二章 3 『降魔術』
タクミが振り返るとそこには見覚えのある男が立っていた。
長身で黒髪スタイルの良い体格、その全身を黒いスーツでビシッと決めている男。
そう以前、ローゼに連れられタクミの体内の魔法について見てもらったことのあるウインズだった。
「あ、ウインズ様。いえこちらの男が入団試験を受けたいとのことなのですが、どうやら身分を証明するものを持っていないようで・・・」
「君は・・・?もしや以前ローゼが連れて来た青年ではないかな?」
「あぁ、よく覚えててくれたな。たしか・・・ウインズさんだったっけ?」
「そうだよ。君もよく覚えていてくれたね」
「まあね。こっちで名前を知ってる人なんて数えるくらいしかいないからな」
「なるほど、それにしても驚いたよ。ずいぶんと雰囲気が変わったじゃないか。どうやら魔法も使えるようになってるみたいだし・・・」
ウインズはタクミを見て何か気づいたようだった。以前とは違い魔法が使えるようになっていることも気づいた。
「まぁ・・・俺も色々あったからな。ローゼからは何も聞いてないのか?」
「あぁ。残念ながらあれからは会っていないのだよ」
「あのう・・・ウインズ様お知り合いだったのでしょうか?」
途中で受け付けの男が割り込んでくる。
「ああ、この男の身分は私が保証する。だから試験の方を受けさせてあげてくれ」
「ウインズ様がそういうのなら。では受付の手続きを始めます」
「え!?そんなのいいのかよ!?」
おもわぬウインズの言葉に驚くタクミ。
「かまわないよ。君はローゼが紹介してくれたからね。あの子が肩入れしていたのだ、私はローゼを信じている。だから私もローゼが信じた君を信じよう。それに君がどのように変わったのか正直見てみたいのだよ。だから試験も頑張ってくれたまえ、健闘をいのるよ。」
そういうとウインズは振り向き颯爽と行ってしまった。
「では、こちらが受付番号です。これを胸につけてあちらの方の闘技場に行ってください。もうあまり時間が無いので急いでくださいね!」
受付の男がタクミに丸い番号札を渡した。それには362と書かれていた。
「おう!ありがとう!」
タクミは番号札を受け取り走りながら胸につけ、案内された試験会場の方に向かった。
長い廊下を抜けると空には青空が広がり、野球場の倍くらいの広さの闘技場がそこにはあった。
そこには試験を受けるであろう人でいっぱいだった。
おそらくさっきの番号が受験者の数を示しているのだろう。
試験を受ける人たちは様々だった。鎧を着ている者、タクミと同じようにローブを着ている者、空手道着のようなものを着ている者。さらに年齢も性別もバラバラだった。杖をついた老人からどう見ても子供にしかみえない姿の者もいた。まさに老若男女問わずといった感じである。
「おぉー!これ全部試験受けるのかよ。なかなかの競争率だな・・・」
タクミが会場に入るとベルの音が鳴り響いた。そして闘技場のすこし高台の所に金色の髪なびかせ、腰には剣を帯刀している一人の男が現れた。
男の登場にさっきまで騒がしかった会場が静まり返る。
おそらく魔法騎士団の制服だろう。白を基調とした服に赤いラインが入っていて、背中にはこの建物にもあった剣をモチーフにした十字架が描かれていた。
「私はアーバンカル魔法騎士団団長クリウスだ。今から魔法騎士団の入団試験を開始をここに宣言する!」
見た目は細身なのだが芯の通ったしっかりした声をしている。クリウスの声がマイクも使わず会場に響き渡った。クリウスはさらに続ける。
「昨今、不穏な動きがあちこちで起きている。そしてそれを良いとは思わぬ正義の志をもった者たちを私は歓迎する。しかし、正義を執行するには力が必要だ!なので力無き者は帰ってもらうことになるので心して試験に臨むように!・・・ではあとは担当の者に任せるとしよう」
クリウスはそう言い残し会場を後にした。入れ替わるようにクリウスよりもかなり体格の良い、まさに筋肉の鎧をまとっているといっても過言でもない男が現れた。
「俺が今回の試験を担当するドズールだ!さて今から試験を始めるわけなんだが・・・ふむ、今回はこれまでに類をみない人数が集まった。これを一人一人丁寧に審査する時間は俺達には残念ながらない!」
ドズールは少し考えこういった。
「よし!今からここにいるもので番号札をかけて30分戦ってもらおう!そして30分間番号札を守りきったものを一次試験の合格者とする!そして一枚も奪えなかった者も失格だ!数の多さはそのまま合格に近づくことを忘れるな!ただし相手を殺してはならないぞ!」
ドズールの発言に闘技場に一気に緊張が走る。さっきまで談笑していた受験者たちも距離をとりだした。ドスールの言葉に受験者は一気に周りを警戒し始めた。
