「あの子」と過ごす車中での話 その2
少し長かったので、分割しました。
お時間があれば、プロローグから読んで頂ければ幸いです。
「ちょ、ちょっと、あの夏奈さん。ち、近いです。できれば離れて……」
夏奈の顔を間近に見る光一。助手席に座っているその体勢は、山浦パーキングエリアに到着した時と同じだった。
「そんなことより、夏奈は本当に心配したんだよ!」
心配そうな表情を見せる夏奈は、光一の切なる願いをあっという間に一蹴してしまった。
「だって光一君、ここに着いた時にいきなり気を失っちゃったんだよ。体調は大丈夫なの? どこか痛いところとか無いの?」
心配そうな表情でさらに光一に接近する夏奈。固有スキルどころか色々なものが振り切れてしまった光一の頭の中はパニック寸前だった。
「す、す、すみません。えっと、あああのー、体調はもん、問題な、無いです。ですから、少し離れて……」
「夏奈さん。心配するのは分かりますけれど、勢いが良すぎて光一さんが答えにくそうにしていますよ。光一さんが起きて嬉しいのは分かりますが、少し離れて様子を見てみませんか?」
言葉をうまく出せない光一を見兼ねたのかもしれない。夏奈の後ろで苦笑しながら光一を見つめる貴格が夏奈に声をかけた。
「分かりました。光一君、ごめんね!」
そう言って舌先をぺろっと出すと、夏奈は光一から離れた。そこに悪びれる様子が全く見られなかったのは、夏奈が光一を本当に心配していたからかもしれない。
「体調はもう大丈夫ですか? いきなり気を失ったので、シートベルトとジャケットのボタンと、あとスラックスのベルトを外しておきましたが。息苦しさとかは無いですか?」
夏奈に代わって尋ねる貴格に言われて確認すると、確かに光一の体を締め付けるものはことごとく緩められていた。
「大丈夫です!」
シートベルトやジャケットのボタンまでなら気にしないけれど、まさかスラックスのベルトまで緩められていると思っていなかった光一は、言いようのない恥ずかしさで頬を赤くしながら大慌ててスラックスのベルトを締めた。
ベルトを締めると、光一は体調に問題が無いことをアピールするかのように軽やかに助手席から降りて、2人に頭を下げた。
「ご心配をおかけしました。体調には全く問題無いです。それで、どれぐらい気を失っていましたか?」
「えーっと、5分ぐらいでしょうか」
罪の意識から光一が尋ねると、左腕に着けた腕時計を確認した貴格が答えた。
「えっ、5分も! 時間は大丈夫ですか!?」
想像していた以上に時間が経過していたことに、光一は驚きを隠せなかった。
「ははは。そんなに焦らなくても大丈夫ですよ」
そんな光一を落ち着かせるためだろうか、貴格はいつもよりも穏やかな声で答えた。
「逆に僕としては5分ぐらいで光一さんが意識を取り戻してくれたので良かったと思っていますよ。もうしばらく起きないようであれば部長に電話して指示を仰ぎましょうとちょうど夏奈さんと話していたところなので。だから本当に気にしないでください」
気にしないでと言われても、光一としては初めての現場出動で迷惑をかけてしまったことに変わりはない。
「本当にすみません」
再度2人に頭を下げた。それと同時に、ナベリウスやグラーシャ=ラボラスに急に呼び出すのは止めるように強く言うことを固く心に誓った。
「ところで、時間にはまだ少し余裕がありますが、光一さんの体調が大丈夫であればそろそろ出発しようかと思います。光一さんはお手洗いには行きますか?」
「あっ! そうですね。行ってきます!」
そう言うと、光一は慌ててトイレへ向かったのだった。
「それでは行きましょう」
トイレから戻った光一が助手席に乗り込んだのを確認した貴格の合図と共に、3人を乗せたSUVは山浦パーキングエリアを出発した。
「ところで、山浦パーキングエリアに到着した時に、酷く慌てたかと思ったら急に気を失ったようでしたけれど何があったのですか? こういうことを気安く尋ねるのはいけないということは分かっているのですが、ナルコレプシーのような持病があるのですか?」
高速道路の本線に入り、走る車の波に乗ったところで貴格が尋ねた。
「えーっと、ま、まず病気ではないのですが……」
とりあえず病気について否定をしたところまでは良かったけれど、光一はその後に言葉を続けることができなかった。もしナベリウスやグラーシャ=ラボラスに呼び出されたことを言ってしまうと、そのやり取りにまで話が及んでしまうかもしれないと思ったからである。
「もしかして……悪魔に呼び出されたとか?」
しかし、光一が必死になって考えていることなど知ったことかと言わんばかりに図星を突いてくるのが、夏奈という人間の仕様である。
