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ゾク・オカルトマニア  作者: 夢野かなめ


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1話 トンネルの怪

「うわー……着いちゃった」


 鬱蒼と茂る樹々に埋もれるようにして在るトンネルを前に、稲田(いなだ)卓也(たくや)は言った。


「当たり前だろう。此処を目的地にしていたんだからな」


 暗闇の中に在って尚、闇(くら)いトンネルの先を見通すようにしながら、三隈(みすみ)清孝(きよたか)が鼻で笑う。すかさず稲田は三隈の頭を小突き、そうしてから小さく呻いた。


「いや、俺に運転させといてその態度は何だよ。てか、こえー」


 言いながら、手にした懐中電灯を点け、トンネルの方へと向ける。


 灯りが点いたことで、ぼんやりと照らし出しす丸い光の外の暗闇は一層濃くなった。そのことに小さく息を呑んでから、きょろきょろと辺りに灯りを向け、じっと佇んでいる三隈に意識を向ける。


「んで、此処では何が起きるんだっけ。車の……幽霊だっけ?」


「あぁ」


 薄暗がりの中で三隈は笑みを浮かべ頷く。それに稲田は呆れたような気分で口を曲げ、言った。


「車の幽霊ってなんだよ。何だっけ、付喪神みたいな──」


「静かにしろ」


 突然、稲田の話を遮った三隈は、口の前に指を立てたまま、真剣な顔でトンネルの先を見つめ、耳を澄ませている。その視線を追った稲田の耳に、微かな音が届いた。


 ブゥウウウン……。


「あ……」


 思わず漏れ出た声に、三隈が素早く稲田の口を手で押さえ込んだ。


 そのまま動かないでいる稲田達の許へブゥウウンという音は近付いて来ると、トンネルの中がいっぱいに明るくなり、やがて一台の車が姿を現わした。


 車二台がすれ違うのがやっとくらいの幅しかない道を、その車は随分な速度で走り過ぎて行く。


 それを視線で追ってから、稲田は三隈の手を剥し退けた。そうして、少しばかり緊張を滲ませた声で訊いた。


「……あれが、幽霊車?」


「だろうな」


「……めっちゃ、普通に車だったけど。何か、古いクラウン……でしょ、あれ」


「そういえば、そんな風に言われてるな。俺は詳しくないが」


 そう答えてから、三隈はじとりとした視線を稲田に向けた。


「この間、動画を見ている時もそうだったが『お判りいただけただろうか』の後は暫く黙れ。車が近付いてくる音が途中でお前の声に遮られた。これはお前にとっても損失だぞ。最大限に心霊スポットを楽しむという──」


「はいはい。悪かったって。てか、俺はもう十分過ぎる程恐怖を感じてるんだよ。こんな暗い場所にいるだけで怖いっての」


 稲田は、「はぁ」と息を吐き、それを誤魔化すようにパッパッと懐中電灯の灯りを振ったが、それに反応したように、樹々のその奥からガサガサという音が届き、慌てて灯りを固定した。


「え、なになに……熊か。いや、幽霊か⁉」


 それをちらと見やった三隈は、何の反応も返さずに無言でトンネルへと歩き始めた。


「あ、おい。置いてくなよな! てか、お前懐中電灯点けないのかよ」


 肩越しに振り返った三隈は、稲田の懐中電灯を指差した。


「お前のがあるからな。しっかり照らしてくれよ」


 そう言って再び歩き出す三隈に、ふと悪戯心が湧いた稲田は、その場で立ち止まり、じっと三隈の後ろ姿を照らし出した。三隈は構わず歩き続け、ついには灯りの外に出てもトンネルの暗闇へと向かって歩き続ける。


