⑦風穴
めりいは膨れている。
「もっと勉強しようぜ」「そんなことも知らないのかよ」
ヨシアの言葉が頭の中でリピートされる。
めりいは追い込まれると反撃するタイプの子羊だ。
無垢で好奇心旺盛だから、何処へ往くにも抵抗はない。
だがオオカミに詰られようものなら、オオカミの方をそっぽ向いて口を聞いてやらない頑固さを持っていた。
「さあ、やるぞ」
めりいは早速YouTubeで聖書の解説動画を探した。今ではこういった動画サイトでなんでも出てくる。
学校の先生より解説が上手い人もいる。がしかし、自分の『レベル』にあった解説者を探すのは、少々難しいかもしれない。
調べ続けていればYouTube公式から「こんな動画はどうだい?」と勧めてくれる。けれど、それが自分の求めている動画とは限らない。
ましてやめりいの期限は1週間だ。1週間みっちり聖書の勉強をして、ヨシアのあんちくしょうにギャフンと言わせたる。
めりいは検索してトップに出てきたおじさんの聖書解説を見ることにした・・・・
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翌日のこと……
「おっはーめりい!聖書の勉強してる?」
ろいこは駅のホームでめりいを見つけ、声を掛ける。
「えっ?ああ、うん」
めりいが言葉を濁す。もしや……
「めりいさ、飽きて別の動画見たりしてない?」
「ギクッ」
「おい」
「・・・・見てるうちに眠くなってきちゃうから、関連動画行ったらネットサーフィンでいつの間にか脱線してたんだよね……」
「かー。頼むよー。ヨシアくんに『キレためりいは凄いんだぜ』って太鼓判を押した私の身にもなれよー」
「ぶーっ。そんなこと言ったって……」
「ヨシアくんは気にしてないみたいだったけどね♪」
「悔しいなあ」
めりいは電車から流れる景色を眺めながら、今度こそはしっかり聖書の勉強をしようと決めた。
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昼休み、学食を買おうと購買に向かうめりい。
とバッタリあのヨシアに出会う。周りには女子の群れだ。
「おうめりい。調子はどうだ?」
「えっ何。ヨシアくんと知り合い!?」
ヨシアの周りにいる女子たちは黄色い声でキャッキャと騒ぐ。
めりいはヨシアを一瞥し、プイとヨシアを無視して駆けていった。
「マジで無視してやがんの笑笑笑」
ヨシアはめりいの背中を見ながらあざ笑った。
「今の子、生意気じゃね?」
「態度悪くね?」
「よせよ、彼女は俺の論客なんだ」
ヨシアはめりいを庇った。余裕の表情だ。
「ろんきゃく?らんきゃく的な?」
「あーうん、なんていうか、三国志の諸葛孔明みたいな奴だ。頭は悪いけど」
「こーめい?こうめ?コウメ太夫的な?」
ハァ……とヨシアは頭を抱えた。
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家で聖書の勉強を再開するめりい。公園に行くとヨシアに会ってしまうので、しばらくは公園に通わない。
ろいこからLINEが来た。
「やっほー。
呼木さんに相談したら『聖書を買うといいですよ』だってさー。意味は分からないだろうけどAmazonでポチって見ればー?」
ろいこは丁寧にAmazonでかわいい聖書の商品を見つけていた。ピンク色の聖書だ。〈2017年版新改訳聖書〉と書かれていた。一番最新のものらしい。
「ありがとうろいこ!」
めりいはスタンプを送った。ヒツジのスタンプだ。
「いいって事よ」とろいこはギャルのスタンプで返した。
Amazonなら早くて3日後には聖書が届くだろう。届くまでにめりいは聖書の勉強に励んだ……
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果たして3日後。聖書は来た!
「めりい!アンタ宛に荷物来てるわよ〜」とお母さんの声が1階から響いてきた。
ドタドタと階段を駆け下り、分厚い封筒を受け取る。封を破ると、プチプチに包まれたピンクの聖書が出てきた。
「意外ねぇ。アンタが聖書読むなんてねぇ」
「べ、勉強のために買ったんだよ。勉強中はジャマしないでね」
「ジャマはしないけど、変なのにのめり込まないでよ?ウチは無宗教!なんだから」
「はいはい……」
無宗教。
日本では大多数の人がそうだろう。日本には神道と仏教が混ざり、キリスト教は全国の1割にも満たない。生活に既に神道と仏教の心が根付いている日本人は、無宗教というより「万華教」と言うのだろう。
正月には神社へ初詣に行き、イースターに卵は食べるし、クリスマスプレゼントはやるし、大みそかにはお寺に行って除夜の鐘を聞く。
これが日本の在り方だ。宗教の違いでいがみ合い、戦争をするよりかは平和的な生活のあり方であろう。
だが、これで本当にいいのだろうか?
めりいはまたも哲人になる。呼木さんに会って初めて聞いたのが「なんで人は生きるのですか?」というクエスチョン。
ただ悠然と、生きる目的など知らずに生きていく。私にはそれが耐えられない。
聖書の神さまが、生きる目的をくれるのだろうか。
ピンクを聖書を抱えたとき、めりいの心に風が吹き抜けたような気がした。
続く。
パッと見Amazonを見ましたが、ピンクの聖書なんてないですね・・・・
裁縫が得意なら、自分でカバー作ってみるのもアリだと思います!
「万華教」という言葉は、昔見た絵本からの引用です。