「はは!いい空気感だな!あ、この会場には魔法によるバリアがかかっているから闘技場の外まで影響が出ることはそうそうないので存分に魔法を使って構わないぞ!では俺がこの石ころを投げ地面に落ちた時を試験の開始の合図とする!」
そういうとドズールは手に持っていた拳くらいの大きさの石を放り投げた。静まり返る会場。
石の落ちた音が会場に響き渡る。同時に一気に怒声のようなものが上がった。
いたるところで受験者同士で戦いを始めた。
開始からすぐに脱落するものも現れた。自分の胸元から番号札を無くすとどうやら魔法の力で強制的に闘技場からはじき出されるようだった。
「おぉー・・・なんて光景だ。これまた原始的な試験だな」
その光景を少し離れたところから見ていたタクミ。
「恨みはないが覚悟しなっ!」
タクミに狙いを定めた若い男が襲いかかってきた。どうやら雷系の魔法を放ったようだった。
しかしこれを右手一本でハエを払うかのようにかき消すタクミ。その様子に口を開け驚く男。
「なっ!?そんな馬鹿な・・・!」
「悪いな。このくらいならどうってことないんだよ。うーん・・・あちこちで試験管のような奴らが見てるし、こういう時はアピールが大事だよな・・・とりあえず最初から派手にいきますか!」
両手を合わせ三角のような形を作り、呪文を唱えるタクミ。
「いくぜっ!ドラゴンフレイム!」
タクミの両手から炎の龍が現れる。現れた炎の龍はタクミの倍以上の大きさだ。それを見てさっきの男は後ずさりしながら地面に倒れこんだ。
「ちょ、ちょ!なんだよそれ!そんなのありかよ!てかそんなの喰らったら死んじまうって!」
男がタクミに叫び、訴える。
「大丈夫だって!魔法の扱いには自信あるから殺しはしないって!ちょっと熱いかもけどな!」
男の訴えをあっさり流したタクミ。
狙いを澄まして龍を男の番号札に向かわせる。
男は恐怖のあまり迫りくる炎龍から目をつぶり顔をそらす。しかし炎龍は男の番号札だけをきれいにその口で燃やしてしまった。
番号札をなくした男は会場から消え去った。
「あ・・・うっかり燃やしちまった。奪わなきゃいけなかったんだっけ?次は気を付けないとな」
その様子を周りにいた受験者も見ていた。炎龍をまとったタクミと目が合っただけで降参の意思を示し自分から番号札を剝がすものもいた。
完全に目立ってしまったタクミ。
「ほう・・・あいつなかなかの力を持っているじゃないか」
その様子を上から見ていたドズールが呟く。
「さーて、次は誰かなっ・・・ん?あぶね!」
闘技場を炎龍を連れ歩いていたタクミに槍のようなもので斬りかかってくる者がいた。
ギリギリでそれを避けたタクミ。
「へぇ・・・さすがだね。君結構強いみたいだね?ぜひ僕と戦ってほしいな!」
タクミに斬りかかってきたのは身の丈以上の槍を手に持ち、中性的で整った顔立ちをしていた。黄色い髪を後ろで結んでいたので一瞬男か女かわからなかったが、声から男だと分かった。まさに騎士のような恰好をしている。おそらく年齢は17,8くらいだろう。
「あっぶねぇな!今の俺が避けてなかったら死んでたぞ!」
「ハハハ。まさかあれくらいで斬られるようなレベルじゃないでしょ君は?僕の名はジュエル。改めてお相手願おうか?」
やさしい表情を浮かべているが、その眼はまるで獲物を見つけた猛獣のようだった。タクミから目を逸らすことはしない。
「俺はタクミだ。へっ!どうせ断っても逃がしてくれないんだろ!?なら相手してやるよ!」
「タクミか・・・さすがよくわかってるじゃないか。嫌って言っても遠慮はしない・・・よっ!」
そういうとジュエルは一足飛びにタクミの番号札を突きさそうとした。
それを風の刃で受け止めるタクミ。
「へぇ。炎だけでなく風も操れるんだね。この汎用性・・・君は精霊術使いかな?」
タクミの魔法を見て嬉しそうなジュエル。
「けど体の動かし方はそうでもないみたいだね。魔法以外の武術は苦手なのかな?今度は僕の力も見せてあげるよ!」
ジュエルが手に持つ槍を刃を空に向け地面に突き刺す。周りの空気が震えているかのようだった。
「今この戦場においてその力を我に捧げよ!オーディン!」
ジュエルが呪文を唱えると手にもつ槍が禍々しいものにその姿を変えた。膨大な魔力を秘めているのがわかる。ジュエルの槍と同じように雰囲気を大きく変えた。周りの地面がその魔力に圧されてかヒビ割れた。
これは・・・精霊術でもなきゃ、紋章術でもないな。ってことは降魔術ってやつか?
はじめてタクミが目にする魔法だった。
「さっきオーディンって言ってたよな?オーディンってゲームとかでよく聞く名前だよな?たしかなんかの神様だったっけ?・・・今のあいつは神様の力を借りてるってことか。」
初めて見る降魔術に驚くタクミ。
「これが僕の魔法だよ。それじゃあ行くよ?」
姿を変えた槍をタクミに構えるジュエル。その威圧感はさっきの比ではなかった。