 ──くそ……。俺が追って来ない訳ないってか。


 こうなることは判り切っていた筈なのに、稲田は試さずにはいられなかった。


「あー、もう! ちょっと待てって。あぶねーだろ!」


 稲田は慌てて三隈を追い、再び灯りの中に現れた三隈がにんまりと笑みを浮かべているのに、慣れた手つきで軽く頭を小突いた。




 ジャリッ、ジャリッ、ジャリッ──。


 ピチョン──ピチョン──。


 靴音に混じって、何処かから水音が響いている。


「うーわ……なんか本当ジメッとしてるし、空気悪ぅ」


 そう言う稲田の声が、わんわんと響いてトンネルの奥に吸い込まれていく。


 トンネルの隅を並んで歩いている二人は、所々で辺りを懐中電灯で照らし、観察しながら進んでいた。


「此処って、他には何にもないんだっけ? 車の幽霊だけ?」


「今の所、それ以外に聞いたことはないな。坂上(さかがみ)からも本で読んだのと殆ど同じ内容を聞かされたし」


「あー、後輩君?」


 坂上良平(りょうへい)は三隈の大学時代の後輩で、以前に三隈がこのトンネルのことを教え、友人達と訪れたことがある。その際にあまりの恐怖体験に慌てて逃げ、一人が全治一か月の怪我を負った。それを三隈は「生きて帰れて良かったよな」の言葉で済ませていた。


「あれ以来、やたらと絡まれる。『安全な心霊スポットないですか』とかな。安全な心霊スポットって何だ。大抵はある程度の危険が伴うものだろ。大体夜に訪れるんだから、それだけで危険度は増すんだ。十分に準備して臨むべきだろ」


「……お前の怒りポイントが判んねぇよ。──うん⁉」


 突然前方から照らされた強い光に、二人は咄嗟に顔の前へ手を翳(かざ)した。


「さっきの車か……⁉」


 三隈の声に、薄目を開けた稲田は慌てて三隈の体を押し、端に寄った。


 ブゥウンと音を立て、車は物凄い速度で通り過ぎて行く。


「あっぶね! 轢かれるとこだったぜ? ……ん、幽霊車だから通り過ぎんのかな?」


 壁に擦れた服の背中と腕を払った三隈は、車が去って行った方向を見やりながら、首を傾げた。


「どうだろうな。幽霊車に轢かれてみた、みたいな企画をやってる動画は見たことないな」


「……それ、実際轢かれてたら怪我どころじゃ済まねぇじゃん。……え、もしかして、そういうこと?」


 稲田の言葉に、三隈はじっと考え込んでから、再び歩き出した。


「こればかりは俺達が考えた所で判らないな。まぁ、この辺りで原因不明の事故とか事件の話は聞かないから大丈夫だろう。多分」


「うへぇ……」


 稲田は肩を擦ってから、改めてトンネルの先を懐中電灯で照らし出した。


 その光のやや向こうに、僅かに暗闇が薄くなっている箇所が丸く在った。


「あれ、もう出口?」


「そうみたいだな」


 三隈は澄ました様子で歩き続けている。


 その様子を見やってから、稲田は足を止め、懐中電灯の灯りを足元に落とした。


 暗闇の中で、三隈がゆっくりと振り返る。


「どうした?」


「……お前さ、俺に隠してることあるだろ?」


「隠してること?」


 薄く笑みを浮かべながら繰り返す三隈に、稲田は探るように目を細めた。


「ぜーったい、他にも何かあるだろ、このトンネル!」


 稲田が声を荒げるのに、三隈はふっと笑う。


「それは置いておいて、ひとまず出口に向かうぞ」


「置いておく⁉ ひとまず⁉ 絶対出たとこに何かあるんじゃん。行きたくねー」


「じゃあ、お前はここで待っていれば良いだろ」


 再び歩き出した三隈の後を、稲田は慌てて追った。


「いや、それも無理だろ。お前はこのトンネルに一人で残れんのかよ」


 そう訊くと、三隈はちらと後ろを見やって僅かに首を傾げた。


「どうだろうな……。幽霊車が邪魔だが、特に怖がる必要もないだろうな、ここのは」


「うーわ……これ本当に平気なやつじゃん。『稲田ヘルプ』って言っても知らんからな」


「稲田ヘルプ。稲田ヘルプ」


「テキトーに使うな」


 言い合う内、やがてトンネルの出口に達すると、稲田はその先の光景に言葉を失った。


「うわ……この道って、本当に通り抜けられねぇじゃん……」


 トンネルの先の道は倒木などで塞がれ繋がっておらず、とても車で通り抜けられる状態ではなかった。人間であっても、あれ程の草木が繁茂しては、装備を整えないと難しいだろう。


