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第63話 招待

「それで、話とは?」


 日が沈み、辺りがうす暗い闇に包まれ始めた頃。

 ファスターの街に点在する騎士寮の一室で、天竜騎士団長ヴィオランティと、撃災の英雄『永遠なる影炎を駆る漆黒のシャドウフレイムプリンス貴公子』こと影炎(カゲロウ)の話し合いが始まった。


「うむ。

 ――カゲロウ殿。大陸に未曽有の被害を齎したであろう災害個体を単独で討ち果たし、未然に食い止めた貴殿の功績は大きい。

 イーセン王陛下はそれを直々に讃え、褒美を取らせると仰せだ。

 ……要するに、王城へ招待されて陛下に拝謁してくれぬか、という話じゃ」


 傍らで聞いていたリーシウが眉を跳ね上げるが、その功績を思えば至極当然の事かと思い到る。


「……私がやらずとも、貴方方騎士団の者達が討っていただろう」


 そんなリーシウをよそに、カゲロウはどこか戸惑っているような声で、遠まわしに辞退しようとした。

 護であれば確実に逃げ出しそうなものだが、カゲロウとしてもあまり歓迎出来る事態ではないようだ。


「無論、その自負はあるがの。

 実際にそれを成したのはお主じゃ。お主が行かねばなるまいよ。

 ……どことなく嫌そうなのは分かるのじゃがな、せめてもう少し隠してくれんか? 一応、陛下に拝謁を賜るのは名誉な事なのじゃぞ」


 全身から嫌そうな雰囲気を漂わせるカゲロウに、呆れるようにヴィオランティは言った。一応などと付けるこの老竜人も大概だが。

 話は続く。遠まわしな辞退などでは、話を止めるつもりは無いようだ。


「ふぅ……まあよい。話を進めさせてもらうが、

 ――ただ、王の御前に素性の知れぬ者を寄越すわけにはいかぬ。それも災害個体を単独で屠るほどの強者であれば猶更のう」


 ヴィオランティ個人としては、なんとなくこの者は大丈夫だろうと感じてはいるが、他の家臣が納得しないだろうし、警護の観点から問題がある。

 いかに英雄と持て囃されている人物であろうと、どこの誰とも分からない者を王の前に遣わせる事は出来ない。

 最低でも経歴を洗い、前科が無いかどうかを確認する。

 ひとかどの人物であればその名にある程度の信用が持てるし、万が一の事が起きた時、顔を知らなければ手配する事も出来ない。


 とはいえ、それはやはり当然の事で。しかし一冒険者が王直々に功績を称えられ、褒美を賜るというのが大変に名誉である事も本当だ。普通は喜んで招待に応じる。


 だと言うのに――


「そうなのですか。いや、それは実に残念だ」


 声から喜色を隠しきれていない。本当に失礼な男である。


「…………あー……。そこで、じゃ。カゲロウ殿よ。

 真の名を明かし、その兜を脱ぐつもりは無いか?

 その上で、あまり名を広めたくないと言うのなら、こちらも出来うる限りの配慮はするつもりじゃ。最悪、謁見の際もその装いのままでもよい。

 その場合、重臣達と事前に面通しをしてもらう事にはなるがな」


「……過分なご配慮に感謝する。

 しかし、素性を明かす事は出来ない。素性を明かすくらいならば、私はこの国を離れねばならない」


 正確には、ただでさえ街中、あるいは国中で噂されている現状にいっぱいいっぱいだというのに、一部の者にだけであろうと自身にとっての恥シャドウフレイムプリンス自分(マモル)の事だと知られていると考えた時、とてもじゃないが素の自分が耐えられるとは思えず、恐らくは逃げ出すだろう、というのが正しい。


「なに……? それほどまでに受け入れられぬと言うのか」


 カゲロウの過剰なまでの拒絶の意思に、あるいは逃亡者なのやもしれないという考えが浮かぶ。

 とはいえ、それだけの理由で断定するのは早計に過ぎるだろう。

 ヴィオランティは意を決し、表情の見えないカゲロウに問いを放った。


「理由を……問うても良いかね?」


「……ふむ。まあ構わないか」


 ヴィオランティは返ってきた答えに瞠目する。

 意を決して尋ねてはみたものの、恐らく教えては貰えないだろうと思っていたのだ。それが存外にあっさりと了承されるとは。

 僅かに緊張を帯び、続く言葉を待つ。


「……私はね、そう、とても恥ずかしがりやなのですよ。顔が隠れていなければ貴方方の様なお偉方とは話す事もままならぬ程にね」


「お主のう……いくらなんでもその理由は無いじゃろう。誤魔化すにしても、もう少しましなものにしてくれんか」


 ヴィオランティの口から、重い溜め息が出る。

 世の中には確かに、様々な理由から人の視線を受ける事を恥ずかしく思う者はいる。しかしヴィオランティにはとても目の前の人物がそうであるとは、微塵も信じる事が出来なかった。

