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タイムスリップ北海道  作者: いばらき良好
第二部 世界のゆくえ
22/30

15の1 アメリカ大統領

 北海道の豪華客船にて時空転移したトーマス・グリーンは五十四歳になっていた。ほかの時空転移組と連絡を取り合ってウォール街にも出没している。株式や金融の他にも、やはり自身のクルーザーメーカー「ブルームーン」を立ち上げていた。

 グリーンの設計するクルーザーは、未来的なフォルムと機能的な豪華さで、上流階級には好評であった。

 この四年で、ニューヨークやフロリダ、カリフォルニアではセレブ御用達の最高級品として、ブルームーンの名は一躍有名になった。


 昨年五月十四日のテレビを、グリーンはニューヨークで見ていた。

 リンドバーグが北海道で速度世界新記録を更新し、いきいきとインタビューに応えている姿である。誰もが気付くのだがリンドバーグにはカリスマ性があった。

 時空転移組と話をすると、リンドバーグが大統領になってほしいとの意見も出る。

 史実なら、一九六一年にケネディが四十三歳で最年少大統領になっているが、リンドバーグは現在三十八歳である。

 時空転移組は豪華客船および北海道旅行者たちであり、日本に好意的だ。彼らは金持ちだったが、病気の老人も多かった。

 戦争のない時代を、医療の整った未来の北海道で、安心の別荘ライフとして満喫するのが皆の夢であった。


 今年(一九四〇年)は、大統領選挙の年である。

 ルーズベルトは現在二期目なので「大統領は二期まで」という歴史的な暗黙のルールによれば、退陣するであろう。

 しかしながら史実では、異例の四選までされて一九四五年の死亡時まで大統領であった。

 ルーズベルトは悪しき伝統と現実を残した。

 第二次大戦への参戦と原爆開発の問題である。

 日本に必要以上の圧力をかけて恨みを買い、ハワイ真珠湾に奇襲攻撃させたのは、ルーズベルトの戦略ミスであろう。

 そのせいで太平洋戦争が発生し、多くの若者が戦死するのである。日本は焦土とかし、原爆も二発お見舞いした。

 この悪い歴史を断とうとする時空転移組は、新大統領にリンドバーグを推すことに決めた。


 グリーンは、全財産をリンドバーグに賭けるつもりで逢いに行った。

 財界人の紹介でアポイントが取れ、ニューヨークのホテルで初会合となった。

「はじめまして、トーマス・グリーンです」

「チャールズ・オーガスタス・リンドバーグです。友人から大体の内容はお聞きしております」

 前もって貴殿は大統領になるべきだと話していた。

「実は私は北海道と共に九十年後から時空転移した未来人です。しかし歴史は日々刻々と変わっております。リンドバーグ氏の最速記録も新事実です。あなたには世界を変える力がある。私たちが応援しますから、ぜひ大統領になって下さい」

 いきなり本題に入ってしまった。表情は硬い。

「私は」と前置きしてリンドバーグは答えた。

「空が好きです。飛ぶことと、もう一つ、心臓にしか興味ありません」

 やんわりと断って来た。

「飛ぶことは解りますが、心臓とは何ですか」

 グリーンも簡単には引き下がらない。

「妻の姉が心臓病で死にました。そこで私は人工心臓の研究をしています」

 一九三五年にリンドバーグは世界初の人工心臓「グラスハート」を完成させていた。


 真剣なリンドバーグの答えに、グリーンは親しみを感じた。

「九十年後の世界では補助人工心臓が実用化されています。北海道をご案内しましょう。そして祖国アメリカで完成させて下さい。そのためには多くの科学者と技術者、予算を動かせる大統領になってもらいたい」

「話しはお伺いしました。懐かしいなぁ、北海道ですか。ところでグリーンさんには、私を大統領にして何かメリットはあるのですか」

 リンドバーグが聞いて来た。

「まず、これから起きる第二次世界大戦でアメリカ国民の戦死者を少なくすることと、大量殺りく兵器の原子爆弾開発を止めること。この二点で十分です。あとは勝手に商売しますから」

