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第62話 それから

「――それにしても、『永遠なる影炎を駆る漆黒の《シャドウフレイムプリンス》貴公子』とは一体何者なのか……」


 二人が固い握手を交わしてからしばらく後。

 取引の詳細を詰め、運ばれてきた紅茶を啜りながら一息ついていた時の事だ。

 リーシウは思わずといった風にぽつりと呟いた。


 その呟きに興味を持ったように視線を向けてきたヴィオランティに気付き、リーシウは慌てたように言葉を付け足す。


「ヴィオランティ殿はかの者と直接相対したと聞き及んでおりますが、どのような者でありましたか?

 私も調べさせてはいるのですが、不確かな噂ばかりが集まって、まるで正確な姿が掴めぬのですよ」


 リーシウはこれまで行方不明者の捜索に関しては協力関係にありながらも、思惑の違いから『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』を積極的に探そうとはせず、騎士団の者からも詳しい話を聞いてはいなかった。が、この際だ、聞ける事は聞いておくべきだと思い直した。


「ふむ。ところでその噂とは、どのようなものがおありで?」


「む……そうですな。比較的信憑性の高いものでしたら、認識阻害の魔術がかかっているのか、ぼんやりとした黒い鎧らしきものを身に纏った大柄な男だ、というものがありますな。

 疑わしいものでは、大昔に作られた自律型の黒いゴーレムが何かのきっかけで起動したものだとか、過去の英雄がダンジョンの中で蘇ったとか、偶然この大陸にいた黒妖種の魔人がファスターに立ち寄っていたのではないか……と、まあこんなものでしょうか」


 突拍子の無い想像が含まれているものの、『人型』で『黒い』という部分が共通しているのは、やはり『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』という名称故か。


 ちなみに黒妖種とは数多くいる魔人族の一種で、スキルを取得するまでも無く感覚的に影魔術を使いこなし、濃淡に個人差はあるが生まれつき肌が黒いのが特徴の種だ。

 とはいえ、彼らのほとんどははるか遠方、海を越えた向こうにある大陸に住むとされている。

 リーシウらのいるボルアス大陸では、そうそうお目にかかる事は無いのだ。

 ……まあ魔人族だから強い、というわけでも無いのだが。恐らくは黒ずくめの姿から連想されたのだろう。


「ほう。古(いにしえ)のゴーレムに英雄、黒妖の魔人、のう…………ククッ。

 ああ失礼した。噂というのも存外、馬鹿に出来ぬものですな。

 その三者はともかく、領主殿が始めに挙げた黒い鎧の男。多少差異はあれど、外見の特徴はおおよそ合致しておりましたぞ」


「それは。是非ともお聞かせ願えますか」


「うむ…………うむ? (これは……ようやくのお出ましと言うわけか)」


 ――ふと、ヴィオランティは何かを探るように目を細め、あらぬ方向へと視線を向けた後、何かを口の中で呟いた。


「ヴィオランティ殿? どうかなされたか」


「いや、何でもない。気のせいであろう」


 言葉とは裏腹にヴィオランティの雰囲気は楽しげで頬はにやつき、鋭い竜牙を口元に覗かせていた。


「……そうじゃな。まず男であったのは正しかろうが、少なくとも大柄というのは間違いじゃろうな。儂の胸ほどにも届いておらなんだわ。

 声からも若さを感じられたし、案外子供だったのやも知れぬな」




「貴方からしてみればこの大陸の大多数の人族は皆、子供のようにしか見えぬだろう。私に気付いておきながら、あえて気付かぬフリをして人をからかおうとは、存外貴方もお人が悪い」


「――ッ!」


 その声はリーシウのものでもヴィオランティのものでもなく、しかし二人しかいなかったはずの部屋の内側から聞こえてきていた。

 予期せぬ第三者の存在にリーシウは警戒をあらわに立ち上がり、ヴィオランティは変わらずゆったりと椅子に座ったままであった。


「はて、何の事であろうな、到底見当もつかぬわ……さて。

 ――何者か! 姿を見せよ!」


 わざとらしくとぼけて見せたかと思えば、キリッ! と表情を引き締め、扉付近の影に向かって誰何(すいか)するヴィオランティ……色々と台無しである。


 鋭い……視線を向けられた影が波打ち、中から音も無くゆっくりと、黒装の鎧を纏った何者かが現れる。


「ご歓談中の所失礼する、お二方。

 領主殿におかれましてはご機嫌麗しゅう。私めは巷で『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』と呼ばれている者でございます」


