いざ初めての現場へ(色々な人がいるものです)
話が長かったので、分割しました。
もし良ければ、プロローグから読んでもらえれば幸いです。
筑後川にぶつかった一行は、堤防の上に敷設された道路を道なりに進んだ後、国道と交わる交差点を左折して筑後川にかかる橋へと向かった。そして、その橋を渡り終えて福岡県に入った直後に左折してから道なりに進んで間もなくすると、今回の調査の現場である船着き場が視界に入ってきた。
「あそこにパトカーとおそらくですが覆面パトカーが停まっていますね。その隣に駐車スペースがありそうなので、そこに停めますね」
貴格が指差した方を見ると、そこにはパトカー1台とセダンタイプの普通乗用車1台が駐車していて、その横にもう1台分だけ車を停めることができそうなスペースが空いていた。そこは目的地である船着き場から少し離れた場所にあって、貴格は華麗なハンドル捌きを披露しながらSUVをそこに停めた。
「ちょうど良い時間ですね」
腕時計で時間を確認した貴格は、車のエンジンを切ると、いつもと変わらない様子で車から降りた。それに倣って夏奈と光一も車から降りたけれど、2人の動きはいつものそれと違って明らかにぎこちなかった。
「僕たちに船着き場での事件を説明するために、所轄署の刑事と地域課の警察官が派遣されたようですね」
船着き場に視線を送る貴格が呟いた。その視線の先には、確かに貴格の言うとおり、2人の制服姿の警察官と、スーツを着た刑事らしき2人の男性がいて、こちらを「誰だろう」と言いたそうな表情をしながら見つめていた。
「それでは行きましょう。今日は、あの人たちから説明を聞いた後に調査をすることになると思うので、2人は調査に集中できるようにしておいてください。あと、こればかりはどうしようもないことなのですが、相手によってはショックを受ける対応をされるかもしれません。ですが僕がついていますし、それに僕たちの仕事は被疑者の人権を守るためにとても大切な仕事なので、自信を持っていきましょう!」
「はい!」
「わわわ、分かり、ました!」
貴格の呼び掛けに素直に答える光一と、震える声でぎこちなく返事をする夏奈。ナベリウスによると、夏奈は光一がいるおかげで前向きになることができているということだったけれど、やはり苦手としていることに向き合っているということを自覚しているからか、その緊張を隠すことはできていなかった。
「こんにちは。失礼ですがどちら様ですか?」
普段よりもゆっくり歩く防犯部の3人が船着き場の入り口に差し掛かった時に、制服を着た若い警察官が声をかけてきた。
「僕は九州管区警察局の防犯部から派遣された古賀といいます。後ろにいる2人は同じく防犯部に所属する僕の部下で朝倉と星野といいます。今日は、防犯に関する研究活動の一環として、こちらで発生した殺人未遂事件の調査を福岡県警に依頼されたのでお伺いしました。よろしくお願いします」
スーツの内ポケットから取り出した身分証を見せながら、尋ねてきた警察官に答えるように、貴格は自分を含めた三人の自己紹介を行った。貴格によると、この自己紹介は定型文らしく、部署名は明かしながらも業務内容を誤魔化すために考え出されたものという話だった。
「防犯部なんて聞いたこと無いな。だけど、この身分証は局のものだよな」
「そうみたいですね」
「まぁ、刑事一課長も局から3人来るとか言ってたから間違いは無さそうだな」
船着き場にいたスーツ姿の男性2人は、始めのうちは貴格の身分証を胡散臭そうに眺めていたけれど、お互いに言葉を交わした後に何かを納得したような表情を見せた。その後、その2人のうち年上に見える男性がスーツの内ポケットから身分証を取り出すと、
「わたしはここで発生した殺人未遂事件を扱っている大川中央署の山野剛といいます」
としかめっ面をしながら形式的な自己紹介を始めた。この最初に自己紹介をしてきた一番年上に見える私服姿の男性は、今回の殺人未遂事件を取り扱っている大川中央署刑事一課の警部補だった。身長は160センチぐらいで小柄だけど、その分とてもがっしりとした体つきをしていて、黒の上下のスーツの内側に着ている縦に黒のピンストライプが走った白いカッターシャツが、はち切れんばかりにパンパンになっていた。
「そして、このひ弱そうなのが遠藤といいます」
「係長、ひ弱は止めてくださいよ」
紹介された私服姿の男性は苦笑いを浮かべながら小さく抗議をした後、
「山野係長の部下で遠藤聡といいます」
と自己紹介を始めた。遠藤は山野と同じ大川中央署刑事一課に所属する巡査部長で、山野が「ひ弱そう」と言うように全体的に線が細く、黒の上下のスーツに水色のカッターシャツという服装をしていた。
「あとこっちの2人はこの近くにある向島交番の巡査長の佐山と巡査の池田です」
「佐山茂樹です」
「池田潤一です」
2人いる制服姿の警察官のうち、最初に「こんにちは」と声をかけてきたのは、黒縁メガネが似合う佐山という巡査長で、もう1人の池田という巡査は坊主頭がとても印象的だった。
形式的な自己紹介が終わった後、心底鬱陶しいと言いたげな表情を見せながら山野が貴格に尋ねた。
