第903話 芸術かぁ。(さぁ。どう出る。)
昼食を取った武雄達は鈴音からの依頼の弦楽器問屋に来ていた。
「ん~・・・」
「どうですか?お客様。
こちらの大きい物はお客様の体格に合っていますし、練習する際には指の置き位置を確認しやすいですよ。」
男性店員に売り込んでいる。
「ん~・・・」
武雄は押しの強さに困っていた。
マイヤー達は早々に「私達はこの人の付き添いです」と逃げていた。
武雄はヴァイオリンは知っているし、チェロも見たことはある。
音楽もポップスは勿論だが、ジャズもクラシックも嫌ではないし、クラシックの有名所は押さえている。
だが、演奏をした事がなかった。
なので鈴音が欲しがる維持目的の部品がわからないのだった。
それに棚に並んでいるのはヴァイオリンと名が付いてはおり、パッと見は似ているが決定的に何かが違っていた。
胡弓や琴とか弦楽器は古くからあるイメージだが・・・
武雄はそう思いながらアズパール王国には鐘や銅鑼、太鼓は有っても弦楽器やピアノ等は無かったなぁと考えていた。
「弦楽器の原型は弓の空打ち音という説だったっけ?」と頭の片隅を過るが、「無いものは無いんだし、大事なのはこれから」とも・・・まぁ実質これについてはお気楽に考えていた。
「あの~・・・これが欲しいのですが。」
武雄が恐る恐る鈴音から依頼され王都のアスカムの店で書き写して貰ったリストを出す。
「あ。部品ですね。
どのくらい欲しいのですか?」
「あ・・・10セットで。」
「はい。畏まりました。
少々お待ち下さい。」
男性店員が奥に行く。
武雄は陳列されている弦楽器を見つめている。
「そういえば弦楽三重奏は聞いたことあるなぁ。
あれも迫力あったよね。
・・・そっち系の神が4名居たか。」
武雄はしばし考えるのだった。
・・
・
「お待たせしました。」
男性店員が品物を持ってやってくる。
「ありがとうございます。
あのこの首に挟みながら弾く型のやつですけど。」
「おぉ。やる気になりましたか。」
男性店員の顔が煌めく。
「まとめ買いしたら安くなりますか?」
「ん~・・・個数によりですかね~・・・
いくつほど買われますか?」
「・・・最低5挺ですかね。
最大は10挺、さっきのリストのやつは20セット欲しいと考えていますが。」
「すぐに店長を呼んで参ります!」
男性店員が走って再び奥に行ってしまう。
・・
・
武雄は店長と男性店員と座って話をしていた。
マイヤー達も同席している。
「なるほど。
キタミザト様はこれをアズパール王国の王家に送ると。」
「ええ。
アズパール王国でも似たような楽器は村単位とか小さい単位ならあるとは思いますけどね。
国単位で見るとこれから市場は作られていくだろうと思うのです。
・・・なので・・・まぁ。とりあえず王家なら人材は多いですから、適応力は高いかと思うので紹介から始めようかと思っています。
あとは見守るだけですね。」
「確かに楽器だけ有っても流行りませんか。」
店長が顎に手をやり考える。
「芸術関連・・・特に音楽はどうなるかは解りませんからね。
楽器が有れば根付く訳ではないし、演奏が出来る人が居れば流行る訳でもない。
弾き手と聴き手、その両方が噛み合わないとないといけないですから。
ウィリプ連合国はどうなのですか?」
武雄が聞く。
「そうですね・・・元々私は地方の珍しい楽器を収集して販売をしていたのですが、8年前ですかね。
あのヴァイオリンの形の弦楽器はあるかと聞いてきた青年がいましてね。」
「青年?」
「ええ。
簡単な構造・・・中が空洞で表板と裏板を中の木で繋げているとか簡単に書いたものですけどね。
まぁ。それを元にいろんな地方の楽器から近い物を探し、研究し今のヴァイオリンが出来たのです。
満足出来る物が出来たのが6年前、少しずつですがお客さんも付いていますし、他国にも少し卸しては居ますが、未だ鳴かず飛ばずですね。」
「・・・ヴァイオリンをアズパール王国に入れると進化する可能性があります。
それはどう思われていますか?」
武雄が聞いて来る。
「さて・・・楽器の進化とは芸術を始めとした文化があって初めて始まると思っています。
端的に言えば良き音楽と良き演奏者、そして良き聴き手が居て初めて成り立ちます。
そういった意味ではアズパール王国で独自に進化するのも止められるわけもなく。
楽器が生み出された場所が一番発展するわけではないでしょう。
私はどちらかと言えばそれを擁護する立場の人間です。
どんな楽器が生まれるのか。どんな音楽が出来るのか・・・まぁ私が生きている内に良い音楽が2つか3つ出来ればありがたいとは思っています。」
「そうですか。
