第7話|次に来た時には、って何ですか?
翌朝。
「……落ち着きましょう、私」
鏡の前で、自分に言い聞かせる。
たかがお茶をしただけ。
たかがパンを渡しただけ。
それなのに、昨夜から妙に胸がそわそわしている。
そのせいで、ほとんど眠れなかった。
目を閉じては開けて、寝ては起きてを繰り返して。
ようやく寝れる生活になったばかりなのに!
──何しに来たのかしら。
そればかりが頭を巡る。
「ロゼリア様、本日は少しお顔色が……」
「え!?そ、そう?いつも通りよ!」
アメリーの指摘に、慌てて背筋を伸ばす。
そうよ、いつも通り。
まだ申し込みを受けただけ。
それを受けたわけでもないわ。
昨日の訪問も、きっと形式的なもの。
そこに感情なんてあるわけないもの。
ただそれだけ、なのに。
「……また突然来られたらどうしましょう」
ぽつりと零れた本音に、アメリーがにやりと笑う。
「お迎えする準備を万全にしておきましょうか?」
「違うわよ! そ、そういう意味じゃ……!」
否定しながらも、心の奥がちくりと疼く。
期待して裏切られるなんて──
二度と、あんな思いはしないと決めたのよ。
「……でもそうね。 また突然の訪問であっても、きちんとお迎え出来るようにしておいてくれる?」
「もちろんいたしますが──」
アメリーは少し考えるように小首を傾げる。
「ロヴァルド殿下の厨房での様子、リラックスされてるようでしたけど……」
「そ、そうなの……?」
「玄関までお見送りしましたが、威圧感もあまりなかったような……」
「で、でも! 厨房にお招きするなんて不敬をし続けるわけにはいかないわ。 もし次があれば、きちんと応接室へ──」
カチャリ。
そう音がした方を見ると、外へ繋がる勝手口のドアが開く。
「──ロヴァルド殿下……」
「すまない、主人からこちらを案内されたものでな」
「わ、私、お茶の用意をしてきます……! ロヴァルド殿下、ごゆっくり──」
そう言い捨て、足早に内扉からパタパタと出ていくアメリー。
「あっ、ちょ、アメリー!?」
……逃げたわね!?
もう!あとでお説教よ!
「し、失礼いたしました、ロヴァルド殿下」
ドレスの裾を掴み、挨拶をする。
まだ料理前で良かった……。
「……今日は三角巾をしていないんだな」
「え?」
「いや、なんでもない」
昨日のみっともない姿を覚えられていたなんて……。
早く忘れて欲しいわ。
そこで私はハッと気が付く。
「父が応接室ではなく、こちらを案内したなんて申し訳ありません」
お父様も、王太子殿下に対して何を考えているのよ!
「私が…… いや、何でもない」
そう言って、ロヴァルド殿下は昨日と同じように窓際へ視線を向ける。
まさか。
「あの…… 良ければお茶をご用意いたします」
「……ああ」
昨日に続き、今日もお茶をしにした?
そんなわけないわよね。
──もしかして、婚約を取り消しに。
考えられなくもないわ。
どう考えても、昨日は失礼だったもの……。
不安を胸に抱えながらお茶の準備を始めると、不意に聞かれる。
「邪魔だったか?」
「え? そんなこと──」
どうしてそんなことを?
それに邪魔なんて、王太子に思う人なんていないわよ。
……あ。
今日の料理の材料が、作業台に散らばったまま。
サーッと血の気が引くのが分かる。
「散らかっていて申し訳ありません!」
声が少し裏返った気がする。
落ち着きなさい、私。
「昨日のパン──」
「は、はい!」
……やっぱり良くなかったわよね、王太子殿下に手作りのものなんて。
でもあの時の私は混乱していて、普段ならそんなこと絶対に──
「……まかった」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「え?」
思わず聞き返してしまう。
"まかった"ってなによ?
ロヴァルド殿下は、窓の外を見たまましばらく黙っていた。
その横顔は相変わらず読めない。
やはり、怒られるのかしら──
「……うまかった」
…………。
えええええ!?
怒られる覚悟をしていたのに。
まさか、美味しいと言ってくれるなんて。
……この人、実はいい人なんじゃないかしら!?
「お口に合ったなら良かったです。 王太子殿下に手作りなどお渡しして、失礼ではなかったかと…… 不安でした」
平静を装いながら、そう告げる。
良かった……。
そう言うと、ロヴァルド殿下はわずかに眉を動かした。
「……今日は焼いていないのか」
「え?」
この人、パン好きなのかしら?
「も、申し訳ありません。 本日は焼いていなくて──」
「……いや」
室内に沈黙が流れる。
ど、どうしよう。
「えっと…… パンがお好きなのですか?」
ってしっかりして、私!
王太子殿下に聞くようなことじゃないわよ!
「そういう訳ではないが……」
ほら、違うじゃない!
きっと気遣って聞いてくれただけだというのに、私ときたら……!
……でもロヴァルド殿下が何を考えているのか、本当に分からないわ。
頭の中でぐるぐるしていると、チラと作業台を見るロヴァルド殿下に気付く。
作業途中に見えたから?
それとも、もしかして──
「ロヴァルド殿下。 もしよろしければ、何かお作りしても……」
ピクンと反応したように見える。
「いや……」
「す、すみません、私ったら……!」
やっぱり違ったわ!
は、恥ずかしい……!
「今日はもう出なくてはいけないのでな」
「そ、そうなんですね……」
良かった、無事に終われそうね。
ホッと胸を撫で下ろす。
「……次に来た時には、頼む」
……次?
……頼む?
それはつまり。
また来る、ということ……よね?
ええぇ!?どういうことなの!?
胸のざわめきは今日も消えそうにない。
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