第3話|専用キッチン、正式始動です!
厨房を手に入れてからは早かったわ。
お父様の快諾後、設計から始まりあれよあれよという間に、私の求めるものが手に入った。
お父様には少し申し訳なかったけど。
動線を考えて、パントリーに始まりシンクに作業台、オーブンに冷蔵庫。
大きな窓から差し込む光。
窓の傍には、小さなテーブルと椅子。
……こんな素敵な空間ある!?
『婚約破棄され傷付いた公爵令嬢』という不名誉な称号も、今は少し感謝だわ。
だからこそお父様も無下に出来なかったのでしょうしね。
それにしてもなんて素敵なキッチンなのかしら!?
これが私一人で使っていい場所なんて……。
何作ろうかしら。
親子丼、煮物、カレー……考えるだけで胸が弾む。
あとはちょっとしたデザートなんかも……。
……って、ちょっと待って。
お味噌にお醤油、出汁なんかないわ!?
頭を抱えていると、侍女のアメリーが声を掛けてきた。
「……ロゼリア様、少しよろしいでしょうか?」
「なにかしら?」
「旦那様がお呼びです」
「分かったわ、すぐ行きましょう」
慌てていたのをおくびにも出さずに返答して、父の書斎へと向かう。
アメリーは不審な目をしていたけれど。
「お父様、お呼びですか?」
「ああ……」
何か歯切れが悪い。
「どうかされましたか?」
「いやなに、あの厨房のことだが……」
「素敵な厨房をありがとうございます、お父様! 私、今から楽しみで仕方ないのです!」
気まずそうに言い出す父に、問題ないように振る舞う私。
今更変なこと言われたら、たまったものじゃないもの。
「ごほん。 あー、ロゼはあそこで料理をする気なのか?」
「ええ、もちろんです! 早くお父様に振る舞いたいわ!」
──お父様に振る舞いたい──
父はその言葉にピクンと嬉しそうにするも、すぐに真面目な顔に戻る。
「ん、あー、そうだな。 そのことだが……」
「……今更、お料理をするな、なんて言わないですわよね……?」
目を潤ませ小首を傾げて問い掛ける。
もちろんわざと。
「ぐっ……。 い、いや、するなとは言わん」
「ではなにを……」
「朝昼晩と食事時に料理をすることは禁ずる!」
…………。
「えええっ!?」
意を決したように叫ぶ父の、予想外の言葉に思わず声を上げてしまう。
「ですがお父様! お料理は食事をする為のものです!」
「分かっている。 だがな。 お前が食事を用意するということは、料理人達はどうなる?」
「……それは」
——思わず言葉を飲み込んだ。
喜びに浮かれて、私は何も見ていなかった。
料理の楽しさに夢中で、他の人間のことなど考えようともしなかった。
私は無意識に、誰かの仕事を、誇りを、私は簡単に踏みにじろうとしていたのだろうか。
──あの夜、見下ろすように笑っていた彼と同じように。
「……確かに、私の配慮不足でした」
「料理をするな、とは言わん。
だがなロゼ—— それは厨房の者たちの仕事を踏みにじることになる」
「仰る通りです……」
「婚約を破棄され、傷付いているお前を皆心配していたが……。 目に見えて明るくなってきているお前を見て周りは安堵しつつ、何も言えない状態だ」
「……お恥ずかしい、申し訳ありません」
そもそも雇い主の令嬢に対して意見をすること自体しにくいのに、私の状況のせいで更に何も言えなくしてしまっている。
「お父様! 私、皆と話をしてきます」
「ああ、それが良いだろう。 良い落とし所を見つけるんだぞ」
「ありがとうございます、お父様」
本来なら父の鶴の一声で何もかも決まってもおかしくない。
それをせずに、私に任せてくれた。
父の面子を潰すわけにも、信頼も、裏切るわけにはいかないわ。
父に一礼して部屋を出る。
そしてそのまま厨房へ向かう。
ちょうど朝食の後片付けが終わった頃のようで、ゆったりとした空気の中、料理人達は雑談をしている。
「お仕事中にごめんなさい」
歓談のなか、割り込む居心地の悪さに少し気後れしてしまう。
「ロゼリア様! おはようございます!」
皆が温かく迎えてくれる。
こんなにいい人達なのに、私ときたら……。
「あの、私の料理のことなんだけれど……」
そう言い始めると、沸き立つ料理人。
「ロゼリア様、スープ頂きました!」
「あんなに美味しいスープは初めてでした!」
「もしよろしければ、ぜひレシピをお教え頂きたいです!」
料理人達は、スープへの感想を口々に語り出す。
あろうことか、教えて欲しいまで──
私の中の何かが、じんわりとほどけていった。
責められることも、困った顔をされることも覚悟していた。
それなのに、返ってきたのは感謝と笑顔ばかりで。
なんて、優しい人達なのかしら。
急に自分の浅はかさが恥ずかしくなって、視界が滲む。
「ロゼリア様!?」
「ど、どうかされたのですか!?」
「……いえ。 私は幸せ者だなぁと、しみじみしてしまいました」
心からそう思った。
慌てふためく彼らを、涙を拭きながら見つめる。
そして、不安にさせたかもしれない、と非礼を詫びた。
しかし彼らは、微塵も気にする様子などなく、逆に慰めてくれる。
「もう、貴方達…… 人が良すぎるわ」
「それは褒め言葉でしょうか?」
「ええ、とびきりの。 ……だからこそ、ちゃんと話をさせて欲しいの」
私は、料理が好きだということ。
人に振る舞いたいということ。
けれど、その居場所を奪いたいわけじゃないということ。
料理長が、少しだけ視線を泳がせてから口を開く。
「ロゼリア様……。 その事について、既に旦那様と話し合いを終えたのですが……」
「え?」
「毎日の食事は我々が今まで通り。 その上でロゼリア様がお作りになられたら、その時の食事に追加すると……」
「き、聞いてないわ……」
「しかしそれではロゼリア様も腕のふるいどころがないかと思いまして……。 休日は予定次第ではありますが、ロゼリア様にお任せすると」
「…………」
お父様ったら……。
ちょっとした仕返しのつもりなのかしら?
後でうんと……お礼を言わなくちゃ。
——私は、私の料理をする。
誰かの仕事を奪うためじゃない。
ただ、作りたいから作るだけ。
それだけは、譲れないの──
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