 勝手に商売するのは本心だ。

 世界の金はより安全な国へと流れる。先の世界大戦ではアメリカに多くの資金が集まった。

 これから起こる第二次世界大戦でもアメリカ政府が安定していれば、金融や株式は上昇すること間違いなしだろう。そうすれば将来、グリーンの高級クルーザーも飛ぶように売れることになる。

「欲のない人だ。私も九十年の歴史を勉強しましょう。出馬するかどうかはその後に考えます」

「では、これをどうぞ」

 そう言ってグリーンは、時空転移組の知識を総動員して纏めた資料をリンドバーグに手渡した。そこには第二次大戦でアメリカ人の死者一〇七万人。アメリカ製の原爆で広島と長崎の死者二四万人と書かれている。悲惨な歴史だ。

「後でよく読んで下さい」ともう一度、念を押した。


 よく考えたリンドバーグは、大統領選に立候補する決心をした。

 現大統領ルーズベルトの三選を阻止する。そして原爆による二度の都市爆撃を防ぐつもりだ。飛行機乗りとしては、非戦闘員の女子供まで焼き尽くす原爆攻撃は許せない。黙って見過ごすのは卑怯だと心が叫んでいた。

 リンドバーグは、選挙に向けて勉強をした。

 アメリカは広い。田舎の農場から中央まで声は届かないし、歩いては行けない。ゆえに大統領選挙は間接選挙なのである。まず投票をするための代理人を選ぶ。アメリカは共和党と民主党の二大政党なので、選ばれた党の候補者どうしが最終ガチンコ対決を行う。