 あの災祭の夜、数百を超える熟練の騎士達に囲まれていて尚、動じる事無く傲岸不遜な態度を崩さなかった者を、どうしてそのような小心者と思う事が出来るだろうか。


「おや、お気に召さないか。

 ……実は手配中の重犯罪者なのだ。とでも言えば良かったかな?」


「災害個体をすら打倒する重犯罪者なぞ、それこそ冗談ではないわい」


 まさか本当に恥ずかしくて兜が脱げないのだとは思いもよらず、かといって逃亡者であるという判断もつかない。こうなってはもうお手上げである。

 力ずくで兜を奪おうにも、相手は災害個体を単独で打倒するほどの手練れ。

 仮にそれで正体が暴けたとしても、決して今後の関係を良好なものにする事は出来ないだろう。本末転倒である。


「お主が素性を隠したいというのはよおく分かった。ついでに意地の悪さもな。

 ――じゃが、本当に良いのじゃな? 王の拝謁を断るのじゃ、例え陛下ご自身が許されようと、周囲の者は決してお主を快くは思わんじゃろう。

 素性を隠している今は良いかもしれんが、もしそれが(つまび)らかにされた時、お主は苦境に立たされるやもしれぬ」


「ええ、構いませんよ。

 一国の王に対して礼を失しているのは理解しているが、私にも譲れないものがある。こればかりは仕方ないと割り切るしかないでしょう」


「……分かった」


 ヴィオランティは今日何度目かの溜め息を吐いて気持ちを切り替え、最後の話を切り出す。


「最後に一つ。

 これはプラチナランク以上の冒険者に対して、常に持ち掛けている話じゃが……カゲロウ殿よ。お主、このイーセン王国と専属契約を結ぶつもりは無いか?」


 カゲロウの冒険者としてのランクをヴィオランティは知る由も無いが、災害個体を倒したという実績、自身の索敵を掻い潜る程の隠形、間違いなくプラチナランクの実力はあるであろうと踏んでいる。


「と、言うと」


「まず、これを(あらかじ)め言っておくが、素性を隠していても構わないし、イーセン王国専属とは言っても、基本的には行動を制限する事は無い」


「……ふむ。基本的に、とは?」


「うむ。平時であれば所属を気にせず、好きに過ごしてくれて構わぬ。が、有事には冒険者ギルドを通して強制召集がかかる。

 此度の災害個体ほどの大事はそうそう無いが、国内では程度に差はあれど様々な問題が起きておる。

 無論、その土地の兵士が収めるべき事ではあるが、手に余る出来事というのも往々にして存在する。その場合は王都より精鋭を派遣するか、近隣に既に派遣されている部隊があればそれを対応に当たらせるのじゃが……この国は広く、どうしても間に合いそうに無い時、付近の国家所属冒険者が事態の収拾を任されるのじゃ」


 当然そのような事態であれば、その土地の領主なりギルドなり主導の召集がかかるが、その場合の強制力は意外に低い。

 参加を拒否した場合、少なくない額の罰金を支払わなければ、どこの都市へ行こうと冒険者ギルドを利用する事が出来なくなる。が、最悪、支払わないままでも生きていく事は出来るし、プラチナランクの冒険者ともなれば十分に支払える程度の額だ。


 しかし、国家所属冒険者となれば話は違ってくる。

 罰金の額は都市一つ建造出来るほどに跳ね上がり、支払う事が出来なければ、必要経費だけは保障されるが、向こう十数年はただ働きを強制されるのだ。

 冒険者ギルドも若干の手数料を差し引く事を許されているため国に協力的で、通常依頼の報酬も全て国へと回収される。

 そして、罰金の支払いを拒否して逃げ出せば、国中に手配書が回される。

 通報があれば他の国家所属冒険者が差し向けられ、捕縛が難しければ殺されてしまう事もある。逆に追手を殺してしまえば、それこそ重犯罪者として今度は大陸中に手配されてしまうのだ。

 まあ、プラチナランクにまで達していながら、そこまで愚かな判断をした者は過去一度も現れた事は無いのだが――精々が十数年のただ働きまでだ。


「また、他国への移動も咎める事は無いが……もし、仮に。他国と事を構える事があらば、その時は即座に当国へ戻り、戦列に加わってもらう」


 これも罰則に関しては同様。

 つまりは実際に国家所属冒険者が運用される事はそこまで多くなく、自由に行動出来る期間がほとんどだと言う事だ。


「ああ、一つ、重要な事を言い忘れておった。

 国家所属冒険者となった場合、活動拠点を移す際、そして新たな拠点が定まった際に、冒険者ギルドを訪れて報告する義務が生じる。

 活動拠点を移す時は、次の目的地も伝えておいてくれると助かるの」


 緊急事態が起きた時、国家所属冒険者がどこにいるか把握しておかなければ召集のしようがないのだから、当然と言えば当然だ。


 いくつかの注釈と共に罰則に関しても説明したヴィオランティは、冷めてしまった紅茶を啜り、渋みに眉をしかめながらも一息つく。


「……ふう。義務と罰則に関してはおおよそこんな所じゃな。

 後は所属契約を結ぶ事でどのような益があるのか、じゃが……。

 おおまかに言えば、月毎の給与、活動資金の援助、高名な鍛冶師や商人への紹介、手に入りにくい物品の融通、様々な情報の提供等、他にも国の管理下にあるものであればある程度の融通は利かせられる。

