ばし、軽く髪を撫でる。
「いやまぁ、しないけどさ……」と小さく呟いて、鳥塚はしばらく今岡を見つめた。
「……今岡〜、おやつの時間ですよ〜」
「んん……? 戻ったのか……」
鳥塚の声に反応して、今岡は上半身を戻して軽く目をこすってから、眼鏡をかける。
「……悪い、寝てた」
「いやまぁ、気を許してくれてるんだなとは思うからいいんだけど、無防備にしてたら何かされても文句言えないからな?」
「いやいや、鳥塚はそういうことしないだろ?」
眼鏡をかけ直しながら平然と言ってのける今岡に、鳥塚は信頼されてるんだなと思いつつ、少し複雑な気持ちになった。
「……いや。一回キスしてこようとしてたか」
ふと今岡が思い出したように言うので、鳥塚は「覚えてるのか」と苦笑いする。
「あれは、今岡が目 瞑ってたから――、ん? じゃあ今日はチャンスだったんじゃね? 今日は寝てたし、寝てる間にされたら気付かないよな」
「お前な……、そうやって信用をなくしてくんだぞ」
少し眉間に皺を寄せる今岡に、鳥塚は「冗談冗談」と軽く手を振ってから、じっと今岡を見つめた。
「……なんだ?」
「やっぱり、こういうことはさ、起きてる時にした方がいいんだよ」
「そう、なのか……?」
軽く腕を組んで考える仕草をする今岡に、鳥塚は隙ありと頬に軽く口付ける。
「……はっ?!」
顔を赤くして驚く今岡に、鳥塚は楽しそうに笑って続けた。
「ははっ、うん、そういう反応してくれるじゃん? そういう反応は起きてる時にしか見られないから」
「っ……お前な……」
ぐぐぐと言葉に詰まる今岡に、鳥塚は「面白いな、今岡は」と微笑む。
「ぁ、そうだ。おやつ、休憩しようって言ってたろ」
鳥塚はお盆を引き寄せて、今岡に麦茶の入ったコップを差し出した。
「――ジュースなくてさ、麦茶飲めるよな?」
「大丈夫だ、ありがとう」
「ならよかった――」
二人で一息ついて、鳥塚は持ってきたお菓子に手を伸ばす。
袋から出してそれを口に咥えると、今岡の方に顔を向けた。
「……今岡、こっち向いて」
今岡が鳥塚の方を見ると、鳥塚は口に細長いスティック状のお菓子を咥えていた。
なぜ「こっち向いて」と言われたのか分からない今岡は、少し眉間に皺を寄せる。
「……見たが?」
「そんな怪訝な顔しないで――そうじゃなくて、端から食べてくゲーム、ほら」
くいくいと唇を動かして、お菓子を上下させる鳥塚に、今岡は「いやいや」と苦笑いして両手を振る。
「自分で食べられる。それに、その後が目的だろ、絶対やらん……!」
「むしろそれ以外にある……?」
じっと見つめてくる鳥塚に、今岡は「絶対にやらんぞ」と頑なに譲らないので「何でそんな……、俺しかいないのに……」と、鳥塚は少し拗ねながら咥えていたお菓子を齧っていく。
「……それなりなら、イチャついていいって言ってたのに」
ポリポリと寂しそうにお菓子を齧る鳥塚に「それはそうだが……」と、今岡は少し口ごもりながら続けた。
「でも、ゲームはそれなりにならないだろ」
「ええ? じゃあ今岡にとってのそれなりってなによ」
納得いかないという鳥塚に、今岡は少し考えてから、そっと鳥塚の手をとって繋いだ。
「……手繋ぐ、とか……」
「は……」
鳥塚がポカンとして今岡を見ると、照れているのか、前を向いたままで少し頬を赤く染めている。
今岡の予想外の行動に、鳥塚はきゅんとして微笑んだ。
「なに、それ――ちょっと普通に可愛いんだけど……てかウブすぎじゃね?」
「う、うるさいな、こっちは恋愛初心者なんだぞ!? こういうのから慣れていくべきだろ?!」
狼狽えながらも訴える今岡は可愛くて、鳥塚は小さく笑って頷く。
「ん、そうかも」
「おい、思ってないだろ」
「思ってる思ってる、慣れてこ――」
今岡の手を絡めるように繋ぎ直して、鳥塚はそっと肩を寄せた。
今岡は少しドキドキしながら、コップに空いてる手を伸ばして、それからちょびちょびと口付ける。
「恋人繋ぎはいいんだ?」
「え――? あぁ、まぁ……」
鳥塚の問いに答えてからコップをテーブルに置いて、今岡は「それくらいならな……」と呟く。
「今岡」
「なんだ――?」
呼ばれて鳥塚の方に顔を向けると、思ったよりも近くに鳥塚の顔があって、今岡は小さく息を呑んだ。
「っ……」
「キスしていい?」
「えっ」
「ダメ?」
鳥塚が絡めた指に軽く力を込めると、今岡は少し目を逸らしてから、小声で伝える。
「……少しなら」
「わかった――」
意外と押しに弱いんだよな……と思いながら、鳥塚は優しく今岡の唇に触れる。
ちゅ、ちゅっ、とわざとらしく一回ずつ口付ける鳥塚に、今岡は少しのもどかしさを感じて「ちょっと待て」と止めた。
「なんで、そんな一回ずつ区切るんだ?」
「え? だって、今岡が少しならいいって言ったから。もしかして、物足りない?」
からかうように鳥塚が今岡を見つめると、今岡は「いや、べつに……」と少し口ごもる。
