第6話|結局何しに来たんですか?
「ロヴァルド……殿下?」
え? どうして? どうしてロヴァルド殿下がここに?
昨日の出来事よりも、衝撃が凄まじい。
わ、私、今どんな格好をしていたかしら?
そんな事を目紛しく考えていると、ロヴァルド殿下が一歩踏み込む。
ここがキッチンと気付いたのだろうか。
少し目線を動かし辺りを見回す。
そして私が持つ鉄板を見て、少し目を細めて彼は言う。
「……邪魔をしたか?」
ここで私は正気に戻る。
「とっ、とんでもありません! お見苦しい姿をお見せしてしまい……!」
慌てて鉄板をテーブルに置き、エプロンと三角巾を取る。
乱れた髪を手ぐしで少し整え、ロヴァルド殿下へ向き直す。
「ご機嫌よう、ロヴァルド殿下。本日はどのようなご用件でしょうか?」
さっきまでの痴態を隠すかのように、にっこり笑ってみせる。
「いや、用件という程のものではないのだが……」
「そう…… なんですか?」
なら何しに来たのかしら。
人がせっかく趣味に勤しんでいたというのに……。
「あ、私ったらお構いもしませんで…… どうぞ、お部屋へご案内します」
応接室へお連れしなきゃ。
今頃、アメリーがお茶の準備をしてくれているはず。
「ここで構わない」
そう言うと、窓際のテーブルへ腰掛ける。
「え、あ、よろしいのですか?」
「……ああ」
まさかここで良いなんて……。
不思議に思いながらも、お茶と茶菓子の準備をする。
「どうぞ。こちらのクッキーは私が焼いたものなのですが…… 甘いものがお嫌いでなければ」
紅茶を一口飲み、クッキーに手を伸ばす。
クッキーをジッと見つめ、そのままさくりと食べる。
「…………」
もう!ずっと無言じゃない。
美味しい美味しくないくらい言ったらどうなの!
「……お口に合いませんでしたか?」
「いや…… これは君が作ったと言ったな」
「え、ええ! 私、お料理が好きでして……」
「……そうか」
か、会話が続かない…… アメリー助けて!
お互い無言になってしまい、しばしの間、沈黙が流れる。
紅茶を飲み干し、何かを考えているようなロヴァルド殿下。
「あの、お茶のおかわりは……?」
「……そろそろ失礼する」
「は、はい……。 大したお構いも出来なくて申し訳ありません」
「いや……」
本当に何しに来たのかしら?
突然過ぎて何も出来なかった……。
あ、そうだわ!
小さめの籠に、焼き立てのパンを少し入れて、乾燥しないよう布を掛けて──
「ロヴァルド殿下、よろしければこちらお持ちください。 私が焼いたのであまり上手くはないかもしれませんが……」
そう言って籠を差し出す。
良く考えたら、素人の手作りを渡すなんて失礼じゃないかしら……!?
どうしよう、引っ込めたほうが…… でも今更引っ込めるのも……。
悩んでいると、ふと手のひらが軽くなる。
「……有難く頂戴する」
「ありがとうございます……っ」
受け取ってくれた。
それだけで嬉しくて笑みが零れてしまう。
「ではお見送りを──」
そう言いかけると、手で制止される。
「……ここで結構だ。 ではまた」
そう言い残し、さっさと部屋を出ていってしまう。
緊張が溶けた私は、思わず床に座り込んでしまう。
無事終わった…… のかしら。
私ったら手作りのものでおもてなしをして、さらに手作りのお土産をお渡しするなんて……!
でもロヴァルド殿下がここでいいって言うから!
そ、そうよ、私悪くないもの!?
自問自答をして気持ちを持ち直す。
良いか悪いかなんて、分からない。
だってロヴァルド殿下は変わらずの表情だったもの。
パタパタと足音がして、アメリーが飛び込んでくる。
「ロゼリア様……っ!」
「ア、アメリー……」
「こんな、床にお座りになって……! 何か酷いことされませんでしたか!?」
私以上に混乱している様子のアメリー。
元婚約者のことを思えば、仕方のないことなのかもしれない。
「大丈夫よ、アメリー。 お茶だけしてお帰りになられたわ」
「え、そうなんですか? お茶の用意どころか、入室までお断りされてしまって……」
「そうなの? 私はお茶でおもてなしをしたのだけど……」
私にお茶を入れてもらいたかった?
……そんなわけないわよね。
「本当に、何しにきたのかしら?」
「ロゼリア様のお顔を見に来た、とかでしょうか?」
「やだ、アメリーったら冗談ばっかり」
「いえ、冗談ではないのですが……」
政略結婚にそんな感情がある訳ない。
昨日の非礼を詫びに来たか、ご機嫌取りに来たか……そんなとこでしょう。
何にしても、突然の訪問はもう止めてもらいたいわ。
心臓に悪すぎるもの。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
──── 馬車の中
手渡された籠の中のパンを無造作に一つ掴み、指先でちぎり口へ放り込む。
理性的な令嬢だと思っていた。
だからこそ、この婚約も穏便に進むはずだった。
だが、そうではなかったらしい。
あの慌てた表情、仕草を思い出し、ふと笑ってしまう自分がいた。
「……美味いな」
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