第754話 国王と皇帝の会談。3(親子の本音。)
「私にはエリカ・キロス殿と年齢が同じくらいの娘がおったのです。
私は仕事に邁進していました。自慢ではありませんが、心血を注いで仕事をしていたと自負しています。
ですが、ある時に娘と意見がぶつかってしまいましてな。
娘は家を出て行ってしまったのです。」
「そうですか。」
アズパール王が相づちを打つ。
「はい。
そして外に行くなら帰って来るなと言ってしまったのです。
お恥ずかしい話、娘に嫌われたのだと思っていました。
それから数日が経ち、ふとお茶を良く淹れてくれていたなと思う事がありましてな。とても寂しく感じました。
今にして思えば、ちゃんと送り出してやればよかったと思っています。
うちの娘はやる気になると寝食も忘れがちになる馬鹿娘でしてな。
しっかりとご飯を食べろ。良く寝ろ。そして・・・後ろを振り返らず前を向いて道を歩けと言ってやりたかったですね。
あの子はちょいちょい道端の小石で軽く足を捻るようなポカをします。
しっかりと前を向いて自分の進むべき道を見据えてゆっくりとでも良い着実に歩んで欲しいと願わずにはいられないですね。
娘の子の・・・孫の顔が見たかったものです。」
「そうですか。
元気にされているとよろしいですね。」
「ええ、本当にそうですね。」
アズパール王の言葉にカトランダ帝国皇帝が頷く。
「キロス殿、良かったですね。
ここまで感動されるお茶を提供できて。」
武雄がエリカを見ながら言ってくる。
「う・・・はい!本当に私程度のお茶で感動して頂きありがたく思います!
私も父親に断りを入れたとは言え移住をした身、こんなに嬉しい事はありません。」
エリカが涙をぬぐいながら言ってくる。
「へぇ。キロス殿の親御さんはどんな方だったのですか?」
「うちの父ですか?・・・
うちの父は帝国の10年、20年先を見つめる人でした。
自身に厳格であれ!民の模範たれ!節度と節約を徹底しろ!と皆に言っていて他者から厳しいという事も言われていました。
でもそんな父を私は尊敬し誇りに思っていました。
それにふとした瞬間に見せる優しい笑顔も寂しい顔も慈しみたいと思っていました。
この父の娘で良かったと何度思った事かわかりません。
私の場合は父が好きで弟が好きで街の住民も一緒に動いてくれる兵士達も好きでした。
私が移住する切っ掛けは僭越ながら御使者様と同じように父と意見の対立です。
ですが意見が対立をしても根底は民の事をどう考えるかという事で私心での対立はありませんでした。
そして父が一度決めたのなら家の中で分裂の切っ掛けがあってはいけない。
親子が対立するとそれに付け込む者達が近寄ってしまう。
なら私は早々に私の意見を聞く者がいない土地に行こうと思って家を出ました。
私はカトランダ帝国と関わり合いがない土地に就職をします。
父がしようとしていることは結果のみ私の耳に入るでしょう。
ですが、私の父は一度決断した事は完遂します。そういう決断が出来る父です。
政策については私は何も心配していませんけど・・・うちの父は自身の体調に鈍感で誰かが見てあげないとすぐに無理をするんです。
ちゃんとご自愛してくれるのかが心配ですね。」
エリカが笑顔で言ってのける。
カトランダ帝国皇帝が目を瞑って聞いている。目にはうっすらと涙が。
「そうですか。
キロス殿も大変ですね。」
武雄が「ふ~ん」と言ってくる。
「キタミザト卿はそう言いますが・・・大変ではないですよ?
