不慣れなことをして厄介なことになっても助けてくれる人はいるものです
なんとか前の話から一週間後に投稿することができました。
お時間があればプロローグから読んで頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。
「古賀さん。1つ質問があるのですが……」
山野と遠藤を乗せた車を貴格と同じように見送った光一が尋ねた。
「どうしましたか?」
「さっき空中にピアスの模様を出して行ったのが調査ですか?」
「そうです。空中に描いたアンドロマリウスの紋章からたくさん飛び出した黒色の矢が、この船着き場にあった物に突き刺さっていったのは見えましたか?」
「はい。バッチリ」
「あの矢は、もし思念がここにある物のどれかに憑いていたら、そのごく一部を吸い取るように僕が命じて紋章から発射したもので、それを僕の足下に描いた紋章で回収することで、ここに思念があるのかどうかとか色々な情報をもらうことができるようになっています」
「なるほど。それで、どういうことが分かったのですか?」
「まずですね……あ、そうだ!」
光一に答えようとした貴格が、突然何かを思い付いたかのような声を出した。
「光一さんも調査をしてみませんか?」
まさにお手本のような「晴天の霹靂」だった。
「えっ、お、俺がですか!?」
「そうです。悪魔との親和性が高い光一さんが、どれだけの情報を得ることができるのか興味があるんですよ」
「確かに! ナベリウスにグラーシャ=ラボラスにアンドロマリウスの3人と話ができる光一君だから、どんなことが分かるのか夏奈も興味あるよ」
「えぇ……興味って……」
現場出動だけではなく、調査という2つ目の初体験を光一にさせようとする貴格と、横から話に加わってきた夏奈。2人が勧める動機が興味本位という適当なもので、光一は困惑したけれど、
「光一さん。せっかくの機会なので、やってみましょう!」
「夏奈からもお願い!」
「あー……はい……分かりました」
強引に勧めてくる2人に断る術を持ち合わせているわけが無く、光一は渋々了承するしかなかった。
「ただ、もし何かがあった時には助けてくださいね」
「もちろんです! 僕に任せてください!」
光一の保険とも言うべきメッセージに、貴格は笑顔で答えた。
「先程も伝えましたが、僕たちがする調査は思念の消去ではなくて、その一部を採取して情報を手に入れることです。なので、そのイメージを作り上げてみましょう」
「はい。分かりました」
貴格に言われるがままに、車止めの縁石に張られた立入禁止の黄色のテープを跨いで1メートルほど侵入すると、光一は調査のイメージを作りあげだした。
(一部を採取する。一部を採取する。一部を採取する。どんなのがいるのか分からないけれど、とりあえず古賀さんの真似をしてみて、そこら辺にある物から情報を抜き取ってみようかな)
光一の頭の中でイメージが膨らんでいく。
まずは貴格がして見せてみたいに、空中に大きくピアスと同じ模様を描き、自分の足下にも小さく模様を描く。次に空中に描いた模様からたくさんの矢を発射させて船着き場のありとあらゆるものに突き刺す。そして。それに物が持っている微量の記録を吸い取らせて、自分の足下に描いた模様で回収する。
このシミュレーションを3回繰り返したところで、
「古賀さん。もう大丈夫です」
光一は準備ができたことを貴格に告げた。
「分かりました。それではやってみましょう。夏奈さん、お願いします」
「分かりましたっ!」
そう言うと、夏奈は再び表情を引き締め右耳にあるピアスに触れた。その瞬間、再び時間が止まった。
「それでは光一さん。お願いします」
時が止まったことを確認した貴格に促され、光一は緊張した面持ちで自分の右耳に着けられたピアスに触れた。そして、
「お願いします……」
と静かに呟くと、光一がイメージしたように、船着き場から10メートルぐらいの高さの空間に、周囲に「GLASYA=LABOLAS」という字が配置された直径が30メートルぐらいの模様が現れ、そして足元に直径1メートルぐらいの模様が現れた。
「何でこんなに大きいの。てか何なの! この圧力!?」
「くっ……これは予想外でした。この紋章が持つ力は調査には強過ぎます。光一さん! 調査は中止です!」
空中で煌々と輝く模様の大きさと、それが発する貴格が描いたものには無かった圧力を受けて、夏奈はただただ驚くだけだった。そんな夏奈とは対照的に、現れた模様のレベルが高すぎるということ驚きながらも冷静に分析した貴格は、これ以上の調査は中止すべきと判断したようで光一に止めるように指示を出した。だけど、緊張しながらも調査に必死になっている光一の耳にその言葉は入らなかった。
「行け……」
光一の呟きと共に空中に描かれた模様から勢いよく飛び出した光り輝く矢は、貴格のものよりも数が多かった。そのせいで、船着き場にあったあらゆるものに全てが突き刺さった結果、船着き場は直視できないほどの眩しさに包まれてしまった。
「……」
その光景に、貴格と夏奈は一言も発することができなかった。
「よし、来い……」
全ての矢が突き刺さったのを確認した光一が呟くと、貴格の時と同じように、全ての光り輝く矢は球体を形作り、光一の足下で輝いている模様へと次々に吸い込まれるように入っていった。
そして、最後の一つが入った時にそれは起きた。
(これで大丈夫よね?)
