⑨神社開店の日
後日、放課後T駅に戻ってきためりいとろいこは、呼木を迎えに行った。
ヨシアから神社の場所と運賃はもらってある。先に神社に近いM駅でヨシアと待ち合わせだそうだ。
「よっ」
M駅に着くとヨシアは駅入口の方で待っていた。
「これからバスで行くんだよね?マップで見ると徒歩1時間ぐらいだったし・・・」
「俺はいつも走って行ってるけどな」
「嘘でしょ!?」
「今日は呼木のじーさんもいるし、バスに乗ったらあ」
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バスに乗った4人。
「いやあすみませんヨシアくん。お金払ってもらっちゃって」
「いいよいいよ。安いもんさ」
呼木さんはホームレスだ。見た目はそこそこ汚れている。ある程度清潔にしているようだが、それでもとても目立つ。周りの白い眼が痛かった。
「すみませんね、皆さん」
呼木さんが謝った。
「なんで謝るのさ?」
ろいこが聞き返す。
「いや、ただただ迷惑をかけて申し訳なくて……」
「そうかしこまらないでよ。私たちと呼木さんの仲じゃない。遠慮禁止!」
「そうですか・・・・ありがとう、ありがとう」
不審者呼ばわりしていた最初と比べ、ろいこは呼木さんにかなり打ち解けていた。私はとても嬉しい。
「・・・着くまでに暇になりそうだから、しりとりしようぜ」
「小学生か!」
「いいじゃんめりい。やろうぜやろうぜ」
「じゃあ聖書の『よ』からだね」
「呼木さん!?」
バスの中で、4人は楽しくしりとりをして暇をつぶした。
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神社に到着した。
鳥居になにか書いてある。
「んん〜〜?」
めりいは顎に手を置き、その達筆を分析しようとする。が、全然読めない。
「愛川八幡神社」
ヨシアがそう呟くと、階段をスタスタ歩いていった。
「あっ!待ってよ!」
ろいこが追いかける。
呼木さんは、足がすくんでいた。
心配になり、めりいが声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……。いやはや、歳は取りたくないもんだね」
「私が手伝いますよ」
「すまないね」
呼木の右腕を肩に掛け、めりいは呼木を幇助する。
力があればおぶさることが出来ただろうが、めりいは運動オンチである。
「はぁ、はぁ……!コラふたりとも!置いてくなって〜」
「わりーわりー」
ヨシアの手には杖があった。
「じーさん大変だろうから、うちのじーちゃんが使ってたヤツをいま持ってきたんだ」
「そんな勿体無い!いいよ私は──」
「ウチのじーちゃん、もう亡くなってるんだ。もうウチじゃ誰も使わないし、使ってくれ」
ヨシアの瞳は悲しそうだった。きっとおじいちゃんのことが大好きだったのだろう。
「そこまで言うなら、謹んで使わせていただきましょう」
杖を貰い深く一礼する呼木さん。やはり礼儀深い。
「じゃあ、俺の部屋へ案内するよ」
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境内の右隅に離れの一軒家がある。そこがヨシアの家だという。
「苗字が書いてあるね、ふくわ?」
「扶桑だ扶桑。日本の雅称が由来だよ」
初めてヨシアの苗字を知った。自己紹介で言ってた気がするが、名前しか覚えてなかった。
「へっえ〜おしゃれ〜」
プアーンと笙の音が聴こえてきそうな苗字である。雷雲綿と並んで珍しい苗字だ。
家の中はやや古めの内装だった。木と畳の香りが漂う昔なつかしの雰囲気だ。
「2階上がるぜ。急だからめりい、呼木じーさんを手伝ってやれ」
2階にあるヨシアの部屋は男の子の部屋という感じだった。
の〇太くんの部屋を想像してほしい。あんな感じの部屋だ。
ただ目を引くのは、バスケ選手のポスターがいくつかデカデカと貼られている。
「これが偉大なるコービー・ブライアントだ。でこっちがマイケル・ジョーダン。一般常識として覚えとけ」
バスケの世界では「天才」だとか「神」だとか称えられる両者。しかしバスケに興味のない女子高生の関心は2人には向かなかった。
「男の子の部屋に招待されるなんて初めてだなぁ……」
「さっそく物色したい!エッチな本ある?」
「ねえよ!あっても見せねえよ!
と、ああ。飲み物持ってくるからさ。ジッとしてろよ?」
ヨシアは1階に降りていった。
押すなよ!絶対押すなよ!?という前フリはもはや押してくれという裏返しである。
「さっそく漁ってやろ〜笑笑」
「やめなさい!!!!!」
唐突に呼木さんが怒り出した。ビクッとなるろいことめりい。
「ご、ごめんなさい……」
「人には知られたくないものの1つや2つあるでしょう。それを無闇にほじくり返すものではないよ。ろいこちゃんも自分の部屋を他人に物色されたら、不愉快極まりないでしょう?」
「まあ、泥棒とかに物色されるのはやだなあ」
親しき仲にも礼儀あり。人の家では大人しくしているのが礼儀である。
それにしても、呼木さんがあんなに感情を剥き出しにして怒ったとこ、初めて見たなあ。
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「なんか大きな声したんだけど、大丈夫か?」
ヨシアがジュースを持って戻ってきた。
「それ私です。すいません」
「いいよいいよ。今の時間帯誰もいないし」
ヨシアが持ってきたジュースは、ん・・・・?
「抹茶ソーダだ。冷蔵庫にそれしかなかった」
「罰ゲームかな???」
案の定不味かった。全員吐き出した。
呼木さんは辛うじて堪えていたが、やはり耐えられなかった。
「とまあ、口直しに水道水でも飲んでくれ」
「ひどいもてなしだよ!ったくもー」
ろいこは酷くむせたようで、ゴホゴホ言っている。鼻水も出ていた。
「色々あったが、聖書の話をしよう」
「そうだね。で、なんでヨシアの家に?」
「うちのMomさ。もしかしたら、聖書を持っているかもしれない」
「あと1時間したら帰ってくると思う」
「お母さんは普段何をしてるの?」
「専業主婦さ。今は買い物に出かけてると思う」
ヨシアの瞳はジッとよく観察すれば、やや青い。宝石のような瞳で、まつ毛がもう美しい。
「でも、ヨシアくんのお母さんはクリスチャンじゃないって、前言ってなかった?」
「そのはずだ。聖書も親父に取り上げられたんだと思ってたけど、思い立って親父にMomの話を聞いてみたんだ」
「なにか事情があるみたいで『知らない』の一点張り。なにかおかしくないか?」
「あまり深繰りしない方が良いのでは?」
呼木さんが提案する。
「でも、Momが持ってる聖書は多分英語の聖書だと思うぜ?
持ってるなら英訳聖書だ。貴重じゃないか?」
「本人に聞けばいいじゃん」
「1回聞いた事あるけどさ、なんか不機嫌になっちゃてそれ以来聞きづらいんだ」
「だから呼木さん直々に説得してもらって、英訳聖書を手に入れるんだ。Momの部屋にきっとあるはずなんだ」
ヨシアの瞳は真剣そのものだった。
宝を有効活用するような、冒険家のような顔立ちだ。
「お客さんかな?」
部屋の入口に、メガネの男がひとり立っていた。
続く。
「そういえば静岡と山梨が舞台だった・・・」と思い、方言について色々調べました。
段々出せたら出していくと思います、シュワッチ!
話を進めていくと増えていく設定が多々ありますね。