 三隈が、ニヤリと笑った。


「あぁ。あの幽霊車は何処かから走り来るんじゃない。このトンネルの何処かから発生してるんだ。今日はそれと、その他に少し気になることを調べに来た」


 そう宣言した三隈は、稲田の顔をジロジロと見回し、満足そうな顔をした。その頭を小突いてから、稲田は溜め息を吐いた。


「お前に頼り切りで、自分で調べない俺も俺だけどさー。全容ぐらいは教えて欲しかったというか、目的くらいは言って欲しかったというか……」


「何が起こるかはっきり判らない方が面白いだろうと思ってな。ちゃんと心霊スポットというものを楽しめただろ。ここからは俺の都合に付き合って貰う」


 言いながら、ポケットから懐中電灯を取り出した三隈は辺りを照らし出し、きょろきょろと視線を走らせた。


「何してんの? てか懐中電灯持ってんのかよ。いや、待て。『ここからは俺の都合』って、ずっとお前の都合のような気がすんだけど」


「……〝いわくありげな石碑〟のようなものがあるらしい」


 稲田の言葉を聞き流し、周辺に灯りを向けていた三隈は、ある一か所で手を止めると、やや早足で歩み寄った。繁茂する雑草を足で退かし、その先を改めて照らし出す。


「……あった」


 白い光に照らされたそれは、ただのふたつに割れたひと抱え程の石にしか見えなかった。何かが彫られているような跡があるが、削れていて読むことは出来ない。


「割れてるってことは、あんまり良くなくない?」


 三隈の半歩後ろから覗くようにしてふたつに割れた石を見下ろしていた稲田が訊くと、角度を変えながら石を観察していた三隈は、難しい顔をして考え込みながら答えた。


「どうだろうな……。何の為の石碑か判らないし。いくつか調べてみたが、これについて言及しているものは殆どないし、あったとしても真偽が不明だ。そもそもこの道を使っていたのは──」


 石碑の残骸から目を上げた三隈は、ふと道の先に目をやり、動きを止めた。釣られるようにして同じ方向に目を向けた稲田は、思わず「ん?」と声を漏らしていた。


「何か……誰か、居ねぇ? そういう奴? 幽霊?」


 道の先、草木が伸びる中に、真っ黒い影が佇んでいた。それは、樹々や何かとの見間違いという訳ではなく、明らかに意思を持って、ゆらゆらと体を揺らしていた。


「あれは、どんな話があんの? ここらで死んだ幽霊とか──って、自分で言ってて怖ぇわ。どうするべき? 高野(たかの)さんのお札必要?」


 今迄にも散々助けられてきた、高野姫(ひめ)特製の「願いを叶える札」。今ではいつでも持ち歩いている。


 ズボンのポケットを探った稲田は、答えを求め考え込んでいる三隈に目を向けた。それと示し合わせたかのように稲田の方を向いた三隈は、瞬間息を呑み、ぐいと強い力で稲田を押しやった。


「退け!」




 胸ポケットから取り出した折り畳んだ紙を、勢いよく突き出すと、ぞわりと全身の毛が逆立った。


 ザワワッ──。


 ちくちくとした感触が札越しに伝わり、まるでそれが広がったかのように辺りを包み、突き刺さる。


 瞬きの間に稲田のすぐ隣に移動していたそ(・)れ(・)は、暗闇そのものとでも呼べるような黒い何か、だった。


 そ(・)れ(・)は、手のようなものを中途半端に掲げ、よろめいた稲田に妙な色合いをした瞳を向けている。その瞳が三隈へと移る前に、三隈は僅かに視線をずらし、直視することを避けた。


