第719話 シモーナとブルーノの話。
ここはシモーナの商店「銀の月」。
「叔母さん!どういうことですか!?」
ブルーノがカウンターを叩きながら言ってくる
「ブルーノ、煩い。
何だって言うんさね?」
シモーナがカウンターで書き物をしていた手を止めて顔を上げる。
「これが怒鳴らずにいられますか!
ヴァレーリ陛下が新年の会合で『エルヴィス領のウォルトウィスキーがあるから今後10年は侵攻禁止』と明言されたんですよ!
アズパール王国のエルヴィス領との取引は叔母さんしかしていません!
何をしたのですか!?」
「はぁ?何もしておらんさね。
向こうから『新種の酒が出来たから魔王国で売れるか確認して欲しい』と依頼されただけさね。
うちの街は酒飲みは少ないし、私も味はわからないから王都の卸先に持って行って確認しただけ。
それに向こうは米とかいう穀物を探していたからね。ついでに聞いて来た・・・それだけさね。」
「米・・・その件についても我らの国内だけでなくブリアーニ王国が動きました!」
「そうさね・・・私もブリアーニ王国の侍女様から言われたわ。」
「どうしてこうなったのですか!?」
「しらんさね。」
ブルーノの剣幕にシモーナは真顔で突き放す。
「ブルーノ、そもそも政策に関してはお前たち領主組がする事。私達事務組は商いや農地を管理する事と住み分けているだろう?
私が陛下に何か言う立場にはないし、する気もない。
陛下がその指示に至ったという事は事前にお前が何もしなかったからじゃないのかい?」
「う・・・」
「会合はただの面合わせじゃないんだよ。
それは各領主だろうが私達商店主だろうが変わらない。
そこには駆け引きがあり、何かしら思惑があるものさね。
・・・まぁ良いさね、その辺はこれから学べばいい。
お前の言い方ならとりあえずウォルトウィスキーと米の輸出入は認めて貰えたと捉えるべきさね。」
「ええ!もう!各領主や王軍幹部を前に両方とも宣言しています!
最低でもその取引を成功させないと私の面子が保てません!」
「・・・商いを面子でしてどうするんさね?
向こうにも考えがあるし私達にもある。どう折り合いをつけるかというのが交渉。
良くなる時もあれば悪くなる時もある。その機微がわからなければ商いなんて出来ないさね。」
「ぬぐぐぐ・・・」
「そういえば会合で噂を聞いたんだけどね。
陛下が次期王の選定を発表したんだって?」
「ええ!私は侵攻は禁止されています!」
「領内が安定するさね。」
「手段が1つ無くなりました!」
「・・・まぁそうとも言うか・・・
で?どうするんさね?」
「こちらからはエルヴィス領に侵攻は出来ません。
ですが、8月中頃にパーニ殿の所で慣例の戦争をします。
それには参戦します。」
「初陣さね。」
「叔母さん、戦場には私も立っています。
見くびらないでください。」
「領主としては初めてさね。
・・・無理はするんじゃないよ?
うちが壊滅する事だけはしてはならんさね。」
「慣例の戦争です、そこまでの戦闘にはならないと思います。
むしろそこでどうやって武勲を上げるのか・・・」
「変な色目を出すんじゃない!
お前はまだまだだから陛下も禁止にしたんだろう!お前の指揮で皆の命がかかっているさね!」
「叔母さん、わかっています。
皆に意見を聞きながらしてきますよ。」
「当り前さね。
・・・最近、騎士団長を見ないが何かあったのかい?」
「領内を巡回しに行っていますが?」
「そうかい・・・うちの贔屓が来ないのは寂しい限りさね。
さて、ブルーノ、他に何かあるのかい?
ウォルトウィスキーも米も取引はするけど問題はないね?」
「やって貰わないと困ります。」
「はぁ・・・わかったわ。」
シモーナが深いため息を付くのだった。
・・・
・・
・
ブルーノが店を出て小一時間が経過した頃。
「戻ったぞ~。」
旦那が帰って来る。
「おかえり。」
シモーナは変わらずカウンターで書き物をしながら言ってくる。
「ん?またエルヴィス伯爵向けの手紙かい?」
「米の部分はブリアーニ王国からの輸出量をレバントおばさんと話をして価格も決めて問題はないだろうし・・・金貨10枚で500㎏を輸出しようと思う。
向こうの要求以上に仕入れる事を示せばうちの良い宣伝になるだろうさね。
だが問題はウォルトウィスキーが・・・何て説明すれば良いか・・・」
「あぁ、エルヴィス領は年間120本を予定しているのに魔王国からは国内に220本、ブリアーニ王国向けに30本、計250本。倍以上を収めて貰わないといけない件か。」
「どうしよう・・・まさかここまで増えるとは思いもしなかったさね。」
シモーナが複雑な顔をさせる。
「需要があるというのは朗報だろう。
だが・・・生産側にそれだけの余力があるか・・・
こればっかりは聞いてみないといけないな。」
「一応、酒の件は会合でのやりとりの概要を書いたんだけど・・・
はぁこれで送ってみるかなぁ。
アナタ、内容の確認をしてくれる?」
「うん、わかった。」
と旦那は中身を見始める。
・・
・
「んー・・・この国内の動きの部分は?」
「さっきブルーノが来たさね。」
「確度は高いか・・・さて・・・この部分はもう少しぼかすべきかな。
いくら何でも私達は魔王国の住民だ。
向こうにも負けて貰っては商売が厳しくなるが、かと言ってこちらが負けても意味はない。」
「でも、向こうの伯爵も子爵もぼかしてもわかりそうだけどね。」
「ならなおの事ぼかすべきだな。
どこで中身が見られるかわからん。」
「まぁそれもそうか。
じゃあ書き直して送るさね。」
「あぁ、そうしてくれ。
と、そうだ。王都から持ってきた不味い干物はどうするんだ?」
「一緒に送るわ。
私食べないもの。」
「・・・何で貰って来たかな?」
「レバントおばさんが『アズパール王国で売れるかな?』と言っていたから向こうで試して貰うわ。
たぶんダメだろうけど。」
「その辺の経緯も書いた方が良いな。」
「そうね。」
旦那はため息をつく横でシモーナが新たに手紙を書くのだった。
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