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等身大のアイドル  作者: 高天ガ原
第三章
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第四章②アイドルの一歩

「ねぇ、萌歌。最後に、ちゃんとハグしたい。キスしたい。」

 詩織のおねだりにボクは「いいよ」と肯定する。ボクは姿勢を直すとしっかり腕を広げた。

「おいで」

 ボクの言葉を待たずに詩織は抱きついてきた。そして、ボクの顔を自分の胸に押しつける。

「苦しいって」

 そう笑うボクに「あたしも苦しいよ」と詩織は呟く。そうだろうな。むしろ、苦しくないはずがない。ボクは彼女なりの愛を受け止めて、無言で抱きしめられ続けた。でも、少しだけ満足したのだろう。彼女は腕の力を緩めるとゆっくりかがむ。

「真正面からのキスってしたことないよね」

 その言葉にボクは苦笑する。

「そうだね、鼻がぶつかるほどのキスはしたことがない。どちらかが鼻をずらしてた」

「じゃあ、最後くらいは本当に真っ正面から」

 そんな彼女に頷いてボクは目を閉じる。

 鼻が静かにぶつかる。そして、しょっぱかったけど、彼女の温かさが伝わった。

 キスを切り上げたのは詩織の方だった。唇が離れたと同時にボクは「覚悟、決めてくれた?」と尋ねる。目を開いたら、詩織は間近な場所で頷いてくれた。ボクは少し、安心した。

「これから、姫だけじゃなくて、みんなの完璧なアイドルになるんだね」

 ボクは頷いて答える。

「ボクは結婚をするような俗なアイドルじゃない、神聖で完璧なアイドルを目指すよ。ボクのわがままを許してね」

 その言葉に詩織は力強く頷いた。これなら、大丈夫だろう。

「これからも詩織は、ボクの人生で最後の恋人だよ。ただ、結婚はしない。だから、婚約指輪を返してくれる?」

 詩織は頭をかきむしったけど頷く。持っておけると思っていたんだろうな。でも、そんな終わり方はさせない。

「君がボクの婚約指輪を取るんだ。君がボクをアイドルにする。代わりにボクは君のアイドルとして婚約指輪を受け取って、指輪を切ってくれるところに出す。お店を見つけたら、二人で切れる瞬間を見よう。そして、ちゃんとアイドルとして頑張る決意をしよう」

 ボクはそう言い切って、彼女に手を差し出す。

「婚約指輪を渡しても良い、ボクから婚約指輪をとっても良い。どっちでも良いから、しようか」

 その言葉に頷くと詩織はボクの前から去って自分の鞄を漁った。そうか。指輪を渡す方からするんだな。

「指輪をなくした、って言っちゃダメだよね」

「詩織がそんなことするわけ無いじゃん。ボクにべったりだったもの」

「だよね」

 そう言うと、小さなケースを取り出す。中には婚約指輪だけが入っていた。

「返します。あたしがやったことなので、頑張って割り切ります」

 その言葉にボクは苦笑する。

「割り切るなんて覚悟が要らないくらい、自然な流れで君が納得できるようなアイドルになるよ」

 それを聞いて、詩織は「そっか」とだけ言いながら、ケースを差し出した。ボクはそのケースを受け取る。数秒だけ婚約指輪を眺めてから、ポケットにケースをしまって、ボクは手を出し直した。

「じゃあ、後はボクがアイドルになるだけだね」

 詩織は泣きながら頷いた。これで、恋人って関係は終わりだな。

 指をリングが動いていく感触が寂しく感じた。指が細くなるにつれて指輪の感触がなくなっていくのが辛かった。凄く悩んだけど、やっぱり恋人でなくなるのって悲しいよ。ボクは詩織が好きなんだもん。