前にした鳥塚とのキスは案外良くて、それを思い出すと少し物足りない気もする……。
そんな今岡の気持ちを察したのか、鳥塚は「素直じゃないなぁ」と呟いてから、今岡の頬に手を伸ばした。
「俺が物足りないから、するわ」
「は……?」
くいっと顎を持ち上げられて、そのまま唇を塞がれる。
深く口付けられて、今岡は段々と思考を奪われていった。
「……ん、は……ぁ……」
「――育、可愛い」
「っ、名前、呼ぶな……」
頬を赤く染めて、軽く鳥塚を睨む今岡に「そこ気にするんだ」と少し笑ってから、鳥塚は続けた。
「二人の時はいいじゃん、呼ばせてよ」
「っ、程々になら……まぁ」
「やった、名前呼びも徐々に慣れてって――」
嬉しそうに笑って、愛おしそうに今岡の額にキスを落とす。
「……それで、育は俺の名前呼んでくれないの?」
「呼んでほしいのか?」
「当たり前じゃん、二人の時は呼んでよ。たまにでいいから」
にこにこと名前を呼ばれるのを待つ鳥塚に、今岡は「そうか」と呟いてから口を開いた。
「肇」
「うん、嬉しい――」
そう微笑んでまた深く口付けてくる鳥塚に、今岡は息が上がりそうになりながら「ちょっ、と」と、鳥塚を押さえる。
「待っ……、がっつき過ぎだろ……!」
「それは仕方ない、育が可愛いから」
「可愛くない……!」
そう言いながらも、反発のつもりか繋いだ指にキュッと力を込める今岡は、可愛い以外のなにものでもなくて、鳥塚は余計止められなくなる――。
繋いだ手を引き寄せて、今岡の上半身に片方の腕を回して密着する。
「は、じめ……?」
「もっと、してもいいよな――」
今岡を見つめると、じわじわと顔を赤くした。
それを肯定と受け取って、鳥塚は優しく口付ける。
そこからまた少しずつ深く口付けると、今岡の手の力が抜けるのがわかった。
「ン……は、ぁ……」
鳥塚がゆっくり顔を離すと、今岡はぽーっとしていた。
「……そういう顔されると、もっと欲しくなるんだけど……」
「ぇ……?」
どういう意味かわかっていないのか、今岡は少し首を傾げる。
「そういうとこな……」と少し苦笑して、鳥塚はまた今岡に口付けた。
想像以上のキスに、今岡の理性はだんだんと働かなくなってくる……。
「ん、ぁ……、肇……」
「……ッ――」
とろんとした目で名前を呼んでくる今岡に、鳥塚は「たまんねえ……」と呟いて、ふたたび唇を重ねた。
このまま先に進んでもいいんじゃないかと鳥塚が思い始めた頃、テーブルに置いてある今岡のスマホが鳴りだした。
「ん……、電話……」
「今……? 出んの?」
「出る。急用だったら大変だろ――」
さっきまでとろんとしていた今岡は、着信音で元に戻っていくのがわかる。
タイミング悪……と少し口を尖らせる鳥塚から離れて、今岡は応答ボタンを押してからスマホを耳に当てた。
「……もしもし」
『お、今大丈夫?』
スマホの向こうから上浦俊一の声が聞こえてくる。
どこかに出掛けているのか、上浦の後ろは少しざわついていた。
「……全然大丈夫じゃないんだけど」
今岡の代わりに鳥塚が横から答えると、上浦は『あれ?』と驚いた声で続ける。
『鳥塚も一緒だったんだ? お邪魔しちゃった感じ?』
「ほんとだよ、今頃今岡とあんなことやこんなことを」
「おい、やめろ――で、何か用か?」
よからぬことを言いそうな鳥塚を一喝して、今岡は上浦に訊く。
『そうそう』と上浦は前置きして本題に入った。
『そろそろ海行くじゃん? 今岡も水着準備したかなと思って、確認の電話』
「え、水着要るのか?」
初耳といわんばかりの今岡の反応に、上浦は当たり前でしょというように続けた。
『要るいる、何のために海行くと思ってんの』
「聖地巡礼……じゃないのか?」
『それもあるけど、マンガの再現するって言ったろ? 海に入るシーンもあるから、忘れんなよ。じゃ、そういうことでよろしく――』
「あ、おい、ちょっ」と今岡が引き止める間もなく、上浦は通話を切る。
今岡はスマホをテーブルに置いてから、鳥塚に顔を向けた。
「……水着、要るって知ってたか?」
「え? ――あぁ、海行く話か。そりゃ要るっしょ、海だよ、海。持ってかなくてどうするよ」
「それもそうか……」
インドアな今岡にしてみれば、海も鑑賞するものの一つなのだが、一般的には海には入るものか……と遠い目をする。
そんな今岡に、鳥塚はパチっとウィンクして笑った。
「今岡の水着姿楽しみ」
「女子じゃないんだぞ……」
「今岡だから、楽しみ――あ、でも露出とかは無しで」
「……なんだそれは」
真顔になって両手でバツを作る鳥塚に、今岡は少し苦い顔をして、それより水着あったか?と記憶を辿るのだった――
電話の後
鳥塚「続きは?」
今岡「すると思うか?(真顔)」
鳥塚「…デスヨネ〜(苦笑)」
※鳥塚が帰ってから今岡は水着を探しましたが、スクール水着しか見当たらなかったので、後日買いに行くのであった。




