最終話|婚約破棄された公爵令嬢は、厨房で静かに生きていくつもりだったのに──
数ヶ月後、専用キッチン──
今日のお昼はなにを作ろうかしら。
パンが食べたいと言っていたけれど、連日飽きないのかしら……。
というか私はパン職人ではないのよ?
たまにはがっつりしたようなメニューも、作らせて欲しいのに。
……がっつりといったら、アレしかないわね。
まずは昨日仕込んでおいた生地を、冷蔵庫から取り出して常温に戻す。
それにしても──
毎日のようにパン食べたがる彼のために、オーバーナイト法にまで手を出すとは思わなかったわ……。
最初の頃は普通に作っていたけれど、二ヶ月も経つ頃には腕が、その……思っていたよりも筋肉が……。
まさかドレスを着た見た目が変わってきていたなんて。
アメリーに指摘されるまで、気が付かない私も私だけれど。
侍女として主人の様子に気が付かなかったと、涙ながらに謝罪されてしまったのよね……。
アメリーは全く悪くないのに。
パンを所望した彼に謝られ、クラウドは彼を窘め、アメリーには泣かれて。
ちょっとした地獄絵図。
アメリーには、このままでは二度とパン作りはさせられないとまで言われてしまった。
この製法なら筋肉は付かないからとアメリーを説得して、ようやく彼も元気を取り戻したっけ。
まさかパンが食べられなくなるだけで、あんなに分かりやすくヘコむ彼を見るとは思わなかった。
あの時を思い出すと、未だに笑ってしまう。
「何を笑っているんだ?」
「あら、公務は終わったのですか?」
いつもの昼休憩よりも少し早い時間、首元を緩めながら彼が来た。
そのままいつも通り私の後ろへ来て、腰に腕を回す。
以前の私なら動揺していたけれど、もう結婚して数ヶ月。
もうこれくらいで照れる私ではないのです!
「ああ、終わった。……で、何を笑っていたんだ?」
「いえ、私の腕が逞しくなってしまった時のことを……」
「ああ……確かにロゼの腕が硬くなっていたな」
「ふふ、まさかパン作りだけでああなるなんて」
「アメリーの落胆ぶりが凄かったな」
「……ロヴァルド様もずいぶんと落胆されてましたよ?」
「……様?」
「つ、つい……昔のことを思い出していた流れで」
二人きりの時は敬称はなしという約束。
その約束を破った時のお仕置きと称して、彼が……。
いえ、これは封印しておきましょう!
「約束はまだ生きているが?」
「い、今のは昔に引っ張られただけなので、セ、セーフですっ!」
「ははっ」
彼は笑いながらソファの方へ向かい、持ってきた書類に目を通し始める。
いつもの光景……だけど、やっぱり素敵だわ。
私の旦那様は。
なんちゃって! きゃー!
……旦那様呼びも未だに慣れないのよね。
頭ではそんなことを考えながら、手はてきぱきと調理を進める。
──じゅっ
パティを焼いた瞬間、いい匂いが広がった。
「いい匂いだな」
「ええ、今日はハンバーガーです!」
「楽しみだ」
パンが好きな彼のために、そしてたまにはがっつりなものを!
ということで作り始めたハンバーガー。
最近では城下でも人気になり始めたとか。
シュークリームも銘菓として国内外問わず広がり、今では色んな種類が出来ている。
二人で食べに行ってみたいな。
……そういえば、デートらしいデートはしたことがないかもしれない。
今は忙しいけれど、いつか。
「さて、出来ました!」
「ああ、ありがとう」
婚約破棄をされたあの時から、厨房で静かに生きていくつもりだったのにな。
でももう静かに生きていくなんて……私には無理みたい。
私はこれからも料理を続けていく。
そして気が付けば誰かを笑顔にしているような……そんな料理を作っていきたい。
願わくば──
ずっと彼の隣で。
「婚約破棄された公爵令嬢は、厨房で静かに生きていくつもりだったのに」
─ 完 ─
最後までお付き合いいただきありがとうございました。