 見上げる程のその巨体は、腹の辺りに当たっている札に、ついと目を落とした。


 ──何だ、これは。


 三隈は驚きと、頭の中で鳴り響く警報に、札を持つ手に力を込めた。ザワワと音を立て、札がそ(・)れ(・)にめり込んでいく。


「ヲォ……」


 そ(・)れ(・)は、小さく声を発すると、スパッという妙に軽い音を立てて目の前から掻き消えた。


 途端に、いつの間にか消えていた虫の声や、樹々のざわめきが戻ってくる。


 十分過ぎる間の後、稲田が長い息を吐いた。


「……角、生えてたぜ、あれ……」


 三隈に押しやられたまま中途半端な格好で屈んでいた稲田は、呆けたように言うと、ゆるゆると体勢を直した。


「てか、お前もお札持って来てたんだ?」


 そう言って、三隈の手の中に目を向ける。


 返事の代わりに長い息を吐いた三隈は、折り畳んだ札を胸ポケットに戻すと、その左手を懐中電灯で照らし出した。


「え? もしかして怪我したのか?」


 覗き込む稲田に、首を横に振る。


「いや、変な感触だったから確認しただけだ。──ちょっと、照らしてくれ」


 自身の懐中電灯をポケットに仕舞った三隈は、稲田の照らす灯りの中に左手を差し入れた。手のひらの全体を見回し、すぐに一か所で目を留める。


「おい、何か刺さってるぞ」


 その声に頷き、慎重にそれを引き抜いた。


 灯りの中でよく見てみれば、それは、まるで針のような黒い毛だった。


「……あいつの、毛か……」


「うっわ……。てか、あいつ何なん?」


「判らない」


 三隈が静かに答えると、稲田は動きを止め、黙り込んだ。暫く、黒い毛を観察する三隈を見つめていたが、胸ポケットの札の間に黒い毛を仕舞い込んだ辺りで、やっと声を上げた。


「いや、知らねぇのかよ! 何だあれ! 逃げた方が良いんじゃねぇの⁉ てか、得体の知らねぇもん持って帰るなよ!」


 軽く手を払って稲田を黙らせた三隈は、ちらと道の先に目を向けた。


「何か当てはまるものが居るかと考えてみたが、やっぱり判らないな。あの見た目から考えるなら、山の……神だとか……その辺りか」


「山の神? え、神様?」


 若干声の明るくなった稲田に、三隈は静かな視線を返した。


「神……と言っても、良いものとは限らない。そもそも神かどうかも判らない。山には人間が知らない〝何か〟が居るんだ。それが、どんなものかは判っていない。人間側が勝手に解釈するだけだからな」


 その言葉を難しい顔で聞いていた稲田は、道の先を見やり、トンネルを振り返った。そうして、静かな声で言った。


「……アクシデントは解決したんだし、そろそろ戻ろうぜ。十分だろ」


「そうだな」


 もう一度草木の繁茂する道の先に目を向けた三隈は、少しだけ考え込んでから、トンネルに向かって道を戻り始めた。




 トンネルは、変わらずじっとりとした湿度を持って二人を呑み込んだ。


「さっきはアリガトな」


「何が?」


 暗闇に沈むトンネル内に忙しなく目を向けていた三隈は、心ここにあらずといった風に応えた。その様子に呆れつつ、稲田は軽く頭を掻いてから続けた。


「助けてくれてアリガトって言ってんの」


「あぁ……。アレの目的が判らなかったしな。お前がやられたら帰りが困る。運転は出来なくはないが、車の処分に頭を使わないとならないからな」


 露悪的に言う三隈に、稲田は小さく笑った。


「殺人鬼かよ。ていうか、さっきのが衝撃過ぎてこのトンネル自体が心霊スポットだっての忘れそうなんだけど……。──さっきから、何やってんの?」


 稲田が訊いた時、辺りが急に強い光に包まれた。


「あぁ⁉ 幽霊車か⁉」


 車がブゥゥウと音を立て、急発進して二人の横を抜けていく。


 端に寄った二人は、そのテールランプが遠ざかっていくのをじっと見送った。


「なんか、もう腹いっぱいなんだけど」


「……もう少し、後ろか」


 構わずトンネルを戻って行く三隈に、稲田は「はぁ?」と驚きの声を上げていた。慌てて追い駆け、その肩を掴むと、眉を寄せた三隈が訝しげに振り返った。


「何か気が付いたのか?」


「いやいやいや、もしかして幽霊車の出現ポイントを見つけようとしてる?」


「そう言っただろ。ひとつは〝いわくありげな石碑〟。そっちはひとまず解決したから、今度はこっちだ。幽霊車は何処から発生するのか。お前も見ただろう? この道の先からは、幽霊車とはいえ走ってくることは出来ない。このトンネルの何処かで──」