(大丈夫だよ。ここから捨てたら誰も気付かんし)
(でも、さっき車をぶつけちゃったけど……)
(ここでこいつを捨てたことと、それに車をぶつけたことに繋がりは無いから大丈夫だって。それに、もし勘付かれたとしてもこんな軽はたくさん走ってるから、この車に辿り着くなんて無理無理)
「えっ、何これ……」
突然、光一の頭の中を静かに会話する男女の声が通過していったのである。だけど、光一にはそれが何なのか考える猶予は与えられなかった。
「光一さん!」
「は、はい!」
「早くその紋章を閉じてください!」
「分かりました!」
今までに見たことが無いぐらい焦る貴格が、光一に調査を早く終えるように指示したからである。
「何も無ければ……っ! 遅かったか……それに思った以上に……」
光一が模様を消し去ったのを見届け、ふぅ、と大きく息を吐いた貴格は何かを祈っているようだったけれど、堤防の端の辺りで姿を現しつつある黒い2つの人影を目にして、諦観の境地に至ったような冷静な表情を見せた。
「ね、ねぇ。まさかあの2つの人影って……」
「そうです。あれはこの船着き場にいる1組の男女由来の思念です。さっきの僕の調査結果と一致するものです」
「ちょっと待ってよ。今まで調査の時に思念が出てきたことなんて無かったのに、何で出てきたの!?」
夏奈が講じた時間停止が続いているはずなのに、光一の視界に入る風景の所々に歪みが生じていた。
「夏奈さん! まずは落ち着きましょう!」
「す、すみません」
姿を現しつつある思念を見て焦る夏奈を、貴格の一喝が落ち着けた。それに合うかのように風景に生じていた歪みが無くなった。
「夏奈さんの疑問への答えですが、これは僕の想像ですが、原因は悪魔と意思疎通ができる光一さんに調査をさせてしまったことだと思います」
「それって、俺のせいってことですか!?」
「いいえ。光一さんのせいではありません。全ては僕の判断ミスです」
「古賀さん! 思念が近付いてきてる!」
「詳しい話は後でします!」
そう言うと、貴格はゆっくりとこちらへ接近しつつある2つの真っ黒な人影の方を向き直り、
「内規では報告書ができるまで思念を消去してはいけませんが、今はそんなことは言っていられる状況ではありません」
右手を右耳のピアスに当てて、
「止めよ!」
と一喝した。その瞬間、貴格たちから約6メートルにまで近付いていた思念それぞれの足下を中心に「ANDROMALIUS」を周囲に配置した直径が約1メートルの模様が描かれ、それぞれの外周に檻を形作るように高さ2メートルぐらいの漆黒の柱が36本立ち並んだ。
それに囲まれた2つの思念それぞれは、激しくもがいているけれど、それ以上に身動きを取れなくなったようだった。
「なんとか止めることはできたけど、今の状況じゃ消すことができない……光一さん! あの2つの思念を消してください!」
「俺がですか!?」
「夏奈さんは時間停止をしているので思念の消去に力を回せません。僕も2つの思念両方をこちらに近付けないように止めているのですが、分かれているせいかそれだけで精一杯でどうすることもできません。現状では思念の消去を光一さんに任せる以外に手段が無いんです!」
貴格の表情は必死そのもので、時間停止を続けている夏奈の表情には明らかに疲労の色が出ていた。2人にこれ以上の余裕が無いということは一目瞭然だった。
「分かりました。やります!」
やらないという選択肢は光一には無かった。
(ふん。お前だけでは心許ないな。協力してやるから感謝しろ!)
「えっ、それはどういう……」
「協力してやると言っているんだ!」
頭の中で聞こえたグラーシャ=ラボラスの声に尋ねようとした光一の言葉は、左隣から聞こえてきた声と、突然生じた強い威圧感に遮られた。
「な、何でそこにいるの!?」
「何度も言わせるな。貴様に協力するためだ」
そこにいたのは、口元を歪めながらお座りの体勢で光一を見上げるグラーシャ=ラボラスだった。
次回もまた一週間後を目指す予定です。
よろしくお願いします。
追記5/9に一部内容を改変しました。