 スケジュールは次の通り。

 二月から六月が大統領予備選挙で、有権者は投票する候補を宣言している代議員を選出する。

 七月末が非政権党(今は共和党)の党大会で、代議員は大統領候補を過半数で選出する。

 八月末が政権党(今は民主党)の党大会。

 十一月五日が大統領本選挙の一般投票。有権者は正副大統領候補(公認政党)の選挙人団に票を投じる。

 十二月一六日が選挙人投票で、選挙人は一回のみ投票できる。

 もし、過半数票を獲得出来なかった場合は、高得点者らから下院が大統領を選出する。


 リンドバーグは父の代から共和党である。

 スウェーデン移民だった父は、弁護士からミネソタ州選出の国会議員となって六十五歳で亡くなった。選挙の様子は身に染みて知っていた。

 まずは知名度。大西洋単独無着陸飛行を成し遂げたリンドバーグには自信があった。昨年は短期間だったが、最速飛行記録も取ったばかりだ。

 次に資金力。高級クルーザーメーカー社長のグリーン氏が後援に付いてくれた。彼ら時空転移組は九十年後の知識で有力企業の中に食い込んでいる。

 最後にカリスマ性。リンドバーグは若さと行動力をアピールするべく、全米各地を飛行機で回って、熱いスピーチをしようと思う。


 新聞やテレビでは、共和党候補四名のプロフィールと人気度が表紙を飾った。

*一位、チャールズ・オーガスタス・リンドバーグ(三十八歳)37%

 飛行家、ミシガン州出身。大西洋単独無着陸飛行、最速飛行記録。

*二位、トマス・エドマンド・デューイ(三十八歳)32%

 マンハッタン地区検事、ニューヨーク州出身。通称ギャングバスター検事。マフィアのボスだったラッキー・ルチアーノを監獄へ。さらに米ナチス党のフリッツ・クーンを起訴。

*三位、ロバート・タフト(五十歳)18%

 上院議員、オハイオ州出身。共和党保守派のリーダー。

*四位、ウェンデル・ルイス・ウィルキー(四十八歳)3%

 ニューヨーク実業家、ニューヨーク州出身。民主党から共和党に鞍替え。

*投票者未決定、10%

 この下馬評から、リンドバーグとデューイの三十八歳対決が予想された。いったい浮動票の一〇%はどこへ行くのか。


 そして選挙戦が始まって最初の山場、二月のスーパーチューズデイがやって来た。

 二月六日(火)、この日は全米二〇州以上で同時選挙になる予定だ。

 リンドバーグは演説地にミズーリ州セントルイスを選んだ。

 ここはアメリカ中部にあって「西部へのゲートウェー」と言われる。河川、鉄道、道路交通の要衝である。

 また、大西洋横断成功の「スピリット・オブ・セントルイス号」の縁起をかついだ。


 ジェファーソン記念公園には早朝から一〇万人もの人々が詰め寄せた。

 近隣の町から若者男女が五割、農場主の白人親父が四割、白人老婦人が一割であった。

 リンドバーグが三十八歳と若いので、共和党としては異例だが、若い聴衆が多かった。

「リンドバーグ」「リンドバーグ」「リンドバーグ」

 会場はお祭りムードで、余興の楽しいバイオリンが鳴り響いていた。

「じゃあ、行って来る」

 リンドバーグは、妊婦の愛妻アンと二人の息子ジョン(八歳)とランド(三歳)にキスをして演壇に上がった。

 緑色の勝負ネクタイをしたグリーン氏にガッツポーズを送り、拍手する聴衆に両手を振った。

「リンドバーグ」「リンドバーグ」

 緊張と興奮のリンドバーグは、ぐっと腹に力を込めて静かに第一声を発した。


「去る一九三九年九月一日、ナチスドイツが戦争を始めました。すぐにイギリスとフランスは、ドイツと日本に宣戦布告をして第二次世界大戦となりました。現在ナチスドイツはイギリス、スペイン、ポルトガルを除く大ヨーロッパを支配し、大日本帝国は中国、中東を除くアジアを支配しております。とくにナチスドイツは人種差別が激しく、公然と数千万人ものユダヤ人をガス室に送って虐殺しております。また友人であるイギリスは連日のドイツ空軍による空爆によって疲弊し、我々に助けを求めています。

 アメリカにいる我々は世界の友人を助ける義務があります。なぜなら隣の家が火事になった時、我々は一杯のバケツを運ぶのをためらいません。そして村に強盗団がやって来た時、父親たちは家族を守るために立ち上がるでしょう。今の時代には強いアメリカが必要です。しかし、母親は息子たちが戦地に赴くのに涙します。当然です。戦争とは殺し合いなのですから。だから私は約束します。あなたの息子たちを外国にはやりません。彼らには強いアメリカを作ってもらいます。私は積極的防御の精神を貫きます。

 具体的には優秀な戦闘機を開発し、イギリスに向けて大量に売却いたします。それでイギリスの空もドーバー海峡も自由となります。優秀な戦闘機は空を支配し、あなたとあなたの友人の生命を守るのです。私は北海道で時速七一五キロの速度記録を出しました。そして音速ジェット戦闘機の時代はまもなく来るでしょう。航空産業が戦争の形を変えます。

 この戦争が終わったら、大型旅客機で高速クルージングを楽しみましょう。あなたたちも噂には聞いているでしょう。北海道では今現在も一五〇人乗りのジェット旅客機が大空を飛んでいます。私はこの航空会社をアメリカに誘致したいのです。そしてそれが出来るのが私です。

 あなたは、強いアメリカと世界平和を選択するでしょう。それが正解です。

 あなたは、光輝く自由とアメリカ人の誇りを獲得するでしょう。それが真実です。

 私はリーダーシップを行い、国民の幸せを守ります。

 空は広い。空は自由だ。私は幸せです。サンキュー」


 スピーチ後半には聴衆の熱気が頂点に達していた。終了と同時に会場中で大歓声が巻き起こり、テレビクルーでさえも握り拳を天へと高く上げていた。

 妊婦の妻と息子たちが演壇に駆けて来て、リンドバーグと抱き合った。

 一人の情熱が世界を変えた瞬間であった。


 選挙中盤、ギャングバスター検事のデューイ(三十八歳)は失速した。弁護士ゆえにスピーチは上手だったが、クールでスマートな態度が、農場主の親父たちの反感を買ったのだ。国際平和主義を唱え、穏健派という立場が弱腰に映った。人気度も32%から21%へ、最終的には8%にまで減ってしまった。