「えっ! えっと、あー、そ、そうですね。呼び出されてしまいました」
誤魔化す手段が思い浮かばなくなった光一は、素直に話の流れに身を委ねた。
「そういえばそうでしたね。光一さんは悪魔とコミュニケーションをとることができるという話でしたね」
「また呼び出されるなんて光一君はすごいなー。夏奈は今まで一回も無いのに。それで今日は何か言われたりしたの?」
何かを望んでいるかのような弾んだ声で尋ねる夏奈に、ナベリウスと交わした会話、つまり、ナベリウスにあなたの面倒を見るように依頼されたけど断りました、なんてことを光一の口から言えるわけがなかった。だから、この状況を無難に切り抜けるために思考回路を懸命に働かせたけれど、光一の頭の中には「名案」も「迷案」も思い浮かばなかった。その結果、
「あ、い、いえ、べ、別に何も言われてないですよ?」
しどろもどろに答えた語尾が疑問形になるという失態を冒してしまい、
「なぁんか怪しいなぁ」
逆に夏奈に怪しまれてしまったのである。
「全然、全く怪しくないですよ」
「必死になって否定する辺りが怪しいなー」
「だから、何も無いですって」
「それじゃ、どうして悪魔は光一君のことを呼び出したの?」
「えっ!? そ、それは……」
窮地に追い込まれてしまった光一の頭の中を、「どうしよう」という言葉がコンマ1秒で駆け巡った瞬間のことだった。
「グラタンか。良い呼び名だな」
「不愉快だ!」
というグラーシャ=ラボラスとアンドロマリウスのやり取りを、光一は見事に思い出すことができた。
「そうそう! アンドロマリウスが会いたいと言ってきたんですよ!」
「えっ、アンドロマリウスって僕が契約している悪魔ですよね。どんな感じでしたか?」
「人間っぽかったですよ。そうですね……」
「ちょっと! 光一君!」
「古代ローマ人のイメージですね」
なんとか思い出した事実を光一が口にすると、興味津々といった様子で貴格が尋ねてきた。このタイミングしかない、と光一は心の中で申し訳なさを感じながら、夏奈との話を終わらせた。
「映画とかでよく見るような白い布を纏っている感じの」
「あぁ、なるほどなるほど。分かりますよ」
「あと身長は古賀さんぐらいありましたね。顔立ちは彫りが深くてなかなか濃くて、それでいてかっこよかったですね。古賀さんもかっこいいですけど、それとは違う感じでしたね」
「ははは。僕がかっこいいかは別として、なかなかキャラクターが濃いですね。そんな悪魔と契約しているなんて思ってもいませんでしたよ」
「えっ? どんな悪魔かは知らされていないんですか?」
「見た目については何も教えてもらっていないんですよ。あぁ、そういえば『ありとあらゆる陰謀と邪悪を見つけ出して関わる人々に罰を与える』というのが僕の契約したアンドロマリウスの個性ということは聞きましたね。調査班としてはちょうど良い悪魔だと思います」
「なるほど。それはピッタリですね」
「僕もそう思います」
そう言いながら、運転する貴格は笑顔を見せた。
2人の会話が終わってから間もなくして、3人を乗せたSUVは東脊振インターチェンジから一般道へと下り、真っすぐ南下する道を走り始めた。途中、吉野ケ里歴史公園の横を通過してさらに南下すると、幅の広い大河川が一行の視界に入ってきた。
「筑後川が見えてきましたね。福岡県警の本部長から要請があった調査の場所は筑後川を挟んだ向こう側にありますが、あと少しで到着すると思います。夏奈さんにとっては久々の現場調査ですし、光一さんも初めての経験で緊張すると思いますが、リラックスですよ。僕がついていますから」
「あ、ありがとうございます。そう言ってもらえると心強いです」
初めての調査を目の前にして緊張している光一だけれど、貴格の心強い言葉のおかげで幾分か緊張は和らいでいた。
「夏奈はちょっと緊張してるけど……それでも、古賀さんや光一君が一緒にいてくれるので、たぶんですけど大丈夫だと思います」
その一方で、後部座席から貴格の呼び掛けに答える夏奈の声は、努めて明るく答えているけれどはっきりと分かるほど震えていて、夏奈が強い緊張状態にあることを光一が理解するのは難しくないことだった。
(夏奈さんがこんなに緊張しているなんて……だけど、声をかけるのも何て言ったら良いか……)
気の利いた一言でもかけることができれば、という考えが一瞬浮かんだものの、それはやはり光一にとっては簡単なことではなかった。だけど、なんとかしてあげたいという気持ちがあったのも事実で、光一の頭の中にある天秤はあっちに傾きこっちに傾きと忙しなかった。