 ふいに言葉を止めた三隈は、ゆっくりと視線を横にずらした。


 視界の端に〝それ〟を捉えた稲田も、ゆっくりと顔を向けた。


 そこには、去って行った筈の幽霊車が、在った。


 じめっと包み込むようなトンネルの中の暗闇に、車体を鈍く光らせている。


 そして、ゆっくりと、誘うように──扉が開かれた。


 運転席にもどの席にも、何者も乗っていない。


 それなのに扉は開かれ、二人を誘っている。


「どう、すん……の……」


 緊張に掠れた声が出た。


 三隈は答えず、しかし一歩踏み出すと、扉に手を掛け、そのまま勢いよく扉を閉めた。


 バタンッ、という音がトンネル内にわんわんと響き消えていく。


 それに被さるように車はブゥウウンと音を上げると、眩しいライトを点けて急発進した。


 音とライトは瞬く間に遠ざかっていく。


 パシャリッ。


 突然鳴った小さな音と光に、稲田は跳び上がった。


「な、なん……え? お前写真撮ってんの?」


 三隈はポケットから取り出したデジタルカメラで、幽霊車の現れた地点を収めていた。そのままトンネルの出口も写るように画角を変えてシャッターを切る。


 何枚か収めてから、三隈はデジタルカメラを見せつけるように振ってみせた。


「写真を撮ってみるのも良いかと思ってな。出現ポイントを撮る分にはシャッターは切れる訳だ。あとはデータが破損しないか、ということだが……」


 そう言いながら、今度はメモ帳に何事かを書き込み始める。


「え、今度は何してんの?」


「ただ単に心霊スポットを訪れるだけでなく、こうして記録に残してみるのもいいかもしれないと思ったんだ。あるだろう、映画鑑賞記録だとか、ゲームや読書の記録を残すってやつが。俺は心霊スポットでやってみようという訳だ」


「そう……」


 やっとのことでそれだけ答えた稲田は、のろのろとトンネルを歩き始めた。


 その後、ぱったりと幽霊車も出現せず、何事もなくトンネルを出ることの出来た稲田は、車の鍵を開けた。間抜けな音がして、車が起動する音がウィインと響く。


 ──なんか、すげー疲れた。今は何が起きても驚けなさそう。


 いつまでも乗り込まない三隈に気が付き、車越しに声を掛ける。


「なーにやってんだよ。もう十分だろ」


 しかし三隈は、デジタルカメラを手にしたまま、未練がましくトンネルを見つめ続けている。


「お前が扉閉めたから、拗ねちゃったんじゃね?」


 稲田の言葉にやっと振り返った三隈は、思い切り眉間に皺を寄せた。


「乗る訳ないだろ。流石にそこまで馬鹿じゃない。俺は能力者でも何でもないんだ。お前は死にたいのか?」


「死にたくはないっての。というか、トンネルの写真撮っておけば? 想い出的なやつで」


 ムスッとしていた三隈は、しかし大人しくトンネルに向けてデジタルカメラを構えた。そうして、暫くの間の後、「あ」と嬉しそうな声を上げた。


「シャッターが切れない。切れないぞ!」


 声を弾ませ、振り返りざまに稲田に向けてシャッターを切る。


 パシャリ。


 難なくシャッターを切れたことに喜びの声を上げ、眩しさに目を細めた稲田の許に駆け寄ると、デジタルカメラを構えさせた。


「トンネルを映そうとするとシャッターが切れないんだ。……待てよ。ということは、本体はこのトンネルか? いや、でも中では撮れたよな……。くそ……最初に幽霊車を撮っておくべきだったか……? それよりも動画の方が……いや、それだと俺がこの場を楽しめない」


 嬉しそうに話し出した三隈の頭を軽く小突き、デジタルカメラを返すと、稲田は運転席に乗り込んだ。


「ほら、帰るぞ。お前は明日も仕事だろ。話なら帰り道で聞いてやるよ」


 もう一度未練を残した目でトンネルを見やった三隈だったが、しかし手元のデジタルカメラに目を落とすと、大人しく助手席に乗り込んだ。




 後日。


「お前さー。写真とか撮るんだったら、いっそのことネットとかに上げちゃえば? なんかあんじゃん、そういうの。今日からお前も投稿者ってことで」


 フライドポテトをむぐむぐと食べていた稲田は、塩のついた指を避けるようにして炭酸飲料のカップを持ち上げると口に運んだ。


 三隈はすぐには答えず、指先を紙ナプキンで綺麗に拭ってから、テーブルの上に置いたデジタルカメラを持ち上げ、操作し始めた。そうしてから、悲しみとも喜びとも取れる顔をした。