「『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』……! それは真かっ?」


 嘘か真か。

 もし本人だったとして、何が目的でここにやって来たのか。

 人となりについて不確かな伝聞でしか知らず、それこそこれからヴィオランティに教わろうとしていたリーシウにとって、この状況は気が気では無かった。


「う……む? 以前とは些か装いが違うようにも思えるが……この声、この霞の如きかすかな気配、まず間違いなく件の英雄であろうな。

 ……ところで英雄殿よ。儂への態度に比べ、領主殿には随分と丁寧ではないかの?」


 久方ぶりにこの街に現れた『永遠なる影炎を駆る漆黒の貴公子』その装いは確かに変わっていた。

 四肢のまるでハンマーのように肥大化していた部分は、大幅に削られて常識的な手甲のサイズに収まっており、他にも各所に見られた鋭角的な部分は滑らかに。

 接合部の隙間に揺らめいていた黒い炎も今は鳴りを潜め、ぼんやりとした黒い影がその隙間を埋めている。

 戦闘に特化していた無骨な黒き炎鎧は、全体的に見た目重視の改装がなされていた。


「気のせいではないかな。久方ぶりですね、騎士団長殿。

 しかし英雄などと、一冒険者にすぎぬ私には過分なる誉れ。どうか『影炎(かげろう)』とでも呼んで頂きたい」


 釈然としない様子で問い質すヴィオランティを、しかし彼はまともに取り合わず、本題に入る。


「先日この街に戻ってきた所、何やら一部不穏な雰囲気が流れているのを感じたのでね。聞けば、ア(・)レ(・)の素材の処遇を巡って方々で揉めているとの事。それも私の名が大きく関わっていると聞き、こうして馳せ参じたと言う訳ですよ」


 カゲロウと名乗る撃災の英雄。

 リーシウは身構えながらも、その人物を見極めるようにその一挙手一投足を眺めていたが、やがて大きく息をつき、再び椅子へと腰を下ろした。


「まずは領主として、この街を、ひいてはあの災厄に散らされていたであろう民達を救ってくれた事に礼を言おう。感謝する、カゲロウ殿。

 それで――確かに今、素材の処遇、除石薬の材料を求めた一部の者達と騎士団の方々との間で好ましくない騒動が起きており、その遠因は貴殿にもある。

 ……だとして、貴殿はいかなる答えを示してくれるのだ?」


 カゲロウに問いかけるその眼は恐ろしく真剣だ。

 例え、全て引き取る。などと言われようと、リーシウに簡単に引き下がるつもりは無いが、こうして現れてしまった以上、その一言はファスターの今後を大きく左右するだろう。


 ごくり。と、誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。


「どうやら私の見通しが甘かったのか、無用な混乱を招いてしまった様子。

 騎士団の方々の善意には感謝するが、元よりアレの回収は諦めていたのです。

 冒険者の間では、放置された獲物は回収者の物――であれば、後は回収者である騎士団の長、貴方の判断に委ねる」


「……よいのか? 儂らにも騎士の流儀と言うものがある。

 一言望めば、強力な武具にもなりえ、巨万の富にもなるであろう希少な素材を、お主の手に取り戻せるのだぞ」


 やめてほしい。リーシウは半ば本気でそう思った。

 ヴィオランティに任せると言うのだから、もうそれでいいではないかと。


「それほどの大金、手に入れた所で正直扱いに困るのですよ」


 カゲロウは実際、金に困っていなかった。

 ソロの冒険者の利点と言うべきか、稼ぎが全て懐に入るし、武具は素材から加工してもらう事である程度節約している。

 購入する消耗品も一人分だし、高価なポーションは時期を見て買い替えるものの、回復魔術がある事もあって未だに使った事が無い。蓄えは十分にあるのだ。


 ……こうして要因を羅列してみると少し物悲しくなるが、ともかくカゲロウは大金への執着心が薄く、必要な物をいつでも買い揃えられる程度の蓄えがあればそれでいいと考えていた。