「萌歌。一緒に、アイドル、頑張ろうね」

 その言葉に「もちろん」と言いつつ、ボクは指輪を受け取る。そして、詩織の持ってきたケースにボクの指輪も入れると、二人してため息をついた。

「こんなはずじゃなかったのになぁ」

 そう呟く詩織にボクは「こんな未来、予想もしてなかったよ」とボクは苦笑する。でも、なってしまったものは仕方ない。やるぞ。

「配信、終わろうか」

 ボクの言葉に詩織は頷く。そして、詩織の手を掴むとゆっくり、スマホの前へ向かった。

「今回の一軒をずっとご覧になっていただけたファンの皆様へ、心よりお詫び申しわげます。お見苦しいものをお見せしました」

 ボクはカメラに向かってそう告げる。そして、頭を下げると詩織も素直に頭を下げた。ちゃんと謝ることが出来て偉いぞ。

「ボクは詩織を訴えるつもりもないので、法律やら何やらなんて絡んでこないと思いますが、このような形で炎上してしまったことを凄く苦しく思います。もっとも『炎上系アイドル』と呼ばれるような生き方をしてきた詩織を放置してきたボクも悪いのですが、今回の暴走を壮大な喧嘩として収められたことに安堵しています」

 それを聞いて、詩織が「ごめん」と口にする。何も言わないでおいた。心では許さないと思っているし、許しても許しきれない部分があるけど、言葉にしない。

「彼女の次を守れるかは分かりませんが、一生懸命に彼女を更生していこうと思っています。簡単には直らないと思うので、何度か皆様にご迷惑をおかけするかもしれませんが、暖かく身も持っていただけると嬉しいです」

「ごめんなさい」

 自発的にファンへ謝った詩織にボクは目を丸くする。ちゃんと成長しているじゃないか。

「同居していながら干渉すらしていなくて申し訳なかったです。ちゃんとした謝罪動画は後に作ろうと思います。ただ、これだけは言わせてください」

 ボクはそう言うと、詩織の手を握る。

「これからもボクたちを応援してくれる人は全力で幸せにします。ですが、これで去ろうという人たちへ、宣言したいことがあります。それは、ボクたちが誹謗中傷に対して言い返さないことです。ボクたちはアイドルを目指すから、アイドルらしく誹謗中傷に向き合います。ですが、言い返したら負けなので言い返しません。それを知っていながら、ストレスのはけ口にすることだけはやめてください。ボクたちはアイドルを目指しているだけで同じ人間です。同じように悩みながらも理想のために耐えています。アイドルという道を選んだだけで奴隷のように尊厳を捨てたわけでないことを忘れないでください」

 説教臭いな、と思いつつも、ボクは言葉を続ける。

「ボクたちは全力で歌やパフォーマンスをします。期待通りに出来るかは分からないけど、期待外れだったときに攻撃しないでください。評価はしても良いですが、攻撃しないでください。これは、姫にも言えることですが、何かを好きだと訴えるときに何かを貶める必要なんて無いんです。好きなものは好きで良い。ボクはあなた方の好きを否定しません。だから、ボクたちを否定しないでください。それが今回の騒動でボクが一番思ったことです」

 そこまで言い切るとボクは詩織の方を向く。「何か言うことはない?」と尋ねるボクに、詩織は悩むそぶりを見せた。だが、言葉が出てこなかったらしい。微笑んで首を横に振ったのでボクは配信を締めることにした。

「ボク達は誹謗中傷さえも乗り越えて、ビッグなアイドルになります。見ててください、ボクは最強で、姫は全力ですから。続報は用意でき次第、投稿します。今回の配信はここまでにしますね。ありがとうございました」

 そこまで言うとボクは詩織に小さく「配信を閉じて」と言う。まぁ、一度も配信なんてしたことないボクにやり方が分かるわけもない。「オッケ」と言いながら配信を閉じる詩織。画面が真っ黒になり、〈お疲れ様でした〉と文字が表示された。やっと、終わった。

「長かったー……」

 ボクはそう言いながらベッドに倒れ込む。そんなボクの隣に横になって、詩織は「これからどうしようか」と呟いた。そうだなぁ、まずは……。

「まずは、休みたいね。」

 その言葉に詩織は苦笑する。

「そうだよね、日もまたいじゃったし」

 そう言われてやっと眠気が襲ってきた。


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