「それで、おたくら防犯部の連中はどういう調査でわざわざここに? わたしらは、ここで起きた殺人未遂事件の調査に局から人が来るから相手をしろと刑事一課長に言われて来たけど、おたくらがあの件を調査しても防犯に繋がるようなものは無いと思うし、鑑識活動も含めて事件の処理もしっかりとやってるから、口を挟む余地は残ってないと思うんだが」
話し終わる時の山野の表情は「何か用か?」と言いたげな表情で、事件について説明をするどころか、最初から防犯部の3人を排除するような言い方をしていた。
この山野の話し方を見た光一は自分の考えの甘さを痛感した。福岡県警の本部長から依頼された調査だから、歓迎されずとも多少は友好的に応対してもらえるのでは、と考えていたけれど現実はその逆で、防犯部の3人は完全に疎ましく思われているようだった。
(これが古賀さんの言っていたショックを受ける対応か。ということは、まさか……)
右隣にいる夏奈のことが気になった光一は、こっそりとその様子を窺った。すると、夏奈が暗い表情で俯いているのが視界に入った。
(なるほど。そういうことか)
夏奈が今まで現場の調査に行きたがらなかった理由がここにあると光一は察知した。つまり、調査のために赴いた現場で警察官に疎ましく思われることによって、ナベリウスが口にしていた、人と関わることが苦手になってしまった「自分の過去」が抉り出されるような感覚に襲われるのが嫌なのではないか、ということである。
(どうしたらいいんだろう……)
「山野警部補のおっしゃることはごもっともな話だと思います。しかし、被疑者の2人は共に否認をしているという話を耳にしたのですが?」
貴格は山野の相手をしなければならず、夏奈を励ます役割は光一にしかできないことだった。
「ほう。その話まで聞いているわけですか。あれは、あの二人が罪逃れのために嘘を吐いているに決まってますよ」
一方で、調査をさっさと終わらせようと防犯部の3人、特に夏奈の心境など一切お構いなしといった様子の山野は、さらに忌々しそうな表情を見せながら話を続けた。
「それに動機が分からないなんて、知らないうちに他人に恨みを買うことだって十分にあり得る話だと思わないか? 全く、取り調べをしている山中と後藤が『嘘を言っているように見えない』なんて刑事課長に報告するから話が面倒なことになっちまったし。だいたい、被害者の供述と現行犯という状況が揃っているのに言い逃れができると思うかい?」
「確かにそう言われればそういう可能性もありますが……」
「そうだろ? ならもう調査をする必要は無いよな? よし! これでこの話はおしまいだ。お前ら、帰るぞ」
と山野の合図で警察官が歩き出そうとした瞬間に、光一は俯く夏奈の顔の前に自分の右手を持っていき、親指を立てた握りこぶし、いわゆる「サムズアップ」をして見せた。女性に対して弱い光一ができる精一杯の励ましのつもりだった。
「んっ? ……ふふふ……」
その瞬間、暗かった夏奈の表情が明るくなった。夏奈がどんどんと落ち込んでいくのを止めることができたかな、と光一は勝手に安心感を抱いていた。
「ちょっと待ってくれませんか?」
それとほぼ同じタイミングで、貴格は山野たちを呼び止めた。
「何だよ。まだ何か用か? 調査なんか必要無いとおたくも言ってたじゃないか」
「僕はそういうことは言っていませんよ。山野警部補の考え方も可能性の1つとしてあり得ると言っただけですから」
「はぁ。全くそんな屁理屈をこねて」
露骨に大きな溜め息を吐いた山野は、苦虫を嚙みつぶしたような表情をしてみせた。
「僕たちの調査はそんなに時間を取らせませんよ。遠藤巡査部長は当直明けのようですし、池田さんと佐山さんも24時間勤務を終えたばかりのようですから、早めに終わらせるつもりでいますよ」
「そうなんだよ。だから意味の無い調査に……ん? あれ?」
貴格の言葉に、4人はそれぞれで顔を見合わせて「あれ?」という表情を見せた。
「おたくに当直明けと三交代の勤務明けの話はしたかな」
「いいえ。お三方が疲れているのが分かったので察しただけです」
「ふーん。まぁ、確かに当直明けとか交番の勤務明けは顔に疲れが出るから分かるか」
一瞬考える素振りを見せた山野だったけれど、深く悩むことはせずに貴格の言葉を信じたようだった。
「それでは調査をするので、皆さんは僕たちの後ろに待機していてください。すぐに終わらせますので」
「仕方が無いな。分かった。早めに終わらせてくれよ。遠藤、佐山、池田。局の方が言うとおりにするか」
面倒くさいという表情を少し和らげながらも、口から出る言葉に嫌味を盛り込んだ山野は、三人を引き連れて貴格たちの後ろへ移動した。
「それでは……」
4人の警察官が移動したのを見届けた貴格は、夏奈と光一の方を向いて合図のように一言呟くと、自分の右耳に着けているピアスを右手でやおら触れて、
「止まれ……」
と静かに言葉を発した。
その瞬間、貴格の左腕に着けられた腕時計の文字盤が激しく輝きだし、貴格と夏奈、そして光一を除いたありとあらゆるものの時間が停止してしまった。
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