 何より、一度はいらないと引っ込めた手を、やっぱり欲しいと手の平を返すなんて格(・)好(・)悪(・)い(・)。

 少なくとも今(カ)の(ゲ)自(ロ)分(ウ)は、絶対にそんな事をしない。

 仮に後で後悔するとしても、それはその(マ)時の(モ)自分(ル)の役目だ。


「やはり先ほども申し上げたとおり、アレは回収を諦めていた物。既に他人の物と言う認識が濃い。それに……」


「それに?」


「武具の素材として一番いい所は頂いているのでね」


 そう言ってずるりと影の中から取り出されたのは、うっすらと光を反射する、カゲロウと同程度の大きさをした灰色の何(・)か(・)の塊――否、欠片だった。


「……その色、その質感には覚えがある――じゃが、それは……」


 その灰色の欠片からは、魔力感知のスキルを取得していない者でも感じられるであろうほどに濃密な魔力の残滓が感じられる。

 そう、それは死に直面した『石獄永夜の巨岩殻下等竜』が必死に抵抗し、極限まで魔力を集中させた頭蓋骨の頭頂部の欠片だ。

 カゲロウに砕かれてしまったとは言え、その硬度はそれこそカゲロウ自身が保証できる。

 まあ、加工する職人にはご愁傷様、と言った所だが。


「おぉ……」


 その説明を受けて、ヴィオランティは肌を粟立(あわだ)たせ、リーシウは初めて見る災害個体の素材、その骨片に残る濃密な魔力に中てられたように体を強張らせ、短く呻いた。


「まあこれはともかく。

 悲嘆に暮れる民を救うために私の一言が必要だと言うのなら、好きにしてくれて構わない。と何度でも答えよう」


「…………分かった! カゲロウ殿よ、その決断に感謝する。

 リーシウ殿、今の言葉、お聞きになられましたな? ……リーシウ殿!」


「……あ、っええ。……ええ!」


 呆然とした様子で生返事をしたリーシウは目を瞬かせ、ヴィオランティに力強く答える。


「感謝する、カゲロウ殿……っ!」


 そしてカゲロウへと深く頭を下げ、感謝の意を示した。


「なに、その言葉は受け取らせてもらうが、私もこの街には世話になっている。お気に召されるな」


 カゲロウの答えは二人がいくつか予想していた答えの内の一つであったが、実際にそうなった場合の取引の詳細はまだ決まっていない。

 つまり、これからヴィオランティと二人で話し合わねばならないのだが、素材の所有者と喧伝していた英雄(カゲロウ)の了承を得られた以上――薬に必要な部位は除くとしても――ヴィオランティが全ての素材を引き渡す理由は無くなった。


 しかし、リーシウとしても出来る限り買い取り、その上で儲けを出さねばならない理由がある。

 街の復興に充てられる資金の補充は勿論の事、よりにもよって祭りの日に多数の死傷者を出したファスターからは既に出ていった者もおり、これからしばらくはこの街に来る人の足も遠のくであろう事が懸念されていた。

 比較的難易度の低いダンジョンを擁しているだけあって、経験の浅い冒険者が集まりやすい街ではあるものの、以前の賑わいを取り戻すまでは、ファスターの経済を十分に支えるための蓄えがあるに越した事は無いのだ。


 大きな交渉に臨むべく、リーシウは厳つい顔を引き締める――のだが。


「では、後の事はお二方にお任せする。私はこの辺りで失礼させて頂くとしよう」


「――ま、待て待て! 待つのじゃ!」


 再び影に沈み、姿を消そうとしていたカゲロウを、ヴィオランティが慌てて呼び止めた。


「……む?」


 前回と違って制止が間に合ったのか、中途半端に影の中に飲み込まれた姿で留まるカゲロウ。その姿は少し間抜けだ。


「お主にいくつか話があるのじゃ。少し付き合ってくれんかの」


「私に、ですか。……ええ、構いませんよ」


 頷き、影に足を沈めたまま床へと腰かけるカゲロウ。

 それを確かめたヴィオランティは、リーシウへと向き直って軽く頭を下げた。


「すまぬ、リーシウ殿。これを逃せば次があるかどうかすら分からぬのでな、先にこちらを済ませてもよいか?」


「あ、ええ。そういう事でしたら仕方ありませんな。……出来れば手短にして頂けると助かりますが」


 リーシウは内心溜め息をつきながらも承諾する。

 しばらくは夜通し書類と格闘する事になるであろう未来が、容易に想像出来てしまったからだ。




もうなんか口調が混ざり合って私の中でちゃんぷるーになってます。


『永遠なる影炎を駆る漆黒の《シャドウフレイムプリンス》貴公子』改め『影炎(カゲロウ)』となりました!ださかっこ・・・いい!

これですごく書きやすく呼びやすく・・・!

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