私は私の意思でここに居ます。
この国に来て就職先も決まってやる事いっぱいなんです。
祖国の事は終わった事。
結果を聞いて一喜一憂はするかもしれません。
でもこの国がどう動くか、祖国がどう動くのかは私は知りませんし、祖国の政策についてこの国の人に伝える事は何もありません。」
「ええ。そうですね。
私達も別に知りたくないですからね。
自分達の判断は自分達の情報を元にするべきです。不確かな情報を気にする余裕はないでしょう。
私の所管する研究所の使命は国防力の向上。
カトランダ帝国の軍人の前で言う事ではないですが、私達は絶対に負けない為に研究をします。
それは相手がカトランダ帝国であろうとウィリプ連合国であろうと魔王国であろうがです。
異なる種族、異なる武器、異なる魔法を前に必要とされる物が違うのですからね。
あぁ、ある意味でキロス殿よりうちの方が大変ですね。」
「そうですね。
キタミザト卿は死ぬ気で働くしかないですね。」
「ん~・・・私もキロス殿の父上と同じように労わって欲しいですね。」
「それは私に誠意を見せれば労いの言葉くらいかけますよ?」
「手厳しいですね。
まぁ、言って頂けるように頑張りますかね。」
武雄が苦笑しながら言ってくる。
カトランダ帝国皇帝が武雄とエリカのやり取りを微笑みながら聞いているのだった。
「さてと、お茶は満足頂けたようですね。
総長、さっきのはどうしますか?」
「さっきの?総長、キタミザト卿は何を持って来たのだ?」
アズパール王が聞いてくる。
「こちらになります。」
「・・・ふむ。
キタミザト卿、これはどういう事かな?」
「そのままですが、どう対応すれば良い物かわかりません。
他人の空似という事も考えられますし、何も行動していないのに他国の者を捕まえる訳にもいかないかと。」
「確かにな。」
武雄の言葉にアズパール王が頷く。
「アラン殿、どうされましたかな?」
カトランダ帝国皇帝が聞いて来る。
「ふむ・・・キタミザト卿が貴国に行った際に目撃をしたそうですが、東町で盗みをしていた者と思しき者がウィリプ連合国の馬車の御者をしていたように見受けられるそうです。」
「・・・ふむ、カトランダ帝国でですか。」
「ええ。アズパール王国で何かしたという訳ではないので表立って束縛は出来ないでしょうが・・・監視はすぐに付けよう。
総長構わないな?」
「はっ!第二情報分隊より監視を向かわせます。
御者ならば今は詰め所でしょう。部屋を出る者を監視します。」
総長の言葉を聞いてすぐに2名の隊員が礼をして部屋を出て行く。
「さて・・・何しに来たのかだな。」
「一応、善人説を言えば改心して真っ当な職業に就いた・・・わけないですね。
王城への狙いは陛下の書斎か宝物庫ぐらいでしょう。
金品はウィリプ連合国にもありますから。」
ウィリアムが言う。
「大した物はないんだがなぁ・・・」
アズパール王が首を傾げながら言ってくる。
「アラン殿、それを陛下に言ったら怒ると思いますけど?」
総長が苦笑して言ってくる。
その場の面々も苦笑している。
「アラン殿、アズパール王国においての宝とはなんでしょうか。」
「それは貴国と同じで人材ですよ。
才能と発想が豊かな文官。屈強だが柔軟な思考をする武官。そして努力を惜しまない国民。
その全てがかけがえのない宝でしょう。
それに比べれば宝物庫の中身はガラクタでしかない。」
「全く持ってその通りですな。」
アズパール王の言葉にカトランダ帝国皇帝も頷く。
「おっと・・・もうこんな時間ですか。
申し訳ございませんが、私とウィリアムは所用の為、退出いたします。
総司令殿、カリスト殿、ごゆるりとお過ごしください。」
「お言葉に甘えさせていただきます。」
カトランダ帝国皇帝が返答をし、総司令が会釈を返してくる。
「はい。
ウィリアム、行こう。
キタミザト卿も着いてきなさい。」
「はい、わかりました。
総長。では私共はこれにて。」
「はい。二研殿、お疲れ様でした。」
武雄達とエリカもアズパール王と一緒に退出していく。
「総司令殿、すみません。
慌ただしくて。」
総長が頭を下げる。
「いえ・・・お心遣い誠に感謝しております。
そうですね、顧問。」
「はい、これ以上ないご接待を頂いています。
総長殿、感謝いたします。」
総司令とカトランダ帝国皇帝が笑顔で感謝を述べるのだった。
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