 上院議員のタフト(五十歳)は保守派リーダーで、孤立主義(モンロー主義)を唱えた。リンドバーグと同じ主張だったが、伝統にのみこだわっていて、将来展望が弱かった。人気度は18%から9%に半減してしまった。


 元民主党だったニューヨーク実業家のウィルキー(四十八歳)は、その資金力と厚顔な態度で徐々にポイントを稼いでいった。民主党基盤の労働者集会に出掛けては、即時対独参戦を主張して浮動票を集めた。人気度は3%から29%へ、最終的には40%にまで急躍進して来た。


 リンドバーグは、人気度37%から43%へと、トップだったが、問題は各州から選出された代議員の数である。

 七月二十五日から二十八日、共和党大会が行われた。

 選挙結果は第一回目が、リンドバーグ468票、ウィルキー382票、デューイ76票、タフト74票であった。

 数度の選挙を繰り返し、保守派のリンドバーグが589票、好戦派のウィルキーが390票、その他が11票および10票で、共和党大統領候補はリンドバーグに決定した。


 八月末の民主党大会では、現大統領のフランクリン・デラノ・ルーズベルト(五十八歳)が、副大統領のジョン・ナンス・ガーナー(七十一歳)と民主党議長のジェイムズ・ファーリー(五十二歳)らを大差で下した。


 異例の三期目の大統領ルーズベルトか、それとも最年少三十八歳の大統領リンドバーグか、世論は沸騰した。

 リンドバーグは副大統領候補にベテランのタフトを指名した。頑固親父風のタフトであるが、若い頃は弁護士や食品医薬品局で働いた経歴があり、人工心臓に興味のあるリンドバーグとは、意外に馬が合った。

「タフトさん、高度医療と医薬品研究の拠点を作りましょう。どこが良いですか」

 リンドバーグが尋ねる。

「もし、貴殿が大統領となるなら、それはセントルイスでしょう。東海岸ばかりでは話にならん。古き良きアメリカは中西部にある」

 若きリンドバーグが航空郵便を配達していたのが、セントルイス=シカゴ間。さらに大西洋横断をした愛機が「スピリット・オブ・セントルイス号」だ。

 これに持論の「開拓は牧畜と農業」の保守思想を加えて来た。

 タフトは気使いの利く一方で、誰はばからず直言する人であった。

 リンドバーグは飛行家の文字通り、飛行機で全土を飛び回って演説を重ねた。

 グリーンは、スポンサーから莫大な選挙資金を集めて掩護射撃してくれた。


 そしていよいよ十一月五日である。

 この日、大統領本選挙の一般投票が行われ、共和党か民主党かで大統領が決定する。

 リンドバーグ対ルーズベルト。お祭りムードは最高潮に達した。

 ケーブルテレビでは、世論調査や文化人が語る未来のアメリカ特集が放映されていた。

 アメリカには時差がある。東方から選挙終了とともに票数がカウントされ、中盤にはCNNテレビから、リンドバーグ優勢が発表された。ただし西海岸には移民が多く、民主党の地盤が残っている。安心は出来ない。


 翌朝、勝負は決した。

 リンドバーグの共和党が、ロードアイランド州を除く北東部と中西部全域を制し、西部のワイオミング州、コロラド州、オレゴン州で勝利した。

 ルーズベルトの民主党は、三州を除く西部と南部全域を制した。

 選挙人五三一票のうち過半数は二六六票であるが、リンドバーグが三一一票、ルーズベルトが二二〇票を得た。

 ここに最年少の三十八歳で、第三十三代リンドバーグ大統領が誕生した。

あのグリーンが米国を変えました。その後の活躍にも期待。

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