ちなみに楽曲はどうやって継承をしているのですか?」
「楽曲?・・・あぁ音楽ですか。
えーっと・・・すまないが譜面を持って来てくれ。」
店長が店員に行って薄い本を持って来させる。
「こちらです。」
武雄は店員から渡された薄い本の中を軽く見て頷く。
本はしっかりと5線譜で書かれていた。
武雄は譜面は読めないので「ちゃんとした基盤はあるんだね」と思うに留まる。
「・・・そうですか。」
武雄が本を閉じ、店員に渡す。
「・・・店長さん。もし機会があればアズパール王国に出店される気はありますか?」
武雄は一旦目を閉じてゆっくりと目を開くと提案を始める。
「ほぉ。出店ですか。
向こうでヴァイオリンを?」
「正確には総合楽器店ですかね。
店長さんの趣味である楽器の収集とアズパール王国内でのヴァイオリンの製作、販売、整備をする店を出してみる気はありますか?」
「そうですね~・・・
キタミザト様はどうして出して欲しいのですか?」
「いちいち買いに来るのが面倒ですから。
それに他国だとどうしても納期が長そうですし・・・まぁ国内であれば他国に依頼するよりも早く届けてくれそうという安易な考えなのは否定出来ませんけども。」
「ふむ・・・私どもはウィリプ連合国内とアズパール王国内の楽器の進化を見つつ、双方の良いとこ取りをして楽器の統一性を出し、楽器の製造を一気に独占すると?」
「さて。独占が出来るのかというのはどんな物作りでも課題ではありますね。
真似は絶対にされます。
でもその中で老舗と言われる店は伝統を守りながらも変える所があれば柔軟に対応出来る技術力を有し、お客の好みを理解できる。末永く客に愛される商品を作っている所でしょう。」
「確かに。
私はこの職業を通じて人々の生活を豊かにさせたいと思っています。
音楽は無くても生活は出来る。でもあれば豊かに出来ると思っています。
あまり利益の事は考えていませんが、ですが、駆逐されるのは勘弁願いたいというのが本音ですね。
私も生活がありますので。」
「・・・なら・・・
例えば新規の・・・特注品以外の楽器の製造はこちらでして、特注品と売られた後の調整と整備を主にする店でも良いかもしれませんね。
ほら・・・こちらは労働賃金が比較的アズパール王国より低いですので価格面においてアズパール王国での普及では力を発揮するのではないですか。」
武雄が難しい顔をさせる。
「・・・あぁ。確かにアズパール王国の方々からすれば奴隷というのは受け入れがたい事でしょうね。
ですが、ウィリプ連合国ではこれで生活が成り立っているのも事実。
他国より安い労働力を持って大規模工房と大規模農業による生活水準の向上・・・国家としてある意味の理想でしょう。
奴隷から見たら堪った物ではないでしょう。ですが、この国家はそうなのです。
ですから私は音楽が必要と考えるのです。
音楽を聴いている時なら奴隷も少しは気が紛れるのではないか・・・とね。」
「・・・店長さん。その言葉はこの国では危ないでしょうに。」
「ははは。奴隷廃絶を唱えている訳ではありません。
うちの工房も奴隷はいますからね。
さっきも言ったでしょう。この国は奴隷が居る事で成り立っている国家です。
私もその一人。
だが奴隷という身分でも人格を無くせと言う程、私は奴隷を道具に見れないのです。
仕事はして欲しい。だが自由時間は好きに過ごして欲しい。
音楽をするのも良い。音楽を聴くのも良い・・・私共の奴隷職人の任期は最長50年としています。
なら長い時間を過ごすならよりどころが必要でしょう。」
「そうですか。」
武雄が頷く。
「キタミザト様。出店については考えさせてください。
また、10個のヴァイオリンですが今すぐ必要でしょうか?」
「そうですね。ドローレス国に行った帰りにまた寄りますのでそれまでに出来ていれば良いですが。」
「ほぉ・・・あちらに行くのですか・・・
なら帰りは最低でも1週間はかかるでしょうかね・・・
わかりました。おかえりの際にお寄りください。
アズパール王国の王家にお渡し出来る物を今の価格でご提供します。」
「よろしいのですか?」
「ええ。上手く行けば実入りが良さそうですからね。
最初に見ていただく物は良い品質の物を・・・いえ。これからも良い品質の物を入れさせていただきます。
ですので、お時間を頂きたいと思います。」
「わかりました。
では、アズパール王国に帰る際に寄らせて頂きます。」
「はい。
キタミザト様。10挺のヴァイオリンの予約を承りました。」
店長と武雄が席を立って握手をするのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。