「ん? なんか写ってたの、それ。何もないってこの間は言ってたよな?」


 三隈は答える代わりに、デジタルカメラの画面を掲げ見せた。それを覗き込んだ稲田は、眉を寄せた。


「……真っ暗じゃん。何処ここ? ん……? これが幽霊とか何かってこと?」


「データ破損……いや、何故か画面が黒く塗り潰されたんだ」


 喜びが滲む声に、稲田はデジタルカメラから目を外し、三隈を見やった。


「で、何でお前はそんなに嬉しそうなの」


 その言葉に、三隈は心底驚いたような顔をした。


「お前……これはれっきとした心霊現象だぞ……? 起きたことあるのか、お前の身に?」


「……ないけど」


 まだ納得がいっていない稲田の前で、三隈はデジタルカメラの画面に目を落とし、薄く笑みを浮かべた。


「俺は感動しているんだ。話には聞いていた心霊現象のひとつがまた自分の身に起きたんだからな。勿論、記録が消えたのは惜しい気もするが……。自分で覚えていればいい訳だからな。メモ帳には何の異変もないし」


 三隈の様子を眺めながら、ひょいひょいとフライドポテトを口に運んでいた稲田は、ふいに笑い声を漏らしていた。


 怪訝そうに目を上げる三隈に、もう一度堪え切れず笑ってから、ぶんぶんと手を振る。


「悪ぃ。馬鹿にしてる訳じゃないって。お前が楽しそうで良かったと思っただけ。それに、なんだかんだ言って俺も楽しかったしなー。わりと怖かったし」


 三隈は鼻で笑い、デジタルカメラを鞄に仕舞ってから、ふと思い出したように言った。


「そういえば、お前の写真は凄いことになってたぞ」


「え? あの時の? なんか赤くなってたとか?」


 不安を滲ませた稲田に、たっぷりと間を空けてから、三隈はにんまりと笑って見せた。


「半開きの目に、変な形に開いた口。つまり変顔だ。だいぶ笑えたぞ」


「おい、消せよ!」


 鞄を指差す稲田に、三隈は涼しい顔でそれを無視すると、飲み物の残りを飲み切り立ち上がった。


「ほら、映画始まるぞ」


「その前に俺の変顔を消せ!」


「消した、消した」


「テキトー言ってんじゃねぇ」


 急いで残りのフライドポテトを口に放り込んで、飲み物を飲み切った稲田は、三隈を追った。


「今度はお前の変顔を撮ってやるからな」


「今度……何処が良いだろうな。定番のダムとか──」


 三隈が話している途中で、稲田はその頭を軽く小突いた。


「流してんじゃねぇよ。絶対にお前の変顔撮るからな。そんで印刷してお前の部屋に飾ってやる」


「それは、正直引くぞ……。止めておけ」


「……お前にだけは引かれたくねー」


 はぁ、と息を吐いた稲田は、しかし多くの人々が行き交う通路に飾られた映画の垂れ幕に目を留め、三隈の顔を覗き込んだ。


「ちゃんとテレビ放送版見てきたんだよな?」


「あぁ。初めはよく判らなかったが、なかなか楽しめた」


「普段はホラーばっかりのお前でも楽しめただろ。劇場版はもっとすげぇらしいからな」


 ちらと垂れ幕に目をやった三隈は、僅かに片目を細めてから、頷いた。


「まぁ、期待はしてる」


「そうそう。たまにはこういうのも、良いもんでしょ」


「たまにはな。──で、次はどうする。ダムか? 絶対に心霊写真が撮れる道っていうのもあるらしいぞ」


「あー、そういうのは映画の後。行かねぇとは言わねぇけど、後な!」


 そう言ってから、稲田は構わず色々と考え込み始めた三隈の横顔を見やり、溜め息を吐きつつ、内心で笑っていた。


坂上良平・・・短編ホラー『トンネル』より

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