 無論、どれも基本的に国内での利用に限られるがの」


 細かい部分を言うなら、活動資金の援助は要するに借金だ。

 一部の商人やそれ専門の金貸しからでも金を借りる事は出来るが、場合によっては利子が借りた金の数倍になる事もある。

 だが国からの資金援助を受ける場合、無利子無担保で高額の融資を受ける事が出来る。当然"国家所属冒険者"という立場の()()があってこその話だ。

 とはいえ、仮にもプラチナランクまで上り詰めた者達が金銭に困る事など、余程の事情でも無ければありえないのだが。


 高名な鍛冶師等の紹介は、あくまでも紹介するだけであって、必ずしも良好な関係を築けるという訳でも無いが、将軍級の騎士も懇意にしている程の者達を紹介してくれる。

 手に入りにくい希少な物品を融通すると言うのも、まあ当然支払いは自分でせねばならないが、多少時間が掛かっても大抵の物は用意してくれる。

 提供される情報は軍事機密等を除いた上、一部目的も確認される事もあるが、多種多様な情報のかなり正確なものを手に入れる事が出来る。


 まさに至れり尽くせりと言えなくもない――が、プラチナランクの冒険者ともなれば()()、それに至るまでの過程で各々独自の伝手を作っているもので、案外それほど魅力的には見られていなかったりするのである。

 まあいいか。程度の気持ちで契約する者達もそれなりにいるのだが。


「――とまあ、おおむねこんな感じかのう。

 ここまでで何か質問はあるかね?」


「そうですね……。

 私に正体を明かすつもりが無いのはご存じだろう。国家所属とは言え、それだけの待遇を私のような者が受けられるのかな?」


「ふむ。そうじゃな、決まりがあるわけでは無いが、所属証と併せてギルドカードを提示するのが一般的ではある。それによって多少手続きの手間が減る事もあるからの。

 とは言っても、所属証のみの提示でも問題は無いはずじゃ。何なら、儂が一筆書いておけば多少の無理は通るじゃろう。無論、国内に限った話じゃがな」


 国王の信頼も篤い、天竜騎士団の長からの紹介状。

 確かにそれならば、下手な中堅ランク冒険者のギルドカードなどよりもよほど信用を得る事が出来るだろう。

 なにかと話題になっている『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』が、大物の紹介状を持って訪ねてきたとなれば、どこへ行っても騒ぎにはなるだろうが。


「なるほど、ありがたい話ではある。

 しかし、私などをそこまで信用して本当によろしいのか。何かあれば貴殿に累が及ぶのですよ」


「ふ、構わんよ。

 これでもこの国に長く貢献しておるのだ。若者の尻拭い程度をしたところで、今更揺らぐほどやわではない――……言っておくが、限度はあるからの?」


 最後の一言は余計だが、なるほどこれが大国の将かと思わせる貫録があった。


「ふふ。さて、どうしたものか……少し、考える時間を頂けるかな」


 思わせぶりに笑い声を零しながら、カゲロウは思考を巡らせる。


 契約を結ぶ事で享受出来るメリットは概ね分かった。

 借金だけは絶対にするつもりは無いが、他者との繋がりに乏しいカゲロウにとって手に入れ難い、スキルでは得る事の出来ないタイプの情報の提供や、この先世話になるかもしれない高名な人物達への橋渡しをしてくれると言うのは、一概に切って捨てられる話では無い。


 問題があるとすれば、活動拠点を移す際にカゲロウとマモルの移動するタイミングが完全に一致してしまう事だろうか。

 一般的な冒険者は拠点を移す報告をする義務は無いのだが、調べればカゲロウと活動を同じくする冒険者を絞り込む事は出来るだろう。

 誤魔化しようが無いわけでは無いが、あまり頻繁に拠点を移動するような事があれば、正体を看破される可能性は非常に高くなってしまう。


「…………」


 ヴィオランティは、黙考するカゲロウに結論を迫る事はせず、控えていた副官に紅茶のおかわりを三人分頼む。

 リーシウは出された茶菓子に手を付けながら、じっとカゲロウの観察を続けていた。




忘れた頃にひょっこり

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